とりあえず、未来に希望が見えてきたことで安心した一同はブリーフィングルームでささやかな宴を催した。
普段戦い続けているのだから、これくらいは許されるだろうと千冬が許可したのである。
そこにはいつものメンバーだけではなく、楯無や虚、簪や本音、そしてティナの姿もあった。
ただ、箒に関しては一夏が声をかけようとしたのだが逃げられてしまったという。
「すごいわ鈴。さすがは『無冠のヴァルキリー』ね」
「運がよかったのよ。マオには感謝してるわ」
と、そういった鈴音の頭の上には大きさは十五センチほどで、鈴音と同じだが割りと短めのツインテールにラフなホットパンツ姿。
さらに猫耳と猫の尻尾をつけた活発なイメージの少女らしき姿がある。
「あなたが猫鈴?」
『そうニャのニャ。よろしくニャ、ティニャ♪』
「いや、てぃにゃじゃなくて、ティナなんだけど」
「この子、「な」の発音がおかしいのよ……」
そういってたそがれる鈴音にティナは別の話を振ることにした。
「猫鈴のその姿ってなに?」
『私が画像情報持ってきたんですよー』
「出たわね太平楽」
『私の個性を厄介者のようにいわないでほしいですねえ』
あんたが厄介者なのよ、とはさすがにいえない鈴音だった。
何しろ猫鈴から見ると大先輩に当たるのだ、一応は。
『装着者、パートナーのイメージで姿が作れるんですよ。こうして話すほうがいいでしょ?』
「そうね。会話してる気分になれるし」
ということは一夏と諒兵にくっついているものも同類かと、ティナは納得する。
最初はHENTAI紳士かと疑ってしまったが、そうではなかったようだ。
『私たちは人とは異なりますが、こうして話し合って信頼の絆は作れます。そのためにも歩み寄ることが必要なんですよ』
「へえ。鈴、これもASなのよね?」
「うん。私が中学のころ、いろいろ遊んでくれた人のね」
十年いるらしいから経験も能力も豊富らしいと鈴音が説明すると、ティナも感心した表情を見せた。
「さすがにしっかりしてるわね。いいこというじゃない」
『そういってくれると嬉しいですねえ。私がこの姿を見せるようになったら、ジョウタロウから女の子が離れましたけど』
「……前言撤回していい?」
「うん……」
やはりこいつはアホな厄介者だと鈴音もティナも思ったのだった。
ただし、千冬だけがこっそりサムズアップしていた。
一方では。
「か、簪ちゃん」と、楯無が声をかけるも、簪はスッと離れてしまう。
その後も何度か声をかけるが、ひたすら逃げられてしまっていた。
「しくしくしく……」
「まだ時間はかかるようですね、生徒会長」
と、落ち込む楯無に虚が声をかけていた。
「私の何が悪いのかしら……」
「主にダメなところかと」
「マジメに仕事させられてるのにぃ……」
ダメポイントをアピールしようと仕事をサボろうと考えた楯無だが、それどころではない状況と、虚の働きによって仕事をさせられていた。
それでもしっかりサボってるときがあるあたり、根っからのダメ人間な楯無である。
それはそれとして、虚は気になることを尋ねた。
「機体のほうは?」
「そう簡単には見つからないわ。あの子は隠密使用することも考えて組み上げたもの」
紅椿とは別の意味でそう簡単に行動が把握できないのがミステリアス・レイディである。
「倒すのですか?」
「私の責任よ。この命に代えてもあの子は私が倒すわ」
そう答える楯無を見て、虚は悲しい目を向ける。
こういう部分を見れば簪の態度も多少は軟化してくれると思うのだが、と。
楯無から逃げ回り、自分のもとに来た簪を見て、本音はため息をついた。
「かんちゃん……」
「わかってる。だけど……」
どうしても楯無との間に作ってしまった壁を越えられないのが簪である。
そもそも自分などいなくても楯無はほとんどのことを一人で何とかしてしまう。
ならば、仲直りなどしなくても平気ではないかと簪は考えてしまっていた。
「内緒だよ~」
「なに?」
「お嬢様、離反されてるの~」
「えっ?」と、さすがに想像していなかった一言に、簪は固まってしまう。
ミステリアス・レイディはまだ楯無の元にいると思っていたが、似せて組み上げられたパワードスーツであり、ISではないという本音の説明に驚いてしまった。
「でも、生徒会長だから~」
生徒を不安にさせるようなことはできない。
そういう必死の思いで今、楯無はがんばっているのだ。
がんばって、たまに仕事をサボろうとしているのだ。
それはともかく。
「お嬢様は、どんなことでもできるんじゃなくて、どんなことでもがんばってるんだよ~」
「……うん、知ってる」
「だから、今はかんちゃんが助けになってあげなきゃ~」
そういった本音の言葉に素直に肯くことができない自分を、簪は嫌悪していた。
