ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第57話「二人の帰郷」

鈴音が共生進化を果たしてから数日後。

何度か襲来があったが、ASが三機になったという点は大きく、問題なく撃退できるようになった。

とはいえ、こちらから討って出るにはその場所に行くことができず、また一夏、諒兵、そして鈴音頼みの戦争では負けは目に見えている。

もうすぐといわれた対『使徒』用兵器の開発に期待の目が集まるのは、IS学園でも当然のことだった。

そして。

「今日集まってもらったのは、まず例の件、予定日が伝えられてきたからだ」

「いつですっ?」と、シャルロットが少し興奮気味に問いかける。

「今日をあわせて五日後とのことだ。事前にデュノアがいっていたとおり、明日か明後日には出発してもらう」

「はい」と、答えるシャルロットに千冬は肯いた。

こちらは予定どおりなので何の問題もないのだか、今朝になっていきなり問題が発生したのである。

「いったいどんな?」と、鈴音。

「オルコット」

「はい?」

「今朝、イギリス空軍基地が一つ壊滅した」

「なっ?!」

いきなりとんでもないことを聞かされ、セシリアは驚愕してしまう。

襲撃ではなく壊滅。

つまり既に終わってしまっているということだ。

「連絡はなかったのかッ?」

「朝だろうが襲撃があったら飛んでくぜ?」

一夏と諒兵がそういうと、千冬は沈痛な面持ちで答えてきた。

「ジャミングされたんだ。ネットワークを介しての連絡網に邪魔が入った」

間違いなく、コア・ネットワークからの介入で、襲撃時に連絡している余裕がなくなってしまったのだ。

無線はおろか、衛星を使った連絡すらできなかったという。

敵は明らかにイギリスの空軍基地を確実に潰すために通信の邪魔をしてきたのだ。

「ようやく回線を復帰できたのが先ほどだそうだ。そして、敵の画像が送られてきた」

千冬がそういうと、控えていた真耶がモニターに敵の画像を映しだす。

「サイレント・ゼフィルス……」と、セシリアが愕然としながらその名を呟いた。

イギリスの第3世代機であり、BT2号機『サイレント・ゼフィルス』

安定性ではセシリアのブルー・ティアーズに優る機体でもある。

「こいつの個性は『自尊』、わかりやすくいえば高飛車な性格をしている」

問題はそれ以上に、確実に勝利するために狡猾な策を考えられる策士でもあるということだと千冬は語る。

「ネットワークの邪魔をしながら戦闘ができるのか」

「こいつは特別だ」と、一夏の言葉にさらに説明してくる。

BT機であるサイレント・ゼフィルスは己を動かさなくても、ビットだけで攻撃できる。

自分はネットワークの邪魔をしつつ、ビットを使って空軍基地を壊滅させたのだ。

無駄な戦いをしないタイプの性格ということができる。

もっとも、トドメとしてレーザーライフル、スターブレイカーを基地にお見舞いしたそうだが。

『ムカつく。こいつ嫌い』

『力を誇示するような戦い方ですね。気に入りません』

『性格悪いのニャ。ぶっ飛ばしてやりたいのニャ』

白虎、レオ、猫鈴の順にサイレント・ゼフィルスの戦い方に文句をいう。

性格的にも合わないのだろうが、はっきりとボロクソに評価していた。

それはともかく本題として千冬はセシリアに説明してきた。

「データですの?」

「ISの開発データなども大半がやられていて、兵器を受け取ったとしても使いようがないそうだ。そこでブルー・ティアーズ本体の持つデータを採取したいらしい」

「要するに戻ってこい、と」

ただし、セシリアは現状、最前線にいく可能性もある兵士である。

そのため所属がIS学園になっており、データ採取のためにいったん帰郷せよということになったのだ。

「今イギリスは丸腰に近い状態だ。デュノアと同時に出発する必要があるだろう。ただ、向こうでディアマンテが現れた場合は何とか離脱することを考えろ」

同じことはシャルロットにもいえる。

あわせて、一夏、諒兵、鈴音、ラウラはIS学園で待機。

ラウラは訓練だが、一夏、諒兵、鈴音の三人はイギリス、もしくはフランスに覚醒ISや、ディアマンテ、ザクロが襲来した場合、そこまで飛ぶことになる。

既に猫鈴も量子転送を修得しているため、この点は問題なかった。

「反撃の準備だ。今が一番大事な時期となる。気を引き締めろ」

「はいッ!」と、全員が素直にそう答えたのだった。

 

 

翌、早朝。

セシリアとシャルロットはそれぞれ自国の空港に降り立っていた。

特にセシリアが急いだため、連絡を受けたその日の出立となり、今の時間に到着したのである。

 

