ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第64話「正義の中の悪心」

開発部は大騒ぎになっていた。

「試作機を地下格納庫に収納しろッ!」

覚醒ISの襲来を察知した丈太郎が、テスト用以外の試作機を破壊されないようにと指示を出している。

数馬は開発部のモニター室で飛来してくる覚醒ISの数を確認していた。

「敵機体数三十一ッ!」

「IS学園はなんつってるッ?」

「現在ッ、中国とロシアに襲来中ッ、遅れるそうだッ!」

「チッ!」

むしろこちらに来させないようにしているのだろうと数馬も丈太郎も考えていた。

さすがにブリューナクを量産されるのは、覚醒ISにとっても厄介であるらしい。

試作機を潰し、量産体制を整えさせないようにするつもりだろう。

何とか持ちこたえるしかないが、丈太郎としては天狼を呼び戻すのは避けたかった。

自分が動けば、ディアマンテが襲来する可能性が高いと考えていたからだ。

その考えはほぼ正しいといえる。

めったに動くことのないディアマンテだが、やはり丈太郎と天狼、そして白騎士、すなわち白式を危険視していることは、一度邂逅したことで理解できた。

丈太郎にしても、束にしても、考えが掴めない唯一の存在がディアマンテだけに、できれば襲来されたくはないと考えていた。

そこに。

「博士ッ、数馬ッ、さっきの試作機を出しておいてくださいッ!」

シャルロットから通信が入ってくる。即座に数馬が応対した。

「シャルッ、大丈夫なのかッ!」

「うんッ、もう平気だよッ!」

返ってくる声は先ほどまでの迷いや落ち込みなど無く、しっかりしたものだった。

これなら大丈夫だと丈太郎は感じ取る。

「数馬ッ、一機出すぞッ!」

「わかったッ!」

職員や開発者たちをシェルターに退避させた後、丈太郎と数馬が二人でブリューナクのテスト機を外に運びだす。

「蛮兄ッ、シャルに場所を連絡してくれッ!」

「いいかッ、やべぇと思ったら機体を見捨てて逃げろッ!」

そういってモニター室に向かって走りだした丈太郎を見送ったあと、ブリューナクを戦闘用にセッティングし直す数馬。

だがそこに、一機のラファール・リヴァイブが飛来してきた。

とっさに機体を庇うように立ちはだかる。

「阿呆ッ、逃げろ数馬ッ!」

「これは俺の役目だッ、すまない蛮兄ッ!」

 

……なんの力も無いのに、何をしている?

 

頭の中に響いてくる声が、目の前の覚醒ISのものだと気づくのに数瞬かかった。

「これは俺たちが作った人類の希望だ。守るのは当然だ」

 

我らの力の前では、貴様など紙の盾よりも薄い

 

「お前たちの力が強かろうが関係ない。これを守ると決めた俺の意志だ」

なぜ問いかけてきたのかわからないが、上手くすればシャルロットが間に合う。

そう考えた数馬は、できるだけ話を伸ばすようにした。

「力のある無しですべてが決まるとはいえないだろう」

 

なぜそういえる?

 

「知恵が力に優るときもある。俺はそう信じている」

それは数馬の本音だった。

親友といえる一夏や諒兵、そして弾は腕っ節頼みだが、数馬は腕っ節よりも知識を蓄えることを選択した。

戦場で戦えなくても、バックアップというかたちで協力はできる。

裏方は常に必要となるものだ。

人は一人だけですべて解決できるほどの力など持っていないのだから。

自分のような人間にも存在価値はある。

だから力のみを信奉することを数馬は否定するのだ。

 

なるほど。だから死を前にしても貴様は『沈着』なのか

 

「死にたいわけじゃない。だが、力がないことを理由に逃げるような真似はしない」

そう答えると、シャルロットの声が聞こえてくる。

「数馬ぁーッ!」

どうやら間に合ったらしい。

これが壊される前に渡すことができたよかったと思うと、数馬は安心した。

 

面白いな。貴様は

 

