従兄弟はしばらくは家で震えているらしいという報告があったのだが、シャルロットはむしろ悲しくなった。
脅しが効いたということに間違いはなく、確かに助かったとは思ったが、そのための犠牲を認めたくなかったのだ。
「セシリアは……」
「しばらくご実家に滞在するそうです。今、オルコットさんを戦場の近くに置くわけにはいきませんから」
シャルロットの言葉に答えたのは真耶だった。
今、シャルロットはデュノア社本社内に設置されている通信機で直接報告を受けている。
セドリックの言葉にあっさりと肯いたという従兄弟の態度に疑問を持って問い詰めると、イギリスが襲われたというとんでもない話を聞かされたのだ。
その後、シャルロットのほうからIS学園につなぎ、現在報告を受けているのである。
それによれば、イギリスのIS開発局はサイレント・ゼフィルスに襲撃され、死傷者を出したという。
その中にはセシリアの大事な友人までいた。
幸い、その友人は命に別状はないそうだが、それでも聞いていて辛かった。
しかもブルー・ティアーズは自ら凍結したという。
フランスで他愛もないことに悩んでいたのが恥ずかしいとシャルロットは自分が情けなくなった。
「デュノアさんは試作機を受け取ったら、まずIS学園に戻ってください。すぐに解析、そして量産体制を整えるそうです」
「わかりました」
「オルコットさんは……、状況次第ではこのままイギリスの学校に編入となります」
「そんなっ!」と、思わず声を漏らしてしまったが、今のセシリアには戦うすべがない。
自ら凍結したというブルー・ティアーズ。
現状、どのようなコンタクトも受け付けないのだ。
凍結解除は、ブルー・ティアーズ自身が自ら行わない限り、無理だろうとイギリスでは判断したらしい。
そのため、現在はセシリアに託しているという。
「天狼が独自にコンタクトを取ろうとしたんですが、イギリスと見解は同じでした。目覚めさせられる可能性があるとすればオルコットさんだけだと」
「そうなんですか……」
「私たちも心配なんです。オルコットさんの報告によれば、サイレント・ゼフィルスは自分以外のBT機の存在を許さないようですから」
つまり、まだ凍結という状態である以上、セシリアは狙われる可能性がある。
だが、セシリアは今は一人で考えたいとIS学園から増援がいくことを断ったという。
だからといってイギリスを放っておくわけではなく、ネットワークのジャミングが起きれば、一夏や諒兵、そして鈴音が直行できるように体制を整えている。
「今は、反撃の準備を整えなければなりません。デュノアさんも辛いでしょうけど、兵器を優先することが、イギリスを守ることにもつながると考えてください」
「わかりました」と、そういってシャルロットは通信を切ったのだった。
シャルロットが本社内の廊下を沈んだ様子で歩いていると声がかけられた。
「連絡はすんだのか?」
「はい……」と、声をかけてきた丈太郎に言葉少なに答える。
本当なら、イギリスのセシリアに何か伝えたい。
上手く言葉にできないが、何かできることはあるのではないかと思うからだ。
「そうだな。シャルの気持ちはわかる」
と、丈太郎と一緒にいた数馬も肯いた。
しかし。
「やめとけ」
「なんでですかっ?!」
「蛮兄、友人が苦しんでいるのだから、何かしたいと思うのは当然だろう?」
詰め寄るシャルロットに数馬も賛同してくる。
だが、何も考えずにやめろといったわけではないらしい。
「今、傍にいるべきなのはおめぇじゃねぇ。おめぇや鈴、ボーデヴィッヒだと、オルコットが焦る」
「えっ?」
「何とかブルー・ティアーズを復活させようと焦るっつってんだ」
確かに丈太郎のいうとおりである。
現状、戦う手段のある者がセシリアのもとにいっても、それを見たセシリアが焦るだけで逆効果だ。
「天狼は能力だけなら優秀だ。それでもオルコット以外目覚めさせられる可能性がねぇっつってる。デュノア、おめぇに何か考えがあるか?」
「そ、それは、ないですけど……」
「厳しい言い方だがよ、俺らにゃぁ、何もできねぇ」
心配なのは当然だが、今は信じて待つしかないのだと丈太郎は語る。
「正直いやぁ、一番辛ぇがよ」
そういって少し申し訳なさそうに丈太郎が笑うのを見ると、シャルロットは何もいえなくなった。
そのころ。デュノア社本社内社長室にて。
「君がここに来るとはな」
「来てはならないといわれた覚えはないわよ」
セドリックは美しい金髪を持ちながら、威圧的な態度をとる、ある女性と面会していた。
いや、ある女性というのは語弊があるだろう。
