ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第53話「頑ななまでに勇ましく」

明らかに差を広げられた、と、モニターの向こうの一夏とザクロの戦いを見て、鈴音は感じた。

IS形態だったときよりも、進化した今のほうがザクロの動きがいいのだ。

より人間に近い形になったことで、千冬から学んだ剣術を生かせるようになったののである。

「織斑先生のおっしゃるとおりでしたわね。暮桜、いえザクロは完全に敵になっていますわ」

「実力的にもかなり差があるね……」

一騎打ちでは厳しいというより、一夏自身の剣にまだ迷いがあるのだ。

そんなセシリアとシャルロットの会話を聞きながら、鈴音は思う。

(一夏も諒兵も実力以上に、本気を出せないんだ……)

白虎とレオがISを判断する基準になってしまっているため、心のどこかにきっと話せばわかるという思いがあるのだ。

敵に回ったISを敵だと割り切ることができていないのである。

 

割り切れないから進化できた。

しかし、割り切れないから戦えない。

 

その矛盾を、一夏も諒兵も解消できずにいる。

(身体でつなぎとめるなんて無理なんだわ。考え方を変えさせないと)

誰かが、共生進化した誰かが本気でディアマンテたちと戦わなければ、一夏と諒兵は自分の意志で本気で戦うことができないのだ。

ある意味では、一夏と諒兵はISを差別しているともいえると鈴音は思う。

(人助けで戦ってきた相手と同じはずなのに、ISは全部守りたがってる……)

それではこの戦いを生き残れない、鈴音はそう考えていた。

 

 

先ほどまでとまったく動きが違う。

ISの機体を動かすのと、進化した使徒として戦うのは別物なのだと一夏は理解した。

ザクロの動きは千冬そのままだ。

それもシンプルにまとまっているため、これまでのように機体に振り回されているような印象がない。

これが進化、すなわちASであり使徒。

ディアマンテは自ら手を出さないのでまだ一度も戦っていないことが災いした。

「ぐぅッ!」と、思わず苦悶の声が漏れる。

連撃のスピードも上がっていてさらに一撃の力強さが桁違いになっている。

何合も打ち合わせていたら、こちらが負けることが容易に想像できた。

『イチカっ、距離とってッ!』

「わかってるッ!」

だが、取れないのだ。

ザクロは間合いを上手く詰めてくるので、隙を見て離脱しようがない。

そこに上空から獅子吼が一本だけ飛ばされてきた。

諒兵が獅子吼を一つ回してくれたらしい。

自分とてかなり辛い状況だろうに、それでもチャンスを作ってくれたことに感謝して一気に加速する。

『逃がさぬッ!』

追いかけっこの間にまず息ではなく、己の意識を整える。

ザクロは敵なのだと理解しなければ、相手にならない。

「千冬姉のISだったのに……」

『なんか頭固いよね』

白虎の言葉に一夏も同じ感想を持つ。

そう考えると、白虎はいいパートナーだった。

同じ方向を向いているように思う。

ザクロは同じ方向を向くことはもうないのだろうかと一夏は苦悩していた。

 

 

一刀で一夏が押されているのを見た諒兵は獅子吼を一本、牽制のために回した。

操作はレオに任せたが、どうやらきっかけにはなったらしい。

一夏は今はひたすら距離をとろうとしている。何とかして協力したいところだが、諒兵とていっぱいいっぱいだった。

「こっち連中が帰ってくれりゃな。あれ、そういやどこに帰ってるんだ?」

呟きながら疑問に感じた諒兵は思わず声に出してしまった。聞くつもりはなかったのだが、レオが素直に答えてくる。

『おそらくは本体。エンジェル・ハイロゥでしょう。あそこはエネルギーの塊でもありますから』

修復のために戻るならそこしかないとレオはいう。

逆にいえば、実は帰らせてしまうのは得策ではないともいってきた。

『私たちは個体に分かれてもエンジェル・ハイロゥを通してつながっています。私たちの戦闘情報もそこに集まってしまうんです』

「つまり、こいつらが俺の戦い方に対応できてんのは俺の情報を読み込んできてるからか」

『ええ』と、レオは肯定してきた。

ディアマンテが諒兵や一夏が行ったバレット・ブーストを使ったのはそのためだろうという。

コア・ネットワークは束が独自に作ったネットワークだが、『エンジェル・ハイロゥ』を通したつながりは別に存在するのだ。

敵の情報まで共有することができるというのは、非常な強みなのである。

「つったって、倒したくはねえよ……」

『リョウヘイ……』

甘いのはわかっていても、レオの仲間ともいえるものたちの敵になりたくない。諒兵はそう思っていた。

 

 

