ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第54話「桜花一刀」

光が人の形になると弾けるように一気に霧散した。

そこに現れたのは頭上に光の輪を頂いた鈴音、ただし纏っているのは甲龍ではなかった。

猫の耳を模したようなヘッドセット。全身を、というほどではないが、猫、正確には山猫の顔を意匠として施された胸部装甲を纏い、腰まわり、両腕、両足に装甲をつけている。

そして特筆すべきは、かつて龍砲のユニットだった固定浮遊ユニットが、背中に回り、大きな鋼鉄の翼の付け根となっていることだ。

甲龍よりもだいぶ小さくまとまっているが、猫鈴(マオリン)となった今の身体から発せられる威圧感ははるかに強大だった。

「これが、共生進化なのね……」

『そうニャのニャ。これでリンもイチカやリョウヘイと同じ空を飛べるのニャ♪』

「身体が軽いわ。これなら……」

『思ってるとおりニャのニャ』

自身の進化に感動していると、そんな場合ではないことに一夏の声で気づかされる。

「上昇しろッ、ザクロは引き受けたッ!」

「いいのッ?」

「さっきもいっただろッ、今は諒兵のほうがきついんだッ!」

量産機の相手をしてやってくれという一夏の言葉に肯き、鈴音は翼を大きく広げ、一気に飛び立った。

 

 

現れた新たなる力を得た鈴音の姿に、一同は感嘆の声を上げた。

「猫鈴か。どうやら山猫だな、あの姿は」

「織斑くんや日野くんもそうですけど、ASは本当に鎧になるんですね……」

と、千冬や真耶が呟く。

その言葉を受け、束が解説してきた。

「AS進化は装着者の獣性を受けた鎧になって、さらに機能を極限までコンパクト化するの。でも、たぶん龍砲は使えるね」

「間違いないのか、束?」

「解析してみたけど、機能として残ってる。第3世代武装は取り込んで進化するみたい」

「しかも、強化されてる感じ」と、束は続けた。

そうだとするなら、他の第3世代機、つまりブルー・ティアーズやシュヴァルツェア・レーゲンも、持っている機能を強化した上で進化する可能性がある。

「搭載してる武装は基本的にすべてプラズマエネルギーを使ったエナジー・ウェポンに置き換えられるの。ただ、第3世代兵器はさらに強化して付け加えられてる」

機体にとって重要な部分だけに、切り捨てないのだろうと束は語った。

「こうなっては何がなんでも進化してみせますわ。負けたくありませんもの」

「同感だ。鈴音に置いていかれてなるものか」

「そうだね。僕も負けたくない」

セシリアとラウラの言葉に対し、シャルロットも同じ気持ちだと肯いた。

同時に気になる部分もあると千冬は呟く。

「同じことは独立進化でもいえるんだろう?」

「たぶん、そうなるかな。強奪されたイギリスの子がもし進化してたら、凶悪なBT機になってるよ。ディアマンテはいうまでもないし」

「ならばなおのことですわ。私のブルー・ティアーズが劣っているなどとは思いませんもの」

千冬の問いに答えた束の言葉に、セシリアは決意を新たにしていた。

その目に映る『猫鈴』の姿に感動を覚えつつ。

 

 

