通信を終えた鈴音は、ふうと息をついた。
諒兵とラウラが変に近づいてしまうのは、正直いうと腹立たしいし、できれば自分が行きたいと思うのだが、勝手にIS学園を空けるわけにはいかない。
それに最近のラウラは女として見習いたいと思う点もあり、ここは任せるしかないかと、ため息をついた。
「何してたの?」と、そこにシャルロットが声をかけてくる。セシリアも一緒だった。
「ラウラから通信があったのよ」
「そういえば、副隊長さんは無事でしたの?」
「問題ないみたいよ。ダメージの大半はISのほうが止めてくれたみたいだし」
そのISも、上手くすればドイツ軍の戦力増強につながる発見があったらしいと説明すると二人は驚いていた。
「誰でも装着できるASって存在は大きいね」
「進化に関わった人だけっていう制限はあるみたいだけどね」
「それでも、これは朗報ですわ」
戦力の絶対数で明らかに不利な人類側としては、これほどの朗報はないだろう。
『今の状態だとシャルロットたちの負担、大きいものね』
『今後のことを考えても、戦力増強は必須です』
と、ブリーズとブルー・フェザーも同意してくる。
最前線に出ることに否やはないが、駆り出され続ければ精神がまいってしまうのは何も一夏や諒兵に限った話ではないのだ。
何より、職業軍人の集団であるシュヴァルツェ・ハーゼが戦場に出られるというのは大きい。
本来は競技者ばかりのIS学園生よりも、戦場においては頼りになるだろう。
鈴音が聞いた話では、既にクラリッサからドイツ軍経由でIS学園に話がいっているという。
ドイツ軍は、情報を共有しつつ、シュヴァルツェア・ツヴァイクのコアを生かすISを独自に開発するとのことである。
「話はそれだけだったのですか?」
「ううん、こっちはおまけ」
そういって、鈴音はラウラが相談してきたことを打ち明ける。
さすがにセシリアやシャルロットは気づいていなかったらしく、驚いていた。
「気が立ってるだけかと思ってたよ」
「それは間違いじゃないけど、キレてるっていうより、ヘコんでるっていうほうが近いのよ」
誰に対して怒りを顕わにしているのかと考えればいい。
諒兵はヘリオドールに対しては怒ってはいないだろうと鈴音は説明する。
「つまり、ご自分に対して?」
「そういうこと。自分が許せないんだと思うわ。あんなにまっすぐに愛情を見せてくるラウラの身内が傷つけられたんだもの」
『倒せるチャンスがあったから、ニャおさらニャ』
それだけに、自分に対する怒りには終わりがない。後悔は一生ついて回るものだからだ。ゆえに悪循環に陥ってしまう。
それを断ち切るためには、やはりこの場はラウラが説得するしかないということができる。
「なんか悔しいんだけど、さ……」
今、自分にできることがないということを理解できてしまうことが、鈴音は寂しいと感じていた。
考え込むと自分まで落ち込みそうな気がした鈴音は、話題を変えた。
「一夏はトレーニングだと思うけど、弾は何してんの?」
「BSネットワークへのアクセスを確立するために、篠ノ之博士の研究室に缶詰ですわ」
と、セシリアが苦笑交じりに答えた。
BSネットワーク。
『ブレインズ・スフィア・ネットワーク』
命名は束である。
束の予想どおり、エルは独自のネットワークを同類と共に構築していた。
調べてみると、世界に十人強の弾とエルの同類がいたのである。もっとも気づいていない者が大半のようだが。
その同類たちが築き上げたのが、コア・ネットワークとは異なる独自のネットワークだった。
特筆すべきは、エンジェル・ハイロゥを経由して、地球のネットワークを上から見ることができるということだ。
ステルスだろうが、ジャミングだろうが、それを無視して上から状況を見ることができるのである。
しかも、このネットワークは人の脳とISコアが直結したことで作られたものであるため、覚醒ISの干渉を受けない。
覚醒ISの動向を監視する上ではこの上なく価値のあるネットワークだった。
もっとも認識できる範囲に限界があるため、地球すべてというわけにはいかないのだが。
「ドイツのこともこれがなければ気づかなかったでしょう。さすがは篠ノ之博士ですわ」
『エルや同類の方々を説得しない限りアクセスできないということも私たちにとっては利点です』
セシリアの言葉を受け、ブルー・フェザーがその有用性を賞賛する。
