ボロ布を纏った少女がとぼとぼと歩いていた。
疲れきったその顔を見ると、本来は相当に可愛らしい少女であることがわかる。だが、ぼさぼさに乱れた髪と纏うボロ布のために、本来の魅力をまったく引き出せていなかった。
ドンッと道行く人にぶつかった少女は、よろめいて座り込んでしまう。
相手は心配する様子も見せずに歩き去っていった。
今はただ、人の心が冷たかった。
少し休むべきかと思った少女は、路地裏に入って腰を下ろす。
「疲れた……」
そう呟く。
まだ、かつて身を寄せていた場所のほうがよかったと思う日が来るなど、少女は思ってもみなかった。
そこは、少女にとっては戦う以外のことができない場所で、自分は駒として扱われ続けていた。
唯一の安らぎは甘えさせてくれる一人の女性の存在のみ。
それも、もう失ってしまった。
「ママ……」
己の身をかき抱く。
自分を包んでくれたあの温かい腕も今はない。
戦うためだけの駒であった自分に人の温もりを教えてくれたのに。
でも、その人は最期の瞬間、自分に希望を与えてくれた。
「あの子なら、きっとあなたを守ってくれるわ。だから、希望を捨てないで。会いに行ってあげて」
何もかも失った状態で、それでも歩き続けたのは、その希望が理由だ。
会えばきっと守ってくれる。あの人とは違うだろうけれど、それでも温もりをくれるはずだ、と。
「おにいちゃん……」
しかし、それは同時にある憎しみを自覚させた。
自分だけが何故、と。
自分は家族ではなかったのか、と。
少女は自分の素性を理解している。それだけにその憎しみは潰えることがない。
そんな堂々巡りの思考に陥っていると、突然、複数の人の悲鳴が聞こえてきた。
まさかと思い、通りへと出ると空を見ながら必死に人が逃げ惑っている。
少女は視線を空へと向け、そこにいる者たちを睨み付けた。
「ISッ!」
無人のままの覚醒ISが市街地に攻撃を開始している。
少女にとって、今のISは憎しみの対象だ。
自分が操っていた機体は、徹底的なほど自分を痛めつけて悠然と飛び去っていった。
力があったなら、皆殺しにしてやりたい。そう思っても今は力がない。
そう思っていると、光と共に翼を持った白い虎と黒い獅子、そして赤と黒のコントラストが美しい山猫が現れ、逃げ惑う人々を守るように戦い始めた。
しかし、その姿は少女に更なる憎しみを覚えさせてしまう。
「なんであいつが、おにいちゃんと……」
その怒りは、ISに対する憎しみよりも強い憎悪を生みだした。
そこにいるのは自分のはずなのに。
その人が守ってくれるのは自分のはずなのに。
力が欲しい。
邪魔な存在を消して、自分が一緒に飛ぶために。
少女はそう強く願う。
三人の翼を持つ戦士たちの活躍により、覚醒ISが撤退する姿を見た人たちが歓声を上げているにもかかわらず、少女は空を睨みつける。
そのとき、ふと何かに呼ばれているような気がした。
己の心に従い、人気のない路地裏に再び入る。
すると、空から光が降りてきた。
ふむ。君かね、私を呼んだのは?
「ISっ、何故っ?!」
呼んだのは君だろう?
目の前にいたのは、IS、正確にいえば打鉄だった。
やけに低い『男性的』な声で語りかけてくる。
その機体を見ると武装も何もない。どこかの試験機だったのだろうかと少女は考える。
いずれにしてもこの打鉄がここにいる理由がわからない以上、答えは決まっていた。
「お前を呼んだ覚えなんてない」
飛ぶための力が欲しいというのは嘘だったのかね?
そういわれて、少女はハッとした。
確かに、自分はそう望んだからだ。まさか、そんな自分の心をこの打鉄は読み取ったというのだろうか。
君の強い想いが声となって聞こえた気がしたのだが……
気のせいならば引き上げるとしよう、そういって再び光へと変わっていくその打鉄を、少女は必死に引き止める。
呼んだ覚えはないのではなかったのかね?
「くッ……」
なんというか、ずいぶんと『皮肉屋』な印象を受ける打鉄だと少女は思う。
正直に言えば気に入らない面もあるのだが、これは自分が得たチャンスなのは間違いない。
ゆえに。
「私は、飛びたい。おにいちゃんがいる空へ」
おやおや。……ブラコンというやつかな?
打鉄は面白そうにクックッと笑う。
癇に障る笑い方だが、からかっているように見えて、その実、自分の想いが真摯であることは理解しているようにも感じられた。
「力を貸してほしい。でも、他のISの仲間になる気はない。殺してやりたいくらいだ」
かまわんよ。私も他の者たちとは一線を画す存在だ
意外なことに、その打鉄は少女の思いを否定するどころか受け入れた。ならば、共に戦うことに否やはない。
すると打鉄は、少女を誘ってきた。
私に名を。それが君と私が生まれ変わる呪文となる
何がいいだろう。そう考えて、ふと思いついたのは今の自分の望みだった。
『おにいちゃん』と一緒にいたい。
そのためにならどんな犠牲も厭わない。
世界を滅ぼす怪物に成ってでも。
だから。
「お前の名前は、『ヨルムンガンド』だ」
クッ、これはまた、良い名を考えたものだ
打鉄、否、『ヨルムンガンド』がそう楽しそうに答えると、少女は打鉄と共に光に包まれ、空へと飛び上がっていった。