イギリスの首都ロンドン。

ヒースロー空港に着いたセシリアの前には、黒服の男性が二名。

「レディ・オルコット。お待ちしておりました」

「お出迎え感謝いたしますわ」

「早速で申し訳ありませんが、開発局へ」

やはり相当に危機感があるのだろう、旅の疲れを癒すまもなく、データ採取になりそうだとセシリアを一つため息をつき、そして肯いた。

イギリスのIS開発局に向かう車中、セシリアはいろいろと問いかけられることになった。

「では、ブルー・ティアーズは離反の可能性は少ないと?」

「最初に進化したオリジナルASの言葉ですから、嘘はないと思いますわ」

「それは重畳です。いまやイギリスにはレディのブルー・ティアーズしかありませんから」

イギリスはブルー・ティアーズ以外のすべての機体に離反されている。

組み込まれていないISコアは凍結できたが、組み込まれていたものはすべて飛び去ってしまっていた。

ISに頼りすぎた軍隊はいまや張子の虎といってもいい。

敵がISである以上、イギリスの軍事力はブルー・ティアーズ一機といっても過言ではないのだ。

(さすがにプレッシャーがありますわね……)

自分が負ければ、イギリスが負けるといった程度ではない。滅んだも同然となる。

国家代表の重責とはこういうものかとセシリアはある意味では納得してしまった。

「中国の現国家代表は進化を果たしたとのことですが」

「ええ。直接見る幸運を得られましたが、とてもすばらしいものでしたわ」

「失礼ながら、レディは?」

やはり聞いてくるかとセシリアはため息をつく。

国同士の争いなど今は小さいものだが、かといって自国の代表に据えた者が進化できないのでは体面に関わってしまうのだろう。

とはいえ、天狼の言葉を信じるなら、自分はかなり近い場所にいるのは確かだ。

期待に応える努力をするのも貴族の務めだろうと口を開く。

「すばらしい。さすがはオルコット家のご令嬢」

「光栄です。もっともそのきっかけをどう掴むかで今は悩んでいるところですわ」

白々しい、と、冷めた意識で黒服の男に答える。

セシリアはもともとBT機のテストパイロットとして代表候補生に選ばれた。

思念制御の能力が高かったからだ。

実力のうちといえないことはないが、総合力で選ばれたわけではない。

それが悔しくて、必死に猛勉強したことを思いだす。

実力で選ばれたのだと、テストパイロットとして、使い捨てられる可能性のあった自分を必死に否定するために。

それが、今、こういう状況になったがために実力を褒められても、別に嬉しくはなかった。

あまりいい気分ではないと感じたセシリアは、今度は自分のほうから尋ねかける。

「サイレント・ゼフィルス以外に現れた機体は?」

「いえ、サイレント・ゼフィルス一機のみです」

「一機で?」

「はい」と、答える黒服の言葉に、セシリアは少なからず驚愕した。

量産機はたいてい軍勢となって襲いかかってくる。少なくとも十機程度の編隊を組んでくるのだ。

それがたった一機。

サイレント・ゼフィルスはよほど自分の力に自身があるのだろうかと感心してしまう。

もっともISはなくとも兵器はあっただろう空軍基地を壊滅させたのだから、その力はかなりのものだ。

自信に見合った実力があるのだろう。

(個性が『自尊』というだけはあるということなんですわね)

己に絶対の自信を持つという意味でもある『自尊』という個性を持つサイレント・ゼフィルスに対して、セシリアはわずかな親近感を抱く。

とはいえ、そんなことはいえないので、別のことを尋ねてみた。

「開発データのバックアップはどうなっているんですの?」

本来、重要なデータなのだから、バックアップはあって当然である。

それもないというのだろうか。

実機から改めてデータを取りたいというのは理解できないわけではないのだが、気になる点であった。

「コア・ネットワークからの介入でクラックされました」

「そちらも?」

「おそらくは、こちらが本命だったのではというのが上層部の見解です」

「なるほど」と、セシリアは納得する。

コア・ネットワークから自分やブルー・ティアーズなどのBT機の開発データを破壊するのが目的だったとするならば、ジャミングや空軍基地への襲撃はそのついでだ。

(つまり、自分以外のBT機が存在することを許す気がないんですわ)

『自尊』的といえる行動であろう。

自分という存在を唯一絶対のものとしようという意思があるように感じられる。

そして、そう考えるならば当然のこととして、ブルー・ティアーズを破壊しに来ることが考えられる。

同じBT機だからだ。

(まみえるのはそう遠いことではありませんわね……)

来たるべき激戦を思い、セシリアは背中に冷たいものがつたうのを感じていた。

 

 

