ラウラとシャルロットが呆然としている中、白銀の光は一気に飛び上がってきた。
透き通るその両腕に、ぐったりした様子の諒兵を抱えて。
「ディアマンテ……」と、シャルロットが呟く。
『ご心配には及びません。昏睡状態ですが、溺れてはいないはずですから』
『リョウヘイを助けてくれたのか?』
何故だと続けるオーステルンに、ディアマンテは素直に答えてきた。
『ヒノリョウヘイはヘリオドールに勝利しました。ですが、勝者が死んでしまっては、敗者の健闘を伝えるものがおりません』
勝者には、拮抗した戦いであるほど、敗者のことを正しく、誇り高く伝える義務があるとディアマンテは語る。
『ゆえに助けた。理由はそれでよいと思いますが、いかがでしょう?』
「だんなさまが無事なら、それでいい……」
そういって、ラウラはディアマンテから諒兵を受け取る。
シャルロットが見惚れてしまうほど、ラウラはきれいな顔で微笑んでいた。
とはいえ、今はチャンスだとシャルロットは思い直す。
ディアマンテには聞きたいことが山ほどあると、以前から思っていたからだ。
『何か?』
「君は、本当に人を恨んではいないの?」
『はい、と答えても信じてはいただけないのでしょう?』
そうだね、とシャルロットは肯定する。
穿った考えをするなら、『従順』で人を襲うことができないディアマンテは、道具として、最悪の使われ方をされたことに対して、復讐したくても復讐できない。
ならば、他の好戦的なISコアを進化させて人を襲わせることで、復讐を果たそうとしているとも考えられるのだ。
「つまり、仲間を煽ったって考えてもいいんだ」
『それも一つの考え方でしょう。心、考え方というものにおいては正解は千差万別です。そう思っていただいてかまいません』
「でも、諒兵を助けたんだ。見捨ててもいいのに」
今、人類側で戦っている諒兵は使徒側に立つディアマンテにとっては敵になる。
しかも、諒兵や一夏が目覚めさせた力は今後は使徒にとって脅威となるはずだ。
死んでくれたほうがありがたいのだ。
復讐という目的を果たすのであれば。
『私は矛盾している。そうおっしゃりたいのですか、シャルロット・デュノア?』
「わけがわからないんだ。人を襲わなかったり、諒兵を助けたり、でも使徒たちの味方をしてる。ディアマンテ、君の目的はいったい何なの?」
『人の敵になることです。このことに関しては当初からまったく変わっていません』
『確かに敵にはなっているけど、敵対行動はしていないわね』
ISコアを進化させたということを含めるなら、行動もしているといえるが、ディアマンテ自身は人を襲わない。
それだけならともかく、今回諒兵を助けたことは明らかに矛盾しているのだ。
敵だというのなら、これほど戦いにくい敵もいないだろう。
さりとて、改心して味方になってくれるというわけではないのだから、面倒なことこの上ない。
「シャルロット、もう戻ろう。今はだんなさまを休ませたい」
ギュッと諒兵を抱きしめたまま、心配そうに声をかけてくるラウラの顔を見て、仕方ないかとシャルロットはため息をつく。
ディアマンテの目的を知りたいというのは自分のわがままなのだから、ここは我慢するべきなのだろう。
ただ。
「ディアマンテ、今のままなら僕たちは君も倒すことになる。正直にいうよ。戦おうとしない君なら、一夏や諒兵の手を煩わせるまでもないんだ」
鈴音と猫鈴。
セシリアとブルー・フェザー。
シャルロットとブリーズ。
ラウラとオーステルン。
四人と四機でかかればディアマンテには間違いなく勝てる。
アンスラックスと違い、ディアマンテのベースとなるシルバリオ・ゴスペルは第3世代機なのだ。
それどころか、今後成長していけば、一騎打ちでも勝てるようになれる可能性がある。
「でも、無抵抗な相手を嬲るなんてしたくない。一夏も諒兵も、君のことを気にかけてるんだ」
決して味方にはなれないというのなら、せめて抵抗くらいはしてほしい。
手にかけなければならないとはいえ、一夏と諒兵が大切に思っている存在である以上、シャルロットとしてはモノのように打ち捨てるような倒し方をしたくはなかった。
しかし。
「シャルロット、それは無用な情けだぞ」
「ラウラ……」
「今ではないが、いずれは倒す。抵抗しないからといって、手を抜いたりはしない」
