ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第78話「格とせしものに厳しからん」

一夏と諒兵、それぞれの戦いはある意味では膠着状態に陥っていた。

幾度も攻撃を仕掛けるが、決め手に欠けてしまっているのだ。

さすがにこのまま何時間も戦い続けていては、鈴音たちがやられてしまう可能性も出てくる。

ラウラはまだ共生進化に至っていないからだ。

焦りは隙を生む。

このままではダメだと、白虎もレオも考える。

ゆえに。

 

『イチカ、答えを教えてあげる』

その言葉に一夏はただ「わかった」と答える。

 

対して諒兵は。

『事実はあなたが思うより残酷なんです』

「知ってるさ」

レオの言葉にそう答えた。

 

告げられた答えを受け止めた二人は、いずれにしても覚悟するしかないことを理解したのだった。

 

 

日本、IS学園内指令室。

天狼の言葉を千冬や真耶、弾は呆然と聞いていた。

さすがにこれは聞かせられないため、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラへの回線には乗らないようにしていた。

ちなみに天狼はフランス組がやたらとマジメすぎるので、楽しそうなこっちに再び遊びに来ていただけである。

「それが単一仕様能力発動の方法、いや、『引き金』だというのか?」

『はい、そうですよー。だから私たちは『引き金』を機能としてしか持てないんです』

人と共生進化した場合、どうしても人に依存してしまう理由でもあった。

天狼たち使徒には本来、存在しない感情だからだ。

『私たちには厳密には死がありません。本体に戻るだけなんです。だから理解できないんですよ』

「なるほどね。でも、人、ううん、生物はみんな持ってる。そうじゃなきゃ生きてけないもんね」

と、束も納得したように肯いていた。

そんな束に肯き返しつつ、さらに天狼は説明する。

『人が『引き金』を引けば、その力は絶大です。でも、ビャッコやレオが『呑まれて』しまうので、戻ってこれなくなる可能性もあります』

「それじゃ引かせるわけには……」と、真耶。

『でも、引くしかありませんね、この状況では』

だから、弾のいるこの場で説明したと天狼は告げる。

「へっ?」

『ダンとエル、カズマとアゼル、引き戻せる可能性があるとすれば、この二人と二名。冗談ではなく、ダン、あなたが蹴りくれることが大事なんですよ』

「それ以外じゃ戻んねーのか?」

『五分五分ですねー。発動後に昏睡状態に陥るなら戻れる可能性は上がりますよ』

逆にいえば、戻れないときは昏睡状態にすらならないという。

「そうなると……」と、千冬。

『バキさんはなんとしてもあの子たちだけで撃退する必要がありますね』

戻れる可能性があるときは、一夏と諒兵はおそらく動けなくなる。戻れないときは最悪の状態となる。

いずれにしても、今、この状況において、一夏と諒兵は紅椿のいる戦場には行けないということだと千冬は理解したのだった。

 

 

地中海上空。

紅椿のラッシュを近距離では捌ききれないと感じた鈴音は、いったん距離をとり、一気に脇に回った。

「マオッ、点撃ちッ!」

『了解ニャッ!』

鈴音の叫びにマオリンが応えると、その翼が大きく広げられる。

そして、紅椿に向かい、『何発』もの龍砲を撃ち放った。

不可視の砲弾がまさに嵐のように撃ち込まれる。

猫鈴の龍砲は鈴音が見せた面の制圧以外にも、本来の機能ともいえる射角無制限の衝撃砲弾を同時に何発も撃ち放つことができる。

いわゆる純粋なパワーアップも果たしていた。

 

だが甘い

 

そう呟く紅椿は、大きく移動してあっさりとかわしてみせる。しかも即座に手にした雨月からレーザーを放ってきた。

「くぅッ!」と声を漏らしつつ、鈴音は身を捻って避ける。

やはり龍砲が鈴音と猫鈴から向かってくる直線的な攻撃であることも既に知られていた。

それでも、量産機と距離はできた。

「もう一発ッ、面撃ちッ!」

今度は面の制圧である極大砲弾を撃ち放つ。無理やり押しのけ、さらに引き離すのだ。

しかし、それが危険であることを理解している者がいた。

「こちらの援護が届きませんわッ!」

「何分かもたせるからッ、量産機お願いッ!」

セシリアの言葉にそう答えると、鈴音は翼を広げ、一気に紅椿との間合いを詰める。

引き離せば、『絢爛舞踏』によるエネルギー供給は難しくなるはずだ。そう考えたのである。

 