セシリアとブルー・フェザーはサフィルスのジャミングとステルスに苦汁を飲まされただけに喜びもひとしおだ。
「でも、弾に助けられるとは思わなかったわ」
『これが協力するということニャ。ニャかま(仲間)は大事だニャ』と、猫鈴。
「もっともおかげで身動き取れないから弾がぼやいてたけどね」
『さっき「腹減ったー」とか言ってたから、おやつ持ってってあげるところだったのよ』
そういってシャルロットが持っていた包みをブリーズが指差した。
どうやらドイツの一件に気づいた褒美に女の子の手作りお菓子を望んだらしい。
調子に乗るなといってやるべきかと鈴音は苦笑していた。
一夏は武道場で一人、素振りをしていた。
組み手と違い、素振りのときは芯鉄を入れた木刀を使っている。
腕を鍛えるためだ。
意外と思われるだろうが、白虎徹はけっこう重くできている。通常の真剣を振る意識で扱っているため、重さというのは重要なファクターとなるのである。
流れ落ちる汗が服の重みとなって両肩に感じられる。
とりあえず十分なトレーニングができたと感じた一夏は、一息ついた。
そして呟く。
「白虎、俺に秘密にしてること、あるよな?」
『……うん、ごめん』
「それって……」
『単一仕様能力の発動に関わることだよ』
白虎がいうには、一夏は実力的には既に単一仕様能力を発動できるレベルだという。
これは諒兵も同じで、発動させるためにもっとも重要な部分を白虎もレオも隠しているというのだ。
「なんでだ?」
『私たちの単一仕様能力発動は、ISとは違うの。できるようになっちゃったら、イチカが最後の一線を越えちゃう……』
それが怖くて仕方ないのだと白虎は沈んだ声で話す。
特に先日の諒兵とファング・クエイクの一戦でその思いを強くしてしまっているらしい。
『無理やりレオの力を引き出してた。それがファング・クエイクの進化のきっかけだったんだよ』
そのときの感情を完全に剥き出しにすれば、特に男である一夏と諒兵は行くべきでないところまで行ってしまう可能性がある。
『教えなくてもできるようになっちゃうかもしれない。私には止められないの。でもそうなったらもう戻れないかもしれないんだよ』
「白虎……」
『どこまでいっても、私はイチカの傍にいるよ。でも、私しか傍にいないなんて寂しいよ……』
大事な仲間がいるのが一夏の強さだ。
でも、自分のせいで失われてしまったらと思うと怖いと白虎は呟く。
この場で何を言っても、実際にどうなるかわからない以上意味がない。
ゆえに一夏は肩に乗る白虎にそっと手を触れるだけだった。
そんな一夏の様子を扉の影から箒が見つめていた。
というより、何者をも寄せ付けない雰囲気を感じて、入ることができなかった。
なにやら話しているようだったが、白虎の声が聞こえなかったのでわからない。
ただ、こうして見ていても一夏の一番近くにいるのが白虎であるということが理解できてしまう。
それが腹立たしい。何より、そのことを一夏が受け入れているようにしか見えないのが腹が立った。
「うぅ~……」
ゆえに唸っているしかできなかったのだが、そこに声をかけられて飛び上がってしまう。
「箒?」と呼びかけたのは鈴音だった。一夏の様子を見に来たらしい。
パニックになってしまった箒は、亜音速かと思わせる速度で撤退したのだった。
置いてきぼりを食らって、鈴音は唖然としてしまう。
「最近、人間離れしてる気がするわね……」
『人の限界を超えてるニャ……』
猫鈴の言葉に同感だと思っていると、スポーツドリンクのペットボトルが落ちているのに気づく。
「自分で渡せばいいのに……」
『いいのニャ?』
「あれじゃ邪魔する気になれないわよ」
一途なところは認めているのだ。自分が揺れているだけに。
とはいっても、追いかけようがないかと鈴音は武道場の中に入った。
するとすぐに一夏は気づいたらしく、声をかけてくる。
「鈴、どうしたんだ?」
「差し入れよ。のど渇いてるでしょ?」
そういって箒が落としたスポーツドリンクを投げ渡す。
「私も持ってきたんだけど、箒に頼まれたのよ」
「あれ、箒、来てたのか」
「気後れしちゃってるみたい。そろそろ立ち直ってほしいけどね」
「俺が声かけても逃げるんだよなあ。後でありがとうって伝えといてくれ」
そういって受け取ったスポーツドリンクを一気に飲み干す。
その様子から、けっこう長い時間トレーニングしていたのだろうと鈴音は思う。
