ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第8話「鈴の音が鳴る日」

セシリアとの模擬戦から数日後の昼休み。

一夏と諒兵はプリントを抱えて教員室を出た。

「何でこんな仕事まで……」

「めんどくせえ……」

その後ろから、いろいろと二人を補佐してくれているセシリアがにこやかに微笑みかける。

「クラス代表とは極論すると雑務処理ですから、仕方ありませんわね」

代表とは、千冬が級長、委員長などいう言葉で説明したとおり、要はクラスでの雑務を処理する仕事である。

さらに極論すれば、教員にとって体のいい使い走りであった。

「セシリアはわかっててやる気だったのかよ?」

「もちろんですわ」

「セシリアでよかったと思うぞ、クラス代表。推薦されなければなあ……」

模擬戦以降、一夏と諒兵を認めたセシリアは、二人に名前で呼ぶようにといってきた。

逆にセシリアも二人を名前で呼んでいる。

こんな一幕があったためだ。

 

「せっかくお互いを知る素晴らしいバトルができたのですから、これからは私のことをセシリアと呼んでくださって構いませんわ。私も一夏さん、諒兵さんとお名前をお呼びしますし」

「いや、オルコットでいいんじゃねえ?」

「別に問題ないぞ?」

「セ、シ、リ、ア、と呼んでくださって構いませんわ」

後にIS関係の雑誌のインタビューで、笑顔に気圧されたのは初めてだったと一夏と諒兵は声を揃えて答えたという。

 

それはともかく。

「一夏」と、呼ばれて一夏が声の方向へと視線を向けると、仏頂面の箒が立っていた。

「何をしていた?」

「これだよ。千冬姉に頼まれたんだ」

と、プリントを見せると、箒は納得したような表情を見せる。

「昼は?」

「諒兵とセシリアの三人でもう済ませた。これのこともあったしな。箒も誘うつもりだったんだけど教室にいなかったからさ」

ちょうど用足しにでも出ていたときだったのだろう。

タイミングが悪かったということだ。

「箒、昼は食べたのか?」

「……済ませた」

少し間が空いたことに諒兵とセシリアは苦笑したが、一夏はそれで納得したようだ。

「いつまでもこんなの持ってないで早く教室に戻りたいんだ」

「だな。いこうぜ」

「はい」

一夏、諒兵、セシリアの三人が教室に向かって歩きだすと一夏の隣に並んで箒も歩きだした。

その様子を見て、セシリアが少し下がるので、諒兵も合わせるかのように下がる。

そして小声で尋ねてきた。

「篠ノ之さんは一夏さんのことが?」

「だろうな。俺は知らねえけど幼馴染みらしい。昔からなんだろうよ」

朴念神のくせに、やたらとガキのころからモテたらしいからなというとセシリアは納得したような顔になる。

一夏が鈍感なのは、今の箒の態度でよく理解できたからだ。

だが。

「篠ノ之さんといえば思いだすのはあの方ですけど……」

「話題にだすのはやめとけよ。前に見たろ」

「ええ、覚えていますわ」

以前、クラスの女子が箒の苗字から『天災』篠ノ之束との関係を尋ねたが、

 

「あの人は関係ないッ!」

 

と、箒が怒鳴ったことで深くは追求しなかった。

とはいえ、篠ノ之姓など滅多にあるものではないし、諒兵は一夏から篠ノ之束も幼馴染みであることを聞いている。

おそらくは姉妹なのだろうと諒兵もセシリアも考えていた。

「世界を変えちまうような姉貴だ。うまく付き合うのは難しいんだろ」

「そう思えば、あの言葉も納得できますわね」

身近に世界を変えた『天災』と、世界最強の『ブリュンヒルデ』がいる一夏はいろいろと大変だなと諒兵はため息をつく。そして、ボソッと呟いた。

「幼馴染み、か……」

「どうしたんですの、諒兵さん?」

「いや、一夏にはもう一人幼馴染みがいるんだよ。俺は中学のころに知り合ったんだが、まあ、俺にとってもダチっていえるな」

「あら」と、少し驚いたような顔を見せるセシリア。

「中国人でな。国に帰ってからもう一年になる。どうしてんのかなと思ってよ」

そう独りごちるように語った諒兵の顔は、友人を思う顔ではない。

そう思ったセシリアだったが、深く追求するのはやめておいた。

(大切な人、なのでしょうし……)

