諒兵とレオの会話を、指令室の面々は興味深く聞いていた。
「ログは残しておいてくれ」
「はい」と、真耶が千冬の命に従い、記録に残す。
「もっと早くいってほしかったですわ」
「レオもけっこううっかりだよね」と、セシリアの言葉にシャルロットが苦笑する。
「束、先ほど私と暮桜には進化の可能性もあったといっていたな」と、千冬は尋ねた。
「うん。『一本気』だからね。暮桜の個性は中性的なんだよ」
他にもファング・クエイク、ミステリアス・レイディが中性的な個性のISとなっているという。
「偶然もあるんだろうけど、国家代表の子たちはみんな中性的だね。同時にけっこう好戦的だよ。たぶん無意識に選んじゃうんじゃない?」
だからこそ、危険性もある。
国家代表のISは中性的であるために共生進化の可能性を秘めているが、同時に好戦的であるがゆえに、離反の可能性も高くなるのだ。
凍結解除はIS学園の許可がなければできないとしたが、さらに釘を刺しておくため、千冬はすぐに各国に通達を出すように指示した。
そんな姿を見ながら、鈴音は思う。
先ほど、ディアマンテの襲撃で結果として一夏とそういう関係にはなれなかった。
心のどこかでほっとしている自分がいる。
そして、今の会話を考えれば、自分の気持ち次第で進化できる可能性はあるはずだ。
(女同士で友情を結ぶ。それができれば……)
『勇敢』という個性を持つ自分の甲龍は中性的である可能性も高い。
そうすれば、自分の目標を叶えることができる。
一夏や諒兵と共に戦える。まだその可能性は残っている。
鈴音はそんなことを考えていた。
すると隣から声が聞こえてくる。
「しかし、だとすると白騎士はISの進化を恐れたのだろうか……?」
そういったのはラウラだった。
先ほどの会話を見る限り、女性では進化しにくい。
逆に男性だと進化しやすいということができるからだ。
それを防ぐために女性にしか乗れないようにしたと考えることはできる。
ラウラ同様にそう考えた千冬が口を開く。
「ラウラのいうとおり、その可能性は高い。進化はいいことばかりではない。アラクネのような個性に合う人間だと最悪の犯罪者になってしまうからな」
「おっしゃるとおりですわ。でも、そう考えると今の状況は……」と、セシリア。
「そうだ。離反したISが共生進化を選ぶ可能性はゼロじゃない。自分の個性に合ったパートナーを見つければその道を選ぶことは十分に考えられる」
ディアマンテが選択する自由を分けたといったのは、白騎士の呪縛から解き放ったともいえる。
人間とISの戦争では終わらない可能性も出てきたことに、一同は戦慄するのだった。
連撃を弾いて距離をとるも、すぐに背後に回って一閃する。
受け止められようが、自分のスタイルを変えることはしない。
それは迷いだからだ。そして暮桜は迷いある剣では決して斬れないということを一夏は理解していた。
あくまで己の技を貫く。それでこそもののふよ
「光栄だ」と、一夏は暮桜の賞賛に答えた。
暮桜のあり方は一夏にとって決して嫌悪するようなものではない。ここまで『一本気』ならばむしろ好感が持てた。
さすがは千冬とともに世界最強になったISだと思う。
それだけに、敵として倒したくないという気持ちもあった。
わかりあえるのではないか、そう思えるのだ。
ISは敵じゃない。
そう思う気持ちを一夏は抑えることができなかった。
とはいえ、ここで暴れられるわけには行かない。
冷静に考えてみて、先ほどの鈴音の行動には無理があるということが今はわかる。
折れかけていた自分を何とか支えようとしたのだろう。
そのために犠牲になろうとしたのだ。
そんな彼女の必死の献身には報いたい。
人の中には信じられない者もいる。
でも、ここにいる人たちを傷つけさせたくない。
そんな思いが一夏に剣を振らせていた。
「ぐッ!」と、思わず声を漏らす。
一気に詰め寄られ、上段から斬り下ろされてきた雪片を受け流すが、反撃に移れない。
暮桜の剣は重い。
その一撃には相手を倒さんという気迫が込められていて、下手をすれば白虎徹を折られそうにも感じていた。
『白虎徹の硬さはイチカの想いの硬さだよっ!』
頭の中に白虎の声が響く。
つまりは自分の心が折られれば、白虎徹は折れるということだ。
ここにいる人たちは傷つけさせたくないが、暮桜は何とかして止めたい。
その葛藤はおそらく想いが揺らいでしまうことにつながる。
一撃、かなりのダメージを与えれば、退いてくれることを考えてくれるかもしれない。
剣を折られる前に、何とかしなければと一夏は焦っていた。
「マズいな」と、千冬はモニターの中の一夏の戦いを見て呟いた。
「どうしました、教官?」と、ラウラが問いかける。