それでなんとなく思いついたことがあった。こういうときの一夏はたいてい悩んでいるのだ。今なら、何を悩んでいるのかもだいたい思いつく。
だが、口を開こうとすると、
『リンはホウキのこと怒ってないんだね』
と、白虎が尋ねてくる。
いまだに学内には箒を嫌っているものもいるので、当然の質問だった。
「私が箒と同じ立場だったら、たぶん考えただろうしね。私の場合、何にも持ってなかったから、がむしゃらになるしかなかっただけよ」
それで世界最強を見据えられるまで成長したことを考えると、何もないほうが却って気楽に成長できるのではないかとも思う。
目の前に『天災』という餌がぶら下がっている状態では、自分だって悩んだだろう。
そう考えれば、箒の行動は決して異常というほどではないのだ。
それはともかく、箒の問題はどうしても離反『前』に紅椿に離反されたことに尽きる。
大半はディアマンテのせいにできるのだが、箒だけは違うのだ。
「やっぱり紅椿を見つけて何とかするしかないのかな」
『味方にニャらニャいとしても、凍結してあれば気は楽にニャるはずニャ』
「実質的には最強の敵だろうし、戦うとしたら総力戦になるわね」
『いろいろと機能持ってるみたいだしね』
エネルギー精製能力である絢爛舞踏以外にも、多数の機能が搭載されてしまっている紅椿。
おそらく紅椿はそれらの機能を駆使できるだろうと束は説明している。
そこで鈴音はふと思いついた。
「白式のほうはどうなってるか知ってる?」
「千冬姉がコンタクト取ってるけど、漠然とした感情が伝わるくらいだっていってたな」
もっとも、誰のコンタクトに対してもまったく答えない白式だ。漠然と感情がわかるだけでも相当な進歩であるといえる。
「感情って、どんな?」
「怒りと呆れっていってたな」
『怒ってるっぽいんだよね、ビャクシキ……』
だが、敵に回らないだけでもありがたい。それでもぼやかずにはいられなかった。
「白式が味方になってくれればって思っちゃうわね、やっぱり」
『人にニャに(何)を求めてたのかがわかれば、解決方法もわかると思うのニャ』
そのために、千冬がコンタクトを繰り返しているのだ。
今は辛抱のときだと語っていたと一夏は説明する。
しばらく雑談して、休憩もすんだだろうと思った鈴音は、空いたペットボトルを捨ててくるといって受け取った。
そして。
「一夏、私たちはあんたと諒兵がどこまで飛んでっても、必ず背中に追いついてみせるわ」
微笑みながらそういうと、一夏と白虎は驚いた表情を見せ、そして笑う。
「ありがとうな、鈴」
『ありがとっ、リンっ!』
そんな答えを背に、武道場を後にする鈴音だった。
一夏のために買ったお茶が無駄になったなと思いつつ、ゴミ箱のあるラウンジまで向かう鈴音。
すると、何故か引き返してきた箒の姿が目に入った。やけにきょろきょろしているところを見ると、何か探しているようだ。
と、そこまで考えてピンときた。
「何してんのよ?」
「おっ、お前には関係ないっ!」
「探してんのはこれ?」
そういって、空のペットボトルを見せると、箒は目を剥いた。
「なっ、なんでっ?」
「武道場の入り口に落ちてたのよ」
「お前が……?」
やっぱり自分が飲んだと疑うか、と、鈴音は少し呆れながらも、ちゃんと事実を伝えることにした。
「一夏から伝言、「ありがとう」だってさ」
「えっ?」
「あんただろうって思ったから、そういって渡したのよ」
ペットボトルを投げ渡すと、箒はやけに幸せそうな表情で受け取った。
しかし、すぐにハッとした様子で睨みつける。よほど嫌われているらしいと鈴音は苦笑いするしかなかった。
「大きなお世話だっ!」
「そう思うんなら逃げずに自分で渡しなさいよ」
恋敵のキューピッドをするなんて、ラウラだけで十分だと思わずいいたくなった鈴音だった。
もっともラウラは前向きに諒兵との関係を築き上げようとしているので負けたとしても仕方ないかと思うが、箒は後ろ向き過ぎて呆れてしまう。
恋というより、周りの人間関係で一夏を選んでしまいそうな気がする鈴音だったが、そんな理由で選びたくはなかった。
「あのISがいなければ……」
「あんたのIS嫌いも相当なもんね」
「お前にわかるはずがない」
箒にしてみれば、紅椿に限らず、ISそのものが自分の人生を大きく変えられた元凶ということができるのだ。
ISそのものに嫌悪感を持つのも仕方のないことではある。