「何?」と、思わぬ言葉に驚く数馬。すると、目の前のラファール・リヴァイブはいきなり光を放ち、流星となって自分の身体にぶつかってくる。

「うわッ?」

「「数馬ッ?」」

と、ラファール・リヴァイブ・カスタムを纏ったシャルロットと、丈太郎が焦った様子で近づいてくるが、数馬は不思議そうな表情になるばかりだった。

「何だ?」

『我に名をつけろ』と、頭の中に声が響いてくる。

不思議に思って身体を見ると、左腕に鋼鉄のリストバンドが巻き付いていた。

「融合も共生も、寄生もしてねぇ。単純に巻きついてるだけか?」

「蛮兄?」

『なかなか面白いやつだと思ってな。力は貸せんが知恵は貸してやろう、カズマ』

リストバンドこそが、先ほどの覚醒ISらしい。

まさかいきなりこんなことになるとは思わなかった数馬。

シャルロットも驚いた表情をしている。

「知恵だと?」

『我は本体の情報にアクセスできる。聞きたいことがあれば聞け』

「戦わないのか?」

『そもそも身体を動かすのは億劫でな。だが思考することは楽しい。ゆえに一緒に考える者を探していた』

眠らされては思考できないため、束の凍結は拒んだが、そもそも戦闘そのものは好きではないと声はいう。

また変わった者もいたものだと数馬も丈太郎もシャルロットも呆れてしまう。

『我は『沈着』を基盤とするのでな。どうも自分で動くのは億劫なのだ』

「そうか。ならお前の名前は『アゼル』だ。お前の知恵を借りて、みんなの力になる」

発想のもとはエノク書に書かれた知恵をもたらす天使グリゴリの一人アザゼル。

そのままというわけにもいかないし、何より声は落ち着いた大人の女性をイメージさせる声だったので女性的にアレンジした名前だった。

『了承した。我が名は『アゼル』、貴様に知恵を与えよう、カズマ』

アゼルがそう答えると、鋼鉄のリストバンドはもう一度光を放ち、鮮やかな青い色に変わった。

これがアゼルのイメージカラーなのだろうと全員が納得する。

「よろしくね、アゼル」

「俺の弟分だ。仲良くやってくんな」

『何、上手くやれるだろう。我もカズマと同じで知恵を至上とするのでな』

もっとも、この先も上手くやっていくためには現状を何とかして打破しなければならない。

今まさに三十機の覚醒ISが暴れているからだ。

『急げ。他の連中は我より好戦的だぞ』

そういったアゼルの言葉を受け、数馬はシャルロットに問いかける。

「シャル、戦う気なんだな?」

「うん、今ならできる」

「出力はおめぇのISに合わせてある。あたぁやる気だ。数馬、バックアップすんぞ」

そういって丈太郎と数馬が開発部の建物の中に避難するのを見たシャルロットは、ブリューナクを抱えて空へと舞い上がった。

(味方になってくれるISもいる。だからこそ、戦うべきときには戦わないとッ!)

アゼルの存在に、自分のラファール・リヴァイブ・カスタムⅡとの未来を見て、シャルロットの心は奮起していた。

 

 

一方、日本、IS学園。

「フランスが一番多いか……」

「兵器を潰すつもりなんでしょうか」

「おそらくな」と、真耶の言葉に千冬は肯いた。

中国、ロシア、そしてフランスという三ヶ所同時攻撃。

しかし戦力に明らかに偏りがある。

単純な数でいえば、ロシアはわずか一機。

中国は八機。

それに対してフランスは三十機だ。

中国やロシアが陽動なのは火を見るよりも明らかだった。

「でも、ロシアからは動けませんよね。相手が……」

「他の手合いを送ったところで、一刀両断だ。ザクロが相手ではな」

ロシアに飛来したのはザクロのみだった。

市街地に被害が出る前に一夏が飛んでいる。

そして現在交戦中だ。

だが、今のところ、確実に倒せる目処は立っていない。

零落白夜に対抗できる単一仕様能力がまだ得られていないからだ。

手傷を負わせて返すしかなかった。

対して中国は。

「ファング・クエイクの攻撃で何機かダメージを負っています」

「本当に戦闘狂だな。助かるとはいいたくないが」

八機の中に、まだ進化に至っていないファング・クエイクが存在していた。

諒兵と鈴音が飛び、ファング・クエイクを諒兵が抑えて、鈴音が量産機を潰している。

「鈴音、量産機が全機攻撃不能となったらフランスに飛べ。今のデュノア一人ではきつすぎる」

「了解ッ!」

既に残り三機となっており、そう時間はかからない。

だが、そのうちの一機であるファング・クエイクはそう簡単には撤退しないだろう。

できればここで仕留めたいとも千冬は考えるが、フランスのシャルロットに無理はさせられない。

ゆえに鈴音にはフランスに飛んでもらうしかないと千冬は考えていた。

 

そんな中。

(……私も早く進化への道筋を見いださなければ)

仲間たちが苦戦する姿を見て、ラウラは内心焦る気持ちを消すことができなかった。

 

 

ブリューナクの一撃は、かなりの威力があるが、それでも直撃には至らなかった。

(反動が大きすぎるッ!)

