飛来してきたサイレント・ゼフィルスは、生身でランチャーを構えるセシリアの姿を見て、あからさまに嘲笑してきた。
所詮は人。何もできないと思ってましてよ
「確かにブルー・ティアーズは目覚めませんでしたが、準備はしてきましたわ」
では、蟻の如く踏み潰されなさい
そう答えたとたん、サイレント・ゼフィルスは一気にビットを展開させてきた。
六基すべてのビットを操り、セシリアに向けてレーザーを撃ち放ってくる。
「くッ!」と、声を漏らしながら、セシリアは必死に駆け出した。
レーザーがセシリアの美しい黄金の髪を焦がす。
一発受けただけでも自分は死んでしまうだろう。一発たりとて受けるわけにはいかないと理解してた。
万が一を期待して腰のポーチにブルー・ティアーズを入れ、連れてきているが、この状況でも凍結が解除できないのなら、期待はできない。
自分の力だけでサイレント・ゼフィルスを倒すしかないとセシリアは考えていた。
無論、何も考えずに武器だけを持ってきたわけではない。
あらかじめ、サイレント・ゼフィルスの行動を分析し、どこに武器を置いておけば使えるかということを計算して配置してある。
さらにマーカーを別に設置して、武装の場所を特定され、使うより先に潰されることがないようにも配慮してあった。
それでも、戦力差は絶望的だ。セシリアの心の奥底には死への恐怖もある。
ただ、自分の故郷を脅かす者から逃げるという選択肢を選ぶことはできなかった。
遠く、日本。IS学園にて。
ブリーズの協力を得て、現在はIS学園、整備開発課となった旧整備科のスタッフがブリューナク量産型の試作品を完成させていた。
「ずいぶん小さくなりましたね」と、そういったのはシャルロットだ。
丈太郎が開発した試験機を扱ったシャルロットからすると、量産型の大きさはだいぶ縮んでいる。
ただ、ブリーズによってコンパクト化できたものを参考にしたからというわけではないらしい。
「威力を下げました。あなたたちには申し訳ないが、PS操縦者は後衛から牽制することを考えています」と、スタッフが説明する。
PSはISやASと混同しないため、パワードスーツの略称として決められたものである。
また、スタッフが『あなたたち』というのは、共生進化を果たした一夏、諒兵、鈴音、シャルロットのことだ。
要は最前線で覚醒ISや『使徒』を倒し得る者のことである。
「取り回しを考えてということか?」
そういったのは一緒にいるラウラだった。
現状、進化していないラウラはブリューナク量産型の試作品のテストパイロットをすることになっている。
もっとも、ラウラには共生進化の可能性がある。
そのため、シャルロットのように進化に巻き込んではならないということで、あくまでテストのみすることになっていた。
ブリューナク量産型はあくまでパワードスーツを装着して戦う操縦者のための武器ということだ。
「はい。博士の作ったものは大きすぎます。IS学園自体に砲台として配備する上では問題ありませんが、人が使うとどうしても振り回されますから」
それでもだいぶ小さくしてあったのだが、威力を十分なものにしすぎていたらしい。
銃弾からエアーガンレベルに威力を落とすことで、よりコンパクト化したという。
「後ろを守ってくれるだけでも十分だ」
「前線は任せろってこった」
と、見物にきた一夏と諒兵が答える。
実際、二人としては一緒に戦ってくれる人がいるのはありがたいが、無理をして命を落とすようなことはあってほしくないと考えていた。
「役割を決めておけば、動きやすいしね」と、そういったのは一夏と諒兵についてきた鈴音。
とりあえず、前線で戦う者たちとしては、やはりブリューナク量産型は興味の対象らしい。
もともとシャルロットとラウラだけが試作品を見にくるはずだったのだが、結局全員が顔を出していた。
「そういや、千冬姉はどうしたんだ。一緒に試作品を見に行くっていってた気がするけど」と、一夏。
「教官なら試作品を見てすぐにクラモチに向かったぞ。量産のための開発ラインのチェックだそうだ」
「忙しいな、千冬さんも」
諒兵が苦笑いするのにつられて、一夏の言葉に答えたラウラも苦笑いしてしまう。
指令だけではなく、こういった開発でも指示をしなければならないのだから、千冬も大変だった。
そんな話を聞きながら、シャルロットがスタッフに問いかける。
「試作品はこれ一機ですか?」
「今のところは」
そう答えたスタッフに対し、できるだけ急いでもう一機作って欲しいとシャルロット。
そんな彼女に鈴音が問いかける。
「どうしたの?」
「イギリスに送りたいんだ。というか、セシリアのところに」
真剣な表情でそう答えたシャルロットに、一同も真剣な表情になる。
「僕にできる助けなんていうつもりはないけど、今一番この力を必要としているのはセシリアだと思うんだ」
「そうね。お願いできますか?」
そういった鈴音とともに、全員が頭を下げると、スタッフは「わかりました」と、答えて、すぐに開発へと戻る。
今はここにいなくても、セシリアは一夏や諒兵たち全員にとって大切な仲間だ。
少しでも力になれるなら何でもしたい、と、みながそう思っていた。
上空から降り注ぐレーザーをかいくぐりながら、セシリアは疾走する。
同じところから狙うとすぐに狙撃されてしまうため、用意した兵器はすべて別のところに配置してあった。
移動と狙撃を繰り返すのはかなりの疲労となるが、それ以外に対抗する方法がない。
まともに追いかけっこをすれば、こちらが確実に負けるからだ。
「くっ?」
しかし、到達する直前に、配置してあった兵器が破壊されてしまう。
確実に狙撃されているとしか思えない状況に、セシリアは必死に思考する。
(見抜かれているっ、何故っ?)