とはいえ、興味が湧くのを押さえられないセシリアだった。

 

 

午後からの授業はアリーナで行われた。

一夏と諒兵が運んだプリントは、アリーナ使用上の注意事項で、今後は訓練のためなら申請すれば自由に使えるらしい。

「訓練上での注意点は以上だ。訓練機の数に限りがあるため順番が回ってこないことに苛立ちもあるだろうが、そこは我慢しろ」

はい、という生徒たちの返事に千冬は肯いた。

「本日の授業では訓練機が使用できないので、専用機についていくつか実践込みで解説する。専用機持ち、前へ」

セシリアは当然のこととして、一夏と諒兵も専用機持ちとなっているため、三人が前に出る。

「まずはISの展開だが、重要なのはイメージだ。ISをまとった自分をイメージすることで待機状態から展開できる」

一般的な専用機持ちであれば普通は二~三秒ほど。もっとも優秀な者は一秒かからず、五秒以上かかるようなら専用機を扱えていないことになる、と、千冬は説明した。

「オルコット」

「はい」と、答えた瞬間にはセシリアはブルー・ティアーズを展開していた。

「一秒三三。問題ありませんね。優秀なIS操縦者の証明ですよ、オルコットさん」

「ありがとうございます」

真耶がタイムを計っており、その優秀さを褒めると、セシリアは感謝の言葉を述べる。

「次、織斑、日野、同時にやってみろ」

「はい、白虎」「うす、レオ」

そう答えてからいくらかのタイムラグを経て、一夏と諒兵もそれぞれ白虎とレオを展開する。

「三秒二三。及第点というところですね」

「だが、いちいち機体の名前を呼ぶな。展開をイメージしろ」

「いや、なんか名前呼ばないとでてきてくれなくて」

「イメージだけだとうまくいかねえんだよ」

そう答える一夏と諒兵に対し、千冬はため息をつく。

「なら心の中で呼べばいいだろう。いちいち声にだすな」

「「なるほど」」と、素直に肯く二人だった。

だが、ふと思いついた疑問があり、諒兵は手を挙げた。

「専用機持ってねえやつはどうやって展開の訓練するんだ?」

「それに関しては今から説明する」

そもそもIS本体と、その武装の展開は基本的に同じようにイメージすることで行える。

つまり、訓練機を使う生徒は、武装の展開からイメージすることでISの展開に慣れていくということになる。

「貴様らの場合は先に専用機を持ったために、順序が逆になっただけだ。たいていはそこから練習を重ねて展開速度を上げる」

「そういうことか」

「オルコット、合図とともに射撃武器を展開しろ」

そして「始め」という千冬の合図とともに、セシリアはスターライトmk2を握っていた。

「一秒〇一。お見事です、オルコットさん」

「ふむ、こちらも優秀だな」

「以前はいちいちポーズしていたのですけど、それでは戦闘時には無駄だと意識を改めました」

「それでいい。今、オルコットがいったとおり、武装の展開にいちいち格好つけていては戦闘時に的になる。無駄を省くことは重要だと心しろ」

展開してすぐ戦えるようにすることは、ISバトルにおいて重要である。

武器の切り替えに遅れるようでは、攻撃に隙ができるからだ。

一瞬の隙が命取りになる可能性もある。

セシリアは一夏と諒兵との模擬戦でそのことを実感、自力で訓練を重ねていた。

さらにセシリアは近接武器の展開を命じられるが……。

「こちらは落第だな」

「すみません。鍛錬しますわ」

「そうしておけ」

ブルー・ティアーズに装備されているショートブレード『インターセプター』の展開は、名を呼ぶような真似はしなかったが五秒もかかってしまっていた。

「織斑、日野」と、千冬が声をかけるとヴンッという音と共に一夏は白虎徹を、諒兵は獅子吼を展開する。

「二人ともコンマ六八、です……」と、真耶が呆然と呟く。

優秀どころではなく、最速レベルの展開速度である。

「貴様らは武装がそれしかないのだから当然か」

「いや、そこは褒めてもいいだろ」

「厳しすぎねえか?」

