ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第83話「響き渡る鈴の音」

その鈴の音は纏わりつくように、静かな、しかし消えることなく鳴り続いている。

その音を、焼けるような砂漠の空の上で、凍え死ぬような冷たさを感じながらも、ザクロはしっかりと聞いていた。

「次の一撃が、すべてを決するので御座ろう」

しかし、目の前にいる一夏は応えない。ただ、異常なまでに覇気が上がっていた。

 

 

凍てつくような海、眼下に蒼、周囲に青。

そんな場所にいるにもかかわらず、静かな鈴の音と共に、灼熱といっていい熱さが届いてくる。

「悔いは残さん。貴様と我、いずれが勝とうとな」

そう声をかける。

諒兵が聞いているのかどうかもわからない。

ただ、仮面に隠れた眼差しはまっすぐに己という敵を見据えているとヘリオドールは感じていた。

 

 

その少し前。

白虎とレオがその身体から外れても、まだ暴れまわる一夏と諒兵の姿を見て、何を思ったというわけではない。

ただ、叫びたかった。

想いを届けたかった。

二人ともここに、自分の元に戻ってきてほしい、と。

だから。

 

「とっとと戻ってきなさいよッ、バカあぁぁぁぁぁッ!」

 

その場にいた全員が驚くような大音声で、鈴音は腹の底、否、心の底、それどころか魂の底から叫ぶ。

直後、セシリアの驚いたような声が耳に入った。

「止まりましたわっ!」

『間違いありません。お二方の獣性が落ち着いています』

「やったっ!これで大丈夫なんでしょ?」

『少なくとも、別種の存在になることはないわ。安心してシャルロット』

「戻るのかッ?」

『その可能性が高い』

そんなみんなの言葉を鈴音は呆然と聞いていた。

「マオ?」

『奇跡というのなら、これもまた奇跡かもしれぬな』

なぜか答えたのはアンスラックスだった。そしていくらか遅れて猫鈴も答えてくる。

『…………もう、大丈夫ニャ』

その言葉を肯定するかのように、ネットワークの中の一夏と諒兵は、今まで暴れていたのが嘘のようにおとなしくなっていた。

 

 

息を呑む。

それほどに、指令室にいる面々は緊張していた。

弾はいまだにネットワーク上にいるので、眠ったままなのだが。

「いけるか……?」

「わかんない。でも、次が最後の攻撃になるね」

それは、一夏、諒兵、ザクロ、ヘリオドールのうち、いずれか二人が確実に死ぬということになる。

ISバトルでも、コアを抜いて凍結するのでもない。

互いの命を懸けた一撃になるということだ。

「ちーちゃんも身体を固定してて」

「何?」

「使徒やASの単一仕様能力同士が大気圏内で、しかも二ヶ所でぶつかり合ったなら、全世界に衝撃が来るよ」

「そ、そこまでなんですか……?」

さすがに真耶も怯えてしまう。

ザクロやヘリオドールの強さもさることながら、一夏と諒兵がそこまでの力を手にしてしまったことは、今後の二人の精神に影響を及ぼすのではないかと考えてしまったからだ。

「今は、そこまで考えてはいられない。二人が生き残るのを願うだけだ」

そういって、千冬はシートに身を預ける。

ただ、千冬はそれほどの力を手にしても、一夏と諒兵が歪むことはないと信じる。

(いや、歪ませたりなどしない。それも私たちの役目だ)

戦場に子どもを送り出している以上、その命を、そして心を守るのが自分たちの役目だと千冬は理解していた。

 

 

動いた。

そう思ったときにはザクロの目の前で一夏は剣を振り下ろしていた。

『ぬうッ?!』

速いとは思っていたが、まるで瞬間移動したかのような速さで自分の眼前に迫ってくるとは思わなかったとザクロは驚愕する。

あまりにもシンプルな、近寄って上段から斬るだけの剣。

だが、刀身が青く輝いている。

そして、視界に入る全ての世界が白く染まっていく。

凍てついているのだ。この場所の大気すべてが。

『凍れる剣ッ?!』

驚愕するザクロは、自分の身体が動かないことに気づく。

己の身体まで凍てつかされている。

対抗するすべは一つしかない。己自身の最強の技を持って、身体を凍てつかせる一夏の剣を打ち破るのだ。

『オオォオオォオオオォオッ!』

ザクロは裂帛の気合いと共に、剣を上段に振り上げる。

 

『桜花一刀、零落白夜』

 

「ーーーー、ーーーー」

 

ザクロの声に答えるかのように、一夏の声にならない声が何事か呟いてくる。

それが、一夏の目指す頂点であるということを理解すると同時に、ザクロは肩口から両断されていることに気づいた。

振り下ろされた一夏の剣はザクロの雪片を叩き折り、その身体を斬り裂いたのだ。

その剣、まさに一撃必殺であった。

『見事』

ただ一言、そう呟く。

己の身体が爆散するのではなく、光となって散っていく。

それがASや使徒の死だ。

光となり、本体であるエンジェル・ハイロゥの一部に戻るのだ。

ザクロに悔いはない。

千冬と袂を分かったときから己の結末がどうなろうと覚悟していた。

この死もまた覚悟の上でのものであり、むしろ一つの存在として生を全うできたといえる。

ただ。

『チフユ、拙者の死を悔いるな』

自分のパートナーだった千冬が、できれば自分を凍結したことを後悔してほしくない。

それだけは願わずにいられなかった。

 

