ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第80話「獣の咆哮」

紅椿が進化した。

その事実を受けた束は即座に解析を試みる。

第4世代機が進化したとなれば、その戦闘力は既に想像のはるか外だ。

自分が創り上げてしまっただけに、なんとしても倒せる方法を見つけなければならないと考えていた。

「あの翼は、何だ?」

「ヘリオドールの機能を再現した翼とは違うみたい。使徒の翼を四枚持ってるって考えたほうがいいね」

「それは、他の使徒の倍の力を持ってるってことですか?」

「……倍ならいいけど」

そう答えた束を千冬も真耶も、そして弾も驚愕の眼差しで見つめていた。

 

 

姿を現したその使徒は、ただ悠然とその場に佇んでいた。

「紅椿……?」と、鈴音が呆然と呟くと、使徒は応えてきた。

『今もその名を名乗るのは筋違いと言えよう。この色にちなみ『アンスラックス』と名乗ろう』

 

ルビー。

その宝石は構成こそサファイアと同じだが、サファイアとは大きな違いがある。

それはただ『紅』であること。

定められた赤い色を持たない限り、すべてサファイアとされるのだ。

ゆえにその希少さは他に類を見ない。条件を満たしたものだけが許される名称、それが『ルビー』だ。

アンスラックスとは、かつてルビーを表した古の言葉である。

 

『何故進化した。今の戦術に間違いはなかった。ラウラたちの心が揺れるはずがない』

オーステルンの問いに対し、アンスラックスは素直に、意外な答えを述べてくる。

『間違いを正そう。我はもともと進化に人の心を必要とせぬ』

『そんなバカなっ、いくら第4世代機でもあなた自身は私たちと同じはずよっ!』

ブリーズの言葉は真実だ。

機体に差はあれど、憑依しているのはエンジェル・ハイロゥから降りてきた電気エネルギー体。

そこに一切の違いはないのである。

『それは我に与えられた機能ゆえだ』

『あのエネルギー精製能力のことですか?』

そこまで特別な機能でもないはずだとブルー・フェザーは続ける。

実際、『絢爛舞踏』は単一仕様能力として非常に便利ではあるが、エネルギー体である使徒から見ればそこまで強力なものともいえない。

だが、その考えこそが間違いだった。

『否だ。『絢爛舞踏』以外に我に与えられた『無段階移行』、その機能を我は『自己進化能力』として昇華したのだ』

それは経験を積むことで、自ら進化する紅椿の機能。

どこまでも自分を成長させることができる脅威的な成長能力。

紅椿は、操縦者に頼ることなく、いくらでも成長することができる機体だったのである。

アンスラックスはそれを自己の成長能力『自己進化能力』として昇華したのだ。

『つまり、しようと思えばいつでも自力で進化できたってことニャんだニャ?』

『そういうことだ。ゆえに、翼も四枚になった』

第3世代兵器クラスの能力を複数持っていたことから、それを再現するために翼が増えたのだとアンスラックスは語った。

 

 

フランスでは、丈太郎が納得したような顔をしていた。

「おめぇのいうとおりだったな数馬。こっちの能力が本命だ」

「当たっても嬉しくはないが」と、数馬はさすがに呆れたような眼差しでアンスラックスを見つめる。

「紅椿ぁスペックを見る限り、進化すりゃぁ武装をいくらでも変化させられる。戦えば戦うほど強くなる」

『面倒な相手だな』と、丈太郎の言葉にアゼルも呆れたような声をだす。

そして。

「成長、いや進化していく敵か……。どこまで凶悪な機体なんだ」と、セドリックが呆然と呟いていた。

 

 

