ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第68話「ノーブレス・オブリージュ」

サイレント・ゼフィルスと遭遇してから二日が過ぎた。

だが、ブルー・ティアーズに復活の兆しはない。

最悪の場合を考え、セシリアは人が使えるサイズのミサイルランチャー、RPG、そして対戦車ライフルなどを屋敷に運び込ませていた。

「ご注文の品は揃ってございます、お嬢様」

「助かりましたわ、バーナード」

「しかし、何故これほど大量に?」

単純に数でいえば、一部隊を率いて戦争するレベルといってもいい。

とても一人で使える量ではないが、それでも気休めになればいいほうだろうとセシリアは考える。

それほどに、人の身でISと、しかも覚醒ISと戦わなければならないのは絶望的な状況だといえた。

「私はサイレント・ゼフィルスに狙われる可能性があります。ブルー・ティアーズの凍結が解除できない以上、できることはやっておこうと思ったまでですわ」

「軍に動いてもらうわけには?」

「屋敷に多数の軍人を常駐させるわけにもいきませんもの。バーナード、有事の際はまずチェルシーを避難させてください」

自分は有事の際の訓練も受けているから、と、セシリアは続ける。

実際、それは嘘ではなく、現在のIS競技者は軍人に近い扱いを受けており、訓練も軍事訓練に近い。

事実上、覚醒ISに対抗できる軍事力は、イギリスではセシリアのみといえるからだ。

競技者自体、かなり身体を鍛えなければならないので、セシリアは一般人など相手にならないほど、単体でも戦闘力はある。

それでも、相手が悪すぎることは自覚しているのだが。

「無茶はなさいませぬよう」

「わかっていますわ」

既に無謀といえる勝負を吹っかけたなどとはとてもいえない、と、セシリアは苦笑いしてしまうのだった。

 

 

オルコット家の屋敷は使用人の部屋がある棟と当主家族の部屋がある棟を分けている。

こういったことで混同してしまうのは良くないという昔からの規律のためだ。

そのため、チェルシーの部屋は使用人の部屋がある棟に存在していた。

セシリアの自室とはだいぶことなる簡素なドアが立ち並ぶ中、セシリアはチェルシーの名が書かれた部屋に入る。

人の気配で目を覚ましたのか、チェルシーは目を開けていた。ゆっくりと身体を起こす。

本来ならばまだ入院していなければならないのだが、帰宅することをチェルシー自身が望んだのだ。

幸い、バーナードは病人の介護もできるので、何か起きた際には主治医を呼ぶことにして、チェルシーはオルコット家に戻ってきていた。

「まだ無理をしてはなりませんわ」

「このくらいであれば問題ありません、お嬢様」

そう答えるチェルシーに困ったような顔をするセシリアだが、とりあえず自力で起き上がれることに安心する。

とはいえ、腹を貫かれている以上、けっこうきついはずだとすぐに持っていたトレイをテーブルに置き、チェルシーを助けた。

だが、チェルシーは助け起こされたことよりも、テーブルに置かれたトレイの上のカップの中身のほうが気になるらしい。

「それは?」

「ホットミルクですわ」

何か温まるものをと考えてセシリアが『創造』してきたものである。

チェルシーは恐る恐る口をつけ、ゆっくりとトレイに戻した。

「却下です」

「またですのっ?」

「飲み物程度ならと思いましたが……、お嬢様、やはり徹底的にやらなければなりませんね」

そういったチェルシーの目は据わっている。

はっきりというと、外見は白く温かいホットミルクのようだが、中身は劇薬といっていいレベルの毒物と化していた。

少なくとも、生物が口に入れていいものではない。

「そこまでいわなくても……」

「味見役を買って出ましたが、傷で死ぬか、お嬢様の料理で死ぬかの二択です、今のままでは」

その評価がまったく大袈裟ではないほど、セシリアの料理の腕前は壊滅的である。

致命的な欠点は、『味見』をしないことだ。

セシリアとて味オンチではない。

むしろ、幼少のころからすばらしい料理を口にしてきたので、舌は肥えているほうだろう。

「見た目は後からついてくるもの。自分が食して美味しいと思うものを、出す人にも食べてほしいと思い、行うのが料理です」

「そ、それはわかっていますわ」

「本当なら、私が手ほどきしたいところですが、この身ではそうもいきません」

そのため、チェルシーは即座にバーナードを呼び、セシリア謹製のホットミルクを飲まないように注意しつつ、味見をさせて彼にも納得させた。

「……お嬢様、お覚悟を」

「はい……」

バーナードに連れられていくセシリアはドナドナの子牛のようであったとチェルシーは後に語った。

 