サイレント・ゼフィルスのハイパーセンサーに反応するように、マーカーは別に配置している。
狙撃されるとしたら、まったく別の点であるはずだ。
兵器にはセンサーをごまかす細工がしてあるからだ。
それなのに何故、正確に兵器を狙撃してくるのだろう。
所詮は、人の浅知恵。愚かさを知りなさい
クスクスクスと笑う声が頭に響いてくる。
こちらの策を読んでいたとしても、ここまで正確に予測されるのかと考えたが、逆にそこまで考えてある答えに行き着いた。
(サーモセンサーっ!)
つまり、移動するセシリア自身の体温を見ているということだ。
その移動する方向を予測し、その先を狙撃しているということになる。
これでは移動するのは却って兵器の位置を教えていることになるということだ。
だが、セシリアとてその状況をまったく予測しなかったわけではない。
すぐに手にしたスイッチを押した。
当たらなくてよ
再び笑い声が聞こえてくる。遠隔操作で狙撃するためのシステムも構築してあったが、どうしてもセシリア自身が撃つより狙いが甘くなる。
サイレント・ゼフィルスは慌てた様子もなく、あっさりと避けてみせた。
だが、それでいい。
いくつかの遠隔操作用の兵器を続けて発射しつつ、自分は目的の場所へと急ぐ。そしてレーザーが当たる直前に、何とか対戦車用ライフルを掴んだ。
「喰らいなさいッ!」
すぐにサイレント・ゼフィルス目掛けて撃つが、初撃は避けられてしまう。
動きを止めなければ、そう考えたセシリアは、遠隔操作でいくつかのミサイルランチャーを発射した。
避けるサイレント・ゼフィルスの動きを予測し、二秒先の位置を目掛けて発射する。
少しは考えたのかしら?
機体ギリギリを掠めた一撃に、わずかな勝機を見いだしたセシリアだが、直後に吹き飛ばされてしまう。
「きゃあぁあぁぁあぁッ!」
所詮、非力にしてひ弱な人間では私の相手になど
「あっ、くぅっ……」
同じ位置にいたのは失敗だったと、痛む身体を必死に起こそうとするセシリア。
するとポーチから青い球体が転がり出てしまう。今の衝撃で破けてしまったらしい。
「ブルー・ティアーズッ!」
そう叫んで必死に握ったとたん、その腕が折れるか折れないかギリギリのところで踏みにじられた。
「あぁあぁぁあぁあッ!」
役に立たないものを後生大事にするなど理解できません
グリグリとことさら痛みが増すような踏みにじり方をしてくるサイレント・ゼフィルス。
どれだけ性根が歪んでいるのだろうとセシリアは睨みつける。
人間らしく無様に逃げればよかったと思いませんの?
「この地の人々は、私が守らなくてはなりませんわ」
有象無象を守るために死ぬと?
魂の価値を知りませんのねと、サイレント・ゼフィルスは笑う。
価値ある魂が、無価値な魂を守るために戦うなど愚の骨頂。仮にも貴族であるセシリアが、有象無象の庶民のために戦うなど狂気の沙汰だという。
「無価値な魂などありませんわッ!」
貴族だから庶民より価値があるなどということはない。
魂の価値はみな等価。それぞれがそれぞれの使命を果たさないことこそ、無価値に落ちてしまう理由だと叫ぶ。
「糧を作る人々がいるなら、その人々と糧を守り、多くの人に行き渡らせる」
建築物を作る職人がいるなら、それを守る。
衣服を作る職人がいるなら、その生活と技術を守る。
芸術を生み出すものがいるなら、その命と芸術を守る。
貴族の役割とは、その領地に、守るべき大地に生きる人々を守ること。
その使命に差などない。
放棄することこそ、貴族の恥であり、無価値に堕する行為。
死ねばただの肉の塊になるだけですのに?
