裂帛の気合いと共に繰り出した右回し蹴りは、ラウラの側頭部を捉えた、はずだった。
「わきゃっ?!」
驚いたのも束の間、右足を取られ鈴音の身体はグルンと回され、そのままベチャッと顔から床に激突してしまう。
ファーストキスの相手はよく掃除された床だった。
「解説せんでいいっ!」
と、虚空に向かって突っ込む鈴音。元気なことである。
それはともかく。
「威力は申し分ないが、捕まえられた後の対処能力は褒められたものではないな、鈴音」
「空なら、こんな間抜けなことにならないわよ」
「その言い訳は見苦しいぞ」
ラウラの指摘は正しい。鈴音もそれがわかっているだけにばつの悪そうな顔をするだけだった。
『進化前の覚醒ISならともかく、使徒型に進化している相手には大降りの攻撃は対処されやすいと認識することだ』と、オーステルン。
『一撃必殺を狙うニャら、確実に当たるチャンスを作るか、見つける必要があるのニャ』
そう猫鈴も注意してくる。
大振りの攻撃は当たりにくい。それは予備動作で察知されやすいからだ。
ゆえに、別のことで相手の気を引くか、相手の不意をつくしかない。
相手がこちらの攻撃を待ち構えている状態では、先ほどのような間抜けなことになるだけなのである。
「お前たちならどうする?」と、ラウラは見学していたセシリアとシャルロットにも声をかけた。
「私なら、距離をとって避けて動作完了直後に足払いを狙いますわ」
「僕も同じかな。タックルで腰を押さえてもいいと思う」
さすがにラウラのように蹴りを止めつつ、合気の要領で投げるのは無理だけど、とシャルロットは苦笑いする。
『今の技を強引に使うのであれば、速さが必要と思われます』
『そうじゃなければモーションが小さくても威力がある技にするのがいいんじゃない?』
もしくは、脚を捕らえられた瞬間に、違う行動に切り替えるということになるとラウラやオーステルンが良い例を交えて解説してくる。
「その点、だんなさまや弾は巧い。だんなさまなら捕らえられた瞬間に自分から飛んで身体ごと脚を捻り、捕まえた手を振り払うだろう」
『ダンであれば、逆の脚が飛んでくるだろうな』
いずれにしても、『もし失敗したら』ということを、攻撃を繰りだす前に考えているということだ。
「むー、クンフーが足りないってことかー」と、そういって鈴音は頭を掻いた。
四人は現在武道場で戦闘訓練を行っている。
何故、アリーナでASを纏った状態でやらないのかというと、千冬から衝撃的な通達と、その点を考慮した上でのアドバイスがあったからだ。
話は一時間ほど前に遡る。
千冬から今後の戦いのために話しておくことがあるといわれた四人はブリーフィングルームに集まっていた。
一つはクラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼのシュヴァルツェア・ツヴァイクがAS『ワルキューレ』に進化したという朗報。
進化そのものは感じ取っていたのだが、直接のつながりが少ないので、ラウラ以外は誰なのかわからなかったのだ。
ラウラ自身はクラリッサだと理解していたが、どのような進化をしたかまでは知らないので、余計なことをいわずに報告を聞くことにしたのである。
なお、千冬曰く、ワルキューレを纏うクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼは今後は基本的にドイツを中心とした欧州防衛の要になるらしいと千冬は語る。
「不安はあるが……」
「何故です?」
「いや、気にするな」
純粋にクラリッサたちの進化を喜ぶラウラの澄んだ瞳から目をそらす千冬だった。
気を取り直したのか、もう一つあるといって語られた千冬の説明に、鈴音たち四人は驚愕してしまう。
「それじゃ、私たちが単一仕様能力を覚えるのは無理なんですかっ?!」
「むしろ、覚えるべきではなかろう。お前たちは一夏や諒兵に比べて恵まれているんだ」
絶大な力を発揮した一夏と諒兵。
しかし、彼らの機体である白虎やレオは元は第2世代機の打鉄だ。しかも、もともと武装すらなかった試験用の機体なのだ。
