フランスでモニターを凝視していた丈太郎が数馬にいきなり指示を出してきた。
「ダイブ?」
「やり方ぁアゼルがわかる。急げ、時間がねぇ」
椅子に身体を預け、目を閉じるように指示すると、そのまま通信がつながっているIS学園の束に声をかけた。
「わかってるよ。五反田くん、君も」
「へっ?」
「向こうと同じようにして」
「束?」と、千冬が声をかけるが、とにかく弾に数馬と同じようにしろという。
二人が椅子に身を預け、目を閉じると、丈太郎はアゼルに、束はエルに声をかけた。
そして。
「ここは?」
「なんだこりゃっ?」
フランスとIS学園のモニターに弾と数馬が並んで立っている姿が映った。
その後ろはまるで星空が広がっているかのような背景となっている。
本人たちもだが、それ以上に状況がわからない千冬や真耶が尋ねる。
「二人をコア・ネットワークにダイブさせたの」
「ダイブ?」
「精神をネットワーク上に置いたってこと。アゼルやエルのサポートでなんだけどね」
正確には弾と数馬の精神をエルとアゼルが保護しつつ、コア・ネットワーク内を移動できるようにデータをもとにした擬似的な身体を作り上げたということになる。
「なぜ俺たちがこんなことを?」
「白虎とレオがヤバいの」
「何っ?」
「このまま行きゃぁ、戻ってこれねぇ。のんびり待ってる時間もねぇ」
「マジか蛮兄っ!」
「説明してくれますか?」
そう数馬が尋ねかけると、束が説明を始めた。
一方、地中海上空。
「危険、なの?」と、鈴音が呆然と呟く。
対して、返答するアンスラックスは、一見すると冷静であるかのように見えた。ほとんど表情が変わらないというだけの話だが。
『ザクロとヘリオドールの強さは、ビャッコとレオにとっては予想以上だったのだ。決着がつく前に取り込まれる可能性がある』
「だから、博士と篠ノ之博士は……」と、同様に呆然としているシャルロットが呟くと、アンスラックスは肯いた。
『たぶん『引き金』を引いてから十分くらいで決着がつくと思ってたのニャ』
そう答えたのは猫鈴だった。
人間が『引き金』を引いた場合、その力は絶大とは前述している。つまり力押しで倒せると、誰もが考えていたのだ。
だが、己の能力を引き出し、また完全に操れるようになっていたザクロとヘリオドールは十分で決着がつくどころか、返り討ちにしかねないほどの奮闘を見せている。
完全に予想外だったのだ。
これほどまでの強さを持っているのなら、まず一度、一夏と諒兵に『引き金』を引かせ、その力を操れるように訓練するべきだった。
ぶっつけ本番で倒せる相手ではなかったということだ。
結果として、取り込まれないように必死に踏ん張っている白虎とレオの負担が大きくなってしまっているのだ。
多く見ても三十分。
それを過ぎれば、一夏と白虎、諒兵とレオはまったく別の生命体に進化してしまう。
『ダンとカズマを向かわせたのは内側からビャッコとレオを救うためだと思うわ』と、ブリーズ。
「だんなさまと一夏はどうなるッ?」
『案ずるなラウラ。ビャッコとレオを救えば、イチカとリョウヘイも理性を取り戻すはずだ』
完全に、というわけにはいかないが、別種の生命体に進化する可能性は低くなるのだとオーステルンは説明する。
「私たちではダメなのでしょうか?」
『本来、セシリア様がたはオリムライチカ様とヒノリョウヘイ様の同類になるのです。お二方ほど危険性は高くありませんが、コア・ネットワークから近づくと影響を受けると思われます』
ブルー・フェザーの答えにセシリアは、そして他の三人も落胆する様子を隠すことはできなかった。
『耐えよ。今はただ、待つしかないのだ』
そう告げてきたアンスラックスの言葉に、一同は拳を握り締めるだけだった。
コア・ネットワークの中を必死に走る弾と数馬。
二人は、とにかく一夏と諒兵を見つけないと危険だということを束の説明で理解できていた。
「端まで行けば場所はわかるんだなッ?」
『任せて、にぃに』
『今は走れ。時間はないぞ』
「蛮兄と篠ノ之博士を信じるしかないか」
丈太郎と束が協力して、一夏と諒兵がいる場所の近くまでの道筋は既に作ってあった。
ただ、そこに転移させることはできないという。
「あいつらが暴れてやがっからな。座標から何からメチャクチャだ」
「面倒だろうけど、がんばって走ってね♪」
