ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第55話「戦いのあと」

ザクロのすさまじい一撃を見た千冬はすぐに指示を飛ばした。

「被害状況を調べるよう指示しろッ!」

「はいっ!」

すぐに学園各所にいる教員たちに、真耶が指示を出す。

少なくとも校舎とアリーナが、一つずつ壊滅状態になった。

これが使徒の力と思うと戦慄してしまう。

「これは進化して手に入れた力なのか……」

その千冬の言葉に答えたのは束だった。だいたいのことは理解できたらしい。

「半分正解」

「何?」

「ただの進化じゃ手に入らない。これは単一仕様能力が進化したものなんだよ」

そういう意味では特殊な機能を持つ第3世代機に近い能力だ。

ただし、出力は今の第3世代機とは比べ物にならない。

「本来、単一仕様能力はコアと人間の対話で手に入る能力だからね。その威力はもともと限りなく使徒に近づいたものになるの」

それが進化したのだから、まさに桁違いの必殺技ということができる。

ただし、ザクロの今の力は、もし共生進化を果たしていれば千冬の力でもあった。

ただ独立進化でも、ザクロの中に単一仕様能力はあったのだから、使えるということなのだろう。

「私との対話で手に入れたものということか」

「ちーちゃんのせいだなんて思わないでよ。ザクロが離反したのはちーちゃんのせいとばかりいえないんだから」

様々な理由が暮桜の凍結につながった。

それは千冬のせいということはできないだろう。

ただ、敵となったザクロがそれを使えることは、かなり厄介なことであるということができる。

「今のところ、単一仕様能力を使えるのは暮桜と……」

「紅椿と白式には機能として載ってるの。紅椿は仕方ないとしても白式が敵に回るなんて考えたくないけどね」

紅椿に戻る気配がない今、白式だけは離反させるわけにはいかないということを千冬は思い知らされていた。

 

 

モニター室の会話を聞いていた一夏、諒兵、そして鈴音はザクロの戦闘力のすさまじさに戦慄していた。

まさに千冬の分身なのだ、と。

そんなザクロは感触を確かめるように手を握っている。

『思ったほどではなかった。拙者もまだ未熟也』

『進化直後は本来エネルギーが少ないのです。私には十分なものと思えました』

「エネルギー足りない状態であの威力なのっ?」

もし、エネルギーが満タンの状態で撃てばどんなことになったのだろうと鈴音は驚愕してしまう。

『同じことはあなたにもいえます』と、ディアマンテは顔を鈴音に向けてきた。

「えっ?」

『ごめんニャのニャ、リン~』

「きゃっ?」と、猫鈴の情けない声が聞こえたと思ったとたん、いきなり地面に引っ張られてしまう。

「「鈴ッ!」」と、一夏と諒兵が慌てて鈴音の腕を掴んだ。

どうやら猫鈴もエネルギーが切れかかっていたらしい。

まあ、落ちたとしても猫鈴を纏っているならダメージなどないのだが。

それはともかくとして、さすがにザクロももう戦う気はないらしい。

『オリムライチカ。貴殿はまだ弱い』

「わかってる」

『今のままでは拙者が斬り捨てる。剣を磨くことを注進しもうす』

そういってザクロは真剣な眼差しで見つめる一夏に、まさに豹のごとく獰猛な雰囲気を放ってくると空へと飛び上がっていった。

そして、ディアマンテが会釈してくる。

『お騒がせいたしました』

「あんたは戦わないの?」と、鈴音が問いかけると、ディアマンテはそのことは既に答えていると返してきた。

確かに、最初に一夏と諒兵に問いかけられたとき、帰ってほしいというこちらの言葉に従うことやぶさかではないと答えたことを思いだす。

『もともと争いは好みません』

「じゃあ、味方にはなれないの?」

『人の意は常に二者択一ではないと思いますが』

味方であっても戦うことはある。

だが、敵であっても必ず戦わなければならないわけではない。

だから戦う気はないが、自分は人の敵なのだとディアマンテは優しい声音で語る。

そして『それでは失礼いたします』と、いって飛び上がろうとするディアマンテに鈴音は思わず叫んだ。

「ちょっと待ちなさいよディアっ!」

その声に少し驚いた様子でディアマンテは振り向いた。

思わず叫んでしまった自分に驚き、鈴音は顔を赤らめてしまう。

『敵に愛称をつけるのは良い趣味とはいえません』

「いや、あんた名前長いんだもん」

『では、これからは私もあなたのことはリンと呼びましょう。ファンリンイン』

『戦いにくくなっても知りませんが』と、皮肉交じりに、そしてどこか優しく告げて、ディアマンテは飛び去っていった。

 