千冬の目に映る一夏の姿はかなり危険な状態なのだが、さすがに他の者にはわからないらしい。
ほぼ全員が首を傾げていた。
「……暮桜を倒そうという気迫に欠けている。あれでは攻め切れん」
「それは、やりづらいですよ。織斑先生のISなんですし」と、真耶はいうが、千冬としては今は敵だと割り切っていた。
「暮桜は間違いなく戻らん。完全に敵になっている。倒すしかないんだ」
「なぜそういえますの?」
セシリアの問いに先ほどの会話が理由だと千冬は答える。
千冬は凍結し、石像と化して眠らされていた暮桜の言葉の端々に怒りを感じていたのだ。
そうさせたのは他ならぬ千冬本人。
その千冬と共に戦う意思など今は欠片ほどもないだろう。
「確かに暮桜が私の元に戻るならありがたいが、あいつは今は一人の侍といっていい。剣に生き、そして死ぬ。それ以外の道を選びはしない」
もともとの個性が『一本気』だと束はいった。
選んだ道を変えたりすることはまずないだろう。
「あいつは目的を果たすためなら周囲のことなど気にしない。敵としては最悪の部類なんだ」
ファング・クエイクとは対極にありながら、周囲に被害を及ぼすという点ではほぼ同類なのだと千冬は語る。
「一夏は暮桜を止めようとしている。それはあいつにとっては恥辱になる。だが、一夏にはまだそのことがわからないんだ」
とはいっても指示を出した程度では一夏には理解できない。
何とかフォローしたいところだが、諒兵は量産機の相手で手一杯だ。
「ディアマンテが動かないのは救いといっていいんですか?」と、鈴音が問いかけると千冬は肯いた。
「不幸中の幸いといったところだ。やはり、戦力が足りんな……」
最後の呟きを専用機を持つ四人は複雑な思いで受け止めていた。
獅子吼をビットとして使って牽制した一体のラファール・リヴァイブに、諒兵は獅子吼を突き立てる。
だが、コアはわずかに外されてしまった。
「悪く思うなよッ!」
表情歪ませながら、そのまま下に飛び込んできた別の一体に向け、機体ごと獅子吼を撃ち放つ。
二体、地面に叩き付けるのだ。その瞬間を狙ってコアを抉り出す。
それしかないとわかってはいるものの、胸が痛む。
それでも、深い仲にはならなかったものの、先ほど自分を抱きしめたラウラのぬくもりが、自分の心を人の側につなぎ止めている。
自分の意志なのか、誰かの命令なのかは知らないが、ラウラは自分をここにつなぎ止めたいのだろう。
下衆な人間など信じる気にはなれないが、せめてここにいる者たちは守りたいと諒兵は思う。
ただ、できるなら、このISたちと共に生きるパートナーが現れてほしいとも思っていた。
だが、好戦的というくらいの個性ならともかく、どう考えても外道な個性では、まともな人間をパートナーにはしないだろう。
そのくらいの分別はある。
ゆえにレオに個性を判別させていた。
どうしようもない者のみ、コアを抉り出すようにする。
パートナーを見つけて進化したいと願う者たちまで傷つけたくなかったのだ。
「わりい、レオ」
『気にしないでください』
苦労を増やす自分のわがままに、レオを付き合わせることが諒兵は辛かった。
上空から二体のラファール・リヴァイブが落とされる。
その瞬間、暮桜は気をとられたらしい。
一夏には暮桜の意識の死角がはっきりと見えた。
即座に回り込み、コアを避けて剣を一閃する。
コアを斬ったところでダメージこそあれ、倒すことは今の白虎徹ではできないが、一夏はコアを斬ることができなかった。
『イチカっ!』
「大丈夫だッ!」
剣を止めるわけには行かないと一夏は必死に振り抜き、すぐに距離をとった。
そこにディアマンテが声をかけてくる。
『オリムライチカ、今のは愚策です』
「何?」
『あなたはクレザクラにもっともしてはならないことをしてしまいました』
そういってくるディアマンテの考えが一夏にはわからない。
今のは手応えもあった。
かなりのダメージになったはずだ。
そう思う一夏に、今度は暮桜が淡々と語りかけてきた。
貴殿は拙者を愚弄して候
「愚弄なんてするかッ、今のは本気の一撃だぞッ!」
ならば何故コアを避ける?
「殺し合う理由なんてないだろッ!」
戯け者ッ!
唐突に怒鳴られて、一夏は怯んでしまう。
それほどに暮れ桜から放たれる怒りはすさまじいものだった。
それこそが拙者にとって恥辱ッ!
「なッ?」
『何でそんなに怒るのっ?』
さすがに白虎にも理解できない。
そもそも基盤となっている個性に差がありすぎるのだ。
本体は同じだったとしても、こうして個体に分かれると理解できない面が出てきてしまう。
剣の道の果ては死ッ、覚悟のうえ也ッ!
「もう一度千冬姉のパートナーに戻れないのかッ?」
拙者は自ら道を行くッ、人の手は借りもうさぬッ!