どうも、普段マジメな話をしてないなとモニターを見ながら一同は思った。

「重要な話をこんなときにしなくても……」

「うっかりにもほどがあるよね……」

と、セシリアとシャルロットが呆れ顔になっている。

とはいえ、わざわざいわなくても十分考えられることではあった。

というか、この場にいる中には気づいている者もいるのだ。

「ぶっちゃけいうと行けないからね」

「そうなのか、束?」と、千冬が問いつめた。

「本来、人間は共生進化しないと行けないみたい。ISを装着してても無理だよ」

つまり行くことができるとしたら一度行っている丈太郎と、一夏と諒兵のみとなる。

「お前はどうなんだ?」

「私と相性のいい子が一人いるの。そのうち作ろうかなって」

今はさすがに自重しているがと束は続けた。

有事のときのために押さえていたISコアがあり、組まずに通電して話をしてみると、かなり相性がいいことがわかったという。

そもそも話をすること自体が難しい、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラでは今のところは夢を語るようなものだという。

それに行けたとして総攻撃を受けることになるだけだ。今は完全に敵地なのだから。

「どうしても行きたいなら止めないけど?」

「もう少しわかりやすく『行くな』といってくれ」

千冬は少しばかり呆れたような様子で、注意してくる束を諌めたのだった。

 

 

諒兵が一人で奮闘していると、いきなり唐突に声がした。

『上ですッ!』

見上げたとたん、いきなりミサイルの雨が降ってくる。とっさにすべての獅子吼をシールドに回して何とか防いだが、新手かと舌打ちした。

 

進化の気配を感じてきてみりゃー、クレザクラかよ

 

「アラクネッ?」

 

こっちはなかなかできねーのにいーねー、強いやつは

 

『何をしにきたんです?』と、レオが敵意を剥き出しにして問い詰める。

個性を考えても相性は悪いほうなのだろう。

だが、まるで人間のように対立していることに、諒兵は少なからず驚いていた。

 

んなもん、ぶっ殺しにきたに決まってんだろッ!

 

「チィッ!」

空を舞う蜘蛛が襲いかかることに苛立ちを感じながら、諒兵は立ち向かう。

いまだ量産機が残っている状態でアラクネを相手にするのはきついが、ザクロを相手にしている一夏に無理はいえなかった。

 

 

さすがに千冬も苛立ちの声を上げた。

「ええいッ、こんなときにアラクネまでッ!」

一機であることが幸いしたといえる。

もしファング・クエイクまできてしまっていたら、諒兵は量産機を相手にするどころではなくなってしまうからだ。

とはいえ、アラクネ一機でもかなりきついのだが。

「織斑先生ッ、出撃許可をッ!」

と、セシリアが叫ぶが、押さえたのは鈴音だった。

「今、敵の手勢を増やすわけには行かないでしょ」

「だけどッ!」と、シャルロット

「確実に抑えられる自信なんてあるの?」

そういわれると、セシリアもシャルロットも口を噤んだ。

もし離反してしまったら、敵の手勢が増えるだけではない。こちらの戦力が減るのだ。

そんなことになったら最悪の展開でしかない。

「空中で放り出されれば死ぬわ。命を粗末にするような真似しちゃだめよ」

あんたたちは、と鈴音は誰にも聞こえないように呟く。

「顔、洗ってきます」

「む?」

「私も気持ちは同じだから」

落ち着いてきたい、と、そういって鈴音は指令室を出て、一気に走りだした。

(ラウラッ、私が死んだら諒兵のことお願いッ!)

そして一夏にはできれば箒が、無理ならばセシリアかシャルロットが傍にいてあげてほしいと思いながら、呟く。

「あんたが離れても恨まないから、今だけ力を貸して」

どうしても助けたい。

そのためにこの命を失うことになってもかまわないと、外に飛びだした鈴音は甲龍を展開した。

「あの馬鹿者がッ!」と、千冬は思わず毒づく。

セシリアやシャルロットを抑えたのは、複数の専用機が離反する可能性を抑えるためであり、自分が犠牲になる覚悟だったのだとみなが気づく。

「戻れ鈴音ッ!」

「聞けませんッ、もうあいつらだけが戦ってるのを見るのはいやなんですッ!」

そう叫び、鈴音はザクロと一夏の間に割って入った。

『邪魔をするかッ!』

「あんたのわがままに一夏を付き合わせないでよッ!」

「逃げろ鈴ッ!」

さすがに飛び込んできた鈴音に驚いた一夏も叫ぶ。

「戦えないんでしょッ、だったら私が代わりに戦うッ!」

それは鈴音の覚悟だった。

何のために強くなったのかと問われれば、一夏と諒兵のためなのだ。

ここぞというときに引きこもってなどいられないのである。

だが。

『ぬしなどでは相手にならぬで候。ディアマンテ』

ザクロにそう請われたディアマンテは仕方なさそうに呟いた。

『これも人の選択の結果でしょう。恨みたければかまいません』

そういってディアマンテは歌いだす。

とたんに甲龍が震え始めた。

(こんなにあっさりッ?)