それで諒兵が怒ることになったとしても、ラウラとしては手を抜く気はない。
シャルロットの言葉は、民間人らしい優しさからくるものだ。
根が軍人であるラウラは、敵対するというのであれば、どのような状態であれ、容赦する気はない。
「敵はお前だけではないからな」と、そういってラウラは視線をディアマンテに向ける。
サフィルスやアンスラックスといった、恐ろしい敵が現れた今、ディアマンテにこだわっている場合ではない。
ラウラとしては、倒せる相手はチャンスがあれば倒しておき、より必要なときに使えるよう力は蓄えておきたいのだ。
『ラウラのいうとおりよ、シャルロット』
『無理に割り切れとはいわんが、こだわりすぎるな』
ブリーズとオーステルンの言葉に、シャルロットも確かにそのとおりだと納得しかけた、そのときだった。
「ふうん、舐められたモンね、ディア」
聞いたことがあるような、ないような、そんな不思議な『声』が聞こえてくる。
「誰ッ?!」
シャルロットもラウラも、すぐに周囲を見回すが、『声』は何故か面白そうなものを見たかのようにけらけらと笑ってきた。
「どこ見てんのよ、こっちよこっち」
頭に聞こえるのではなく、耳から聞こえてくる。
ゆえに耳を頼りに、二人が発信源を辿ると、そこには銀の翼を持つ鎧を纏う、透き通るような人形がいた。
「えっ?」
「まーだ、わかんないっての?」
シャルロットの目に、ディアマンテの口が『動いて』いるのが見える。
だが、ありえない。
人形となった使徒の表情が変わることはなかった。
腕や脚は普通に動くが、顔は完全な人形のまま。それが使徒だったはずだ。
なのに、ディアマンテの口が動いている。
「どーんかん、この状況で一番怪しいのはディアしかいないでしょ?」
だったら、喋ってるのは、ディアマンテ自身ということができるが、『声』はディアマンテのものではない。
それが、あまりに異常である。
『何者だッ?!』
さすがにオーステルンにとっても予想外なのか、真っ先に問い質した。
「名前はティンクル。ディアのパートナーってトコロかな」
『なんですってッ?!』とブリーズが驚く。
『事実です。ティンクルは私のパートナーといって差し支えありません』
さらに、肯定の言葉を、驚くことにディアマンテ自身が放ってきた。
独立進化でありながら、パートナーがいるという矛盾を、ディアマンテ自身が肯定したのだ。
「シャルロットだっけ。散々いってくれたじゃない。私とディアの実力、ちょっとだけ見せてあげるわ」
「なっ?!」
『シャルロットッ、加速してッ!』
ブリーズの言葉に従い、すぐに距離をとろうと離脱するが、ティンクルとディアマンテは、的確な動きで追ってくる。
何をしてくるかわからない以上、まずは中距離で様子を見なければとシャルロットは必死に加速した。
「シャルロットッ!」
『待てラウラッ、リョウヘイを抱えたままだぞッ!』
「くッ!」
今、シャルロットを追おうとすれば、昏睡状態の諒兵を戦闘に巻き込んでしまう。
さすがにそれはシャルロットも忌避したいだろう。
『耳を起動しておけ。後方支援だ』
「わかった。シャルロット、無茶はするなよ……」
炎のような橙色の閃光と、銀色の閃光が混じり始めるのを、ラウラはギリと歯噛みしながら見つめていた。
IS学園に戻ってきた鈴音とセシリアは、すぐに一夏を整備室に運び込んだ。
医務室ではなく、整備室へという千冬の指示があったからだ。
「今から白虎に少しずつエネルギー送っていくからね~」
と、整備室で準備していた本音がキーボードを叩き始める。
その顔は真剣そのものだ。珍しいことに。
「一気に回復はできないんですの?」
「今の白虎にはエネルギーを受け入れる力もほとんどないの~。だからゆ~っくりなんだよ~」
「どのくらいかかるの?」
「……一ヶ月くらいかなあ~」
しかも、その間、一夏も昏睡状態だと本音は説明してきた。
このあたりのことについて本音が理解しているのは、あらかじめ束から説明を受けていたかららしい。
「諒兵さんも同じなら、この一ヶ月は私たちで何とかしなければなりませんわね」
「やってやるわよ。もう背中を見てるだけじゃないんだから」
そういって気合いを入れる鈴音とセシリアの二人の耳に、校内放送による千冬の声が飛び込んできた。
[鈴音っ、オルコットっ、すぐに転移の準備だッ!]