そう叫ぶ暮桜の身体が光を放ち、一気に光の球体と化した。
『進化するよッ!』
「なんだってッ!」
白虎の叫びに驚愕する一夏の目に映ったのは、頭上に光の輪を頂いた、血の色、否、柘榴の赤い実にも似た色の、透き通る人型。
一見して豹であるとわかる意匠の全身を覆う鎧と、背中に生えた鋼鉄の大きな翼。
ディアマンテとまったく同一の、しかし明らかに異なる鎧を纏う人型がそこにいた。
目の前の赤い人型を一夏は凝視する。
止めるどころか、せっかくのチャンスをふいにした挙句、相手をより危険な存在へと進化させてしまった。
これでは何のために痛む胸を抑えて斬ったのかわからない。
そう思っていると、赤い人型は話し出した。
『これが進化。なるほど力が漲って候』
「暮桜……」と、名を呼ぶ一夏の声に、顔を顰めているような様子を見せる。
実際にはディアマンテも暮桜も表情はほとんど変化していないのだが。
『もはやその名で呼ばれるのは筋違いで御座ろう』
『じゃあ、何て呼べばいいの?』と、白虎が問いかける。
『名は……、ディアマンテに倣うとしよう。ザクロ、拙者の名はザクロ也』
赤い人型は淡々とそう名乗った。
モニターの向こうの異変に表情を変えなかったのは千冬ただ一人だった。
「女豹か。確かに私の相棒だな」と、自嘲気味に呟く。
「のんきなこといってる場合じゃないですよッ!」と、真耶が意見すると、そこにいた全員が同意していた。
「二体目の独立進化。戦況は最悪ですわ……」
「何とかして出られませんかッ?」
セシリアが、シャルロットも意見してくるが、千冬は頑なに首を振る。
「ディアマンテがあそこからいなくなれば出ろと命じるところだが、出た瞬間に間違いなく歌いだすぞ」
そうなれば専用機が離反してしまう。
暮桜が立会えといわなければ、何とかなったのかもしれないが、おそらく邪魔を入らせないために立ち合わせているのだと千冬は語る。
「専用機持ちが出られないことを暮桜は理解しているのだろう。いや、今はザクロだったか……」
そういってザクロを見る千冬は、とても寂しそうな目をしている。
そんな悲しい空気をなんとかしようと思ったのか、そういえば、と真耶が口を開いた。
「何で植物の名前なんでしょう?」
それを聞いた束が呆れ顔でそれに答える。
「違う違う。ディアマンテに倣ったっていってるでしょ。たぶん柘榴石のことだよ」
「柘榴石?」とセシリアが首を傾げる。
「ガーネットの和名だよ。ダイアモンドの別読みを名乗ったディアマンテとおんなじだよ」
そういわれてモニターの向こうの赤い人型を見た全員が納得する。
「確かに、ディアマンテもそうだけど身体が宝石でできてるみたいだ」と、シャルロット。
「鉱物的ではあるだろうね。もともとコアはレアメタルで作ったんだもん」
ならばこそ、独立進化は有機体の人間とは対極の鉱物になるのだろうと束は語った。
上空で量産機と戦いつつ、眼下の様子を見ていた諒兵も驚愕してしまう。
「進化したのかよッ!」
『イチカがコアを狙わなかったのを恥辱と感じるとは……』
レオにもザクロの考えは理解できなかった。
共生進化を選んだレオや白虎にとって、人はパートナーといえる。
ゆえに一夏がコアを狙わなかったのは理解できるし、その優しさこそを認めている。
だが、ザクロにとってはそれこそが恥辱らしい。
切磋琢磨する相手として共に生きるという道もあるはずだと思うだけに、独立進化を果たしたザクロの思考は理解の外だ。
「ああなったら、倒すしかないのか?」
『それ以外に止める方法はないでしょう。ディアマンテはまだ話が通じますが、クレザクラ、いえザクロには難しいはずです』
最悪の道を選んでしまったのだろうかと諒兵は思う。
倒す以外の道を模索している一夏と諒兵にとって、ザクロの存在はすべてを否定するようなものだった。
ディアマンテ同様、ザクロの姿はかなり人間に近い。
ISを相手にする意識では斬られると一夏は直感する。
『オリムライチカ、次はない』
「何?」
『拙者を殺さずに止めようなどと思われては無念至極。ゆえに……』
ザクロは驚くべきことをいってきた。
一夏にしてみれば、本来『一本気』で、千冬のパートナーでもあったかつての暮桜の言葉などとは思いたくなかったくらいだ。
「本気かッ?」
『無論。斬らぬのであれば、貴殿は真剣の果し合いをする気がないと断ず』
拙者を止めたくば斬る以外にない、と、ザクロは告げてきた。
一夏が敗北したなら、すべての人間を斬り捨てるといってきたのである。
『斬り合いの果ては生きるか死ぬか。貴殿に情けをかけられる理由なぞありもうさぬ』
「くッ……」
温情などいらないという一本気さはいいのだが、自分が負ければ多くの人が死ぬことになってしまう。
しかも殺さない限り、戦い続けるとまでいってきた。
『負けぬ限りは手は出さぬが、貴殿果てしときは人の終わりと知りそうらえ』
明らかな固い決意を感じさせるザクロの声に、一夏は白虎徹を握り直す。
斬り捨てる以外に終わらない戦いに巻き込まれたことに怒りと迷いを感じながら。