飛び上がった鈴音は、すかさず諒兵の背中を守るように量産機との間に立ちはだかった。

「鈴ッ!」

「量産機は私が倒すわ」

しっかりと、決意の表情で告げる鈴音に、諒兵が止めようと声をかける。

「待てよッ!」

「ごめん、聞けない。でも、あんたらに無理もさせないから」

根が優しいから、どうしてもISを倒しきれない。

それは一夏も諒兵も同じだ。

でも、倒す気で戦わなければ、この戦いは生き残れない。

ならば自分がやると鈴音は決意していた。

「とことん付き合ってもらうわよ、マオ」

『ニャ?』

「愛称よ。気に入らない?」

『おっけーニャっ、あちしはリンのその勇気に応えるのニャッ!』

そうでなければパートナーになりはしない。

そう理解していた鈴音は猫鈴の答えなど聞かなくてもわかっていた。

『あちしらの武器は爪ニャっ!』

「ありがとッ!」

そういって鈴音が一気に手を開くと、すべての指先から五十センチほどの長さの細いレーザークローが展開される。

「娥眉月みたいねッ!」

『美人さんのことニャっ、いいニャまえ(名前)ニャッ!』

娥眉月(がびつき)とは日本語で三日月を指す中国の言葉だ。

また、古来の中国では三日月のような細い弓形のすっきりとした眉毛の形を美しい女性の眉の形としている。

転じて娥眉月(アー・メイ・ユエ)とは美女を指す言葉となったという。

「けっこう自信あるもんっ!」

『一部を除いてニャ』と、いいそうになった猫鈴だがさすがに鈴音のために口に出すのは避けた。

『あちしらは走ったほうが速いのニャッ!』

「了解ッ!」

そう叫んだ鈴音は、宙を蹴って流星と化し、量産機たちの間を幾重にも駆け抜ける。

その姿は野山を自由に駆け回る山猫そのものだ。

そして。

「ごめんねっ!」

一体の打鉄のコアを爪で抉り取った。

他の量産機たちは鈴音の技に恐れをなしたのか、すぐに撤退を始めていく。

そこに諒兵の心配するような声が聞こえてきた。

「おい鈴ッ、身体は平気かッ?」

もともと流星は鈴音にとって身体の負担が大きい技だ。

心配するのも当然である。

だが。

『あちしが一緒ニャんだから大丈夫ニャッ!』

鈴音ではなく猫鈴が元気よく答えた。

「……天狼並みに不安になる喋り方すんのな」

「それはいわないで……」

何で自分のパートナーはアホっぽいのだろうと進化の奇跡をちょっぴり恨みたくなる鈴音だった。

 

 

圧倒的な戦闘力。

何よりIS装着時はかなり疲労していた流星を使ってさほど疲労の色が見えないことに、一同は驚いていた。

「共生進化は操縦者にも影響をもたらすとは聞いていたが、ここまで一気に変わるものなのか?」

千冬がそう呟くと、束が肯定した。

「本来はこっちが正解。いっくんとりょうくんは白虎とレオのほうが途中で止めてたから時間がかかっただけみたいだよ」

完全な進化であれば、操縦者にも影響がある。

それは皮肉なことに独立進化を遂げたザクロが証明している。

「あそこまで戦闘力が変わるんだから、影響ないはずないね。多少の負担はあるだろうけど」

「そうか。共生ゆえに負担も強化も共有してしまうんだな?」

「そ」と、束は再び肯いた。

なればこそ鈴音に合わせて猫鈴は進化したということができる。

どちらかが負担するのではなく、お互いに負担し、お互いに助け合うのが共生進化だと束は説明した。

「でも、あの喋り方は何なの……?」

「進化したというのに、その、厳かな雰囲気が欠片もありませんわね」

「ひょっとして性格はアホになるのが進化なのか?」

シャルロットの呆れた表情に、セシリアもラウラも釣られてしまう。

というか「やだなあ、そんなの」といいたげな顔を全員がしていた。

「いやそんなことは……」

そういって、フォローしようとした千冬だが、進化どころか、それから十年かけてさらにアホになったASを思いだしこめかみを押さえるのだった。

 

 

一夏も、そして諒兵もためらいながら行っていたコアへの攻撃を鈴音はためらいなく行ったことに、アラクネは驚愕していた。

 

てめー、いー度胸してんな。

 

そのアホっぽいのの仲間なんだぞ、と、余計な一言まで加えて鈴音に怒りをぶつけてくる。

でも、そういわれようが鈴音に気にしなかった。いや、気にしないように割り切った。

「マオみたいに手を取り合えるなら助け合うわ。でも、敵に回ったからには容赦しない。私はあんたらを特別扱いしないわ」

 

特別扱い?

