横たわるクラリッサの姿を見た諒兵はギリッと歯軋りする。
自分の身勝手で誰かが傷つく。
それだけでも申し訳ないのに、それが自分を慕うラウラの身内なら、なおのこと自分が許せなかった。
ゆえに。
「わるかった……」
そんな言葉が口を衝いて出た。
驚いた様子でラウラとクラリッサが見つめてくる。
『がんばって』
そんなレオの後押しもあり、自分が今まで心のどこかでファング・クエイクの進化を望み、手加減していたことを打ち明けた。
「俺のせいだ。戦うと決めたなら、手を抜くべきじゃなかった」
「だんなさま、それは……」
「この戦いで、人が傷つくってことをわかってなかった。わかってるつもりだったってことが、身近で起こってようやくわかった」
だから、本当は合わせる顔なんてない。
そういって諒兵は病室を出る。
どんな痛みよりも、胸が痛くて仕方がなかった。
残されたラウラとクラリッサに話しかけたのは、ひょっこりと顔を出したレオだった。
「だんなさまと一緒にいったのではなかったのか?」
『すみません、レーゲンにお願いしてこの場に残りました』
コア・ネットワークを利用してシュヴァルツェア・レーゲンのコアにお邪魔しているという。
この状態なら、諒兵に会話を聞かれることもないらしい。
天狼並みに器用になっているレオだった。
ちなみに他には白虎ができるという。
進化が早かったのは伊達ではなかった。
もっとも、それならシュヴァルツェア・レーゲンと話ができるのではないかと感じたラウラだが、自分で言葉を交わさなければ意味がないと口を噤む。
「彼は、私が入院したことが自分の責任だと思っているんですか?」
と、クラリッサが尋ねると、レオは肯いた。
『仕留めるチャンスはゼロではありませんでしたから』
ファング・クエイクは国家代表の専用機。
蓄積されている戦闘経験は他の量産機とは桁が違う。
倒せるという判断は思い上がりもあるだろうとレオは説明するが、それでも今の戦い方であるならば、倒せないレベルでもなかったという。
妙な説明にラウラが問い詰める。
「どういうことだ?」
『今のリョウヘイのほうが相性がいいんです。本気を出すことになったら、ヘリオドールのようなまさに獣といえる相手とは最悪相打ちになるでしょう』
「どういう意味です?まるで、本気を出さないほうが余裕があるように聞こえますが」と、クラリッサ。
『不思議に思いませんか?』
「何がだ?」
『ラウラ、あなたの知るリョウヘイの戦闘スタイルは獣に例えると何です?』
「狼やジャッカル、いい例えとはいえんがハイエナといったところか」
ビットを群れのように指揮して戦うのが、現在の諒兵の戦闘スタイルだ。
以前も説明したが、イヌ科の獣の戦い方である。
諒兵というリーダーが、群れを使って追い詰め、仕留めるというのが基本になる。
「それは別におかしなことはないでしょう」というクラリッサの言葉にラウラも肯く。
しかし、それこそが最大の矛盾であるとレオはいう。
『私の名はレオ。そして形態はライオンをモチーフにしています。私たちは装着者の獣性をもとに形態を決めるんですよ』
「……あッ!」
「戦闘スタイルと、本来の獣性が異なっている……?」
それが何を意味するのか。
要は、諒兵は常に自分の獣性とは異なる戦い方をしている。つまり本気を出していないということになる。
『イチカと一緒にケンカ屋をするようになって覚えたらしいんです。イチカは一本気で不器用な面がありますから、リョウヘイが元来の器用さで合わせていたんですよ』
「どうやって今の戦い方を覚えたんだ?」
『既に会っていますよラウラ。先ほどあなたが出した獣の名を冠する者に』
「そうかっ、博士とは同じ孤児院で育った兄弟みたいなものだといっていたっ!」
実のところ、丈太郎の戦い方がイヌ科の獣なのだ。
そして、一撃必殺を旨とする一夏の相棒として戦うなら、こちらのほうが都合が良かったのである。
しかし。
「では、だんなさまは……」
『一騎打ちで相手を喰らいつくす獅子。それが本来の獣性です。虎であるイチカとは同類なんです』
「そうか、学年別トーナメントのとき、一夏を相手にしていたときと、シャルロットを相手にしていたときは戦い方が違っていた」
だからこそ、本来の自分を出したい、本気を出してみたいとファング・クエイク相手に常々考えていたのである。