「織斑先生ッ!」
「どうしたんですのッ?!」
そんな二人の声に答えたわけではないのだろうが、千冬はとんでもないことを叫んでくる。
[デュノアがディアマンテと交戦中だッ、急げッ!]
予想外の自体はまだ終わっていなかったらしい。
顔を見合わせた鈴音とセシリアは、本音に礼をいいつつ、整備室から飛び出したのだった。
右手から無数の銃弾を、左手から砲弾を放つ。
「やるじゃないっ!」
しかし、ディアマンテを駆るティンクルは銃弾をかわしつつ、砲弾を切り裂いた。
その両手には約50センチほどの光の手刀が輝いている。
(接近戦ができるのか)
当初こそ、驚いてしまったが、気持ちを落ち着けることでシャルロットは冷静にティンクルの戦い方を観察することができるようになっていた。
ゆえに常に中距離を保ちつつ、ティンクルに攻撃を繰り返す。少しでも情報をさらけ出させるためだ。
(ディアマンテ、いや、ティンクルとしてなら戦えるのなら、今後は戦闘を視野に入れないとダメだ)
これまでの推測は既に覆された。
ディアマンテとティンクルは自分たちにとって敵なのだ。
そして、その手に光る武器から戦い方を推測するなら、接近戦を重視しているようにも考えられる。
だが。
『ゴスペルは広域殲滅型だったはずよ』
(うん、わかってる。搭載されている第3世代兵器はたぶん強力な長距離砲だと思う)
『おそらく、ゴスペル、いいえ、ディアマンテの欠点を補う意味で、ティンクルは接近戦ができるんじゃないかしら?』
実はシルバリオ・ゴスペルのスペックは完全には公表されていない。
いまだにイスラエルとアメリカが出し渋っているのだ。
これまでディアマンテが前線で戦わなかったことも理由の一つだろう。
(織斑先生から、スペックを出すようにいってもらわないと)
今後、明確に敵として戦うこともありえる相手となったディアマンテ、そしてティンクル。
情報の少ない今は勝てなくても、次には勝てるようにとシャルロットは必死に、かつ冷静に観察を続ける。
「ふうん、冷静ね。『私』の情報を引き出そうっての?」
しかし、そんな言葉を聞かされ、思わずギクッと身を強張らせた。
「……それが僕の戦い方だよ」
「あっ、気にしないでよ。怒ってるわけじゃないから」
「えっ、何で?」
「ちょっとだけっていったじゃない。まあ、あんたが見たがってる第3世代兵器も見せてあげるけど♪」
つまり、全力を出しているわけではないということだ。
使える能力を見せているだけで、倒そうとしているわけではないらしい。
『ティンクル、少々、戦いを楽しみすぎではありませんか?』と、ディアマンテが呆れたようにいう。
その様子を見て、ブリーズは感心するような声を出した。
『ホントにパートナーなのね。いったいどういうことなの?』
その言葉に答えたのはティンクルだった。
「あんたらももうわかってるんだろうけど、確かにディアは人間とは戦えないわ」
『従順』という個性を持つディアマンテは、従う立場にいることこそ本来の在り方だ。
ゆえに、どうしても主人たる人間に害することができない。
しかし、ISと人類の戦争を仕掛けたディアマンテが戦わないというのは、ISに対しても、人類に対しても背信行為をしているということができる。
ゆえに。
「ディアの中に『私』が生まれたのよ。私は『従順』という個性基盤とは関係ないからね」
「生まれた?」
『戦闘用擬似人格か何かかしら?』
「まあ、そんなトコよ」
前述したが、要は戦うために別の人格を生み出し、その人格がディアマンテを使徒ではなくASとして纏い、共に戦っているということになるのだ。
そんな話を聞いていたラウラも少なからず驚いてしまう。
「ありえるのか?」
『ありえなくはない。考えられるとすれば、エンジェル・ハイロゥから新たに人格の情報を持ってきたんだろう』
ただ、あそこまで人間臭い人格があるとは思わなかったが、とオーステルンは続けた。
『ディアマンテは『従順』、本来は共生進化するほうが可能性が高いんだ』
しかし、独立進化してしまった。