 

とりあえずホットミルクの基本を教わりながら、セシリアは必死にミルクパンと睨めっこしていた。

ホットミルクなので牛乳を温めればいいだけだろうが、多少はアレンジを加えたいと、ハニーミルクに挑戦していた。

バーナードの指示はわかりやすかったが、それ以前に、必ず守れといわれたことが一つある。

「一分に一度、味見をなさってください」

「はい」

「自分で味見をすれば、自然と誰でも食べられるものを作れます」

何気にチェルシー同様に容赦のないバーナードだった。

とにかく、いわれたとおり味見をしながらホットミルクを作る。

少しハチミツの量が多かったのか、甘すぎる気がしないでもないが、先ほどの劇物よりははるかに美味しいホットミルクが出来上がったことにセシリアは安堵の息をついた。

「これなら十分でしょう。お嬢様、味見をすることの重要性がご理解いただけましたか?」

「はい。見た目を整えればいいというわけではないんですのね」

「見た目は重要ですが、料理の基本は食して納得のいく味かどうかです」

「確かに……」

料理などまともにしたことがないセシリアとしては、まずこれまで食べていた料理の美しい見た目を真似ることしかできなかった。

実のところ、まったくできなかったわけではないが、聞きながら作ったときの見た目はかなり酷く、セシリア自身はとても成功したとは思えなかったのだ。

いわれたとおりに作れば、見た目も美しくなるものだと思ったのである。

だが、実際にはそうではない。

まずは味。

そのためにはまめに味見をすること。

バーナードはそう語る。

「見た目を気にする必要はないということですの?」

「より正確にいえば、優れた中身があれば、自然と見た目は磨かれていくものです」

そういわれてセシリアは納得する。

確かに、人はどう取り繕おうとも、中身の卑しさは顔に出てしまうものだからだ。

自分も気をつけなければと思う。

そんなことを考えているとバーナードが尋ねてきた。

わざわざチェルシーに食事などを作らなくても、オルコット家は料理人を抱えている。

頼めばいいのではないか、と。

「少しくらいはこういったことも手伝いたいと思いましたので」

「それはご当主としてですかな?」

「これくらいのこともできない当主では恥ずかしいと思っただけですわ」

そう答えると、バーナードは微妙な表情を見せてくる。

何かおかしいことをいっただろうかとセシリアは首を傾げた。

「趣味として料理を覚えるのは良いことです。ですが、それはご当主の責務ではありません」

「責務?」

「ノーブレス・オブリージュという言葉をご存知でしょう」

「それはもちろんですわ」

 

『ノーブレス・オブリージュ』

 

貴族がやるべき責務。

そういった意味を示す言葉であり、セシリアにとってはまさに自分のためにあるような言葉である。

「お母様に教えていただきましたわ」

「では、その言葉を奥様にお伝えしたのは誰だと思いますか?」

「それは、先々代の当主では?」

「いえ」と、そういってバーナードは意外な名前を出してきた。

「お父様っ?」

「はい。旦那様は、特にこの点において奥様に厳しかったともいえます」

セシリアの父は婿養子だ。本来、オルコット家の当主であるセシリアの母に対し、頭が上がるはずがない。

事実、セシリアが見る父の姿は情けないものばかりだった。

だが、そうではないとバーナードはいう。

「オルコット家の当主ならば、例え夫相手でも人前では厳しくせよ。そう常々旦那様はおっしゃっていました」

「逆だったとしか思えませんわ……」

しかし、そうではない。

オルコット家の当主が、例え夫が相手であろうとも、人前では甘えてはならない。

そんなオルコット家当主をセシリアの母が演じるために、父は支えていたのだという。

「初めて聞きました……」

「生前、旦那様はお嬢様が成人なさるまでは決して教えてはならないとおっしゃっておられました」

子どものうちは言葉では理解できないだろう。

そう思い、情けない父と思われても、セシリアの父は決して己の立場を良くするような真似をしなかったのだ。

「それだけ旦那様は貴族として、オルコット家当主の夫としての責務をご理解なさっていたのです」

「ノーブレス・オブリージュ……」

そしてバーナードは、オルコット家当主としてやるべきことは料理を覚えることではない。

しかも驚くことに、IS操縦者になることでも、英国代表になることでもないと語る。

「貴族としてお嬢様が成すべきことは一つ。それ以外はすべてそのための手段とお考えください」

「それはいったい……」

「そこからはご自身で」と、バーナードはきっぱりと言い放つ。

自分で理解しない限り、セシリアが前進することができないからだ。

ただ。

「これまでのお嬢様の人生を振り返ればご理解いただけるはずです。我々が貴女に求めてきたのは、料理でも成績でもIS操縦者として技能や地位でもない。幼きころから変わったことなど一度もありません」

