ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第67話「故郷の土」

戦闘を終えたシャルロットと鈴音は、IS学園には戻らず、丈太郎や数馬がいるデュノア社の開発部へと向かう。

収納されたブリーズの待機形態を見て鈴音は驚いた声をだした。

「チョーカーなのね。てっきり首輪にしかならないと思ってたわ」

「僕もだよ」と、シャルロットも少なからず驚く。

ブリーズの待機形態はカモシカの意匠が施されたペンダントヘッドの着いた橙色のチョーカーだったのだ。

一夏や諒兵、そして鈴音の首輪とはだいぶ違う。

もっともつなぎ目がないという点では同じだが。

『待機形態も貴方たちに依存するのよ。だからシャルロットが望んだ形っていえるわ』

「そうなんだ。なんで私は首輪なのかしら?」

『理由くらい簡単に思いつくはずニャ……』

「だよね……」と、猫鈴に同意するかのように、シャルロットも呆れた声をだすが、鈴音は首を傾げていた。

はっきりいえば、猫鈴が鈴つきの首輪になったのは一夏と諒兵に近い形になったというだけだ。

彼らの場合、闘争本能に呼応して首輪になっているのだが。

そして。

「しっかし、あんたまでISの進化に関わるとわね」

「もともと一夏と諒兵のバックアップのつもりだったんだがな」

鈴音が呆れた顔で数馬に話しかける。

その雰囲気から二人が旧知の友人であることをシャルロットは理解した。

『マオリンニャ。アゼルっていうのニャ。よろしくニャ』

『アゼルだ。戦場に行く気はないが、バックアップ程度なら手伝ってやろう』

そういって猫鈴とアゼルも挨拶を交わした。

だが、この場でもっとも重要な存在はなんといってもシャルロットと……。

『ブリーズよ。これからよろしくね』

そういって挨拶してくるブリーズだ。

なぜか、アゼルは黒髪で白衣を着ており、メガネをかけた二十代くらいの女研究者のような格好をして数馬の肩に立っている。

その頭には馬の耳が、お尻からは馬の尻尾が下がっていた。

対して、ブリーズは二十歳くらいの女性で、頭に羚羊の角を生やしており、いわゆる家庭的な女性をイメージさせる格好をしてシャルロットの頭の上に座っていた。

『いい仕事ができましたー』

「だからどうしておめぇは余計なことすんのは無駄にはえぇんだ……」

汗をかくはずがないのに額を拭う仕草をする天狼に丈太郎が突っ込みを入れていた。

そんな丈太郎に鈴音が尋ねかける。

「蛮兄はまだこっちにいるのよね?」

「あぁ。ブリューナクの量産体制を整えるまでにゃぁ、まだしばらくかからぁな」

「数馬も?」

「むしろ、このあと試作機を試験運用する上ではデータ取りが重要になる。勉強になるからな。俺だけ戻るつもりはない」

そう答えてきた丈太郎や数馬に、鈴音も納得した表情を見せた。

だが、残念そうな声をだすものがいた。

「そっか。僕だけ戻ることになるんだね」

数日とはいえ、けっこう仲良くなれたと思うので、シャルロットとしては別れが寂しくもある。

また、父セドリックもフランスから離れるわけにはいかないため、一人でIS学園に戻ることになるのだ。

もっとも進化しただけではなく、ブリーズにはもともとクリスティーヌの設計図が載っていたため、量子転送は既に修得しており、日本に戻るのはあっという間なのだが。

とはいえ、やはり帰るのは寂しい。

そう思うも、少し無粋な言葉で今という状況を理解させられてしまう。

「シャルには悪いんだけどさ。セシリアのこともあるし、のんびり別れを惜しんでられないでしょ?」

『怒ったらごめんニャ。でも、今はとても大事ニャ時期ニャのニャ』

鈴音と猫鈴は口を揃えて、急ぎ戻らなければといってくる。