 

初撃はかわした。

『ムッ?!』

だが、第二撃が身体を掠める。赤みを帯びた獅子吼はまさにライオンの爪が襲い掛かるかのように、何度もヘリオドールの身体に襲いかかってくる。

そしてようやく気づいた。

万撃必倒。

それが諒兵という名の獣の戦い方なのだと。

両手両足の爪ばかりではなく、肘が、膝が、果てには頭までが敵を倒さんと襲いかかってくる。

相手が死ぬまで消えることのない、燃え続ける劫火。

『だが負けぬッ!』

起死回生の一撃を以って、炎を消し飛ばすのだ。

ザクロとの戦いで得た己の必殺をヘリオドールは撃ち放つ。

『カイザーナックルッ、ライジング・サンッ!』

空間をひしゃげる豪拳は、爆音と共に衝撃波を起こした。

ヘリオドールは己の身体ごと、全てを乗せた拳を諒兵に叩きつける。

だが。

「ーーーー、ーーーー」

諒兵という名の劫火は叩きつけようとした拳ごと、ヘリオドールを呑み込んだ。

まさに万の攻撃がヘリオドールを完膚なきまでに叩きのめす。

『グヌゥッ!』

そして螺旋回転を起こす獅子吼がヘリオドールのコアを穿ち抜く。

『我が拳すら呑み込むか。見事だ、獅子よ……』

それこそが諒兵だと。

狩人ではなく、一匹の獅子だとヘリオドールはようやく理解する。

獣同士の戦いは、諒兵という名の獅子の勝利で終わるのだ。

『悔いはない。面白き生であった……』

そう満足そうに呟いたヘリオドールは、光となって散りながら、どこか微笑んでいるようだった。

 

 

遠く地中海。

アンスラックスの見せる映像で一夏と諒兵の勝利する姿を見たセシリア、シャルロット、ラウラは歓声を上げた。

『ザクロとヘリオドールは散ったか。残念だ……』

『覚悟の結末だったはずだ。文句はあるまい、アンスラックス』

『文句などない。恨みはせぬ』

オーステルンの言葉に、アンスラックスはそう答える。

それが、ザクロとヘリオドールが行き着く果てであった以上、アンスラックスが異を唱えるのは筋違いというものである。

戦士の行き着く果ては老いさらばえて戦場を去るか、死ぬかのいずれか。

死闘の果ての死を何よりあの二人が否定していなかったのだから、文句など本当になかった。

そこに嗚咽が響く。その主の名を呼んだのは猫鈴だった。

『リン……』

「よかった、ほんとによかった……」

鈴音はあふれ出る涙を止めようともせず、一夏と諒兵が生きていたことを素直に喜んでいた。

生きて帰ってきてくれればいい。

二人がいつもの様子で戻ってきてくれればいい。

そう思うと、勝利に喜ぶよりも、生還の嬉しさに涙が止まらなかったのだ。

「鈴、泣いてちゃダメじゃない。二人とも無事だったんだし」

「こういうところは、本当に弱いですわね、鈴さんは」

「女の涙は武器と聞いているが、見てないところで使ってもよいものなのか?」

ラウラだけ微妙に評価がズレていた。

それはともかく。

『確かに、此度オリムライチカとヒノリョウヘイは勝利した。迎えに行ってやるといい』

そういうと、アンスラックスは絢爛舞踏を使い、全員のエネルギーを回復させる。

『ニャん(何)の真似ニャ?』

『施しを受けるいわれはありませんが』

『あなたのやることはホンットに理解できないわね』

『無用な慈悲だぞ、アンスラックス』

猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンの順に声をかけるが、アンスラックスは気にも留めない。

『ビャッコとレオは今エネルギーが底を突いているはずだ。しかも今の状態では自然回復を待つしかない。このままでは勝者まで死ぬということになりかねんぞ』

そういって見せてきた映像には、落ち始めている一夏と諒兵の姿が映っている。

「あっ、どっ、どうしたらっ?!」

鈴音は一気に混乱した様子を見せてきた。

どっちを助けに行けばいいのか迷ってしまっているのだろう。

それがわかったシャルロットがすぐに叫ぶ。

「山田先生ッ、二人の居場所の座標をくださいッ!」

[はいっ!]と、そう答えた真耶から、すぐに一夏と諒兵のいる場所の座標が転送されてくる。

「セシリアッ、鈴と一緒に一夏のほうに飛んでッ!」

「わかりましたわッ!」

「ラウラッ、一緒に飛ぶよッ、オーステルンッ、ブリーズの持ってる量子転送の設計図を読んでッ!」

「了解だッ!」

『わかった』

即座に真耶が一夏と諒兵のいる場所の座標を転送してくる。

戸惑いながらも、鈴音はセシリアに連れられて一夏のいるサハラ砂漠へ。

そしてシャルロットとラウラは諒兵のいるグリーンランド海へと飛ぶのだった。

 