 

「白虎やレオのおかげで一夏や諒兵はあんたらに同情的だけど、同情する必要のない相手だっているもの」

人間と同じなのだ。

考え方の相違でIS同士も戦うのだ。

そうでなければ白虎やレオが人を守るためにISと戦うことに協力などするはずがない。

人が争うのと同様に、IS同士も争う。

本体の中にいたときは一つの個性という情報であったとしても今は別の個体。

それは同じ人間という種族同士でも相争うことと何も変わりはしないのだ。

「マオは私の大切な、信頼できるパートナーだから大事にするわ。当たり前でしょ。でもあんたは敵。だから倒す」

娥眉月をアラクネに突きつけて、鈴音はそう宣言した。

 

その言葉に諒兵も、そしてネットワークを介して聞かされた一夏も少なからず驚く。

『リンの言葉は間違ってませんよ』

「レオ……」

『あなたの優しさを愛しく思います。でも、すべてに優しくなんてできないんです』

その言葉をザクロと打ち合う一夏も聞いていた。

『胸の痛みは大事なものだけど、それに負けて自分を見失わないでよ、イチカ』

「……白虎」

戦っているのはISであり、白虎の仲間でもある。

それでも、その前に敵なのだ。

今まで人助けで、人を倒してきたことと変わりはない。

背負うものが世界になってしまって、一夏と諒兵はずっと迷ってしまっていた。

もう孤独ではない。

戦いは自分たちだけのものではない。

この世界に生きるみなも同じ、ISの中にも束に応じて眠りについたものたちは争うことを避けた。

自分たちの敗北は、こちら側にいようとしてくれる白虎やレオの仲間たちを傷つけることにもつながるだろう。

だから。

「「もう、迷わない」」

そういった二人は、はっきりと戦う覚悟を決めた。

 

そして。

アラクネはいきなりありったけのミサイルを発射してきた。

「チィッ!」と、舌打ちしつつ、諒兵はビットをすべてシールドに回して防ぐが、爆煙で視界が塞がれてしまう。

「鈴ッ、後ろ頼むッ!」

「任せてッ!」

そういって背中合わせになり、アラクネの次の攻撃に備えるが、いつまで経っても攻撃がこない。

不審に思って見上げると、アラクネは既に上空に離脱していた。

「逃げる気ぃっ?」

 

進化機二つも相手してられっかッ、あばよッ!

 

さすが『悪辣』だけあって、卑怯な手を使うことにためらいがない。

ここで確実に逃げの一手を打てるのは、ある意味では強い証拠だと感心してしまう。

「あれじゃ追いつけないわ。諒兵、降りてディアマンテと戦うわよ」

「鈴、それはマジで待ってくれ」

『リョウヘイ、わかってるのニャ?』

ディアマンテは敵になるといった。

ならばどう足掻いても戦うしかないのだ。

そう猫鈴はいうが、それでもここで戦うのは諒兵は避けたかった。気になる点があるからだ。

「あいつはISを覚醒させても、あいつ自身は人を襲ってねえんだ。まだ、余地はあると思いてえんだよ」

『あと、ここでの戦闘は避けるべきです。もともとあの方は広域殲滅型。本気で暴れられたら学園が更地になる可能性がありますし』

レオのフォローには苦しい点もあるが、確かに一度戦ったシルバリオ・ゴスペルは多数相手でも優勢に戦って見せた。

そこから進化したディアマンテならば、IS学園を更地にするくらい朝飯前だろう。

『それよりも、ザクロを何とかするほうが先決です』

「マオ」

『仕方ニャいのニャ。ただ下手ニャ邪魔するとザクロもイチカも怒るのニャ』

『その点だけは気をつけるのニャ』と、猫鈴も納得した様子を見せるので、鈴音は諒兵とともに一夏の戦いを見守ることにした。

 

 

