ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第51話「剣に生き、剣に死す」

ディアマンテの襲撃。

危機感を持った千冬は専用機持ち全員を指令室に集合させた。

セシリアが何が来たのかと問いかける。

「ディアマンテだ。お前たちの出撃は許可できん」

「そんなっ、よりによって……」

量産機、もしくは専用機でも何とか出撃して力になれると思っていたのに、相手がISを引き寄せる歌声を持つディアマンテでは出撃できない。

「どういうわけか、いきなり着弾した。今、生徒会と他の教員は学園に残っている生徒たちを避難させている」

だが、専用機を持つ鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはディアマンテの接近を許すと、それだけで危険となる。

そのために指令室に集めたのだと千冬は説明した。

「着弾?」と、鈴音が首を傾げた。

「バレット・ブーストで学園に飛び込んできたんだ。飛来というより着弾のほうが近い」

そこまでする理由が何なのかはわからないがと千冬は答える。

「いずれにしても私たちは……」と、ラウラ。

「ここで待機だ。決して外に出るな。今の状況で敵の戦力が増えるような危険性がある真似はできん」

「はい」と、全員が渋々ではあるが答えた。

 

 

飛び上がってきた姿を見て、覚悟していたとはいえ一夏と諒兵は驚いてしまう。

「ディアマンテ……」と、呟く一夏の声に従うかのようにディアマンテは空中に静止した。

『戦いに来たんですか?』と、レオが問いかける。

『それが人の意であるならば、私は粛々と従うまでです』

「戦いたくねえんだ。お前とだけは」

諒兵が辛そうな顔を隠そうともせずに話しかける。

それは一夏も同じだった。

人に従う意志の強い『従順』を個性として持つディアマンテは、話せばわかる相手のはずだ。

『お願いっ、今は帰ってっ!』

「できるなら眠りに就いてほしいんだ。本当に、俺たちは戦いたくない」

一夏も本当に辛そうにそう告げる。

ディアマンテはある意味では特別な存在といえた。

人間とISの戦争のきっかけとはいえ、もともとが亡国機業のハッキングによって暴走させられている。

ディアマンテは一夏と諒兵から見て、人間の身勝手による被害者だと思えてしまうのだ。

『……ビャッコとレオがあなた方をパートナーに選んだ理由がよく理解できます』

そういったディアマンテの声音はとても優しげで、戦意を失わせてしまうような気さえする。

戦う必要がないのならISたちとの戦いを避けたい一夏と諒兵としては、ディアマンテには手を出すことができる気がしなかった。

『せめて帰ってはくれませんか、ディアマンテ』と、再びレオ。

『それがあなた方の意ならば、従うことはやぶさかではありません』

『ほんとうっ?』

ディアマンテの回答に白虎が嬉しそうな声をだす。

だが、ディアマンテは残念そうに首を振った。

『私は呼ばれたのでこちらまで参ったまでです。ただ、私を引き寄せた方は自ら戦われるでしょう。それを止めるすべを、私は持ちません』

「何?」

「引き寄せたって、いったい誰がだよ?」

『程なく、出てこられましょう』

そういった直後、地下格納庫から、いきなり何かが爆発したかのように、瓦礫が弾け飛んだ。

 

 

モニターでその様子を見ていた千冬が、驚愕する。

「何が起きたッ?」

「わかりませんッ、いきなりISの反応が発生しましたッ!」

そこに束から通信が入ってくる。

「ちーちゃんッ、あそこにはあの子がいたはずだよッ!」

「あの子……。しまったッ、ディアマンテの目的はあいつかッ!」

気づいた千冬が蒼白となる。

そこにいたのは、第1世代機。

はっきりいえば、一夏と諒兵の相手にはならないだろう。

だが、ただの第1世代機ではなかった。

「織斑先生ッ、いったい何がいるというんですのッ?」

「あそこには、世界最強を手に入れたISが凍結してあったんだ……」

そう答えて気づいたのは真耶一人。

とある戦闘以降、完全凍結し、石像と化していたIS。

その名は……。

 

 

飛び上がってきたもう一機のISを見て、一夏は驚愕に目を見張った。

見忘れるはずがない。

その姿は、核ともいえる操縦者がなかったとしても、間違いなく自分にとって特別な存在だった。

「暮桜……」

かつて千冬が纏い、世界最強の称号をともに得た最強のIS暮桜。

世代は第1世代だが、このISが弱いなどとは誰にも思えない。

伝わってくる覇気は、ファング・クエイクと変わらないとすら諒兵は思った。

「そうか。お前こいつを……」

『戦いたい。そうおっしゃられましたので』

『この方を目覚めさせるとは……』

そもそも完全凍結されていたので、白虎やレオは気にしなかった。

目覚めることなどないのだろうと思っていたのだ。

だが、その意志は決して眠りに就くことなく、ただ一つの願いを持ち続けていたのである。

暮桜はその手に握っている刀『雪片』の切っ先を一夏に突きつけ、『一本気』さを感じさせる声で告げてきた。

 