だからこそ、今後の戦いを生き抜くために覚える必要があった。
しかし、鈴音、セシリア、ラウラが纏うのは、そもそも各国が競い合って開発した最新鋭の第3世代機。
シャルロットはもともとは第2世代機でも、偶然とはいえ第4世代兵器を載せている。
「猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンは第3、第4世代兵器を機能として持つために、本来の能力を使用している。だから、どうしても単一仕様能力との併用はできないんだ」
本来、第3世代兵器、イメージ・インターフェイスは、単一仕様能力に近い性能を搭載しようということで開発されたものだ。
結果として、それを再現するために、猫鈴たち四機はASとしての本来の能力を第3世代兵器運用のために使っているのである。
「ヘリオドールのように第3世代兵器を捨てるならば可能だがな。だが、お前たちはその第3世代兵器を使えるように鍛えてきた経験がある。それまで捨ててしまうことになるんだ」
それでは意味がない。今までの経験を捨て、一から鍛え直しでは、戦いに間に合わないのだ。
ならば、今ある機能をより使いこなせるようになるほうがいいと千冬は語る。
「だからだ、自分自身の技術を鍛え直してみるといい」
「技術、ですか?」とラウラが問うと千冬は肯いた。
「猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンの協力によって、お前たちは第3、第4世代兵器をかなり楽に使えるようになっている」
ならば、自分自身が生身で持つ技術を鍛えてみることで、より強くなることは十分に考えられる。
「見つめ直すことだ。自分が何者なのかをな。IS操縦者の肩書きにこだわらず、自分自身を活かすつもりでしばらく鍛えなおしてみることだ」
そうすれば、目を覚ました一夏や諒兵の力にもなれる。
そういった千冬に対し、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは強く肯いていた。
そんなことがあり、まずは我流とはいえそれなりに体術を鍛えた鈴音と、正当な軍事訓練を受けているラウラが手合わせをしていたのだ。
無論のこと、これだけでいいわけがないと全員理解しているが。
「技術だけじゃなく、武装の使い方なんかも考え直したほうがいいかもね」とシャルロットが口を開く。
「使い方?」と鈴音が首を傾げるとシャルロットは真剣な表情で説明する。
「ブリーズと話し合ったんだけど、進化した今の段階でもある程度の範囲ならイメージで能力を変化させることはできるらしいんだ」
『まったく新しい武装を生み出すのは、ちょっと難しいんだけど、今ある武装を変化させることは不可能じゃないわ』
実は良い例が既に存在する。
一夏の白虎徹や、諒兵の獅子吼である。
本来は日本刀やベアナックルとして考えられた武装だが、二人ともイメージによって形を変えられる。
伸縮自在の白虎徹に、ビットとしても使える獅子吼。
それはもともとあった機能ではなく、戦いの中でイメージすることで新たに生まれた機能といえるのだ。
「僕ならサテリットをビットとしても使えるみたい。セシリアみたいにやるのは無理だけど、サテリットを飛ばして、敵の密集地帯で弾けさせる、とかね」
「へー、かなり役に立つわね、それ」
「フェザー」
「はい。例を挙げれば、発射する弾丸を散弾や榴弾、徹甲弾にするといった変化が可能です」
言葉少なに問いかけたセシリアに、ブルー・フェザーはそう答える。
何も銃弾を撃つだけがセシリアの武装の能力ではなく、そういった『変化』をつけることが可能だということだ。
『それこそが武器なんだ』
「オーステルン?」
『我々ASや使徒はISコアに憑依することで思考力を得た。その点で人類に負けることはない』
だが、その思考力は集めた情報を元に既にある計算式で導き出したものだということができる。
すなわち、持っている情報の限界を超えることができないのだ。
『だけど、リンたちには突拍子もニャいことを考える『発想力』があるのニャ』
『ベースは情報だが、それをつなぎあわせる計算式を自由に作り出すことができるということだ』