だが、確かに理解できることだ。

もともとシャルロットはそういう点においては聡いのだから。

そこに、別の男性の声が聞こえてきた。

「シャルロット」

「お父さん」

「余裕ができたら、一緒に家に帰ろう。ぎこちないかもしれないが、カサンドラも待っているといってくれたよ」

ぎこちないのは仕方がないが、それでも彼女が一歩こちらに歩み寄ってくれたことは素直に嬉しく感じるシャルロット。

「そうなんだ……よかった……」

ならば、今は余裕ができるまで、懸命に前進するだけだと決意する。

「いずれ俺たちもIS学園に行くかんな。待っててくれ」

「そのときはまたよろしくな、シャル」

「うんっ!」

そう元気よく答えたシャルロットは、セドリック、丈太郎、数馬や開発部のスタッフに見送られながら、鈴音が猫鈴を展開するのと同時にブリーズを展開、量子転送でIS学園へと戻っていった。

 

 

そんな話を、セシリアはオルコット家の屋敷の一室に設えられた通信機で聞いていた。

どうしても、現状を知りたいと、例えショックを受けることになってもいいと告げて、真耶に請うたのだ。

「そうですの。シャルロットさんは進化を……」

「何度もいいますが、焦らないでください。試作機とはいえ対『使徒』用兵器もありますから、時間は十分に稼げます」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

そう答えるものの、セシリアの心中は穏やかではない。

だが、状況を冷静に見るように努めていた。

進化に至ったシャルロットに嫉妬したところで意味がないからだ。

今の自分が向き合うべきは、青い球体となってしまったブルー・ティアーズと対話すること。

凍結に近い状態だが、眠っているというよりは殻に閉じこもってしまっているらしいと天狼からの報告で聞いている。

つまり、こちらの声が聞こえないわけではないということだ。

ならば、時間をかけてでも目覚めさせる。

進化などと高望みはしない。

ありのままのブルー・ティアーズともう一度空を飛びたい。

そんなことを考えていたセシリアは、真耶に礼を告げて通信を切った。

「お嬢様」

「バーナード。チェルシーの様子は?」

「今は眠っています」

そう答えてきた初老の執事の安心させるような表情を見て、セシリアは安堵の息をつく。

 

バーナード・アーキン。

先代、つまりセシリアの母が当主であったころからオルコット家に仕えており、己の立場を弁えた忠実な執事であり、また好々爺でもあった。

セシリアがオルコット家を守るために、いろいろと助けてくれている一人だ。

 

「いきなり押しかけて申し訳ないと思っていますわ」

「ご自宅にお戻りになることを申し訳ないなどと思われては困りますな」

「でも……」

「今はお嬢様も休養をお取りください。失礼ながら聞こえてしまいましたが、焦るなといわれておいででしょう」

確かに、いわれたとおりであり、また焦ってもどうにもならないことは理解している。

しかし、このまま戦えなくなることだけは避けたかった。

それでは自分に課せられた責務を果たすことができないではないか、と。

だが、訓練しようにもブルー・ティアーズがあの状態では、せいぜい基礎トレーニングをするくらいだ。

(気分転換にはいいかもしれませんわね)

「身体を動かしてきますわ、バーナード」

「良いリフレッシュになりますよう」

その言葉だけで、バーナードが自分の気持ちを理解してくれていることがわかる。

この老執事にどれだけ助けられてきたのだろうと思うと、かつては多少なりと男を見下していたセシリアは苦笑せざるを得なかった。

 

 