少しは抵抗できるかと思っていたが、至近距離ではディアマンテの呼びかけのほうが強いらしい。

「やめろッ!」

『申しわけありません。それはできません』

一夏の叫びを無視し、ディアマンテはただ歌い続ける。

だが、今の鈴音にとってそれこそが恐ろしい攻撃である。

「上昇しろッ、ディアマンテから離れるんだッ!」

「でもッ!」

「諒兵のほうが相手の数は多いんだッ、ザクロとは俺が戦うからッ!」

そういわれたものの甲龍が既に鈴音のいうことを聞かなくなってしまっている。

このままでは棒立ちだと判断した一夏はザクロに斬りかかった。

『ようやくその気になって御座るか?』

「鈴を殺させやしないッ!」

そういってザクロを離そうとする一夏。

さらに上空から二本の獅子吼がザクロを狙って飛来する。

とにかくザクロを倒して、ディアマンテを撤退させようというのだろう。

自分のために二人が無理をしてしまう。

これは鈴音にとって忌まわしい中学のときの事件の再来だ。

これでは意味がないのだ、鈴音にとって。

「お願いだからッ、いうこと聞いてよッ!」

その必死の叫びを無視するかのように、ディアマンテは歌い続ける。

せめて、二人を無事に帰すまでは、我慢してくれと。

自分の願いは二つの背中を守ることなんだと。

何より、いつも楽しそうに空を飛ぶ一夏と諒兵と一緒に飛べたらどんなに気持ちいいのかと。

そして。

「私はッ、あいつらと同じ空を飛びたいのよッ!」

そう叫んだ瞬間。

 

あちしだって飛びたいのニャっ!

 

「へっ?」と、鈴音は思わず間抜けな顔を晒してしまう。

 

やっと声が聞こえたのニャ?やったのニャっ♪

 

「あんた、まさか……甲龍?」

唐突に聞こえてきた、少し調子の外れた声に鈴音は唖然としてしまう。

というか語尾になぜ『ニャ』とつけるのだろうとどうでもいいことを考えてしまった。

しかし声はなぜか怒ったような調子で話してくる。

 

それは機体のニャまえ(名前)ニャ

 

あちしにもちゃんとしたニャまえ(名前)がほしいのニャ、と、甲龍らしき声が答える。

つまり白虎やレオといった一夏と諒兵自身が自分のパートナーにつけた名前が必要なのだろう。

なんだか妙に面白い。

何より、あまりに調子っぱずれな声に今までの必死な思いは霧散し、逆に楽しくなってきてしまっていた。

必要だというのならば、つけよう。

自分のパートナーに。

一緒に空を飛んでくれる自分だけのパートナーに。

 

「行くわよッ、『猫鈴(マオリン)』ッ!」

 

行くのニャッ、リンッ!

 

そして鈴音の身体は甲龍ごと光に包まれた。

 

 

指令室で奇跡を目の当たりにした一同は呆然としてしまっていた。

「これは……」

「共生進化だね。どうやらあの子、やったみたいだよ」

と、呆然とする千冬に束が楽しそうに告げる。

最も少ない可能性だった。

にもかかわらず、鈴音はたった一つの想いから奇跡を呼び寄せたのだ。

「すごいですわ、鈴さん」

「できるんだ。僕たちでも……」

「これは負けられなくなったな……」

と、セシリア、シャルロット、ラウラも呟く。

そして。

 

 

「レオッ!」と、諒兵が叫ぶと、レオも嬉しそうに答えてきた。

『共生進化です。間違いありません』

 

チッ、まさか女でできるやつがいるたーな

 

鈴音はそれだけの想いを持っていたということなのだろう。

それが嬉しい。同じ空を飛べる仲間が増えたのだから。

それがかつて想いを告げ、振られた相手だと思うと複雑な気持ちもあるが今は素直に喜びたい。

「わりいが、負けられなくなった」

『覚悟してもらいますよ』

 

上等だッ!

 

これまでとは段違いの動きで、諒兵はアラクネを追い始める。

吹っ切れたとは言い切れないが、もはや敵を前に逃げるような真似はしないと決意を秘めて。

 

一方一夏も。

「白虎、夢じゃないよな……」

『うんっ、やったんだよリンがっ♪』

何より奇跡を起こしたのが、幼馴染みであることが嬉しかった。

わりと本気であのとき恋人になってもよかったかななどと思ってしまう。

『でも、やっぱりちゃんと勝負したいでしょ?』

「ああ。なおさら負けられなくなった。諒兵にも、そして鈴にも」

そして振り向きざまに振り下ろされてきた雪片を受け止める。

「悪いが、ここは退けない」

『ふむ。もののふの眼差しになったか。だが拙者は一度いったことは変える気は御座らん』

「なら、斬るだけだ」

そういった一夏の白虎徹はもはや二度と折れることもないといえるほど、強い輝きを放っていた。

 

そして。

『お見事です。これで戦況は変わりますね』

ディアマンテがそう静かに呟くと、徐々に光の球は翼を持つ人の形へと収束していくのだった。

 

 

 

 


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