ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第65話「慈しむほどに愛しく」

進化機、ASとは一騎打ちでも辛すぎる。

スピードが違う、攻撃力が違う、耐久力が違う。

まともに相手ができるのは同じASである一夏か諒兵、そして鈴音。

今のシャルロットにできるのは逃げることだけだった。

しかし。

(くッ、他の量産機がッ!)

アラクネ、否、オニキスの相手をしていては、他の量産機とはまともに戦えない。

結果として都市部に被害が出てしまう。

かといって上空から下に向けてブリューナクを撃つことはできない。

確実に市民に被害が出てしまうからだ。

その結果、シャルロットは低空を飛ばざるを得なかった。

射線上になぜか違和感のあるオニキスと量産機が並んだ瞬間を狙ってブリューナクを撃ち放つ。

『当たるかよッ!』

だが、オニキスは構えた瞬間に回避してしまう。

それでも何機かの量産機に当てることはできたが、焼け石に水としかいえなかった。

(進化はエネルギーを使う。だから逃げ回っていれば向こうが必ず先に撤退するはずだッ!)

それしかないとはいえ、今は逃げ回るしかないとシャルロットは無理やり納得させる。

倒したいところだが、自分ではオニキスの相手にならないのだ。

だが、もう一発と後ろを向いたまま下がりつつブリューナクを構えると、グンッと身体が引っ張られるような感覚に陥った。

「えっ、なにっ?」

『かかったな』

そういって、オニキスの無機質な顔が、ニヤリと笑ったように感じるシャルロット。

危険だと思うが、なぜか身体が動かせない。

「なんだこれっ?」

『上、見てみろよ』

そういわれて見上げると、見覚えのある機械から糸が排出されているのが見える。

それはオニキスの腰にくっついていたひときわ巨大なユニットだった。

「まさかッ?」

『オレは蜘蛛だぜ。このくれー朝飯前だ』

そういわれて左右を見回すと、建物の間に巨大な蜘蛛の巣が張られているのが理解できた。

『プラズマエネルギーを糸状に物質化できるのがオレの能力だ。ちょっとやそっとじゃ切れねーぞ』

マズい。

このままではいい的だ。

そう思ったシャルロットは何とかして離脱しようとするが、糸は切れず、しかも離れない。

本当に蜘蛛の巣のようになっていた。

『そーらっ、嬲り殺しだッ!』

そういったオニキスの指先から糸が放たれる。

シャルロットには、それがプラズマエネルギーでできたワイヤーブレードだとわかってしまう。

(膾切りにされるッ!)

そう思い、思わず目を閉じたシャルロットだが、いきなり身体がふわっと浮いた。

さらに。

幾重もの閃光がオニキスのワイヤーブレードを切り裂く。

「鈴ッ!」

「間に合ったわね、シャル」

その指先には鈴の武装『娥眉月』が輝いている。

同じプラズマエネルギーなら、オニキスの糸も切れるということなのだろう。

『シャルはやらせニャいのニャッ!』

「アラクネ、ううん、オニキスだっけ。私の仲間を傷つけようとしたこと、後悔させてあげるわ」

猫鈴とともに鈴音は娥眉月をオニキスに突きつける。

それは明らかな宣戦布告だった。

『ハッ、おもしれーッ、相手してやんよッ!』

「シャルッ、量産機をお願いッ!」

「あっ、うんッ!」

助けてもらったときは喜べたものの、先ほどのアラクネとの会話を思いだし、どことなく引け目を感じるシャルロットだった。

 

 

もしもの場合を考慮し、天狼を戻すことも考えていた丈太郎だが、鈴音が来たことで安心した。

最悪でも撤退させることはできるだろう。

「あれが鈴の共生進化なのか?」

「猫鈴だとよ。なかなかいい名前じゃねぇか」

山猫を模した機体は鈴音に似合っている。

だが、それ以上に空を野山のように駆け回る姿が面白い。

ただ、それだけに丈太郎には気になることがあった。

「……数馬、どう思うよ?」

「うん?」

「ああいう進化もあった。アゼルのことを悪くいうつもりはねぇが……」

知恵をもたらす進化でよかったのか、と、そこまで口にすることはできなかった。

「空を飛ぶなら、翼は自分で作る。俺が欲しいのはそのための知恵だ」

『いい答えだ』と、そういったのはアゼルだった。

『共に飛ぶのも、自ら翼を作るのも一つの選択肢に過ぎない。答えは千差万別であるほうが面白い』

「なるほどな。いい相棒だ」

望んだ関係だからこそ、アゼルは数馬の腕で知恵をもたらす者となった。

そのことに対して何かいうのは野暮でしかないと丈太郎は苦笑いする。

「数馬、作戦を立てろ。数が多すぎっかんな。猫鈴のスペックはこっちに表示しとく。んで、鈴とデュノアに指示を出せ。アゼルならコア・ネットワークにつなげられるはずだ」

「わかった」

モニターの向こうの少女たちを生かすために、数馬はすぐにその頭脳をフル回転させ始めたのだった。

 