とはいえ、一夏と諒兵のIS、白虎とレオは他の武装が搭載できないらしいことがわかっていた。

他にないのならば、余計なことを考えずに済むのだから速くてもおかしくはないのだ。

「競技用のISでも、通常は三~四個くらいの武装を搭載する。それを切り替えることも重要な技術だ。その苦労が貴様らにはないのだから厳しくても文句をいうな」

そこでふと気づいたことがあり、今度は一夏が質問する。

「そういう場合、それぞれ一つずつ、出したい武器をイメージするのか?」

「山田先生」と、千冬は真耶に説明するよう促した。

「はい、複数の武装を積むタイプの操縦者はたいていの場合、頭の中に格納庫があるイメージを持ちますね」

千冬は刀一本で戦うタイプだったので、実のところ一夏や諒兵と変わらない。

対して真耶は複数の武装を積み、それを切り替えて戦場に適応するタイプの操縦者であり、この点では真耶のほうがよく説明できるのである。

「一番格納庫にアサルトライフル、二番にミサイル、三番にブレードといった具合です。展開するときは、一番を開く、二番を開くといったイメージですね」

「へえ、そんな感じなのか」

「ま、……山田先生は乗ってるときゃ、どんくらい積んでたんだ?」

「十六個ですよ」

「「「なっ?」」」

にっこり笑ってとんでもない数字をいってきた真耶に一夏、諒兵、そしてセシリアまでもが驚愕する。

「山田先生は自在に武器を変えて敵を翻弄するタイプの優秀なIS操縦者だ。甘く見ている者は考えを改めておけ」

はい、とその場にいた生徒全員が、真耶に向かって素直に頭を下げていた。

「いえっ、あのっ、そのっ……」

おかげで真耶が顔を真っ赤にしてしまったのは余談である。

 

続いてはISでの飛行を見せることとなった。

もっとも基本的な技術である急制動のテストである。

そのため、先ほどと同様に専用機持ちの一夏、諒兵、そしてセシリアが一気に上空まで飛び上がった。

「やっぱり気持ちいいな、飛ぶのって」

「なんか、すげー自由になった気分だぜ」

「お二人とも本当に飛ぶのがお好きなんですのね」

とはいえ、技術的な面ではやはり一夏と諒兵はセシリアに劣ってしまう。

そのため彼女にアドバイスを求めたが、説明が専門的過ぎてさっぱりわからない二人だった。

「もう少し噛み砕いて説明できるように精進しますわ」

「わりいなセシリア」

「つくづくすごい科学でできてるんだな、ISって」

と、二人は顔を引きつらせて笑っていた。

そんなところに怒鳴り声が響いてくる。

 

「何をしているッ、さっさと降りて来い一夏ッ!」

 

箒が真耶が持っていた拡声器を奪い取って叫んだのだ。

「いいのか、あれ?」

「さあ……?」

呆れた表情の諒兵とセシリアに、一夏が苦笑いしながら答える。

「あー、まだ授業中だし、とりあえず降りようか。確か地表から一〇センチ以内だっけ」

千冬の指示は、上空から一気に下降し、地表から一〇センチ以内に停止するというものである。

まずは手本を見せるとセシリアが一気に下降し、地表付近で急停止する。

「ほう」と、千冬が感心したような表情を見せた。

一見するとセシリアは地面に足をつけてしまったように見える。

だが。

「五ミリですか……。これは見事としかいいようがないですね」

なんと地表とセシリアの距離はわずか五ミリ。

まさに手本のような急制動である。

生徒たちから歓声が上がるほど見事なものであった。

「一ミリを目指しましたが、目測を少し誤りましたわ」

「成長しているな。その自己への厳しさを忘れんことだ、オルコット」

「はい」と、セシリアは丁寧に頭を下げた。

 

続いて挑戦したのは諒兵。

「チィッ!」と、思わず舌打ちしてしまう。

「十五センチですね」

「試験ならば不合格だな、日野」

「くそッ、ちっとビビりすぎた」

確実に地面に激突する前に止まるために早めに急制動を行ったのがよくなかったようだ。

 