何気に酷い天才博士たちである。
とはいえ、聞く限り、コア・ネットワークから近づくと大暴れしている一夏と諒兵に出くわすことになるらしい。
弾と数馬の使命は、その二人を止めることだ。
いったいどんな暴れ方をしているのかと呆れてしまう弾と数馬だった。
『おそらく貴様たちの想像を超えている』
「そうなのか、アゼル?」
『少なくとも、イチカとリョウヘイを見つけるつもりでは見つからん。まあ、すぐにわかるだろうがな』
アゼルの説明に数馬は首を傾げてしまう。
一夏と諒兵を探すのに、一夏と諒兵を見つけるつもりでは見つからないというのはどういう意味か。
だが、丈太郎と束が作った道の果てまで来て、その意味をすぐに理解した。
「何だあッ?」
「まるで怪獣映画だな……」
弾と数馬の視線の先にいるのは、雄叫びを上げながらネットワークを破壊せんと暴れる巨大な白い虎と黒い獅子の姿。
果てまで来てからどう探すのかと思っていたが、あんなのが暴れていては探すどころではない。
弾と数馬がそう思っていると、エルが驚愕の事実を伝えてくる。
『あれなの、にぃに』
「まさか一夏と諒兵かッ?」
『正確には獣性を解放したイチカとリョウヘイだ』
「これが機獣同化ということか」
『そういうことだ』
白い虎が一夏、そして黒い獅子が諒兵。
親友ともいえる二人がこんな状態になっているとは思わず、弾と数馬は呆然とその光景を見つめていた。
日本、IS学園指令室。
モニターを呆然と見つめながら、千冬は尋ねかけた。
「束、どうすれば元に戻せる?」
「あの獣に衝撃を与えるしかないの、これ見て」
そういって束は、白い虎と黒い獅子の喉元をモニターに映し出した。
「白虎とレオ……」と、真耶が呆然と呟く。
二匹の獣の喉元には、めり込むかのように張り付いている白虎とレオの姿があった。既に下半身は見えなくなってしまっている。
「白虎とレオが完全に飲み込まれたら、もういっくんとりょうくんは戻れなくなるの」
だが、衝撃を与えれば少しずつではあるが白虎とレオを剥がすことができる。
完全に剥がすことができれば、一夏と諒兵も理性を取り戻すはずだと束は説明した。
「衝撃というが……」
『単純に言えばダンが蹴りくれればいいんですよー』
「そんなのでいいんですか?」
天狼の言葉に真耶が疑問の声を上げるが、天狼自身はそれでいいとあっさりと肯いた。
『あの場所でイチカやリョウヘイと戦えるのがダンとカズマしかいないんです。二人とも獣性自体は持ってますけど、それがエルやアゼルと直結していないので』
寄生ともいうべきエルと、同居といえる状態のアゼルは弾や数馬と共に進化したわけではない。
そのため、進化した中で唯一影響がない存在だということができる。ゆえに元に戻すことができる唯一の存在であるともいえるのだ。
『ただ、エルとアゼルはISの機能を持ってませんから戦うためのエネルギーがないんです。一撃ごとにどこからか集めてこないとダメなんですよー』
「それじゃ……」
『だから、アゼルが集めてカズマが送信、エルが受信してダンが攻撃するというかたちになりますね』
もっとも、集めたといってもすぐに戦えるエネルギーに変換することはできない。
ゆえに、アゼルは一計を案じていた。
『ポーカーか?』
『そうだ。『乱数を使って』トランプのカードを表示する。役を作れば、その役に応じた攻撃力を与えられる』
安い役なら弱く、高い役なら強い攻撃ができる。ただし、カードの表示時間は四秒、それを過ぎると再び乱数で配置が換わる、と、アゼルは答えた。
しかし、受け取る側のエルの都合を考えなくてはならない。
『同じカードを、使った役じゃ、ダメ』
『スペードの1と、ハートの1のワンペアを使ったとしたら、そのワンペアは二度と使えないってことなんだな?』
『うん』と、答えるエルに弾も納得した。
同じようにワンペアを作るなら、スペードの1とダイヤの1といった具合に、別のカードを組み合わせて作れということだ。
『カードの使い回しができないわけじゃないのか』
『うむ、まったく同じ役が作れないというだけのことだ』
その言葉を聞き、弾が一つ深呼吸をする。それを見た数馬は、親友が覚悟を決めたことを察知した。
『いけるか?』
『背中は任す。頼むぜ相棒』
『わかった。行くぞ弾』