 

ブリーフィングルームに来いといわれ、鈴音は猫鈴を収納し、一夏と諒兵と共に素直に部屋に向かう。

「鈴つきなんだな」

「らしいな、鈴」

猫鈴の待機形態は猫につける鈴がついた灰色の首輪だった。

『なんとなくこうなったのニャ』とは、猫鈴の弁である。

そして、三人が部屋に入るなり、ゴンッという音が響き、鈴音は思わず頭を押さえていた。

「きっ、きっつー……」

「加減はしたぞ。命令違反は本来懲罰ものだ」

そういってため息をつく千冬だが、とりあえず罰はこれだけだという。

やはり共生進化を果たし、撃退に貢献したことは考慮しないわけにはいかなかったらしい。

「一番少ない可能性だったんだがな」

「……一番、賭けてみたい可能性だったんです」

そういった千冬と鈴音の会話の意味が、一夏や諒兵にはわからない。

ラウラはおぼろげに気づいていたが、鈴音がやってのけるとは思っていなかったようだ。

「で、お前が鈴音のパートナーか。私は現在、指揮官をさせていただいている織斑千冬だ」

と、千冬は鈴音の首に巻かれている鈴つきの首輪に視線を向けた。

『マオリンニャ。これからよろしくニャ♪』

「マジメにそういう喋り方なんですのね……」

「形態も山猫だし、猫鈴て猫なの?」

呆れたようなセシリアに続き、シャルロットが尋ねかける。

確かにこのような喋り方では猫をイメージしてしまうのはどうしようもないが、猫鈴自身は否定してきた。

『これはただの癖ニャ。形態はリンの獣性を受けたもので、あちしは関係ニャいのニャ』

いや絶対その喋り方のせいだろう、と、その場にいた一同の心は一つになった。

「一つ質問がある」と、ラウラが手をあげる。

先ほど束もいっていたが、装着者の獣性とは何のことか気になるのだ。

『イチカの虎、リョウヘイのライオンといった具合に誰でもこの地に生きる生き物に即した獣のようニャ側面があるのニャ』

使徒はそれを受けて、ASの形態を決める。

つまり、猫鈴が山猫になったのは間違いなく鈴音が山猫のような側面を持つからなのだという。

そこに別の声が聞こえてくる。

『獣といっても哺乳類に限った話じゃないんですよー』

「……何をしに来た太平楽」

どこから来たのか、天狼がその場にしれっと参加していた。

しかもなぜか白虎やレオと同じサイズだが、着物に割烹着、さらに狼の耳と尻尾をつけ銀髪をアップにした給仕スタイルの美女の姿でふよふよ浮いている。

思わず千冬のこめかみに青筋が立った。

『説明ですよー。向こうで暇してたらうっとうしいからどっかいけといわれまして。そしたら進化の気配を感じたのでこっちにきてみました』

追い出されたのか、と、千冬と一夏と諒兵はあっさり納得した。

さすがに状況が状況なので、眠ってはいられないらしいが、起きているとうっとうしいことこの上ないのが『太平楽』こと天狼である。

「哺乳類に限った話ではないとは?」と、セシリアが天狼にマジメに尋ねた。

『生き物ならば何でもいいんです。人によっては爬虫類や魚類、鳥類、節足動物や昆虫になる人もいるでしょうねえ』

ちなみにいえば、例としてアラクネは進化すれば間違いなく蜘蛛になるだろうと天狼は付け加えた。

なるほど納得はできると一同は感心する。

『ただ、どの形態になっても翼はつきます。昆虫や蝙蝠みたいな羽にはなりません』

それこそが、自分たちの力の象徴だからだと天狼はいう。

天狼たちの本体は光の輪なのだが、その力を行使するための形が翼なのだ。

だからそれだけは変わらないと、天狼は説明した。

『ラウラの話に答えるなら、一緒にいる人間の獣性に即した進化をするということなんですよ』

『決して形態をあちしらに合わせることはニャいのニャ』

イヤ絶対お前は猫だからだ、と、全員は固く信じていた。

これはもはやどうしようもなかったりする。

「その、聞きたいんだけど、共生進化の可能性があったのは鈴だけ?」

そうでないのなら、自分たちも希望が持てるのだが、と思う気持ちからシャルロットは尋ねた。

一人増えて何とかなったとはいえ、現状戦力が少ないことに変わりはない。

進化の可能性があるなら、模索したいのだ。

「わかるか、天狼?」と、千冬としてもこの点は把握しておきたいので答えるように促した。