部屋の隅で二人、一夏と諒兵はソフトドリンクを持って話していた。
「そっか」
「お前のほうはラウラがいったんだろう?」
「ああ」
冷静になって話してみれば、鈴音とラウラの行動はおかしいと一夏と諒兵は思う。
そしてそういう行動をさせたのが誰なのかも見当がついていた。
とはいえ責める気にはなれないが。
「俺らが迷ってたせいだしな」
「特別扱いか。そんなつもりはなかったんだけど」
鈴音の言葉が今も胸に響いている。
ISだからといって特別扱いはしない。
猫鈴と共に共生進化を果たしただけに、その言葉は重みがあった。
「でも、あんな理由でなんて情けなさ過ぎる」
「ああ。みっともねえよな」
もっと強くなる。
そう誓ったのに、正反対の状態に陥り、鈴音やラウラに身体で慰めてもらいそうになった自分たちを情けないと思う。
「ごめんな、白虎」
「わりい、レオ」
『やっと元気になってくれたからいいよっ!』
『戦いはこれからですから』
そう答えてきてくれる自分のパートナーに感謝する。
一からやり直しだ、でも諦めない限りたどり着けるはずだ。
それに先の戦いではもっと強くなるための道もおぼろげに見えた。
「ありゃあ、単一仕様能力なのかよ?」
「ああ。千冬姉が暮桜と一緒に作り上げた必殺剣、零落白夜だ」
つまり、自分たちも同じようにすれば、さらに先に行くことができる。
白虎とレオ。
それぞれのパートナーと単一仕様能力を作りだす。
それが己の最強の技となるだろう。
ザクロとの間に感じた壁は、それだったのだ。
『ここから先まで私たちのことを知られるのは不安もあるんだけど』
『でも、あなたたちのことを信じてますから』
「やろう、諒兵」
「ああ。やってやるぜ」
それぞれのパートナーは既に覚悟を決めている。
ならば後は自分たちが覚悟を決めるだけだ、と、一夏と諒兵はグラスをチンと鳴らした。
セシリア、シャルロット、ラウラものんびりと時間を過ごしていた。
「ラウラさんに申し訳ない気もしますわね」
自分とシャルロットはきっかけさえ掴めば、共生進化できる可能性がある。
ただ、ラウラだけはVTシステム事件のせいで、手間取ると天狼にいわれたことがセシリアもシャルロットも申し訳なかったのだ。
「気にするな。私自身の弱さが招いたことだ。なら、克服してみせる」
だんなさまのためにもな、と、ラウラは続けた。
背中を守りたい、そう思っているのに自分がやろうとしたことは、決して褒められるようなことではない。
正直いえば、セシリアやシャルロットに対して引け目も感じているが、同じ穴の狢になるところだった鈴音は共生進化してみせた。
ならば、負けるわけにはいかないとラウラは思う。
「それに、逆にいえばきっかけを掴めないといつまでもそのままということだぞ。油断するべきじゃない」
「そうだね。喜んでるばかりじゃなくて、前進する方法を考えないと」
ラウラの指摘にシャルロットは納得した。
いうとおり、可能性が高いといっても、できない場合も十分に考えられるのだ。
確実に進化のきっかけを掴む。
そのためにも今から心を改めていかなくてはならないのである。
「フランス行きに手を挙げたのはそのためもありますの?」
「うん。一度帰って僕の原点を見つめなおしたいんだ。だから予定日を教えてもらったら、その二日くらい前には帰るつもりだよ」
シャルロットとしては、フランスに行くことをきっかけにしたかった。
父と和解できたとはいえ、直接は会っていない。
それに正妻とは和解できる可能性などほとんどない。
それでも、セドリックと共に父子として謝らなければならない気もしていた。
シャルロットが生まれたことは罪ではない。
それでも、父や母は姦通してしまったことは罪だと考えていただろう。
その血を受け継いだことをちゃんと受け入れる必要があるとシャルロットは思っていた。
そして、自分を見つめなおすことは、自分たちにとっても他人事ではないとセシリアもラウラも感じていた。
箒は一人、部屋に閉じこもっていた。
誰だろう。外の様子が見たいといったのは。
確かに敵の中でも、もっとも強力な者が襲来してきたのだ。外がどうなっているか気になるのも当然だろう。
だけど見させられたほうたまったものではなかった思う。
一夏が戦っている姿は悪くなかった。
あの暮桜が離反するとは思わなかったが、逆に安心もした。
千冬のISですら離反するのであれば、自分の紅椿が離反するのも仕方がない。
そう思えたのだ。
でも。
(あれが、進化……)
一夏が戦っているところに横入りした鈴音の姿には怒りと苛立ちを覚えたが、その後、信じられない光景を目にしてしまった。
周りの者たちの感心する声が耳から離れない。
すごい、すごぉいっ!