その言葉に肯き、雄叫びを上げて駆け出した弾の背中を後押しするように、数馬はすぐに役を作り出した。
『ツーペアだッ!』
『そぉりゃあッ!』
数馬が送信したエネルギーを受け取った弾は、見事な二段回し蹴りで虎と獅子を蹴り飛ばす。
弾き飛ばされた二匹は、弾を敵と認識して唸り声を上げてきた。
『お前らのケンカを止めるのは二度目だな。容赦しねえぞ』
虎と獅子という猛獣を前にしても弾は怯まない。それは彼の獣性が一夏や諒兵に劣らぬものであることを示す。
エルの背中の背びれはその一端だ。
広い海洋における食物連鎖の頂点に立つ最強の海棲哺乳類、すなわち鯱が弾の獣性だった。
目の前に常に五十二枚のトランプが並べられる。数馬は一瞬でそれを見て、役を作る。
弾自体は実はエネルギーがなければ攻撃できないわけではない。身体を動かせるのだから、蹴りを放つこと自体は問題なく行える。
ただ、効かないのである。
打鉄から進化した白虎とレオ。そのパートナーである一夏と諒兵はネットワーク上でも、白虎とレオからエネルギーを得て戦える。
これは鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラでも同じで、いわばISからエネルギーを得て戦えるということだ。
しかし、弾と数馬は違う。
エルはもともとISコアのみで弾の肉体に寄生しているし、アゼルは数馬の手首に巻き付いたときに、ISとしての機能をすべて捨てている。
簡単にいえば、エネルギータンクが存在しないのである。
そのため、弾と数馬はその身で攻撃しようとしても、エネルギーがないために相手に効果がないのである。
ゆえに弾の攻撃を有効にするため、アゼルが必要なエネルギーを掻き集めているということだ。
だが、なぜアゼルなのか。
それは単に数馬が知性派だからというだけのことではない。
数馬の獣性は草原を凄まじいスピードで駆ける存在、すなわちサラブレッドだからだ。
直結していなくても、アゼルには数馬の影響がある。
ネットワーク上を誰よりも早く駆け抜けられるのが、数馬のもとで進化したアゼルの力だった。
そんな説明を受けた千冬だったが、やはり一夏と諒兵が戻れなくなるかどうかは不安だった。
「束、こちらからエネルギーを送るなどの援護はできないのか?」
「御手洗くん、だっけ?今は彼より役に立つ子はいないだろうね」
「以前、お前と相性のいいコアがいるといっていなかったか?」
そのISコアの力を借りることができれば、束もかなりの助けになるのではないかと思い、千冬は尋ねかける。
しかし、束は首を振った。
「あの子は今の段階じゃネットワーク上には行かせられないの。もーちょっと対話しておきたいんだよ」
通電していない今だからこそいえるが、と、断った上で、束と相性のいいISコアの個性は『無邪気』で、性格的にはかなり子どもっぽいところがあると説明してきた。
善悪の判断能力が低く、好奇心旺盛でなんでも吸収してしまうため、ネットワークに解き放つと覚醒ISに洗脳されてしまいかねない。
つまり、敵になる可能性が捨てきれないという。
さすがにそういわれると千冬にも理解できる。
というより、束と相性がいいということに、逆に納得してしまった。
束も似たようなところがあるからだ。
また、同じ理由ではないが、丈太郎も手助けすることはできない。
オリジナルASである天狼を纏う丈太郎は、鈴音たちよりも一夏と諒兵の影響を受けやすいからだ。
「今はあいつらを信じるしかないということか」
「そーゆーこと」
今は、一夏と諒兵、そして弾と数馬の友情の力を信じるしかないことに、千冬は不安を感じながらも、納得することにした。
しかし、獣と化した一夏と諒兵と戦う弾と数馬は、このままでは悪い結果になるということを理解していた。
「クソッ、すぐに戻っちまうッ!」
『にぃに、焦っちゃダメ』
エルがそういって窘めるが、状況はまったく改善されていない。
エネルギーを得ての攻撃は確かに一夏と諒兵に効果がある。
その証拠に、衝撃を受けると、白虎とレオの身体が少しずつせり出してくるのだ。
しかし、戦い続けているせいか、すぐに戻ってしまう。しかも少しずつ、めり込み方がひどくなっていっている。
エネルギーを弾に送っている数馬も、状況を理解していた。
「埒が明かないな……」