遠く離れていく鈴音と紅椿を見ながら、ブルー・フェザーがあくまで冷静に意見してくる。

『供給が届かなければ撤退するはずです。ここは量産機を撃退しましょう、セシリア様』

「でも紅椿相手に一騎打ちは無茶だよッ!」と、シャルロット。

ここまでセシリアやシャルロット、ラウラが援護していたからこそ、鈴音は紅椿相手にまともに戦えていたのだ。

それがない状態でははっきりいって無謀もいいところである。

せめて二対一ならばと思うが、セシリアやシャルロットは接近戦に向かないし、何より放っておけば量産機が紅椿を追ってしまう。

そこで、今まで静かに戦っていたラウラが呟いた。

「セシリア、シャルロット、二人でここにいるものたちの相手ができるか?」

「ラウラ?」

『不可能ではないわ。修復できないなら』

真意を量りあぐねたシャルロットではなく、ブリーズがそう答えた。

「なら、頼む」

そう答えたラウラは一気に飛び上がる。

鈴音と紅椿のいる空へ向かって。

「ラウラさんッ、無茶ですわッ!」

「無茶は承知だッ!」

セシリアの声を振り切り、ラウラは瞬時加速を使ってさらに加速した。

 

「マズッ!」と、思わず声を漏らす鈴音。

ヘリオドールのようなラッシュを見せていた紅椿は、唐突に雨月と空裂を展開し、ザクロの剣術で迫ってきたのだ。

武装の展開が速すぎる。

そう思いつつも右手の刀を弾いた鈴音だが、左手の一撃をかわしきれない。

だが。

「はァッ!」という裂帛の気合いと共に、ラウラがプラズマブレードで紅椿の左手の一撃を弾き飛ばした。

「バカなッ?」

直後にそう叫んだのはラウラ自身。左手の刀を弾き返したはいいが、一撃でプラズマブレードが消失してしまっているのだ。

 

脆いな。それで止めるとは蛮勇だぞ

 

「何で来ちゃったのよラウラッ!」

紅椿の言葉を遮るように鈴音が叫ぶ。自分一人ならケガをしようがかまわないが、ラウラを巻き添えになどしたくないのだ。

「お前一人では荷が重過ぎる」

「あんたはやられちゃうかもしんないでしょっ!」

 

立ち話をしている余裕などないぞ

 

その声に即座に反応したラウラは停止結界を起動した。

「私が止めるッ、鈴音ッ!」

「くッ、文句は後回しにしとくわッ!」

一瞬でも動きを止められれば、コアにダメージを与えられる。

シュヴァルツェア・レーゲンならそれができる。

しかし、それがただの思い込みに過ぎなかったことをラウラと鈴音は痛感させられた。

雨月と空裂を交差するように上段に構えた紅椿は、気合いの声と共に空を切り裂いたのだ。

「きゃあぁあぁッ!」

「うあぁあぁッ!」

襲いかかる衝撃波をまともに喰らってしまう。

猫鈴を纏う鈴音はともかく、ラウラは機体が悲鳴を上げるほどのダメージを受けてしまった。

「くッ、一夏くらいだと思っていたのにッ!」

かつて同様に切り裂いたのは白虎を纏う一夏のみ。

いまだ覚醒ISのままの紅椿に切り裂かれるとは思わなかったとラウラは舌打ちする。

 

AICは操縦者の意志の力に依存する

 

「何?」

 

我の思考力が其の方の意志を超えているに過ぎん

 

そんな単純な理屈で切られてしまうのかとラウラは愕然としてしまう。

しかし、それはある意味では正解であった。

過度の集中力を必要とするAIC、停止結界はラウラの意志が弱ければ破綻してしまうのだ。

そのことを見抜いたのか、紅椿は再び声をかけてくる。

 

其の方は恐怖を抱いたままここにいるな?