「束」と、千冬が声をかけると、束はすぐに予想されるディアマンテの戦闘力を算出した。

「ま、ここで戦わないのは正解だね。もともとの戦闘力から白虎やレオの進化の割合を考えて算出してみたけど、学園どころか都市が簡単に灰になるよ」

それは他の使徒も同じだが、と束は付け加える。

純粋な戦闘力はほぼ同格になるのだが、ディアマンテの場合、広域殲滅を目的とした砲撃型であるため、とにかく流れ弾の数が異常の域だろうという。

被害を考えると、都市部ではとてもではないが戦える相手ではないのだ。

ただ、逆にそれが疑問を呼ぶ。

「ディアマンテはなぜ戦わないのでしょう。敵になるといったわりには、そういうそぶりを見せませんわね」

「個性のせいかなあ」と、セシリアの言葉にシャルロットが答えた。

「考えられるな。もともと人に従う意識の強い『従順』だ。従う相手である人を失うことを恐れている可能性もある」と、千冬もそう考える。

そして、だとしたら本当に話してわかる相手でもあると考えられるのだ。

諒兵のこだわりは一夏も同様で、他はともかくディアマンテだけは人の被害者だという意識が強い。

戦いにくいどころではなく、刃を向けるそぶりすら見せないところを見ると、ディアマンテ相手では一夏と諒兵は完全に戦えない可能性がある。

「ならば、牙を剥く前に進化する。だんなさまに無理はさせられん」

そうラウラが決意した表情で語る。

牙を剥いたとき、自分が戦えるようになる。

ラウラがそう決意できたのは、鈴音が共生進化を果たしたおかげかと思うと千冬は複雑な気分だった。

「命令違反は懲罰ものなんだがな」

そういって彼女は一人、苦笑していた。

 

 

持ち直した一夏の剣は、決してザクロに劣るものではなかった。

差はあるが、気迫で支えられたその剣は、ときにザクロの身体を掠める。

戦えない相手ではないということだ。

ただ、どうしても詰めきれない差があるように感じていた。

「何だ、この差は?」

『わかんない。何か壁があるみたい』

今の白虎徹はザクロの持つ雪片に劣らない。

確かに最強を勝ち取った剣が進化しているのだから、決して差がないわけではないのだろうが、それでも想いの強さで押されることはないはずだった。

だが、白虎のいうとおり、ザクロとの間に越えられない壁があるのを一夏も感じていた。

アラクネは逃亡したとはいえ、鈴音の進化により敵は今はザクロただ一人。

ディアマンテは言葉どおり、決して手を出そうとはしない。

ならば、ザクロを倒すのは自分の役目だ。

何より、一夏は剣士としてザクロに負けたくなかった。

ならば、と一夏は翼を広げ、いったん距離をとってから弾丸のようにぶっ飛ぶ。

バレット・ブーストのスピードを載せた全力の一閃。

壁があるというのなら、突き破るまでとの気迫でザクロに迫り、一閃した。

『ぬるい』

そう呟いたザクロの声に戦慄を覚える。

直後、全力の一閃を容易く弾かれてしまった。

『ぬるいが、その意気や良し』

ゆえに見せようと呟いたザクロは雪片を上段に掲げる。

そして。

 

『桜花一刀、零落白夜』

 

振り下ろされる剣を一夏は見つめるだけで、まともに動くことすらできなかった。

何かに飲まれたように、指一本動かすことができなかった。

「チィッ!」と、声がして一夏の身体は強引に弾き飛ばされる。

諒兵が動けない一夏を強引に引き離したのだ。

だが、その瞬間、唐突にIS学園の校舎やアリーナが両断された。

「なんだありゃあッ?」

「衝撃波なのッ?」

さすがに諒兵や鈴音も驚愕する。一振りでかなりの距離がある建物が真っ二つになるなどありえないからだ。

「千冬姉ッ!」

「校舎内やアリーナには人はいないッ、こちらは大丈夫だッ!」

ハッとした一夏が叫ぶが、モニター室から千冬の怒鳴り声が返ってきて諒兵や鈴音も安心した。

『イチカッ、大丈夫ッ?』と、白虎が問いかけてくる。

答えは既に得ていた。いや、それ以外の答えがあるはずがないと理解していた。

「……ザクロは剣士だ。斬る以外のことなんてできるはずがない」

『然り。斬ったまで』

だが、そんな答えでは剣士以外理解できるはずがない。ゆえにディアマンテが解説してきた。

『龍砲と同じ理論で説明できます』

「えっ?」と、鈴音が首を傾げると、猫鈴が補足してくる。

『空間をぶった斬ったんだニャ』

とんでもない答えだが、確かに龍砲が圧力で空間を歪めて砲身を作れることを考えれば、より進化した存在であるザクロに似たような真似ができないはずがない。

できないはずがないとしても、そのすさまじい力に愕然としてしまう。

ザクロは本来は第1世代機の暮桜だ。

だが、そんな括りではもう説明できない存在だと思い知らされた。

 

 

 

 


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