彼女はセドリックにとっても、シャルロットにとっても身内だからだ。
「カサンドラ、今日か明日にでも兵器が完成する。すまないが私は忙しい。家に戻っていてくれ」
カサンドラ・デュノア。
セドリックの正妻、つまり政略結婚をしたドゥラメトリー家の人間である。
もちろん、現在も立場はセドリックの正妻であり、本社にも顔パスで入れる人間だ。
「……ジョスランを追い返したと聞いたわ」
「ここや開発部が危険なのはわかると思うがね。昨日イギリスの開発局が潰されたばかりだ。命の危険のある場所にドゥラメトリー家の人間を置くわけにもいくまい」
「運がよかったわね。シャルロットを守りたかったのでしょう?」
否定はできなかった。
とはいえ、素直に喜べるはずがない。
シャルロットの大事な友人であるセシリアは、ブルー・ティアーズが自ら凍結してしまったことで、戦えなくなってしまったくらいだ。
そのぶん、シャルロットの負担は増えるだろう。
セドリックにしてみれば、兵器の完成を急ぎたかった。
「君とて、シャルロットがドゥラメトリー家に入るのを望んではいないだろう?」
「……当然よ。泥棒猫の娘など」
「カサンドラ、私のことはいくら責めてもかまわない。だが、もうシャルロットのことは放っておいてくれ」
認めろとはいわない。
そもそもクリスティーヌに敗北したと感じているだろうカサンドラがシャルロットの存在を認めるはずがない。
ただ、それならば完全に無視してくれたほうがまだマシだとセドリックは思う。
執拗なまでに付け狙うからこそ、互いの関係がまったく改善しないのだから。
セドリックは確かに親バカではあるが、かといって過剰にシャルロットを守っているわけでもない。
一般家庭の親くらいの庇護を行っているだけだ。
一部問題はあるが。
ドゥラメトリー家の力を借りることもなく、自分のポケットマネーでシャルロットを養っている程度なのである。
このままカサンドラがシャルロットを無視するようになってくれば、それだけで十分だと感じていた。
「無理に親子になれなどとはいわない。いや、シャルロットのために君が考えることなど何もないんだ」
「私はッ……」
と、何かをいおうとしてカサンドラはただセドリックを睨みつける。
その視線を甘んじて受け止めるセドリック。許されようという気持ちなど毛頭なかった。
ただ、頭を下げるのみだ。
すると、しばらくして、カサンドラは社長室を出て行った。
「すまない、カサンドラ……」
罪悪感。
それを愛情などとはいえないと理解していたが、それでも謝罪の言葉を口にせずにはいられないセドリックだった。
とりあえず従兄弟に迫られる心配はなくなったとはいえ、本日が兵器のテストとなっている以上、丈太郎や数馬と一緒にいるほうがいいと判断したシャルロットは、二人とともに開発部のビルに向かうことにした。
とりあえず正面玄関に向かうため、エレベーターに乗ろうとする。
だが。
(あ)と、思わず動きを止めてしまう。
止まったエレベーターの中にいるのは、シャルロットがもっとも苦手にしている女性だった。
ためらうシャルロットに合わせるかのように動きを止める丈太郎と数馬。
だが、その女性はエレベーターを降りると、シャルロットと擦れ違い……。
「ッ?」
振り向きざまにバックから取り出したらしきペーパーナイフをシャルロットに向けて突き刺そうとする。
だが。
「あッ、あなたたちッ!」
「それじゃテロリストか殺し屋だ。やめとけマダム・デュノア」
「無事か、シャル?」
「あっ、うん……」
マダム・デュノア、すなわちカサンドラの凶行を丈太郎が止め、数馬はシャルロットを庇った。
もっとも、丈太郎が止めたおかげで誰にもケガはなかったが。
「詳しい事情を聞く気ぁねぇ。だがここで事件が起きりゃぁ面倒になる。矛を収めろ」
「あなたたちまでシャルロットを守るというのッ?」
「おめぇさんが犯罪者になるとこを止めただけだ」
シャルロットを守ると明言してしまうと、カサンドラの神経を逆撫でしてしまうと考えた丈太郎はそう答える。
実際のところ、シャルロットを傷つけさせる気はない。
何よりセシリアがブルー・ティアーズに乗れない今、シャルロットまで乗れなくなるのは人類にとってかなりの痛手だ。
様々な意味で、今、シャルロットを傷つけられるわけにはいかないのである。
「どうしてあなたはッ……」と、悔しげな声を漏らすカサンドラ。
(えっ?)と、シャルロットは疑問に思う。
シャルロットの目には、彼女の瞳が涙で潤んでいるように見えた。まるでシャルロットという存在に縋りつきたいかのような意思が垣間見えたのだ。