レオを纏って本気を出せる相手が、これまでは一夏しかいなかったからだ。
『不満もあったんでしょうね。人々を守る戦いに巻き込まれてしまいましたから』
この状況でまさか一夏と本気で戦うわけにもいかないだろう。
それが、ある意味で純粋な強者であるファング・クエイク相手に、無意識に手を緩めることにつながってしまっていたのである。
「もし、彼が本来の獣性に従って、ファング・クエイク、いえ、ヘリオドールと戦ったらどうなります?」
『今の状態で、ほぼ互角です』
「そこまでなのか……」
『ヘリオドールはザクロと違って、単一仕様能力を持ってませんから』
なるほど、と、ラウラとクラリッサは納得した。
同様に一騎打ちを好むザクロとヘリオドールの違いはそこになる。
ザクロに勝つには単一仕様能力に目覚めなければ難しいが、ヘリオドールは今の状態でも勝ち目があるのだ。
しかし、何故、今、そんなことをいってくるのかとラウラは思う。
諒兵は間違いなく、本気でヘリオドールと戦うだろう。上手くサポートすれば勝てる可能性とてあるのだ。
『今のリョウヘイが出す本気は、獣性に従ったものじゃありません』
「何?」
『確実に仕留めるほうを選択するつもりです。私は、できるなら本来のリョウヘイに立ち返ってほしいんです』
ラウラとクラリッサ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼに負い目を持っている今の諒兵は自分の心を殺してヘリオドールを仕留めるつもりだとレオは説明する。
それはレオが認めた諒兵の強さではないのだ。
『私がいくらいっても無理なんです。ラウラ、あなたでなければ』
負い目を持つ相手であるラウラ自身の言葉で意識を変えない限り、諒兵は自分のために戦おうとはしないだろう。
今の諒兵は、翼を閉じようとしてしまっているのだ。
「ラウラ」
クラリッサはただ名前を呼んだだけだが、そこに自分の背中を押そうという意志をラウラは感じ取る。
「わかった。夫を立ち直らせるのは妻の役目だ。任せておけ」
『……一番のパートナーは私ですからね』
何気に嫉妬深いレオだった。
そんな二人はクラリッサの目がギラリと光っていることに気づくことはなかった。
話を終えたレオが諒兵の元に戻ろうとすると、クラリッサが声をかけてくる。
『何か?』
「ファング・クエイクと戦ったときに、ツヴァイクの声が聞こえた気がするんです」
「本当かッ、クラリッサッ?」
詰め寄ってくるラウラに見せるように、クラリッサは待機形態のシュヴァルツェア・ツヴァイクを取り出す。
大破しており展開することはできないが、今のところドイツ軍でラウラ以外に抑えられている唯一の人間であるため、クラリッサが持っていたのである。
「この子が『下がって』といってくれなければ、たぶんファング・クエイクの一撃で私の身体は真っ二つになっていました。間違いないと思います」
声が聞こえたというのであれば、クラリッサには共生進化の可能性があるということだ。
今後のことを考えても、できれば道筋を見いだしたい。
ただ、これについて相談できる科学者が、今、ドイツにいないのだ。
「ただ、あれ以来、声は聞こえません。できれば話してみてもらえませんか、レオ」
そういったクラリッサに対し、レオは肯いてから待機形態のシュヴァルツェア・ツヴァイクに触れる。
そして『ふむ』と、呟き、説明を始める。
まず、今のシュヴァルツェア・ツヴァイクは、ダメージを癒すためにほぼ眠っている状態で、とても話をすることはできないという。
ただ、面白いことがわかったとレオは説明した。
「どういうことだ?」
『この方の個性です』
「どんなものなのです?」
『この方は『寛容』です』
基本的に、よほどの外道でない限り、たいていの人間を受け入れられる懐の広さがあるということだ。
集団をまとめるタイプのリーダーということができる。
ただ、シュヴァルツェア・ツヴァイクはその個性により、実に面白い進化を遂げる可能性があると説明した。
『共生進化の一種といえますが、この方は特定のパートナーを作らず、多数の人の意識に触れて進化するはずです』
「お前たちとは逆になるということか?」
『ええ』