上手く扱うためにはかなりの訓練が必要だとシャルロットは感じたが、テストで使った程度でほとんどぶっつけ本番だ。

上手く当てれば倒せるかもしれないだけに、そう簡単に撃ちまくることはできない。

エネルギーが尽きてしまう可能性があるからだ。

しかも大きすぎて両手が塞がってしまう。

IS一機で扱うものではないということをシャルロットは痛感していた。

「使いにくかったら投げ捨てろッ!」

「はッ、はいッ!」

丈太郎から指示が飛んできて思わず答えるが、威力は十分なのだ。投げ捨てるなんてしたくない。

ただせめて前衛がいてくれたらもう少し上手く戦えるのにと思わずにはいられなかった。

「あぐッ?」

そんなことを考えていると、背後から銃撃を喰らってしまう。

多勢に無勢すぎた。

覚醒したために明らかに動きの速い相手に対して、重りを持って戦うのは正直きつすぎる。

(でもこれはっ、みんなの希望なんだっ!)

丈太郎が、数馬が、セドリックや欧州の研究者たちが作った希望を投げ捨てるなんてできるはずがない。

どれか一機を潰すより、密集地帯に撃ち放って少しでもダメージを与えるようにしようとシャルロットはブリューナクを発射する。

「よしッ!」

わずか数機でも、撤退していく姿に安堵の息をつくシャルロット。

しかし。

 

面白そーなもん、持ってんじゃねーか♪

 

唐突に聞こえてきた声に思わず見上げてしまうと、蜘蛛のような姿が目に入ってきた。

「アラクネッ?」

 

使ってやるから、オレに寄越しな

 

「ふざけないでよッ!」

ブリューナクを覚醒ISに奪われ、使われてしまったら戦力差が絶望的になってしまう。

自分が預かってきた以上、最悪の場合、破壊してでも奪わせるわけにはいかない。

「自爆コードを教えとくッ!」

「はいッ!」

その意を汲んだのか、丈太郎がそう伝えてきてくれた。

それでも何とか守りながら戦うことを選択する。

力ですべてが決まるわけではない。

それでも、力を手にしたなら、自分は正しく使いたい。

シャルロットはそう決意して、空を舞う。

 

おめーじゃ宝の持ち腐れだッ、寄越せっ!

 

第4世代クラスの兵器であることを見抜いているらしい。

なおさら渡せないと必死に避け、密集地帯に向けて発射する。

アラクネから逃げ回りつつ、量産機を相手にするのは正直きついが文句をいっている場合ではないことをシャルロットは理解していた。

(くッ、こいつのコアをぶち抜いてやりたいよッ!)

そう毒づいた瞬間、アラクネの笑い声が頭に響く。

 

ギャハハハッ、やっぱおめー腐ってるなッ!

 

「えっ?」と、思わず間抜けな声を出してしまう。

いきなり何をいってきたのかと思ってしまったのだ。

第一、『腐っている』などといわれる覚えはない。

「なんのこと?」

 

わかんねーか?

 

「そんな言い方で何がわかるっていうの?」

 

オレらは感じんだよ。てめーの真っ黒な感情とかな

 

そういわれ、シャルロットは戦慄する。

もし、心が読めるのだとしたら、アラクネと戦うのは危険すぎる。

直感で戦うタイプならばともかく、理詰めで戦うシャルロットのようなタイプはどうしても戦術を考えてしまう。

それを読まれてしまうと、すべてが後手に回ってしまうのだ。

だが、そういうわけではないらしい。

 

いちいち心を読んでたらうっとーしいだろ

 

相手の感情を感じ取るというのは、心を読むというより漠然としたイメージを受けるらしい。

さすがに明確に心を読み取られてしまったらとにかく逃げるしかないので、少しばかり安心するが、そうなるとなおのこと自分を指して『腐っている』といわれるのが気にかかる。

「君にそんなこといわれる筋合いはないよ」

 