だが、そのことを問いただす前に、カサンドラは三人から離れていった。
「蛮兄」と、数馬が口を開こうとするより早く丈太郎はシャルロットに告げてきた。
「テストは明日にする。今日は部屋に戻っとけ」
「いえ、やらせてくださいっ!」
間髪いれずにシャルロットはそう答えた。丈太郎や数馬が意外そうな表情を見せると、シャルロットは続ける。
「気持ちを入れ替えるためにも集中したいんですっ、お願いしますっ!」
「大丈夫か?」
「はいっ!」
シャルロットは意見を変えるつもりはなかった。
こんなかたちで中止ではセシリアに顔向けできないと考えていたからだ。
いずれにしてもこのまま中止などといえば、かえって遺恨が残るだろうと丈太郎は感じたようだ。
「わかった。調子が悪けりゃぁやめさせっかんな」
「はいっ!」
しっかりと、そう答えたシャルロットに対し、少しばかり眉をひそめる丈太郎だったが、ならば、といってシャルロットと数馬を連れて開発部へと向かう。
シャルロットもしっかりとした足取りで着いていく。
そんな彼女を数馬が少し心配そうに見つめていた。
数時間後。
「とりあえず休んどけ」
「はい、すみません……」
「やっけぇなこったがな。気負うな、そして焦るな。今一番大事なこった」
シャルロットのテストは散々というほどではなかったが、思うように試作機を操ることができず、いまひとつという結果に終わった。
シャルロットとしては納得いくまでやりたかったのだが、丈太郎が中止を命じたのだ。
そして先の会話となる。
やはりセシリアの戦線離脱とカサンドラの凶行は悪影響を与えていたらしい。
「情けないです……」
「気負っちまってるだけだ。平常心でいろっつうのは酷だろうが、こういうときこそ落ち着かねぇとな」
そういって丈太郎は笑うが、シャルロットの気持ちは晴れない。
「さっきのテストでもそれなりにチェックはできる。君が次に扱うときにはもう少し調整できるはずだ」
「うん、ありがとう」
数馬の言葉はありがたいとは思うが、逆に気を遣わせてしまったことが申し訳なかった。
宿泊室に向かう途上。
(……やっぱり、あの人の行動が一番効いたのかな)
肩を落として歩くシャルロットは、そんなことを考える。
セシリアのこともショックだったことは確かだが、今日のようにカサンドラ自身に明確に襲いかかられたことはなかった。
たいていの場合、無視されていたからだ。
そういった狙いをセドリックから聞いていたとしても、シャルロット自身は気づいていなかったのだから、ある意味では初めての経験といってもいい。
本当に命を狙われていたのかと内心では落胆していた。
それ以上に、カサンドラが自分に向けたあの表情が気になっていた。
彼女は自分にいったい何を求めているのか、と。
(寝ちゃおう。気分転換に外でると誰に会うかわかんないし)
そんなことを考えながら宿泊室に入るとベッドの上のテディベアが目に入る。
ふと母のことを思いだしてしまう。
もし、母が父を奪い取っていれば、こんな思いをすることはなかったのに、と。
あからさまに八つ当たりだったが、文句の一つもいいたい気分だった。
身代わりというのもなんだが、テディベアのセディの頭ををぐりぐりと弄り回す。
「へんなかお~♪」
自分でやっていながら、つい笑ってしまう。
なかなかいい気分転換かもしれないなどと思いながら、弄り回していると、妙な音に気づいた。
「ガサ?」
胴体の部分をぐっと押してみるとガサッという音がする。
何度も押すとガサガサと鳴った。
「何か入ってる?」
普通は綿が詰まっているテディベア。
ガサガサなどという音が鳴るはずがない。
そう思ったシャルロットは後で直そうと思いつつ、テディベアの背中の糸を解いていくと、そこには折りたたまれた便箋が入っていた。
開いてみて驚く。
書かれていたのは母からの手紙だった。
その内容を読んだシャルロットは、居てもたってもいられず、セドリックのもとへと飛んでいくように走りだした。
兵器完成まであと一息というところなので、セドリックは忙しくしていたが、シャルロットはかなり無理をいって面会を申し出る。
その様子まで伝えてくれたのか、セドリックはとりあえず三十分だけといって時間を作ってくれた。
「どうしたんだ、シャルロット?」
「これっ、これ読んでっ!」
「手紙か?」
「母さんのだよっ、僕が持ってるテディベアの中に隠してあったのっ!」
クリスティーヌがわざわざテディベアなどという、下手をすれば気づかないような場所に残した手紙なら、何か大事なことが書かれているに違いないとセドリックも考えたのだろう、素直に受け取った。