『全員にありますよ』

「本当かッ?」と、思わずラウラが叫んだ。

しかし興奮しているのはセシリアもシャルロットも同じだ。

それができるのなら、この上ない戦力となるのだから。

『まず誤解を解いておきますが、基本的に私たちは呼びかけてます』

つまり、声が聞こえないのはISの操縦者のほうで、コアは常に呼びかけているという。

これはすべてのコアで同じだ。

実はアラクネやファング・クエイクですらそうだったという。

『ただ、あなた方のほうが応えないんです。これでは対話できません。だから進化できないんです』

「どうすれば聞こえるのでしょう?」

『こればっかりは心のあり方の問題ですねえ』

鈴音は必死の状況に自ら飛び込んだことで、奇跡的に声が聞こえたということだ。

だが、同じことをみながやって効果があるわけではないと天狼は注意してくる。

『ただ、あなた方のISコアは好意的に思っているようですから、次はあなた方自身が本当の意味で必要とし、信頼することですねえ』

「そうなの?」とシャルロット。

『少なくとも裏切ることはありませんよ。ディアマンテの歌声を聞いても離れることはないと思ってください』

全員が驚愕してしまう。

もし離れることがないというのなら、先ほど進化する前、甲龍が動かなくなったのはなんだったというのか、と。

『ディアマンテは呼びかけてるだけニャ。ただ、あの歌声を聞くと混乱というか、錯覚してしまうのニャ』

『あの方の歌は、装着者に近い場所から聞こえてしまうんですよ。実際には装着者の方は応えていないのに、私たちにはあなた方が応えてくれているように錯覚してしまうんです』

つまりディアマンテは装着者を装って擬似的な対話を起こしているのである。

その状態で、装着者がいない場合は勝手に覚醒してしまうし、実際の装着者の性格とISの個性に差があると、離反が起こってしまうのだ。

その代表例が楯無のミステリアス・レイディである。

楯無の性格と、ミステリアス・レイディの個性である『非情』に、差がありすぎたのである。

さらにいえば、猫鈴が錯覚している状況で、鈴音は猫鈴を必要とし必死の想いで叫んだ。

ゆえに猫鈴は錯覚させるディアマンテの歌声を超えて、本物の鈴音の声に応えることができたのである。

「離れる可能性がないのでしたら、今の状態でも戦場に出ることは可能なのですね?」

そうセシリアが問うが、その点は千冬と同意見らしく首を振った。

『棒立ちになっちゃいますよ?』

「あっ、そうか。動けないんじゃ意味ないや」と、シャルロットは少なからず落胆した。

ただ、元気を出させたいのか、天狼は付け加えてきた。

『今の状態なら、セシリアやシャルロットはきっかけを掴めばすぐに進化できますよ』

喜ぶ二人に対し、ラウラが天狼に問い詰める。

ここで外された理由は非常に大きなものだと考えたからだった。

『ラウラはちょっとゲンさんのほうがヘソ曲げてるんですよ』

ゲンさんとはシュヴァルツェア・レー『ゲン』のことらしいが、いちいち突っ込むのも面倒なので全員がスルーした。

「どういうことだ?」

『VTシステムの件で』

あっ、と一同が納得してしまう。

天狼がいうには、VTシステムを組み込まれたせいでシュヴァルツェア・レーゲン自身が相当怒っているらしい。

「ラウラのせいじゃねえだろ」

「だんなさま……」と、自分を庇ってくれる諒兵の言葉にラウラは喜びを感じてしまう。

だが、問題はそこではなかった。

『組み込まれたのは確かにそうなんですが、VTシステムの声に騙されちゃったでしょ?』

「あっ……」

『あなたの場合は、あなたのほうから根気よく呼びかけるほうがいいですよ』

騙されてしまったこと対し、シュヴァルツェア・レーゲンに謝罪する気持ちを込めて呼びかけ続ければ、必ず声は届くはずだと天狼がいうと、ラウラは納得した。

むしろ能動的に動いていくほうがラウラとしてもやりやすい。

「私自身の過ちだ。ならば誠意を伝え続ける」

『そうすればきっと応えてくれますよ。本来『厳格』な方ですから厳しい反面、裏切る可能性も一番少ないんです』

ある意味では一番信頼できる相手でもあると感じたラウラは、必ず自分の想いを伝えると決意した。

 