日本では。

「た~ば~ね~……」と、千冬がこめかみに青筋を立てていた。モニターの向こうで束が必死に頭を下げている。

「ごめんなさぁ~いっ!」

「どれだけチートな機体を渡すつもりだったんだッ、お前はッ!」

どう考えても、適正以前の問題として操縦経験の少なさから、箒では扱いきれないような機体である。

というか、世界最強と呼ばれる千冬でも扱いきれる自信のない凶悪な機体だといえる。

千冬が束を怒っている中、弾はモニターを凝視しながら呟いた。

「数馬が、紅椿は人と相容れないっていったのはこのことか」

『にぃに?』

「進化に人の心がいらないなら、あいつは純粋な機械ってことになる」

それはつまり人と寄り添うことがないということだ。

進化に人の心を必要とする他の者たちは、差こそあれ人間の存在を不要とはしていない。

これは人を見下すサフィルスですら変わらない。

見下す相手がいなければ、自己が成り立たないのだ。

しかし、アンスラックスだけは己の意志だけで進化できる。

完全な機械、唯一そういえる使徒なのである。

「機械が人類から独立する瞬間を見たんですね、私たち……」

そんな真耶の呟きは、その場に虚しく消えていった。

 

 

眼前の使徒、アンスラックスを見つめながら、シャルロットが話しかけてきた。

(とにかく、アンスラックスの力を見極めよう)

(戦えば戦うほど強くなるのだぞ?)と、ラウラが反論する。

丈太郎の言ったとおりならば、経験を積ませるほど厄介な敵になるのがアンスラックスである。

確実に倒せる機会を待つことも戦略だとラウラは語る。

(わかってる。でも、進化するといっても思考パターンで方向性はある程度限られるはずだよ。戦術を練るなら、その方向性を知っておくべきだよ)

(なるほど。『博愛』という個性とアンスラックスの思考パターンを知って、進化した後の力を予測しておくということですわね?)

そうすることで進化しても予想の範囲に納められるなら、その場で十分に対応できる。

こちらは四人だけというわけではない。

バックアップをしてくれるたくさんの人たちの力を借りればいいのだ。

(頼りになる人もいっぱいいるしね。私らだけで無茶はできないわ)

(ふむ、一理ある)

そうラウラも納得すると、全員がわずかに首肯した。

『前衛はリンとラウラでいくのニャ』

『ザクロとヘリオドールから戦闘を学んでいる以上、現時点では接近戦タイプだろうからな』

猫鈴、オーステルンがそうアドバイスすると、ブルー・フェザーとブリーズも話しかけてきた。

『我々は牽制です。倒すことを目的に戦うと、この場でさらに進化される可能性があります』

『きっちり丸裸にしちゃいましょうか』

そうして、全員が仕掛けようと構える。

だが。

『むっ、これは……』と、アンスラックスが疑問の声を上げた直後。

 

オンッ、グオオォオォオオオォオォオォォンッ!

 

地中海どころか、全世界の空に『二匹の』獣の咆哮が響き渡った。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラまでが思わず耳を塞いでしまう。