 

ドキリとしてしまう。

確かに、この場で共生進化に至れていないのは自分だけ。負けるかもしれない。足手まといになるかもしれないという恐怖をラウラは抱いていた。

あの頃のように。

 

それでは我とは戦えん。去れ、弱き者よ

 

「黙れッ、お前に指図されるいわれはないッ!」

 

これは慈悲だ。一時でも永らえよといっている

 

シュヴァルツェア・レーゲンを抑えられているラウラは他の人間に比べればまだ見込みはあると紅椿はいう。

無駄に命を散らすくらいなら、一時の安らぎを求めるのも生き方だ、と。

「違うッ!」

 

何?

 

「私は諒兵の行く空にッ、あいつの背中に追いつくと決めたッ、そのためなら命だって懸けるッ!」

例えどんな恐怖があろうとも、そこに諒兵がいるなら、自分も空を駆ける。

あまりにもシンプルでまっすぐな想い。

それがラウラの行動原理だ。

ただひたすらに背中を追いかけ続ける。だからこそ、諒兵に自分の意志で飛べといったのだから。

諒兵の飛ばない場所にいても意味がないのだ。

そんなラウラを見て、鈴音は本当にラウラがライバルなのだと嬉しくなってしまう。

自分と同じものを見て、そして追いかけ続けている。

負けたくないライバルだけれど、失いたくない大事な友だと鈴音は感じていた。

その想いがあるなら。

 

「それがあいつの妻になると決めたッ、私の生き方だッ、それがどんなに辛かろうとお前のいうような安寧な生き方など望まんッ!」

 

そうだ。それこそが『厳格』だ

 

突然頭に響いてきた声に覚えがあった。何度も追い求めたもう一人の大事な人の声によく似ている。

「えっ、きょう、かん……?」

 

似てしまったのは仕方ないが、違うぞラウラ

 

少しばかり面白そうに声は否定する。

しかし、本当によく似ている。千冬が話しているような気がしてしまうのだ。

「違う?」

 

これも運命というところか。

 

私はオリムラチフユとは同類といえるだろう、と、声は続ける。

それだけにラウラが纏うことになったのはある意味では運命のようなものだと声は語る。

「レーゲン、なのか……?」

 

それは機体の名だがな。だがそれはどうでもいいことだ

 

「えっ?」

 

お前はようやく私を、『厳格』を知った。

 

ことばの意味を考えるならば、『厳格』とは、規律に厳しいことを指す。だが規律とは何か。

学校の校則か、軍隊の規則か、国家の法律か。

否、そんなものではないのだ。

ルールなど、如何様にも変えられてしまうのだから。

 

己の定めた生き方、生き様、それこそが守るべき規律だ

 

ラウラにとってそれは諒兵の妻たらんと生きること。

恥じることはない。

そう決めた己の道を突き進む、それこそが『厳格』なのだと声は語る。

 

ラウラ、今のお前なら飛べる。お前は強くなったんだ

 

その言葉にラウラの目から涙が零れ落ちる。

弱さを恐れ、恥じることなく、ただ飛べばいい。

共に戦う仲間と共に。

同じ空を飛ぶ大事な人と共に。

そんな自分を見守ってくれる人たちのために。

そのつながりこそが、ラウラ・ボーデヴィッヒの真の強さなのだから。

 

「行くぞッ、『オーステルン』ッ!」

 

その名はドイツ語で復活祭を表す。だが、語源はウサギを使い魔とする豊穣の女神エオストレ。

今ここに神の使いを顕現させんとラウラは叫んだのだ。

 

ああ、行こうラウラ。今度こそ一緒に。

 

そしてラウラはオーステルンと共に光に包まれた。

 

 

 

その様子をモニターで見つめていた千冬の目からも一筋の涙が零れた。

「織斑先生……」と、真耶が声をかけてくる。

「皮肉なものだな。ラウラの成長は嬉しいが、まさかレーゲン、いやオーステルンがあんな性格とは思わなかった」

それでも、常に傍にいることはできない自分の代わりにいてくれるのが、自分のような性格のASであるならばこれ以上の喜びはないと千冬は思う。

「偶然だろうけど、やっぱり嬉しいの?」

「そうだな、嬉しい。束、お前にも必ずわかるときがくる」

それはきっと束と箒が本当の意味で姉妹として成長したときだろう。

きっとそのときはくる。

自分もこうして得られたのだから。

「オーステルンが共に戦うのなら、この戦いに敗北はない」

そう確信した千冬の瞳には、新たなる力を纏ったラウラの姿が映っていた。

 

 

 

 


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