 

 頭の中に響いてきたのは意外な声だった。

「数馬っ?」

[話は後だ。鈴、一瞬でいい、龍砲で量産機をまとめてくれ。そこにブリューナクを撃ち込む]

「わかったッ!」

現状で考えるべきは、覚醒ISの撃退。

ならば後で聞けばいいだろうと鈴音は思考を切り替える。

とはいえ、オニキスは容易な敵ではない。

「任せるわッ!」

『了解ニャッ!』

それだけで鈴音の意志は十分に猫鈴に伝わった。

猫鈴の背中の翼が大きく広げられる。

『龍砲発射ニャッ!』

『んだとぉッ?』

射線上にいたオニキスは慌てて避けるが、その向こうにいた量産機の軍勢は逃げられなかったらしく、十数機がまとめて押し飛ばされる。

甲龍の龍砲は見えない砲弾を撃つことができたが、猫鈴の龍砲は、かつて鈴音がやってのけた面の制圧を機能として再現できる。

つまり、壁のような巨大な砲弾になっているのだ。

「シャルッ!」と、鈴音が叫ぶと、数馬から既に指示を聞いていたシャルロットはすぐにブリューナクを発射した。

何機かの覚醒ISが爆炎をあげるのを見て、上手くいったと喜ぶ鈴音。

しかし。

『ニャッ?』

『面倒な武器持ちやがってッ、このアホ猫ッ!』

『あちしは猫じゃニャいのニャッ!』

「そこ突っ込んでどうすんのよッ!」

むしろアホといわれたところだろうと、そう思いかけたが、そんな状況ではなかった。

猫鈴の翼を絞り上げるように、オニキスの糸が絡み付いているのだ。

そして、更なる攻撃が来る。

「きゃああああああああああッ!」

『フギャアアアアアアアアアアッ!』

絡みつく糸から放たれた電撃が、鈴音と猫鈴に襲いかかる。

その瞬間。

『うぉっとッ!』

オニキスに向けてシャルロットがブリューナクを発射する。

その隙に鈴音は糸を断ち切って離脱した。

「ありがとシャルッ!」

「大丈夫ッ、鈴ッ?」

その言葉に鈴音が肯くと、シャルロットはほっと息をついていた。

 