「……わかりましたわ。かならずや見つけてみせます」

そういってセシリアは、できたホットミルクをチェルシーの部屋へと運んでいった。

幸い、ちょっと甘いが美味しいといってもらえ、セシリアも安堵の息をついたというのは余談である。

 

 

自室で一人になったセシリアは、青い球体となったブルー・ティアーズを手に、じっと見つめていた。

チェルシーやバーナードに心配させないために何もないそぶりを見せてはいるが、内心ではかなり焦っている。

だが、その点で考えると先ほどのバーナードの言葉は今の自分にとって大事なものであったと感じていた。

「ノーブレス・オブリージュ……」

貴族としてやるべき責務。

オルコット家の令嬢として生まれ、今は当主でもある貴族、セシリア・オルコットがやるべき責務とは何か。

しかも、バーナードは幼少のころより変わったことなどないといっていた。

つまり、自分が小さいころから、求められていたことは何一つ変わっていないのだ。

果たして自分はその求めに応えられてきたのだろうか。

おそらくだが、それができていないためにブルー・ティアーズは応えないのだろうと思う。

「私は貴族、オルコット家の娘……」

セシリアの生まれを考えれば、最初の自分のアイデンティティはそれしかない。

貴族に求められるもの。

自分が見いだせていないのはそれなのだろうとセシリアは考える。

(ならば、考えるべきは古くから貴族が果たしてきた責務……)

意外に思われる方もいるかもしれないが、貴族とは世の進歩において欠かせない存在だったといえる。

領民が安全に暮らせるように、かつ、治める領地が豊かになるように。

時には芸術家のパトロンとなって音楽や美術、伝統芸能、伝統文化などを保護することもある。

当然、金銭が必要であるため、貴族といえば金持ちという印象がついてしまったが、金銭がなければ前述したようなことはできないのだ。

 

また、イギリスは階級社会が色濃く残っているといわれる。

一般的な技術、技能で仕事をする労働者階級。

資本家、すなわち会社社長などや銀行家、企業経営者や、またその他資格の必要な技能職の多い中流階級。

そして、英国王室や、セシリアを含めた貴族、貴族の次男以降の子弟で土地などを持つものたちである上流階級。

これらを簡単に貴族と庶民という言い方をすることもあるが、実のところ、その階級は富裕層と貧困層とは異なる。

裕福な庶民もいれば、貧しい貴族もいるのだ。

貴族が庶民を虐げるといったようなことは、極一部にあるかないかといったところで、ことイギリスにおいてはそれぞれがそれぞれの階級で、己の役目をまっとうしようとしているということができる。

そういう意味では、イギリスの階級社会では差というものは少ないのである。

 

実のところ、セシリアは確かに男性を軽んじていた時期はあるが、庶民を見下すような愚か者ではない。

己の役目を懸命に果たす労働者階級の人間に対して、敬意を持てる少女だった。

だからこそ、今、セシリアに求められているのはオルコット家の令嬢として生まれた貴族としての責務だということだ。

「誰もが己の役目をまっとうしようと生きる。それは、まさに『忠実』な生き方ですわね……」

ブルー・ティアーズの持つ個性はある意味ではイギリスの機体に相応しいものだとセシリアには思える。

では、自分はどうだろうか。

 

何のためにIS操縦者になったのか。

何のために代表候補生になったのか。

何のためにIS学園に首席で合格したのか。

 

セシリアは、その根本的な、正確にいえば貴族である自分がそうした理由を見失っているような気がしていた。

それが悔しくて、空を見上げる。

この空に溶けるような青の機体。

もう一度、その翼を広げて欲しいと切に願う。

だが、間に合わないというのなら。

「チェルシーもバーナードも、この屋敷も、そしてこの地も、私がこの身に代えても守ってみせますわ……」

セシリアは、手にしていた青い球体がぼんやりと光っていたことに気づくことはなかった。

 

 

そして一週間後。

セシリアは秘密の場所で、ミサイルランチャーを手に、サイレント・ゼフィルスが来るのを待ち構えていた。

 

 

 

 

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