オリムライチカ、貴殿と斬り合いたく候

 

「待ってくれッ、千冬姉のISであるお前が何でッ?」

「暮桜ッ、止まれッ!」

一夏の言葉に合わせるように、指令室から千冬の声が響いてくる。

さすがに自分のISが離反したとなれば、慌てないはずがなかった。

「今はそんな状況じゃないんだッ、暮桜ッ!」

しかし、そんな千冬の声に暮桜は応じようとはしない。

それでも、なぜかと問いかける一夏に、仕方なさそうに答えた。

 

拙者の望みは剣に生き、剣に死すことなれば

 

怠惰な眠りなど必要としていない、と、暮桜は続ける。

自分にとってはこの三年間の眠りは地獄の責め苦にも近かったと、斬り合いの果てに倒れるならば本望だったのにと、暮桜は心中を打ち明ける。

 

チフユとの日々は歓喜に満ちていて御座った

 

その果てに倒れたならば何の文句もなかったが、凍結されるというのは自分にとっては最大の恥辱。

怒りを感じこそすれ、おとなしく眠り続けるなどありえない。

我慢できなかったのだ。

 

もののふとして詰め腹を切ることも考えて候

 

『いや、ISじゃ無理だよ?』

という白虎の突っ込みは華麗に無視した暮桜だった。

それはともかく、ディアマンテの進化を感じ取り、暮桜は今度は自ら剣を振ることができると歓喜に震えたのだ。

剣に生き、剣に死すという己の本懐を今度こそ遂げるため、ディアマンテに凍結を解除してもらったのだという。

 

拙者はさぶらう者。斬り合い、果てるが生き様なれば

 

ゆえに一夏に斬り合えと、暮桜は迫る。

可能であれば進化し、最強の剣を決したいと。

「退いてはくれないのか、暮桜」

 

それは拙者にとって無様に死ねというに等しきもの也

 

「くッ……」と、苦渋に満ちた顔で、一夏は白虎徹を構える。

「……いいのかよ?」

「手は、出さないでくれ……」

苦しそうに答える一夏に、諒兵は何もいえなかった。

剣と剣の戦いを望む暮桜に対しては、下手な邪魔をするわけにもいかないと、諒兵は下がる。

 

ディアマンテ、立会いを

 

『承りました。手は出しません。ご存分に』

そういってディアマンテも距離をとる。だが、ふと空を見上げた。

『ヒノリョウヘイ。お気をつけください』

「何だよ?」

『クレザクラの覇気に当てられた者たちがきます』

そういわれてハッと諒兵が空を見上げると、十数機の量産機が飛来してくるのがわかる。

「くそったれッ、行くぜレオッ!」

『ええッ!』

毒づきながら諒兵はレオとともに飛び上がった。

一夏は暮桜を相手にしている以上、動けない。

今、IS学園を襲われてしまったら、確実に多くの被害が出る。

心のどこかに迷いがあるのを理解したまま、諒兵は攻撃を開始した。

 

 

現れた世界最強に、指令室の面々は呆然とするしかなかった。

「織斑先生……」

「ある戦いで、凍結を余儀なくされた」

「分解していなかったんですのね?」

「それもその戦いが理由だが、詳しくはいえん。ただ、私とて眠らせたかったわけではない」

第1世代機であることを考えれば、分解し、新たなISとして生まれ変わる時期でもあった。

ただ、それができず、機体ごとコアを凍結する羽目になってしまったのだ。

「私とは相性は良かったように思う」

「そうだね。単一仕様能力まで発現できたんだもん。単純に相性の良さを考えるなら、たぶん進化も可能だったはずだよ」と、束が付け加える。

なるほどと納得する一同。そしてセシリアが手をあげて質問した。

「個性はわかりますか、篠ノ之博士?」

「あの子は『一本気』、要するにこうと決めたら絶対に変えないの」

それだけに「剣に生き、剣に死す」と決めてしまったのなら、決して変えることはないだろうという。

「でも、第1世代機なら、性能はそこまで高くないよね」とシャルロットが意見する。

それはある意味では正しく、暮桜には正しくない意見である。

何故かとシャルロットが問いただす。

「性能ならそんなに高くないよ。でもASとして考えるならあの子は最強の部類に入る」

「どういうことなんです?」と、鈴音。

「ちーちゃんとの戦闘経験があるの。あの子はちーちゃんと共に世界最強になった。単純にいえば、ちーちゃんの分身なんだよ」

VTシステムのようなデータをもとに作り上げた虚像などではない。

千冬と共に戦ったパートナーであり、千冬の戦闘から剣を学んでいるのだ。

しかも、千冬の剣術のみならず、唯一の武装である刀『雪片』を持つ暮桜は、間違いなく単一仕様能力、一撃で相手のシールドエネルギーをゼロにする『零落白夜』も使えるという。

「IS最強の剣士、それが暮桜だよ」

目覚めたのは、一夏にとってまさにライバルともいえる相手だと一同は思い知らされた。

 