そして。

「他に情報は持っていないのか?」と千冬が問うと天狼は持っている情報を素直に答えてきた。

まず、やはり紅椿は天狼でも見つけられないらしい。

どうやら本体にも戻っていないらしいのだ。

「太陽が出てればエネルギーが補充できるからかな?」

『それもありますが、バキさんは機能としてエネルギー精製能力を持ってるんですよ』

バキさんとは紅椿、アカツ『バキ』のことである。

決してどこぞのグラップラーではない。最強クラスな上に親にあたる人物が人外チートなのは一緒だが。

そんな紅椿の持っているエネルギー精製能力、その名を『絢爛舞踏』

束が作り上げた紅椿の単一仕様能力だ。

本来白式のエネルギー容量の問題を解消するための単一仕様能力だったのだが、すでに自らを動かす無限のエネルギーを生み出せる機関になっている可能性があるらしいという。

『あの方だけは夜でも自在に動けます。動き出したときは気をつけてください』

間違いなく最強最悪の敵になるという天狼の言葉に身を引き締める一同。

さらに。

『アラらんやゼフィるんは手間取ってるようですが、おクエさんはきっかけさえあればすぐにでも進化しますね。止められません』

アラらんとはアラクネ、ゼフィるんはサイレント・ゼフィルスだとわかったが、『おクエさん』が誰のことかわからなかった。

だが、ファング・クエイクのことだと気づいた諒兵が拳を握る。

「あいつは俺が倒す。一夏、ザクロはどうする?」

「もちろん、俺が斬る。もう迷わないさ」

はっきりと覚悟を決めた二人の覇気は、以前のような頼もしさを感じさせた。

それを見た一同はようやく調子を取り戻してくれたと安心する。

さらに天狼は続けた。

『もうすぐ対『使徒』用の兵器の試作機が五つほど完成します』

「本当ですかっ?」とシャルロットが思わず叫んだ。

『ジョウタロウだけじゃなく、ヨーロッパ各国でも指折りの科学者たちが連日徹夜したんですよ。おかげで試作機ですが、何とかかたちにできたそうですよ』

危機感はどの国も同じように持っていたため、特に現場の者たちは必死になって開発作業に取り組んだらしい。

「良かったよ。本当に」

「捨てたもんじゃねえな」

戦っていることが報われたと一夏や諒兵が安堵する表情を見て、鈴音たちも良かったと微笑んだ。

『で、一つをIS学園に回すので、こちらで試験運用をお願いしたいとか』

同時にコアを使わないパワードスーツとしてラファール・リヴァイブを何機か組み上げてあるという。

もっともIS学園自体が独自に訓練機の予備パーツを使い、束の協力でパワードスーツを組んでいるのでこちらに関しては問題ないが。

いずれにしろ、戦力が増すのは朗報である。

『兵器のための材料のデータなどは送るから、試験運用しつつ、実機を元にこちらとクラモチでも量産してくれといってました』

欧州はデュノア社で量産し、配備していくと天狼は続けた。

千冬は満足そうに肯くと、「了承したと博士に伝えてくれ」と、天狼に告げる。

だが、もう伝えたと天狼は返してきた。

当然といえば当然だった。

天狼たちは無線で光通信できるようなものなので、問題ないのである。

『それで、その試作機の一つを受け取るために、誰かフランスまできてほしいそうです。完成予定日はあとで伝えるといってますので』

丈太郎自身はデュノア社で量産体制を作るまでは向こうにいると天狼は説明してきた。

当然、手をあげたのは彼女しかいない。

「織斑先生。僕が行きます」

「そうだな。頼むとしよう」

シャルロットの言葉に千冬も肯く。

ここからが、人類の反撃開始だと、その場にいた全員が意気を上げたのだった。

 

 

 

 


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