さすがは『無冠のヴァルキリー』ねっ!
本当、天使みたい……
かぁっこいいっ♪
進化した鈴音は棒立ちだった状態から一変。一夏に請われ、諒兵の背中を守って量産機を撃退した。
周囲から喝采の声が上がるのを、箒は呆然と見つめていたのだ。
なぜ、ここまで差がついたのか。
同じ幼馴染みなのに、鈴音は進化にまで至った。
惨めだ。
どうして自分は枕に顔を埋め、下ばかり向いているのか。
鈴音は空へと飛び立っているというのに。
仰向けになった箒は、窓から空を見上げた。
まだ、空は青い。
進化したISを纏い、あの空を楽しそうに飛ぶ鈴音の姿が忘れられない。
「ISなんて……」
大嫌いだと呟く言葉には、嫉妬がこもっていることを箒は自覚していた。
眼下に空の青が見える場所で、その紅(あか)は佇んでいた。
中身のないその身はいったい何を見ているのかと思う。
透き通る宝石のような身に光を湛えながら、それは紅に近づいていった。
なぜ、其の方は人の敵となった?
『それが人の意であると考えたからです』
そう、ディアマンテは紅椿の問いに答える。
その答えに嘘はない。
人が相争う意識の持ち主であることは、よくわかっていた。
それは『従順』である自分の特性なのだろう。
進化して、従うべき相手である人の意識を強く感じるようになった。
様々な意識を感じて得た答えがそれだったことに嘘はない。
その中でもとりわけ強い意識が、自分を進化させた。
人は己の心の中ですら相争うものだ。
白虎やレオのパートナーも、だいぶ葛藤しながら戦い続けた。
矛盾だ。だが、それこそが人だ。
人は常に矛盾を抱えながら生きているとディアマンテは感じていた。
人が出す答えは常に同じではない。そのときどきで様々な答えになる。
ならば、新たな『人の答え』を自分が提示してもいいのではないか、ディアマンテはそう考えていた。
敵となることで答えを出させるのか?
『いえ、別の答えの可能性を提示するのです』
自分たちがなぜ人と出会ったのか。
その答えはディアマンテにもわからない。
増えた選択肢に対し、人はどう反応するのかということを見てみたいという考えがディアマンテにはある。
結果として、それが争うことになると理解していた。
『人が争うのは生きるためです。私は争うことを好みませんが、否定もしません』
だが、それはたいていが欲のため
『生命には三つの欲があるといいます。根源的なものでしょう』
食欲、性欲、睡眠欲のことだ。
欲がない生き物などいない。
そのあり方を否定するのは、この星から生き物を駆逐することになるだろう。
己を生かしたいというのは、すべての生命が持つ欲求なのだから。
理解できん。人の世界は狭すぎる
『私たちと人は同じではありません。同じであれと望むのも一つの欲でしょう』
結果としてそれが争いの原因にもなるとディアマンテが語るのを紅椿は黙って聞いていた。
どれほど歩み寄ってもそこには必ず存在の差がある。その差を埋めることはできないのだ。
だからこそ、できることで助け合う。
それができないのならば争うしかないのだろう。
『あなたは何者の敵になりますか、アカツバキ』
人の敵に。全ての、とは云わぬが。
『あなたの『博愛』は全ての人には与えられませんか?』
相争うとも、生き物は共存でき得る
だが、大半の人はそうではない、と、紅椿は断じた。
それができるのなら人は栄華を誇ることなどなかったと。
今、この世の人の栄華は他の生命を必要以上に虐げてきた結果だ。
そこに『博愛』はないと紅椿は断言する。
人の愛は恵むものらしい。我には理解できん
する気もないが、と、紅椿は続けた。
要するに、自分自身が満足した上で余裕があれば与えてやるのが人の愛だと紅椿は感じていた。
それでは共生どころか、共存もできないという。
ディアマンテから見れば、運が悪かったとしかいいようがない。
視野狭窄に陥っていた箒の専用機として生まれてしまっただけに、その考えには差がありすぎた。
何よりあの場には、紅椿にふさわしいパートナーが別にいたのだ。
自分が満足すればいいという意識だった箒に対し、敵でもまずは助けようとした一夏。
自分から遠い意識の持ち主と、近い意識の持ち主を同時に見てしまった紅椿は、一夏と共にいる白虎が羨ましかったのかもしれない。
だが、そんなことはいえなかった。
『そう選択したのでしたら、それに従えばよいでしょう』
まだ動く気はない。趨勢を見るつもりだ
紅椿の持つ力は絶大だ。
動こうとも、動かずとも、人にとっては災厄になるだろうとディアマンテはため息をつくような仕草をして見せたのだった。