オルコット家はイギリスはノースウェストの郊外に屋敷を持つ。

かつてはこの領地を治める貴族であったということだ。

都市部もあるが、郊外は緑豊かな地で、比較的のんびりとした空気があった。

そんな場所にあるオルコット家の屋敷の庭は実はかなり広い。

ランニングをしても周囲を回るのに一時間を超えるほどなので、トレーニングにはちょうどよい庭でもあった。

もともと設えられていたランニングコースを、トレーニングスーツを着て、腰にポーチをつけたセシリアが走り続ける。

軽い運動のつもりだが、一応目的地があった。

しばらく走り続け、雑木林の中の開けた場所にたどり着くと、「ふう」と、息をつき、セシリアは木陰を探して腰を下ろした。

「やはり、落ち着いてしまいますわね」と、彼女は苦笑いを見せる。

IS学園の寮はだいぶ改造しているので屋敷並みに住みやすくしているが、やはり故郷は違う。

心の底から帰ってきてしまったとセシリアは感じていた。

この場所は、セシリアのお気に入りの場所だ。

父母が死んだとき、一人で来て泣きはらした場所でもある。

それ以前にも、幼いころから悲しいことがあったとき、一人になりたいと思って見つけた場所だった。

ここを知っているのはチェルシーだけだ。

もっとも、バーナードは屋敷を知り尽くしているらしいので、この場所も知っているのだろうがとセシリアは思う。

子どものころには必死になって見つけた場所だが、大人になりつつある今、オルコット家の屋敷の庭の一角でしかないことも理解できていた。

「なんだか寂しい気もしますわね。世界の広さを知るのはいいことですけど」

そう独りごちる。

とはいえ、今、セシリアは一人ではなかった。

腰のポーチからランニングに付き合わせた自分のパートナー、つまり青い球体となったブルー・ティアーズを取り出す。

「私のお気に入りの場所です。貴方にも覚えておいてもらいたいと思っていますわ」と、微笑みかける。

かつての自分ならくだらないことだと思っただろうが、今はこういうコミュニケーションも必要だと考えていた。

姿を見せるようになった白虎やレオ、そして猫鈴を見る限り、決して無駄ではないはずだ。

ただ、無駄ではないはずだが、何かが足りないということをセシリアは理解していた。

そこに。

 

自ら身を差し出すとは良い心がけでしてよ

 

セシリアの頭の中に、聞いたことのない『声』が聞こえてくる。

はっとして見上げると、そこには濃紺の機体。

「サイレント・ゼフィルス……、どうやってここにッ?」

イギリスのIS開発局を襲い、チェルシーを傷つけ、ブルー・ティアーズを球体へと変えた、セシリアにとってもっとも忌まわしい存在がいた。

だが、それは異常だった。

ジャミングが起これば、IS学園から一夏や諒兵たち、AS進化を果たした者たちが飛んでくる。

しかし、そんな気配がない。

なにより、声が聞こえるまで、セシリアはサイレント・ゼフィルスが接近していたことにまるで気づかなかった。

無論、セシリアに策敵機能などあるはずがないが、覚醒ISの持つある種の威圧感は強く感じるのだ。

それがまったく、今ですら感じられないのはおかしい。

 

役に立つと思い修得していた機能のおかげ

 

「機能?」

 

ステルス。それを持つISがいたに過ぎなくてよ

 

ステルス。

その言葉を聞いてセシリアは最悪だと感じた。

すなわちレーダーなどに反応しない、いわば身を隠す機能だということだ。

こちらの索敵ができないまま、いきなり襲われればなすすべがない。

完全に身を隠せるISでは、戦いとなったとき後手に回ってしまう。

何かは知らないが、隠密使用を目的に造られたISがあったのだろう。

そしてエンジェル・ハイロゥにすべての情報が集まってしまう以上、そういった第3世代クラスではない機能ならば修得しようと思えばできるということらしい。

進化機であるディアマンテは当然のこととして、覚醒ISですらできるというのであれば、今後の戦いがきつくなる。

それでも、これは重要な情報だとセシリアは覚えておくことにした。

「それで、何か用ですの?」

 

これは私の慈悲、心してお聞きなさい

 

ブルー・ティアーズを差し出せ、と、サイレント・ゼフィルスはいってきた。

今、この場で破壊しようというのだろう。

だが、差し出せば、セシリアは見逃すといっているのだ。

つまり、ブルー・ティアーズを見捨てろ、と。

「そんなことはできませんわッ!」

 

やはり人とは愚劣にして、蒙昧なもの……

 