しかし、猫鈴は当然のこととして、白虎も嫌うどころかかなり気が合う友人だと感じている鈴音としては、白虎が嫌われているのは正直寂しくもあった。
「人間と同じだと思うんだけどね」
「どういう意味だ?」
「同じ人間でも好きな人もいれば嫌いな人もいる。猫鈴たちも同じよ。基準は自分と気が合うかどうかだけよ」
もっとも今のところ、ISで気が合わないなと感じたのはサフィルスだけで、『悪辣』のオニキスですらそこまで嫌う気になれない。
天狼にはたまに突っ込んでしまうが、独特のノリが合わないだけで性格には何の問題も感じない。
もっともそんなことをいえば反発するのはわかっているのでいわないが。
「わかろうとしなきゃわかんないってことよ。ま、無理せずに猫鈴たちみたいな子もいるんだって思うところから始めたら?」
好きになることは当然として、理解することも今の箒には無理な話だ。
ならASという存在がこの世にいることをまず受け入れるしかない。
しかし。
「お前の指図は受けない」
「あっそ」
ペットボトルを大事そうに抱えたまま、踵を返す箒にいえたのはそれだけだった。
進化できた自分と離反された箒では溝は大きいのだろうと鈴音はため息をつくのだった。
千冬は一人、指令室にいた。真耶には別室で現在の使徒の情報の整理をさせている。
対サフィルス戦におけるシミュレーションを考えるためだ。
現状の戦力は五人と五機。
一夏と白虎。
諒兵とレオ。
鈴音と猫鈴。
シャルロットとブリーズ。
セシリアとブルー・フェザー。
「やはりサフィルス相手ではきついな。やつがサーヴァントをどう使うかにもよるが……」
セシリアとブルー・フェザーが操る羽と違い、サーヴァントはもとはサフィルスのビット、ドラッジと覚醒ISだ。
羽と違い、確実に自立行動が可能だと束も丈太郎もアドバイスしてくれた。
そうなると実に十七機の使徒の軍隊を相手にすることになる。
「シュヴァルツェ・ハーゼと共闘したとしても、無理がある……」
ドイツから来た情報には千冬自身も喜んだ。
特にPSで使えるエナジー・ウェポンを量産するというのはいいアイデアだ。
しかし、同じ手が他のASには使えない。今はこの戦力で何とかするしかないのである。
そこでふと思いついたのが、いまだIS学園にて眠る最強の存在だ。
「白騎士、いや白式はいったい何を待っているんだ?」
漠然とした感情しか感じられないが、千冬はそれ以上に、白式が何かを待っているように思える。
ただ、それは自分ではないことは確かだ。
もし、白式が自分と共に共生進化してくれるのなら、最前線で大暴れするくらいの覚悟もあるだけに、それが悔やまれる。
本当ならそれは暮桜と共にできたことでもあるだけに。
「後悔先に立たずか。よくいったものだ……」
戦いの終わりはまだ見えない。
それでも、諦めてしまったら人類は終わりだ。
そんなことを考えていると、スッと紅茶が入ったティーカップが差し出されてくる。
楯無だった。
「少し休憩してください」
「ああ、すまん」
そういって一息ついた千冬は、ティーカップを手に取った。
「お前が淹れてくれるとはな」
「味には自信がありますよ。そろそろこれ以外のところで活躍したいですけど」
「兵器の完成まで待て。命を粗末にするような真似はさせられん」
「仕方ありませんね。織斑先生も無理はしないでください」
自分を心配してくれたのか、楯無が入れてくれた紅茶は優しい味がした。
閑話「ラウラの(愉快な)家族」
クラリッサのベッドの周りに真剣な表情の隊員たちが集まっていた。
「以上が作戦の詳細よ。各自、決して気を抜かないように」
「はいっ、おねえさまっ!」
「自分のミスを悔やむ恋人を立ち直らせる。またとない恋愛イベントだわ」
「わかってますっ、おねえさまっ!」
「まさか私が登場人物になれるとは思わなかったけど、今後は私たちが絡むイベントも出てくる可能性が生まれたということよ」
「うれしいですっ、おねえさまっ!」
相変わらず出歯亀大好きなダメ軍人集団、シュヴァルツェ・ハーゼであった。
「では散ってッ、リョウヘイ・ヒノと隊長の行動を逐一監視ッ、録画せよッ!」
「いってまいりますっ、おねえさまっ!」
そういって驚くほどの速さで隊員たちは消える。
無駄に有能な集団であることも相変わらずであった。
(ケガしてるときぐらいおとなしくしろぉーっ!)
なお病室の隅で縛られていたアンネリーゼ。
さすがにケガ人を粛清するのは気が引けた様子である。