 

日本、IS学園。

「終わったか……」と、千冬がため息をつく。

「正直、死ぬかと思いました」と、真耶も。

二ヶ所でほぼ同時に起きた単一仕様能力同士の激突は、束の言うとおり、全世界にすさまじい衝撃を与えていた。

たいていのところでは、いきなり地震が起きたように感じただろう。

それほどの衝撃だった。

とはいえ、一夏と諒兵が勝利したことは、人類にとっては喜ぶべきことだ。

そう真耶がいうものの、千冬の表情は晴れなかった。

「いっくんもりょうくんも生き延びたんだし、今は喜んでおこうよ、ちーちゃん」

「ああ、わかっている……」

それでも、千冬としては、苦い勝利としかいえなかった。

確かに一夏と諒兵は踏みとどまった。

しばらくすれば回復するだろう。

でも、それを素直に喜べるほど、千冬は人間ができているわけではない。

だが、今の気持ちをいうことはできなかった。

「暮桜……」

小さく呟いたその一言に一体どれほどの想いが込められていたのか。

真耶も束も、何もいうことはできなかった。

 

 

サハラ砂漠に転移した鈴音とセシリアは、砂の上に横たわる一夏を見てすぐに降下した。

「いちかッ!」

慌てて駆け寄る鈴音を抑え、セシリアが一夏の容態を見る。その真剣な様子に、鈴音は仕方ないとため息をつき、任せることにした。

「昏睡状態になってますわ。フェザー、白虎の様子は?」

『完全にエネルギーが枯渇しています』

「それなら……」と、いいかけた鈴音を、フェザーは遮った。

ただのエネルギー切れではないらしい。

『存在するためのエネルギーまで使って、踏みとどまっていたのです。おそらく自身を維持する最低限の機能しか働いていません』

『会話すらできニャいニャ。転移するにしてもあちしらが運ぶしかニャいニャ』

もっとも、鈴音とセシリアが一緒に転移すれば、一夏を運ぶことは可能だと猫鈴が答える。

ただ、担いでいくしかないらしい。今の白虎は一夏の身体を強化できるほどの余裕などないのだ。自身の維持で精一杯なのである。

とはいえ、それはどうしようもないし、別に問題を感じるほどのことではない。

ただ、鈴音の心に何かが引っかかった。

「あ……、ラウラッ、急いでッ!」

「鈴さん?」

『リンイン様?』

急にラウラに通信し始める鈴音を見て、セシリアもそしてブルー・フェザーも訝しげな表情を見せる。

「諒兵が溺れちゃうッ!」

その言葉でハッと気づく。

一夏はサハラ砂漠の上空で戦っていたが、諒兵が戦っていたのはグリーンランド海の上空だ。

つまり、海の上にいたのだ。

そんな状況で、レオが力を失っているなら、海の底に真っ逆さまとなる。

「とにかくIS学園に戻りますわよッ!」

「うんッ!」

そういって、鈴音とセシリアが一夏を担いで転移したのと同じころ、グリーンランド海上空では。

 

 

凪いだ海を見ながらラウラとシャルロットが真っ青な顔をしていた。

「マズいよ。どこに落ちたのかわからない……」

「だったら手当たり次第に探すだけだッ!」

猛然と海に飛び込もうとするラウラをシャルロットが必死に抑える。

闇雲に探しても時間がかかるだけで、見つかる可能性は低いからだ。

レオが力を失っているならば、海流に流されてしまうことも十分に考えられるのである。

「ブリーズッ、レオの反応はッ?」

『無理よっ、反応が出せるエネルギーも残ってないはずだわっ!』

『初の機獣同化直後では完全にカラだ。戦闘直後の座標から落下地点を計算するしかない』

とはいえ、IS学園にあった座標はあくまで大まかなもので、戦闘していた諒兵の正確な位置までわかるわけがない。

探し出すまでに諒兵が溺れてしまう可能性があるのだ。

「ならば、海そのものを停止させるッ!」

『落ち着け馬鹿者ッ、海を止めようが、海水を退かせられるわけではないぞッ!』

「だんなさまをっ、諒兵を死なせたくないんだっ、オーステルンっ!」

その気持ちこそが、自分を進化させただけに、ラウラのいうとおりにしてやりたい。

しかし、諒兵を助けるためには、闇雲に動くだけではダメだとオーステルンには理解できる。

『シャルロットッ、とにかく指令室から座標の情報を貰って計算してくれッ!』

「わかったッ!」

『任せてちょうだ…………えっ?』

シャルロットが答え、続いてブリーズが答えようとするが、ブリーズは突然疑問の声を上げた。

「どうしたブリーズッ?」

ラウラの声に、ブリーズは呆然としたような声で答えてきた。

 

『海が……割れるわ』

 

その言葉に全員が海面を見つめると、まるで巨大な穴が開いたように、海水が割れる。

その中心に、白銀の光が『居』た。

 

 

 

 

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