そう呟くが、アゼルの返答はない。今、ネットワーク上で必死にエネルギーを掻き集めているからだ。
数馬は一人で考え、状況を改善する方法を模索するしかない。
「攻撃を続けるだけではダメだ。一気に剥がせるくらいの威力の攻撃を連発しなければ……」
高い役ほど強い攻撃ができることはこれまでの戦闘で理解できた。
一気に引き剥がすには、高い役を連発する必要があるということだ。
「ロイヤルストレートフラッシュか……」
ポーカーでもっとも高い役であるロイヤルストレートフラッシュを作るしかない。
しかし、連発するとなると難しいどころの話ではない。
『乱数を使って』表示されるトランプのカードの中で、ロイヤルストレートフラッシュを作るためのカードをわずか四秒で見つけ出すのは至難の業だからだ。
それを四連発などできるはずが……と、そこまで考えて数馬の脳裏に閃くものがあった。
「乱数?」
アゼルは確かにそういった。ランダムに表示するのではなく、『乱数を使って』表示すると。
気づいた数馬は即座に叫ぶ。
「弾ッ、二十秒逃げ回ってくれッ!」
「なッ?…………わかったッ!」
言葉の意味を理解したわけではないだろうに、弾は数馬の言葉に反論せずに肯いてくれた。
目を見開いた数馬は、四秒に一回表示されるトランプのカードをすべて視界に収める。
それを五回繰り返した数馬は、再び叫んだ。
「大技で一気にいくぞッ!」
「おおッ、来い数馬ッ!」
そして奇跡の連撃が放たれた。
ネットワークを視覚化して見ていた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そしてアンスラックスはその奇跡の連撃に驚愕していた。
「まさか、狙って出してるんですの……?」
「うそ、ランダムでしょ。わかるわけないじゃない」
そう呟くセシリアや鈴音。呆然と見ているシャルロットやラウラも意見は同じだ。
そんな四人を見て、解説してきたのはオーステルンだった。
『アゼルは乱数を使って表示しているからな。狙って出せないことはない』
「どういうことだ?」
『コンピューターの乱数には法則性があるんだ、ラウラ』
擬似乱数と呼ばれるのが、コンピュータープログラムなどで出す乱数のことである。
実は機械である以上、次に出る数が決まっているという。
すなわち、乱数を使っての表示には再現性、つまりまったく同じ並びになる可能性があるということだ。
サイコロを振って次の目が出るようなものではなく、ある程度の予測は可能なのである。
『カズマはアゼルの出す乱数の法則性を掴み、カードの位置を予測してロイヤルストレートフラッシュを狙って出しているんだ』
『ダンはそれを受けて、一番の大技を繰り出したのニャ。信じてニャければできニャいことだニャ』
と、猫鈴が弾の行動を賞賛する。
数馬の言葉を信じきっていなければ、自分の身が危なくなる可能性のある大技は出せないだろう。
弾は数馬を信じきっていたということである。
『見事だ。これもまた素晴らしき友情の生せる技と言えよう』
「アンスラックス……」
呟いたアンスラックスの言葉に、なぜ、敵となってしまったのかと四人は悲しみを覚えてしまうのを抑えられなかった。
そして。
「トドメだッ、スペードのロイヤルストレートフラッシュッ!」
「うぉりゃあぁッ!」
数馬の放ったエネルギーを受けた弾は、巨大な虎となっている一夏の横っ面に飛び蹴りを放つ。さらにその反動を利用して飛び上がり、巨大なライオンとなっている諒兵の脳天に、踵落しを喰らわせた。
ドサドサッという音がすると、エルが叫んでくる。
『にぃにッ、外れたッ!』
「よっしゃぁッ!」
『抱えて逃げてッ!』
「任せろエルッ!」
そう叫び、一夏と諒兵から外れ、倒れ伏している白虎とレオを抱え、弾は一気に距離をとる。
だが、暴れまわる一夏と諒兵は鎮まる気配がない。
「ダメなのかッ?」
『いやッ、ここから融合進化してしまうことはないッ、とにかく離れろッ!』
弾の叫びに答えたのは、エネルギーを掻き集める作業を終えたアゼルだった。
その言葉に数馬も従い、意識を失っているらしき白虎とレオを背負ったまま、ネットワークを最初の場所まで必死に駆け戻る。
しかし、追いかける獣と化した一夏と諒兵が追いつこうとしたまさにその瞬間。
世界中の空に響き渡る音を、誰もが聞いたのだった。