そして一夏。

ドゴォンッという激突音が響く。

「いっつー……」

 

うにゃ~……

 

ふとそんな声を感じた一夏は情けなさそうな表情で立ち上がる。

「落第だぞ、織斑」と、千冬が呆れたような声をだす。

「一気に近づきすぎた……」

とはいえ、激突直前に『いつもの癖』で身体を捻ったので、さすがに大穴を開けるようなことにはならなかったが。

「オルコットは手本どおりといえるとして、織斑と日野は癖が出たな」

「どういうことですか?」と女生徒の一人が質問する。

「先に下りてきた日野は、戦闘では状況を先読みしすぎる。地表に止まるのではなく、その先まで考えてしまった結果、五センチ余計に離れたということだ」

常に予想通りに状況が動くとは限らない。

不意の事態に対処するために、ある程度の余裕を持たせて行動するのが諒兵の戦い方である。

そのため、定まったところに止まらなかったのである。

「逆に織斑は戦闘では一気に近づいて斬る、つまりそこで終わらせようとするために限界まで突っ込む。その癖が出たということだ」

とはいえ、敵を動いて追い詰める諒兵は移動技術には長けているが、直線的な動きの速さは一夏のほうが上だ。

一長一短ということである。

「重要なのは自分のバトルスタイルに合わせた移動技術を身につけよということだ。そういう意味ではまだまだ未熟ではあるが、まったくダメという結果でもない」

だからといって基本を疎かにはするなと最後に千冬は付け加える。

そこで一夏と諒兵は何度か急制動の練習を行い、セシリアはさらに別の移動技術を披露して、その日の授業は終わったのだった。

 

 

放課後。

IS学園前の通りを、ライトブラウンのロングツインテールをなびかせ、ボストンバッグを肩にかけた一人の少女が颯爽と歩いていた。

その右手には黒いブレスレットが光っている。

そしてIS学園の校門の前に仁王立ちした少女は、一つため息をついた。

「まったく……。何やってんのよ、あのバカども。私が知らない間にIS乗りになってるなんて」

そういうと、気を取り直したように少女は学園の中に入っていった。

 

下校時間となり、昇降口を出て少し歩いたところで、一夏は腕を組んで悩み始めた。

後ろには箒がくっつき、セシリアが微笑んでいる。

「何をしている、一夏?」

「いや、アリーナ借りて急制動の練習をしようか、図書館で知識を勉強するか迷ってるんだ」

「どちらにしても、鍛錬はよいことですわね」

ちなみに、IS学園にはちゃんと部活動がある。

こう見えて箒は剣道部、セシリアはテニス部に入部していた。

だが、一夏と諒兵はどこの部にいこうが大騒ぎになるため、二人とも現時点では帰宅部である。

そんな諒兵は千冬に捕まって雑務処理を手伝わされており、下校できるにはもう少し時間がかかるらしい。

「どうせなら剣道部に来い。お前の邪剣を修正してやる」

「いやだからいいんだって。俺の剣はこれで」

「実際に戦ってみると、よく練られたよい剣術と思いますわよ、篠ノ之さん」

そんなセシリアの言葉など聞こえないのか、箒はぐいぐいと一夏の腕を引っ張り始めた。

「さっさと来いッ!」

「だからいいんだってッ!」

「あらあら、たまには人の話を聞いてほしいものですわ」

と、割とうるさい三人の姿がそこにあった。

 

そんな姿を先の少女が見つめている。

「あいつっ、また女の子に囲まれてる」

その表情は険しい。一夏が女生徒と一緒にいるのが気に入らないようだ。

「ふんっ、いいわよ。あとで思い知らせてあげるから」

と、そういって勢いよく振り向き、校舎に向けて歩きだして……。

 

「鈴、か?」

 

「えっ?」と、自分の愛称を呼ばれて振り向いた先には、自分が見知ったもう一人の男の姿がある。

 

「りょう、へい……」

 

とくん、と少女の心臓の音が鳴る。

その日、IS学園に小さな鈴の音が鳴った。

 

 

 

 


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