「しかし新たに計算式を作るというのは難しいぞ?」
『そうじゃない。わかりやすくいえば『あんなことができたらいいな』という夢想、想像こそが新たなものを生みだす力になるんだ』
本来、命ある生物は本能と感情が心のベースといえる。
それは計算で得られるものではない。
本能や感情を利用して自由に考えること。
それが人間が使徒に勝る部分であり、人類が戦っていくための大きな武器だとオーステルンは語る。
そしてそれこそが、ASが共生進化を選んだ理由でもあるという。
『一緒にいて楽しそうだから一緒にいるのニャ。だから、もっともっと楽しませて欲しいのニャ』
「簡単にいってくれちゃって」
と、鈴音は苦笑いを見せるものの、そこに暗いものはない。
使命や責任よりも、今の状況でなお、楽しむ。
それは決して悪い気分ではないからだ。
「んじゃっ、がんばりますかっ!」
そういって立ち上がった鈴音に、その場にいた全員が笑顔を見せて肯いていた。
その日の夜。
既に深夜といっていい時間帯、整備室では一夏と諒兵がうっすらと月の光を浴びながら横たわっている。
月明かりの中、横たわる二人は、まるで永久の眠りについているようにも見えた。
ASのエネルギー源は太陽光、正確には自然光とかつて語っている。
しかし、日中の太陽光は強すぎて現状の白虎とレオはエネルギーを受けられない。
逆に星や月の光は、本来ならばエネルギー供給をするには足りな過ぎるのだが、今の二人と二機にとっては、ちょうど良いエネルギー供給ができるのだ。
そのため、整備室には星や月の光が入るように作り変えられていた。
そこを、一人の少女が訪れる。
「一夏……」
少女、すなわち箒はそっと一夏の手に触れようとするが、ピリッという衝撃に思わず手を引っ込めた。
キリと歯噛みしてしまう。
箒には、その微量の電撃は、白虎が邪魔をしているのだろうと思える。
仕方なく、月の光に照らされる一夏の顔を見つめていた。
「月夜の逢瀬ってやつ?意外とロマンティストなのね、あんた」
いきなり声をかけられる。
驚いて振り向くと、鈴のついた首輪が光っているのが目に入った。
「鈴音……」
「何もこっそり見舞いに来ることないでしょ。誰もあんたに来るななんていってないわよ」
「……いつ来ようと私の勝手だ」
「ま、そうだけどね」
そういってため息をついた鈴音は、そのまま箒に近づいてくる。
二台並んだ整備台の間。箒は一夏のほうしか見ていないが、実際には一夏も諒兵も手が触れられる距離で横たわっているのだ。
「早く目を覚ましてほしいわね……」
そういって鈴音は二人の手にそっと手を触れた。
それを見た箒の表情が歪む。
鈴音と自分の差を見せ付けられているようで、正直にいえば腸が煮えくり返るようだった。
しかし、何をいおうが負け惜しみにしか聞こえないだろうことを理解している箒は、黙って背を向ける。
「逃げんの?」
「何?」
「なんにもいえないから黙って逃げるだけなんだ、あんたって」
振り向いて睨みつけると、鈴音はあからさまに嘲るような顔を見せてきた。
「楽でいいわよね。誰かがお膳立てしてくれるのを待ってるだけなんだから。ちょっと頼めばお姉ちゃんが素敵なプレゼントまで用意してくれるし」
「貴様ッ!」
「だから紅椿に逃げられんのよ。あんた、紅椿とつながりを作る努力したの?」
「つながり?」
「私たちみたいな『つながり』よ」
つまり、鈴音と猫鈴、セシリアとブルー・フェザーといったような、人とAS、否、それ以前の人とISとしてのつながりを作ろうとしたのかと鈴音は聞いているのだろう。
「そんな必要があるなど、誰も知らなかったはずだ」
事実である。
しかし嘘でもある。
箒の姉、束はISコアには心があると最初からいっていたのだから。
ただ、誰もそのことを理解しようとしなかっただけなのだ。箒もそのうちの一人に過ぎない。
「始めて諒兵に会ったとき、私ね、危ない奴だって思ったわ。狂犬みたいな雰囲気撒き散らしてたしね」
唐突に話が変わってしまい、箒は訝しげに鈴音を見つめた。
しかし、鈴音は気にすることなく話を続ける。