ため息でもつきそうな態度で、サイレント・ゼフィルスはいってくる。

こうして話してみて、セシリアはやはりサイレント・ゼフィルスは自分以外のBT機の存在を許さないのだろうということが理解できた。

しかも完全に人を、それどころか下手をすれば自分以外の他者をすべて見下している。

『自尊』という個性がここまで腹立たしいものだとは思わなかったとセシリアは内心呆れてしまう。

「ブルー・ティアーズは私の大事なパートナー。あなたに渡す気は毛頭ありませんわ」

 

出来損ない同士、仲の良いこと

 

クスクスクスとサイレント・ゼフィルスは笑ってくる。

あからさまに嘲笑っている様子が伝わってきて、本当に腹の底から怒りが湧いてくると感じるセシリアだった。

「聞き捨てなりませんわ。ブルー・ティアーズは優秀な第3世代機ですもの」

 

BT機能には欠陥、安定性もなく攻撃力は羽虫程度

 

それを優秀などというとは本当に救いようがない出来損ない同士だ、と、サイレント・ゼフィルスは楽しそうに笑った。

反論すれば、スペックを掲げて論破してくることがよくわかるだけに、セシリアは口を噤むしかない。

それでも、自分のパートナーを馬鹿にされて怒らないはずがなかった。

「馬鹿にするのも大概にしていただきたいですわね。戦って競ったことなどないでしょう」

 

競う価値があると?

 

「やってみなければわかりませんわよ」

 

愚者は皆そういって己の無力を誤魔化すもの

 

「くっ……」

そう声を漏らしてしまう。

サイレント・ゼフィルスはこういった口論では勝てる気がしない相手だった。

だが、それ以上に人の神経を逆撫ですることにおいて、右に出るものはいないのではないかと思わされる。

それでも、何とかここを凌ぎ、IS学園に連絡して、誰かに来てもらわなければならないとセシリアは思う。

ただ、本音としてはサイレント・ゼフィルスは己の手で潰したいのだが。

しかし、そんなセシリアの考えをサイレント・ゼフィルスは看破していた。

 

所詮、弱き者同士、仲間とやらを頼るしか能がなくて?

 

「……あなたは違うと?」

 

高貴なる私は傅かれるのが至極当然でしてよ

 

仲間ではなく、自分の手足だと他の者を見ているのだろうとセシリアは思う。

一機でここに来たのではなく、一機でしか来る気がないのだ。

追従する者がいれば、慈悲と言葉を与えるのがこのISなのだろう。

(こんなものが高貴を名乗るなど認めませんわ)

セシリアがもっとも忌避するタイプの性格だった。

意味なく他者を見下し、仲間ですら尊重することはなく、ただ自分だけを誇り、謳う。

高貴なる者にあるまじき、下衆な性格だとすら思う。

もっとも、そんなことをいえば、今のセシリアは一瞬でこの世から塵も残さず消されてしまうだろうが。

何をいわれても、まずはここを凌ぐことと、セシリアは勝負を吹っ掛ける。

 

私に無駄な苦労をさせたくて?

 

「自分が最高のBT機と思うなら、十全な状態で叩き潰してみてはどうですの?」

 

……なら、一週間ほど。

 

その間に戦えるようになれ、と、サイレント・ゼフィルスはいう。

ただし、今日のことを誰にもいうなと忠告してくる。

白虎やレオ、猫鈴やブリーズにいえば……。

 

次はあの屋敷ごとすべて消してあげてよ

 

ギリッとセシリアは歯軋りしてしまう。

サイレント・ゼフィルスは平然とチェルシーやバーナードを人質に取ったのだ。

しかも、思い返せば共生進化のパートナーである一夏や諒兵、鈴音やシャルロットの名前を出していない。

サイレント・ゼフィルスにとって、人はどうでもいい存在ということなのだろう。

それがまた腹立たしい。

「わかりましたわ。あなたは私の手で叩き潰したいと思っていたところですし」

 

不遜も過ぎれば、醜くてよ

 

そういってクスクスクスと笑いながらサイレント・ゼフィルスは空へと帰っていく。

その姿をセシリアはひたすら睨みつけていたのだった。

 

 

 

 


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