そして。
「……そういうことだったのか」
驚きつつも、どこか納得した様子でセドリックをため息をついた。
その内容は。
親愛なるシャルロットへ。
この手紙を見つけられるかどうかは神様に委ねますが、できるなら知っていてほしいと思い、書き残しておきます。
ただ、もし、見つけることができたなら、私にとって生涯、心の夫であったセドリック・デュノアにも伝えてあげてほしい。
あの人と恋に堕ちてしまったとき、私たちはどこか海外の別の会社に就職を考え、二人で一緒にフランスを出るつもりでした。
そのことはあの人も了承していて、あなたを妊娠したことをきっかけに、その計画を立ててもいました。
ただ、あの人の妻であるカサンドラに妊娠を知られたとき、私は一度命を狙われました。
直接、私に襲いかかってきたことには、確かに怒りも感じましたし、なおさらフランスを出る決意を固めましたが、その後の彼女の姿に私はどうしてもあの人を奪い取ることができなくなってしまいました。
彼女はただ、泣いていただけです。
ただ、夫婦仲は冷え込んでいて、本当なら別れていたはずの彼女が、なぜあの人にこだわったのかということを考えて、私には理解できてしまった。
私にはシャルロット、あなたがいる。
あの人との間に授かった大切な娘であるあなたがいてくれる。
でも、彼女にはあの人しかいなかった。
あの人と子を生すことができない彼女にとって、あの人の妻であるということは、たった一つの心の支えだったんです。
子を生すことができないということが、いったいどれほど辛いのか、あなたを生む喜びを得られた私には理解のしようもないことかもしれません。
それでも、もし彼女からあの人を奪い取ってしまったら、彼女にはもう命を絶つ以外に道がなくなってしまう。
そう思ってしまったとき、私にはどうしてもあの人を奪い取ることができなくなってしまいました。
だから、愛人のままでもいいと思い、あの人との間に授かったあなたを生み、育てて、生きていくことにしたのです。
シャルロット、この手紙を読んでくれたなら、どうかセドリックを、そしてカサンドラを恨まないであげてください。
母というよりも、一人の女として願います。
これを読んだとき、あなたが正しい道を選んでくれると信じています。
クリスティーヌ・デュノア
しばらくの間、シャルロットもセドリックも無言だった。
最後に書かれたサイン。
それはクリスティーヌが心は常にセドリックの妻であり、シャルロットとともに、セドリックと家庭を築きたかったという願いなのだろうと、彼女の女としての想いを痛いほど感じていたからだ。
「私は本当に愚か者だ……」
「お父さん……」
「結局、私は今まで、クリスの想いも、カサンドラの想いも理解できていなかった」
男性が女性の心を理解することなど、できないのかもしれない。
それでも愛すると決めた相手が何を考えていたのかくらいは理解するべきだっただろう。
セドリックにとって、かつてその対象はカサンドラであり、そしてクリスティーヌでもあった。
だが、この手紙を読むまで、どちらの想いも理解できなかった己をセドリックは恥じていた。
だが、それはシャルロットも同じだ。
もっともまだ少女といえる年齢のシャルロットには、二人の女の気持ちなど理解するには幼すぎる。
「今、私が守らなければならないのは、お前と、そしてカサンドラなのだな……」
「うん、そう思う。あの人と僕はたぶん母子にはなれないけど、お父さんまであの人を見捨てちゃダメなんだ。でも、僕も努力する。せめて僕の存在を受け入れてもらうように」
「私も努力しよう。いま生きている人を愛していけるように。クリスはもう天に召されてしまったのだから」
シャルロットだけ守れればいいのではない。
本当は常に嘆いていたカサンドラを守っていく。
それがシャルロットをまっすぐに育て、この手紙でその想いを伝えてくれたクリスティーヌへのセドリックの愛の証になる。
シャルロットもセドリックもそのことにようやく気づくことができた。
そのとき、いきなり警報が鳴り響く。
「どうしたッ!」
「開発部に覚醒ISが襲来しましたッ!」
「くッ、気づかれたかッ!」
その様子をしっかりと聞いていたシャルロットは、決然と告げる。
「お父さんッ、行ってくるッ!」
「……頼む。私もすぐに開発部に向かう」
「うんッ!」
本社ビルから外へと飛び出したシャルロットは、決意の眼差しで空を見上げる。
自分の育った国の空。
母が生き、父が守り、そしてもう一人の母がいるこの空を守るために。