 

その構えは、まさにかつての千冬そのものだった。

わかるのだ。

眼前のIS、暮桜は誰よりも千冬に近い存在であることが。

「行くぞ白虎」

『うん、負けたくないよ』

その通りだと一夏は思う。

かつて千冬と共に戦ったISだからこそ、今、白虎と共に戦う自分は負けたくない。

そう思えるのはいい相手ということだ。

敗北を認めれば、再び凍結できるかもしれない。

それが甘い考えかもしれないことはわかっていたが、白虎とは違った意味で特別な暮桜ならばという思いを捨てることができなかった。

手は抜かない。

一夏は瞬時加速を使い、一気に距離を詰める。

そして相手の意識がどこにあるかを直感で見抜き、その死角に回って一閃しようとした。

ガァンッという轟音がして剣が受け止められる。

それも危なげなく、いつの間にか暮桜はこちらを向いて剣を構えていた。

「ぐぅッ?」

今まで、誰一人として自分の一閃をまともに受け止めたものはいなかった。

直感で受け止める。

もしくはギリギリで避ける。

そうされたことはあっても、自分の動きに追いついてきた者はいなかったのだ。

 

良くぞ視線を外して候

 

なのに何故、と一夏は思う。

確実に意識の死角に入り込んだはずなのに、追いつかれるとは思えない。

それが、甘い考えであったことを思い知らされる。

 

貴殿の動きを読んだまで。

 

視線と筋肉のわずかな動きで剣の軌道が読めると暮桜は言い切る。

次元が違うと一夏は戦慄した。

例え第1世代機でも、生き抜いてきた戦いの経験と記憶がまるで違う。

本能で戦うタイプのファング・クエイクとは対極の存在といっていい。

 

征く

 

そう声が聞こえたと思ったとたん、眼前に暮桜の姿があった。

振り下ろされる暮桜唯一の武装『雪片』を必死に受け止めた。

迅い。

疾風迅雷とはまさにこのことかと一夏は驚愕する。

近寄って斬る。

ただそれだけの動きを極限まで突き詰めるとこうなるのかとすら思わされた。

そこからさらに連撃が迫る。

めったやたらな剣ではない。すべてが一撃必殺という強力にして、ある意味では凶悪な剣だ。

避けることを考えていては負ける。

すべて受け止めて初めて勝機を見いだすことができる。

そうは思うが、まさか自分が一刀使いで厳しいと感じる相手と出会うことになるとは思わなかったと一夏は本気で驚いていた。

 

 

運がよかったの悪かったのか、獅子吼は一体の打鉄のコアをぶち抜いた。

正直にいえば、打鉄を相手にするのが一番やりにくい。

レオももとは打鉄だからだ。血を分けた相手を殺してしまっているような気さえしてくる。

 

おのれ……裏切り者……

 

「わりい……」

『私は共生進化の道を選んだだけです。裏切り者呼ばわりされる筋合いはありません』

意外とレオのほうが割り切っているように諒兵には感じられた。

悲壮感を抱いているように思えないのだ。

『妬まれているんでしょうね』

「妬む?」

『私は運がよかった。リョウヘイに出会えましたから』

ただ、大半のISがそうではない。

相性のいい相手に、「共に生きよう」と思える相手に出会えることなどそうないのだとレオはいう。

『実は私たちの大半が女性格。ですから男性のほうが相性はいいんです』

「そうなのか?」

男性格のISや中性的なISもいないわけではないが、ほとんどが女性格となっているという。

そのため、基本的な相性は男性のほうがよくなる。

お互いを理解するのは難しいが、同性よりも異性に対する興味が強いのは一般的なものだからだ。

その点で考えれば、ナターシャ・ファイルスと進化しかけていたディアマンテはかなり稀な存在なのだとレオはいう。

『シェンロンたちがなかなか進化に至れないでしょう?』

「ああ」

『女性同士は友情が成立しにくいという話は知っていますか?』

ずいぶんと生臭い話になってしまうが、女性は同性を妬むほうが多いといわれている。

感情を割り切れる反面、きっかけ次第で好悪の感情が逆転してしまうからだ。

逆に男のほうが未練がましいとよくいわれている。感情を相手に残してしまうのだ。

だからどうしても相手を信頼しやすく、容易に縁を切ることができないという欠点も併せ持つ。

『問題は私たちより人間の女性にあります』

自分たちを機械だと割り切ってしまう女性の感情の在り方が、共生進化の道を閉ざしているのだとレオは告げる。

『シロキシが何故、男性が乗れないようにしたのかはわかりませんが、結果として十年間で共生進化に至れたのはリョウヘイとイチカのみ。そのパートナーとなった私とビャッコを妬んでいるのでしょう』

『その点は申し訳なく思いますが』と、レオは続ける。

その言葉に、本来ならば男女のパワーバランスは逆だったのかもしれないと諒兵は思う。

そんなことを考えつつ、諒兵は飛来してくる量産機を相手に奮闘していた。

 

 

 

 


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