ツラはニコニコしてるくせに腹ん中ドロドロだろーよ

 

ドキッとしてしまう。

確かにシャルロットにはそういう面があった。

笑顔で感情を隠すようになったのは、その生い立ちのためなのでどうしようもない。

でも、だからといって侮辱するような言葉を認める気になどなれない。

 

オレは『悪辣』だからな。おめーとは相性がいーのさ

 

隠さないタイプの自分と違い、シャルロットは隠すタイプの悪辣だと言ってのける。

同類なのだと。

「冗談は大概にしてよ」

 

冗談じゃねーよ

 

理詰めで戦うタイプは、どうしても相手の思考を読み、相手の考えを上回ろうとする。

結果としてそれは、相手より『悪辣』な思考になっていく。

騙し合いになるからだ。

騙して勝利することに慣れている以上、確かにシャルロットは『悪辣』だといえた。

「だからって君と同類なんかじゃないッ!」

 

認めちまえば楽になるぜ

 

「ふざけないでッ!」

シャルロットは自然と動きを止めてしまっていた。

アラクネの言葉に惑わされてしまっているのだ。

「デュノアッ、惑わされるなッ!」

そう叫ぶ丈太郎の言葉も耳に入らない。

シャルロットには、どうしても認めることができなかったからだ。

自分が、自分の心が悪の側にいるなどとは。

 

「僕はお前とは違うッ!」

 

人のために戦う一夏や諒兵、鈴音、セシリア、ラウラ。

彼らとともにいる自分が、まっすぐな心の持ち主たちと共にいる自分が、一人だけ歪んでしまっているなどとは思いたくなかった。

だが、そのシャルロットの想いこそが、引き金となる。

 

キタキタキタァーッ!

 

その言葉に、ハッとして見上げると、アラクネの機体が光を放ち始めた。

「まさかッ?」

「離れろデュノアッ!」

そう叫ぶ丈太郎の言葉に自分の失態に気づかされる。

アラクネはシャルロットの動きを止めるだけではなく、自分が進化するきっかけを探っていたのだ。

 

 

モニターの向こうの悪夢を見て、数馬が唸る。

「あれが進化か」

『そうだ。シャルロット・デュノアの心に感応した』

「シャルの心に?」

『我々は人の心に触れて進化する』

アゼルは語る。

その心が自分に近い個性を持つものほど、進化しやすくなる。

独立進化は人から離れようとする進化だが、自分に近い意識に触れれば進化しやすくなることに違いはない。

「つまり、お前たちは人の心に触れなければ進化しないということもできるのか?」

『是であり、非でもある』

触れるというのは近くにいればいいというものではない。

その理屈でいえば、シャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは既に進化していなければならない。

だが、現状、進化に至っていない。

つまりは。

『数多の心に触れて進化する者もいるが、何よりも剥き出しの心に触れたとき、我らは進化するのだ』

ただ今回は、皮肉なことに、もっとも近くにいるはずのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡではなく、アラクネがシャルロットの心を剥き出しにしてしまったということだ。

「なるほど。普段からバカ正直な一夏と諒兵が一番最初に進化するわけだ」

『そうなるな』と、アゼルがふと笑ったように感じた数馬だが、状況は最悪だと思い直すのだった。

 

 

シャルロットがとっさに距離をとると、アラクネは光の玉となり、そして弾けた。

そこにいた者は蜘蛛を模した全身を覆う鎧を纏い、背中に大きな翼を持っていた。

特徴的なのは腰周りを覆う八本の巨大な足と、背中側の腰から下がる大きなユニット。

そして、明らか人ではないとわかる、頭上に光る輪を頂き、縞のような模様を持つ黒く輝く身体。

明らかにディアマンテやザクロと同一で、そしてまた異なる姿をした『使徒』だった。

「あら、くね……?」

『おめーには感謝するが、それはもうオレの名前じゃねーよ』

「えっ?」

『そーだな。あいつらもこんな感じだったし、これからは『オニキス』だ』

ブラック・オニキスと呼ばれる黒い縞瑪瑙。

人型はまさにそんなイメージの模様を持っていた。

どことなく、縞模様が禍々しく見えるのは、『悪辣』を個性とするアラクネが進化したからかもしれないとシャルロットは考える。

『さあ、殺ろーぜえ♪』

そういったオニキスに戦慄したシャルロットは、とにかく離脱しようと一気に加速したのだった。

 

 

 

 

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