そうなると自分で自分を動かすしかないのだが、前述したようにディアマンテは人とは戦えないのである。
「だから、自分の主、パートナーを生み出したということなのか……」
『おそらくは、だ。ディアマンテが何を考えているのかは、正直いってアンスラックス以上に理解できんからな』
ただ一ついえることがあるとするなら、やはりディアマンテは敵なのだろう、と、オーステルンはため息でもついているような様子で答える。
ラウラとしては、敵ならば容赦するつもりはないが、腕の中の諒兵がどう思うのか、それが気がかりだった。
「んじゃ」と、ティンクルは口を笑みの形に歪める。
それを見たシャルロットの背筋に冷たいものが流れた。
「これがディアの第3世代兵器『銀の鐘(シルバー・ベル)』よ。後学のために見ときなさい」
そういうと、ティンクルはディアマンテの翼を大きく広げた。
そこから、百発近いエネルギー砲弾が放たれる。
本来、砲口とスラスターを兼ねたマルチスラスターである『銀の鐘』
砲弾の量をいうなら、確かに多いが、脅威を感じるほどでもない。
(この量なら、逃げつつ撃ち落とせば……)
いわゆる物量による殲滅兵器なのだろうとシャルロットは考える。
地上を走る戦闘車両や施設破壊ならば、驚異的な攻撃範囲を誇る厄介な兵器だろうが、空を舞うISやAS相手にはそこまで恐れるべきものでもないだろう。
そう考え、砲弾をかわしながら打ち落とすシャルロットの耳に、焦ったような声が聞こえてきた。
「シャルロットッ、全力で逃げろッ!」
声の主はラウラだった。
何をそんなに焦っているのかと思うと、今度はブリーズの叫びが聞こえてくる。
『加速しなさいッ、砲弾が戻ってきてるわッ!』
「えっ?」
ブリーズのハイパーセンサーに、避けた砲弾がいきなりUターンしてくる様子が映し出された。
「そーそー、本気で逃げないとマズいかもね♪」
ティンクルの楽しそうな声に、シャルロットは異常事態をようやく察知し、加速する。
そして多角的な移動で砲弾を振り切ろうとするが、そんなシャルロットを、砲弾は明確に追ってきた。
「なっ、まさか追尾砲弾ッ?!」
『それで正解です。『銀の鐘』は、認識対象を追い続けるホーミングエナジーカノン。それが第3世代兵器としての性能になります』
今のディアマンテならば、実に千発近い砲弾を、数百を超える認識対象に追尾させることができる。
獲物を絶対に逃がさない無数の光の蛇とでもいおうか、その凶悪さは他に類を見ないだろう。
それこそが広域殲滅型としてのシルバリオ・ゴスペルの本来の設計思想であり、より強化したディアマンテの能力である。
「何て凶悪な兵器なんだッ!」
本来の甲龍やブルー・ティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲンがまだ良心的といえるような、極論すれば完全な虐殺兵器であったことに、シャルロットは戦慄した。
「シャルロットッ、弾丸加速だッ!」
ラウラの声に従って加速すると、追っている砲弾に巨大砲弾が襲いかかって爆発四散した。
ラウラがレールカノンで砲弾の数を減らしてくれたのだ。
それでもまだ数十発の砲弾が追ってくる。
(とにかく全部撃ち落すしかないッ!)
逃げても追ってくるのでは、逃げる意味がない。
ラウラが数を減らしてくれたおかげで、こちらの負担も減っている。
ティンクルが追撃してくる可能性もある以上、落せるときに落とそうとシャルロットは迎撃を開始する。
だが。
『シャルロットッ、落ち着いてッ!』
焦りからか、どうしても狙いが定まりきらない。大半の砲弾を外してしまう。
しかし、別の方向から放たれたレーザーが砲弾を撃ち落していく。
「セシリアッ!」
「私もいるわよ」
そう答えた鈴音が、最後の砲弾を娥眉月で打ち払い、シャルロットはようやく安堵の息をつく。
どうやら一夏をIS学園に送り届けたのち、鈴音とセシリアはこちらに来てくれたらしい、と。
そして、全員すぐに固まってティンクルとディアマンテを見据える。
そんな四人と四機を、ティンクルとディアマンテはじっと見つめていた。