「それで面白いとは?」
『この方は進化させた意識の持ち主、全員の装着を許しますね』
「えっ?」
『仮にシュヴァルツェ・ハーゼという部隊が進化させたなら、部隊員全員が装着できるASになると思います』
ラウラもクラリッサも、レオの言葉に唖然とした。
もし、シュヴァルツェア・ツヴァイクが進化すれば、誰でも装着できるASができるということなのだから。
ただし、特定のパートナーを作らないため、装着者の肉体の強化はできないとレオはいう。
それでは意味がないのではとクラリッサが疑問を呈す。
『そこはイギリスのBT機を参考にしてみては?』
「BT機?」
『基となる機体に接続、分離が可能な多数の兵器を搭載するんです。私たちのエナジー・ウェポンと同等の兵器を量産できますよ』
もともと共生進化を果たしたASに搭載される兵器は装着者以外の使用が難しい。
ASは基本的に専用機であり、装着者以外にはめったに使用を認めないからだ。
しかし『寛容』であるシュヴァルツェア・ツヴァイクなら、上手く武器を量産すれば、進化させた意識の持ち主すべてに対し、使用を認めてくれるだろう。
それをPSの装備として運用すれば、かなりの戦力になる。
『今は休眠状態ですから、すぐにというのは無理です。休ませてあげてください。ただ、研究する価値はあると思います』
「いえっ、これほどすばらしい情報はありませんっ、すぐに開発局に連絡しますっ、アンネリーゼっ!」
そういってクラリッサがナースコールを押して呼びかけると、アンネリーゼが飛び込んできた。
「はいっ、なんですか副隊長っ!」
「今から説明する情報をまとめて上層部と開発局に提出してッ!」
「了解ッ!」
そんな二人を見ながら、レオは再びラウラに声をかける。
『後はお願いします、ラウラ』
「ああ」
自分抜きで行動する隊を見て寂しくもあったが、今やるべきは諒兵を立ち直らせることだとラウラは意識を改め、病室を出て行った。
翌日のこと。
結局、丸一日、諒兵はラウラのところには顔を出さなかった。
思いあぐねたラウラはIS学園に通信し、諒兵のことをよく知るものに尋ねることにした。
レオにいわれたことを実行しようにも、どんな言葉をかければいいのかわからなかったのである。
「やっぱりね」
通信機の向こうの声は、そういってため息をついた。
「鈴音?」
「セシリアの実家で見たときの諒兵、マジギレしてたもん。そっち行こうかなって思ってたのよ」
ラウラはバカ正直に鈴音に尋ねていた。
一応、彼女はライバルなのだが、それでも素直に相談する。
こういうところがラウラの魅力でもある。
それがわかっているのか、通信機の向こうの鈴音は再びため息をついた。
「お前は知っていたのか?だんなさまの戦い方のこと……」
「うん、ケンカだけどね。一夏とのコンビネーションを考えるうちにああなったのよ」
出会ったことで戦い方が変化したのは一夏だけではない。
諒兵も一夏に併せて変化していたのだ。
だが、狂犬と呼ばれていたころは、考えなしに相手を叩き潰すような戦い方をしていた。
周りに意識を向けるということがなかったのである。
「千冬さんも知ってるわ」
「あのとき離脱を命じたのはそのためか」
相手の戦闘力を封じていくという、いつもの戦い方なら、むしろ被害は少ないはずだ。
それをさせなかったのは、諒兵の頭に血が上っていたことに気づいたからなのだろうとラウラは考える。
危険だ。
しかしそれこそが本当の姿だというのなら、ラウラも諒兵に自分の心を殺すようなことはさせたくない。
「どういったものか……」
「ねえ、ラウラ」
「む?」と、ラウラが疑問の声を漏らすと、鈴音はおかしなことをいってきた。
「諒兵のやつ、今、空を見てない気がするの」
「そういえば、空港で再会したときからずっと俯いていたような……」
「それじゃダメなのよ。どんなに悲しいときでも、空を見上げて、気持ちを切り替えられるのが諒兵なのよ」
「鈴音……」
「難しい言葉はいらないわ。ただ、空を見るようにいってほしいの。きっとそれがきっかけになるわ」
後は、あんたの素直な思いを伝えればいいと鈴音はいう。
「敵に塩を送るのはこれっきりにしたいけどね」
そういって苦笑する鈴音に、ラウラは「すまない」と、同じように苦笑することしかできなかった。