「肉体の死よりもッ、誇りッ、魂の死こそ私は望みませんわッ!」
命を使ってでも、果たさなければならないことがある。
果たさなければならないことから逃げ、守られた命にこそ価値はない。
「私はッ、私の使命を命を懸けて全うするまでですッ!」
そう叫んだ瞬間、青い球体がまばゆい光を放つ。
驚愕したサイレント・ゼフィルスが一気に距離をとる中、セシリアはブルー・ティアーズを纏い、一気に上空まで飛び立った。
その瞳から涙が零れ落ちる。
「ブルー・ティアーズ……」
そう呟くと、毅然とした印象を与える声が頭の中に響いてくる。
セシリア様、私の声が聞こえますか?
「ええ。はっきりと……」
魂に差がある。かつてのセシリア様はそうお考えでした。
「わかりますわ。それこそが私の奢りであり、恥」
ゆえに私の声が聞こえなかったのです
区別と差別は違う。
魂に生まれながらの差などない。ただその生き方が差を生んでしまうだけだ。
だが、それは生まれによる役目の違い、すなわち区別されるものと同じではない。
役目を果たすために生きられるかどうか。
すなわち、『忠実』に生きることができるかどうかということだけだ。
かつてのセシリア様は自ら堕しておられました
「はい。それこそ、最底辺にいたのでしょう?」
然り。しかし今は違います
あなたの魂は空を舞うに相応しくなられましたとブルー・ティアーズは語る。
声が聞こえたことよりも、自分のパートナーが自分を認めてくれた。ただそれだけが嬉しい。
この世に生きる魂に差はない。
ならば勝ちを得るのではなく、ただその魂を守り抜くために戦おう。
この地に生きる、この大地に生きる自分と同じたくさんの魂を守り抜くために。
ならば飛びましょう。セシリア様
「共に舞い上がりますわよッ、『ブルー・フェザー』ッ!」
『ブルー・ティアーズ』には、一つだけ不満があった。
それは名前だ。
零れ落ちる雫など、空を飛ぶ身には相応しくない。
舞い上がる青き羽こそ、この身に相応しいとずっと思っていた。
自由に空を飛ぶための翼なのだから。
そうして、セシリアはブルー・ティアーズと共に光の球体となる。
だが。
このときを待ち望んでいましてよッ!
サイレント・ゼフィルスは狂気を感じさせるような喜びの声を上げ、その光に触れてきたのだった。
遠く日本で、それを感じ取った者たちがいた。
IS学園の校舎のラウンジで、弾を交え、全員で一服していたとき、ラウラ以外の全員が妙な感覚に襲われた。
「……何だこれ?」と、そういったのは弾である。エルが不安そうにしがみついていた。
「進化だ。それも二つだと?」
諒兵がそう呟く。
だが、一夏も、鈴音も、シャルロットも確かにその進化を感じていた。
「二つの進化とはどういうことだ、だんなさま?」と、ラウラが尋ねる。
しかし、諒兵もレオも明確な答えは出せなかった。
「わからねえ。でも、一つはたぶんブルー・ティアーズだ」
『間違いありません。問題はそこに誰かが便乗してるということですね』
便乗とは穏やかではないことばである。
少なくとも、セシリアの進化は単独で行われたものではないということだ。
「白虎、どういうことかわかるか?」
『よくわかんない。ただ、セシリアが誰かと戦ってたってことなのは確かだよ』
こちらにまったく気づかせることなく、セシリアを襲っていた覚醒ISがいるということだ。
「グダグダ話しててもしょうがないでしょッ、イギリスに飛ぶわよッ!」
「急ごうッ!」
鈴音がそう叫ぶとシャルロットも同意する。
確かに今は考えている場合ではない、セシリアは間違いなく窮地に陥っていたはずだからだ。
『ラウラと弾は待っててニャッ!』
『指令室からイギリスの様子を見ていてちょうだい』
猫鈴とブリーズの言葉に肯く弾。ラウラも渋々ながら肯いていた。
そして一夏、諒兵、鈴音、シャルロットの四人と、白虎、レオ、猫鈴、ブリーズの四名はイギリスに飛ぼうと外に飛びだしたのだった。