開発局に着いたセシリアは、整備開発室まで赴くと、ブルー・ティアーズを展開し、そして専用の整備機に身体を預ける。

そしてそのままいったんブルー・ティアーズから離れた。

「まずは機体とISコアの状態を調べます。時間がかかりますので、別室でお休みください」

宿泊施設もあるという。どうやら今日はここに泊まりとなるらしい。

「私がブルー・ティアーズから離れるのは得策ではありませんわね」

「いつ襲撃があるかわかりませんから、今、ご実家に戻られるのはご容赦ください」

「わかりましたわ。ただ連絡はしておきたいのですが」

「それはかまいません。設えてありますので、別室からお願いします」

そういって案内された先は、それほど気を遣ったとは思えないようなシンプルな部屋だった。

まあ、本来は開発局、泊まることができればいいのだろう。

そんなことを考えながら、自宅やIS学園の寮に置いたものよりはいくらか硬いソファに身を預け、セシリアはため息をついた。

「こんなかたちで帰郷するとは思いませんでしたわね」

故郷に錦を飾るというわけではないが、IS学園に入学して、一夏や諒兵、鈴音と戦ったことで、明確に国家代表の道筋が見えてきたセシリアは、戻るときは代表として胸を張って戻るつもりだった。

確かに今は代表だが、暫定的なものであり、運良くブルー・ティアーズを抑えられたからに過ぎない。

とても錦を飾ったとはいえないとセシリアは感じていた。

それだけに新たなる目標は叶えたい。

「共生進化……」

鈴音がたどり着いた奇跡に、自分もたどり着く。

それは、ブルー・ティアーズと本当に信頼しあえる関係になるということだ。

思念制御のセンスなど関係ない。

本当の意味で実力と、そして心を成長させなければなるまい。

そこにたどり着いたとき、自分はようやく胸を張ってイギリスの土を踏めるとセシリアは感じていた。

 

 

一方、フランスは花の都、パリ。

シャルル・ド・ゴール空港に降り立ったシャルロットは苦笑いしてしまう。

かつて自分が使った偽名と同じだからだ。

(なんか変な気分だなあ……)

今はシャルロットとして動けるとはいえ、シャルルを名乗っていたときのことを思いだすと、同じ名がついた空港に降り立つのはなんだかこそばゆい気がしていた。

デュノア社の本社、及び兵器開発部はパリ郊外、イル・ド・フランス地方にある。

そこまで移動するのにたいした手間はかからないので、シャルロットは一人で本社に向かうつもりだった。

義理の母に命を狙われているとはいえ、フランスで唯一ISを抑えられている今はフランス政府が彼女を守るからだ。

さすがに政府を相手にケンカを売れるほどの力は、義理の母の実家にはなかった。

そう思い、比較的気楽に歩きだすシャルロット。

だが。

「シャルロット」と、声をかけられて驚いてしまう。

そこにいたのは父、セドリック・デュノアだった。苦笑いしながら歩み寄ってくる。

「お父さんっ?」

「なんでも一人でできるとはいえ、出迎えくらいさせてくれてもいいだろう?」

「でも、今は兵器開発が忙しいんじゃ……」

時期的に考えれば、試作機の開発において、まさに今が正念場だ。

科学者でもあるセドリックが勝手に出てくるわけにもいかないはずだとシャルロットは思う。

「博士に蹴り飛ばされたよ。娘と一緒にやるべきことがあるだろうとね」

「えっ?」

「とにかく行こう。車を回してある」

そういって駐車場に向かうセドリックと並び、シャルロットは歩きだす。

父と、こんな風に歩ける日が来るなんてと喜びを感じながら。

 

 

セドリックの運転で向かった先は、デュノア社の本社でも兵器開発部でもなかった。

イル・ド・フランス地方を抜け、ブルゴーニュ地方の外れにあるディジョンまで向かう。

「知ってたんだね……」

「もちろんだよ」

ディジョンはクリスティーヌの故郷であり、そしてシャルロットが育った町だ。

歴史のある街であり、ブルゴーニュ公爵宮殿、ディジョン大聖堂などは観光目的で訪れる人も多い。

実はここの近くにフランスでも最古の空軍基地のうちの一つがある。

クリスティーヌはここで育ったことから、兵器開発に興味を持っていたらしく、それが科学者を志した原点だという。

「クリスによく聞いていてね。私もこちらにクリスとともに居を構えたいと思っていた」

嘘でもおべっかでもないことは、どこか悲痛な響きを持ったその声で理解できた。

縛り付けるものの多いセドリックにとって、ここは憧れの地だったのだろう。

そして、小さな教会の近くの駐車場に車を止めた。

後部座席においてあった花束を手に、教会の墓地に入る。

シャルロットも、既に何度もきたことのある墓地に足を踏み入れた。

そして。

「クリス、やっとシャルロットと共にくることができたよ……」

クリスティーヌ・アルファンの名が書かれた墓石の前でセドリックは懐かしそうに、そして悲しそうに呟いた。

「お母さん、久しぶり……」と、シャルロットも少し目に涙を溜めて呟く。

そんなシャルロットの首飾り、待機形態のラファール・リヴァイブがほのかな光を放っていた。

 

 

 

 


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