シャルロットとしては、鈴音を助けるつもりだった。

それは間違いではない。

だが、それを否定する者がいた。

『やっぱ、おめー卑怯者じゃん♪』

「えっ?」

『普通なら仲間がピンチなら助けるだろ。おめー、オレを殺すほうを選択したじゃねーか』

違う。

そう思い切れない自分がいた。

オニキスに一瞬の隙ができた、と、そう思ったのは確かだからだ。

「てっ、敵を倒して助けようとしただけだよっ!」

『ちげーよ。オレがアホ猫と飼い主に集中してるのを見て、まずオレを撃ち殺そうとしたぜ』

『だから猫じゃニャいニャッ!』

「お願いだからシリアスな空気ぶち壊さないで……」

そんな猫鈴と鈴音の漫才を華麗に無視してシャルロットとオニキスは会話を続ける。

「君を倒せば助けられると思っただけだッ!」

『助けるつもりだったんなら、なんで『クロトの糸車』を狙わなかった?』

そういって、オニキスは糸を吐き出す自分のユニットを指す。

『クロトの糸車』はそれの名称なのだろう。

ギリシャ神話の運命の三女神モイライ、そのうちの長女クロートーは人の運命を決める糸を紡ぎだす役割を持つ。

なるほど糸を吐き出すユニットにはぴったりだと納得する鈴音や猫鈴、丈太郎や数馬など話を聞いていた者たちは思った。

『あれを壊されたら糸も電撃も止まる。んなもん見りゃわかるだろ。それに独立機動型っても、オレを狙うより確実だ』

「そ、それは……」

『おめーは仲間を囮にして、オレを倒そーとしたってことだろーよ』

「ち、ちが……」

『効率を考えるやつは自然と『悪辣』になんのさ』

身体が震えだすのをシャルロットは感じていた。

図星を指されたと、身体が訴えているのだ。

オニキスの攻撃に鈴音が傷つくのを知っていて、それでもこのくらいなら大丈夫だろうと助けるより倒すほうを選んだ。

それは、間違いのないことだった。

「別にいいんじゃない?」と、そんな声が聞こえた瞬間、オニキスが鈴音の攻撃を避けているのが目に入る。

『チッ、てめーもいい根性してんなッ!』

「隙だらけだもん。あんたは敵、だから倒すっていったでしょ」

『そーゆー割り切りは好きだぜッ!』

「仲良くなれそうにはないけどねッ!」

そういって逃げるオニキスを鈴音が追う。

だが、その姿を見ても、シャルロットは動くことができなかった。

「シャルッ、量産機がまだ残っているぞッ!」

「えっ、あっ……」

数馬の声に残る量産機に目を向けるが、身体が動いてくれない。

オニキスが『悪辣』という、効率よく倒すという考えが身に染み付いてしまっている自分が、本当にみんなと戦う資格があるのかと、思考がループに陥ってしまっていた。

 

シャルロットはその生い立ちゆえに、母クリスティーヌが死んでからは常に相手の顔色を伺い、さらに考えを読んで行動するようになった。

敵に回られないようにする立ち回りを無意識に覚えてしまったのだ。

特に父セドリックが味方であったことを知らなかったころは、自分以外を信じることができなかった。

結果として、人の考えを計算するようになったのだ。

それが戦いの場にも生きてしまう。

相手の動き、思考から計算して虚を突く。

IS学園でも同じだった。

同世代の中で、彼女だけは専用機持ちでも第2世代機だったのだから。

機体性能で劣る以上、戦術思考で相手に勝るしかなかったのだ。

だから、他の者たちが羨ましくもあった。

セシリアは戦場において思考する点では自分に近いとしても、優れた射撃の才能と貴族として生まれ持った気品がある。

ラウラは生い立ちは自分よりハードだが、意外なほど素直な性格であり、また生身でも抜きん出た戦闘力を誇る。

そして鈴音は……。

実のところ一番苦手な存在だった。

両親が離婚しているとはいえ、ごく当たり前の一般家庭に育った鈴音。

戦闘スタイルが直感的で、しかも一夏や諒兵のいいとこ取りをしている鈴音は、実は戦闘においては思考が読みにくい。

それ以上に、まっすぐすぎる性格のまま、あそこまで強くなれるのかと思うと、嫉妬もした。

(僕は……みんなみたいには……なれない……)

シャルロットは底無し沼に嵌ったかのように、動けなくなってしまっていた。

 

 

モニター室で戦闘の様子を見ていた丈太郎は静かに呼びかけた。

「戻ってこい」

『あっ、シャルロットですか?』

返事をしたのは、丈太郎のASである天狼だ。

シャルロットの様子を見ていて、このままではマズいと考えたのである。

「オニキスの言葉に呑まれちまってっかんな。織斑、わりぃが出る」

「すみません、博士……」と、千冬が通信機の向こうで頭を下げていた。

「気にすんない。おめぇの大事な教え子だろ。俺にとっても似たようなもんだ」

そう答えた丈太郎に、数馬が待ったをかけた。

「数馬?」

「今のままだとシャルは立ち直れなくなる。友人として言葉をかけてやりたい。少し時間をくれ」

「……その前に、御手洗、お前がコア・ネットワークにつなげられる理由を簡単に説明してくれ。束が知りたがっている」

と、千冬が尋ねてきたので、数馬と丈太郎は寄生も融合も共生もせず、ただ左腕に巻きついて進化したアゼルのことを紹介した。

「か、変わった進化だな……」

『考えることが我にとっての娯楽なのだ。戦闘力なぞ、我には邪魔なのでな。捨てた』

そう、アゼルが最後に自己紹介すると、一応納得した様子で千冬のほうからも願い出てくる。

「数馬、五分だ。量産機を抑えとく。天狼、うろうろしてこい」

『はいはーいっ♪』と、ずいぶんと楽しそうに返事をした天狼がIS学園の指令室から消えると、量産機が混乱し始めた。

「あいつがうろうろしてっとうっとうしいらしい。ただし五分で追い出されっかんな」

役に立っているのかどうか微妙な自分のパートナーである天狼。ゆえに丈太郎は申し訳ないと思う。

だが。

「わかった。すまない蛮兄」

それでも、そう頭を下げてくれた数馬に、頼もしさを感じていた。

 