「何これッ?」

悲鳴のような鈴音の言葉に答えたのはアンスラックスだった。

『あの者たちが『引き金』を引いたのだ』

「まさか、だんなさまと一夏の咆哮なのかッ?」

そう問いかけたラウラにアンスラックスは肯いてみせる。

『皮肉なものだ。我の進化に気づいたのだろう。其の方らの危機を察知したのだ。だが、できるなら止めたかった』

「どういうことですの?」

まるで、誰よりも一夏と諒兵を案じていたのがアンスラックス自身であるかのような言い方に、全員が疑問を持つ。

『いち早く、純粋な気持ちで同胞であるビャッコとレオを受け止めた者たちだ。共存することは可能と考えていた』

意外な評価だが、これまで戦ったときの言葉を考えると、納得もする。

一夏と諒兵を基準に人を見ていたのならば、アンスラックスは味方になる可能性は十分にあったということだ。

それならばとシャルロットが口を開く。

「今からでも遅くはないでしょ?」

『否だ。『引き金』を引いてしまったからには、あの者たちは今はまともに思考することもできまい』

「何が起きてるっていうのよっ?」

鈴音がそう叫ぶと、アンスラックスは『見よ』といって、空中に二つの映像を投影して見せた。

曰く、この程度のことは簡単にできるらしい。

つくづくチートな機体である。

だが、そこに映った一夏と諒兵の姿に全員が驚愕した。

「何あれ、仮面を被ってるの……?」と、シャルロットが呟く。

一夏は白い武者鎧の仮面のようなものを付けていた。目の部分が異様に青白く光っている。

諒兵は黒い獅子の顔を仮面のようにつけている。目の部分は赤く燃えているようだった。

どちらも人としての顔がまったく見えない。

鈴音が呆然としながら猫鈴に尋ねかけた。

「マオ、どういうことなのよ……」

『これが『引き金』を引いた姿ニャ』

『正確には、最初に引いたということになる。ここから戻れるかどうかが重要なんだ』

続けるように答えたのはオーステルンだった。アンスラックスだけではなく、ASの四名も全員理解しているらしい。

『我らは『機獣同化』と呼ぶ。これは……』

『融合進化の一種なのよ』

『イチカ様とリョウヘイ様がビャッコとレオ『を』取り込まれているのです』

まったく別種のものに進化する『融合進化』の亜種、それがASの単一仕様能力発動の方法である。

一夏と諒兵が、ASである白虎とレオを取り込んで、一時的に別種の存在に進化している姿だった。

「……まさか、元に戻れなくなるんですの?」

『我が一番恐れているのがそれだ。こうなっては誰の味方にもならん。眼前の敵を滅ぼす獣でしかない』

「何故こうなるッ?」

悲鳴のようなラウラの叫びに、アンスラックスはただ淡々と答えた。

『我らが『引き金』と呼ぶのは人の根源的な生存本能、すなわち『殺意』だ』

人のみならず、すべての生物は他者を喰らわなければ生きていけない。

ゆえに殺意は生物ならばみなが持っているものでもある。

それこそが、太陽からエネルギーを受けることで生きることができ、さらに厳密な死が存在しない使徒やASには存在しない根源的な本能なのである。

しかし、ただの殺意では『引き金』は引けない。

『他者の命を喰らい、背負い、より良い未来を築く。奪うだけで終わらせぬ覚悟。そこまでのものを持って初めて『引き金』は引ける』

「つまり……」と、鈴音。

『オリムライチカとヒノリョウヘイはザクロとヘリオドールの命を背負う覚悟を決めたということだ』

その覚悟は美しい、そうアンスラックスは残念そうに呟く。

『戻れるかどうかは五分。今は我も戦う気になれぬ。ことの成り行きを見守るぞ』

その言葉に力はなかったが、誰も逆らう気にはなれなかった。

 

 

一瞬の隙を衝いて消えたまどかとヨルムンガンドの姿を見て、ティンクルは舌打ちした。

「あっちゃあ、ごめんディア」

『仕方ありません。あの咆哮の凄まじさでは気をとられてしまいますから』

「前もって聞いてたのに、それ以上だったわね」

一夏と諒兵の咆哮にティンクルが気をとられてしまった隙に、ヨルムンガンドが量子転送を行ったのだ。

受けた衝撃は対して変わらないはずなのに、あのタイミングでよくもと思う。

『ですが、あのダメージでは修復のためにしばらくは動けないでしょう。時間を得ることはできました』

「さすがに強かったわ。実戦経験が豊富ね、あの子」

多少なりと自分もダメージを負っていることを考えると、さすがに強さはそこいらのIS操縦者とは一線を画していることがよくわかるとティンクルはぼやく。

実際、ティンクルというかディアマンテの装甲にもそれなりのダメージの後があった。

だが、それは逆に言えばティンクルの強さが相当なものということでもある。

まどかは元は亡国機業の実働部隊。実力は代表候補生でも相手にならないといえるほどのレベルだ。

そんなまどか相手にダメージを与えられるだけで、十分以上に強いといえた。

『それよりも問題はオリムライチカとヒノリョウヘイでしょう』

「戻れなくなることもあるんだっけ」

『はい。そうなった場合は、すべての敵となります』

「ま、大丈夫よ」

そういったディアマンテに対し、ティンクルはずいぶんと楽観的な声で答えた。

『何故でしょう?』

「無理やりでも戻すわ。声が届かないわけじゃないんでしょ?」

『聞こえてはいるはずです。ビャッコとレオがギリギリで踏み留まっていますから』

「なら大丈夫よ。まだしばらくは身体貸してて」

『承知しました』と答えるディアマンテに、ティンクルは満足そうな様子で肯いていた。

 

 

 

 

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