「だから一夏が諒兵と友だちになるんだっていったとき止めたのよ。危ないことに巻き込まれるからやめたほうがいいってね」
しかし、一夏はそんな鈴音の言葉も、同様に注意した千冬の言葉も聞かなかった。
しつこく友だちになろうと付きまとった末、キレた諒兵と大ゲンカした果てに友だちになったのだ。
「びっくりしたわ。一夏が割りとケンカっ早いことも知らなかったし、意外と諒兵が小さい子の面倒見が良くて優しいってことも知らなかったから」
でも、一夏と友人となったことで、鈴音はそんな諒兵の良さを知り、同時に一夏の意外な面も知ることになった。
諒兵の存在が、今まで知らなかった一夏を見せてくれたことに、鈴音は心から驚いたらしい。
「だからね、一夏に聞いたのよ。なんで諒兵と友だちになろうとしたのって」
箒は黙ったままだった。
自分が知らない時代の一夏の話に興味があったからだ。
ただ、何故、鈴音がこんなことを語るのかはわからないのだが。
「そしたら、『俺が友だちになりたかっただけだ』っていったのよ、あいつ」
「答えになってないじゃないか」
「そうね。答えになってない。でも、なんだか納得しちゃった」
それは、難しい理屈ではなく、ただ、友人になろうという想いだけで諒兵にぶつかっただけということなのだ。
しかし、そんな一夏の想いをぶつけられ、諒兵は応えた。
「最初はぎこちなかったけど、でも諒兵が一夏に心を開いてからは、一夏の一番の理解者になってったわ」
「理解者……?」
「友だちになろうって想いでぶつかった一夏に、友だちになろうって想いをぶつけてくれるようになった。だから諒兵は一夏のことをよく理解してるの。ある意味じゃ、私よりもね。そうなったからこそ、今は親友でライバルなのよ」
懐かしそうに笑う鈴音を見ると、箒の胸が痛む。
しかし、先ほどのような怒りは感じない。むしろ、惨めな気持ちになってしまっていた。
「つながりって、そうやってできるものなのよ、たぶんね」
かつて一夏が諒兵にやったことと同じことを、今度は白虎やレオにされた一夏と諒兵は、そんな二機の想いに応え、理解するように努力した。
その結果が、単一仕様能力の発動である。
だが、それは一夏や諒兵が人より進化したというわけではなく、また白虎やレオがより優れた機体になったなどという話ではない。
心をぶつけ、心を開き、心を通わせた。
たったそれだけの、でも何より大切な、人間同士となんら変わらない、ただの友情や愛情の話なのである。
「もう一度聞くわ。あんた紅椿とつながりを作る努力したの?」
箒にできたのは、まっすぐな瞳を向けてくる鈴音から目を背けることだけだった。
「あんたは心をぶつけようとしないし、心を開きもしない。そんなんで、人を好きなんていえるの?」
「くっ……」
「スタートラインに立つどころじゃないあんたなんて敵にならないわ。ラウラとは正面から戦いたいけどね」
その言葉に箒は疑問を持つ。
ラウラは諒兵と夫婦宣言をしたくらいなのだから、好きな相手といえば諒兵になるはずだ。
なぜ、鈴音とラウラが戦う必要があるのだろう、と。
「私、諒兵のこと『も』好きなの。今はまだ、どっちかなんて選べないわ」
驚愕した。
てっきり、鈴音は一夏だけを好きだと思っていた。
箒は鈴音の本心を聞いたことなどなかったのである。
「ふざけるなッ、そんないい加減な話があるかッ!」
二人の男を天秤にかける鈴音が、箒にはとても理解できない。
そんな相手に一夏を奪われると思っていたことが、あまりに情けない。
しかし、鈴音は気にも留めない。それこそが、鈴音にとっての真実だからだろう。
「いい加減じゃないわ。本気だもん」
「そんな本気があるものかッ!」
「あんたに理解できるなんて思ってないわ。ただ、今のあんたじゃ私の相手にならないことは理解しといて」
結果として一夏を選ぶことになったとしても、張り合いがなさ過ぎる。
「あんたより一夏を幸せに出来る自信あるしね」
そういって立ち去る鈴音を箒は睨み続ける。
「お前にはッ、負けたくないッ……!」
怒りに肩を震わせる箒を月の光が照らす。
その光を一瞬だけ遮るかのように、銀色の星が流れていった。