 

「シャルロット・デュノアッ!」と、シャルロットの頭の中にいきなり数馬の声が飛び込んできた。

「えっ、えっ?」と、ようやくまともに思考できるようになるが、動きそのものはまだ鈍い。

ただ、自分が的になりそうだということに気づき、慌てて量産機と距離をとる。

「数馬?」

「何をしている。戦う気がないのなら、降りてこい」

「でっ、でも……」

この場を鈴音だけに任せるのは酷だろう。

オニキス一機だけでも大変なのに、量産機が十数機もいては鈴音一人では苦戦は免れない。

最悪、墜とされる可能性もあるのだ。

「いい的になるところだったんだぞ」

「それは、わかってるけど……」

「なら、なぜ棒立ちになっていた?」

「それは……」

仲間を囮にしたり、人の思考を計算して、利用するような卑怯な自分が、信じてもらえるのか。

『悪辣』という評価は間違いではないのだ。

信じてもらえないかもしれないのに、同じ空を飛ぶ資格が自分にあるのかとシャルロットは苦悩する心を吐露する。

「君が戦うのは仲間に信じてもらうためだと?」

「だってっ、普通そうでしょっ?」

「俺がフランスに来たのは一夏や諒兵に信じてもらうためじゃないぞ」

「えっ?」

「あいつらのことを信じているからだ」

間違いなく、辛くても最前線に出るだろう一夏と諒兵の助けになりたいというのは、そのまっすぐな心を信じているためだと数馬は語る。

「オレにとってはこの場にいることが戦いだ。だが、自分を信じてもらうためじゃない。自分が信じるもののためだ。それがないのなら降りてこい」

冷たく突き放すような言葉の奥に、自分を信じてくれる気持ちがあるのをシャルロットは感じ取る。

信じてもらうためではなく、信じるもののために。

それでも、素直に聞くには辛辣すぎたために、シャルロットは叫ぶ。

「僕にだってあるよッ!」

それは母、父、そして共に戦う仲間たち。

母の手紙に書かれた最後の一文を思いだす。

 

これを読んだとき、あなたが正しい道を選んでくれると信じています。

 

母クリスティーヌは自分を信じてくれていた。

自分だって、母のことは今でも信じている。

そして今は母だけではなく多くの信じられるものがある。

だからこそ、自分を信じてもらえなくなるのが怖い。

信じてもらいたいと思う。

だからこそ。

「僕は信じる人たちと一緒に空を飛びたいんだッ、信じてもらえなくてもいいなんて思えないよッ!」

そう叫んだシャルロットの頭に、優しい声が聞こえてきた。

 

それでいいのよ

 

「えっ?」

 

怖いと思う気持ちを失くしてしまったらダメよ

 

「まさか……」

母に似た、優しい声色で語りかけてくる声がある。

でも、母がここにいるはずがない。

ならば。

「僕のラファール・リヴァイブ……?」

 

ええ。やっと私の声を聞いてくれたわね

 

クスッと笑うような雰囲気が伝わってくる。

シャルロットは身体がぬくもりで包まれているようにすら感じていた。

 

信じてもらいたいでいいのよ

 

それは例えどんな手段を使っても、決して一線を越えない自分の心の鎖となる。

勝つだけではなく信じてもらうために、それでも自分のやり方で努力していけばいい。

間違いは正せばいい。

でも、だからこそ、自分が信じる人たちのために、自分に出せる全力を出さなければならない。

それが、シャルロット・デュノアを信じてもらうということなのだから。

そう声は語る。

「うん、ありがとう……」

そんな言葉を聞きながら、それが自分なのだとシャルロットは受け入れる。

「もう、大丈夫だな」

「うんっ!」

そういってきてくれた数馬の言葉にシャルロットは笑顔で答えた。

 

なら、シャルロット。私と一緒に飛ぶ?

 

「うんっ、行こうっ、君の名前は『ブリーズ』だよっ!」

 

それはシャルロットの母国語で『微風』を意味する言葉。

疾風のような激しい風ではなく、優しく触れるような風でありたい。

そのためのパートナーである自分のISに、シャルロットはそう名づける。

そして、シャルロットは、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡと共に光に包まれた。

 

 

 

 


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