ACGにハマってから数年。俺は一度の転勤を挟みつつ、足しげくカードゲームショップに通っていた。仕事の方は順調と言えないが、こと紙しばきにおいては随分と充実している。それはひとえに、現在通っているショップのレベルが高い故である。
カードゲームショップ、Zoo。近隣でも最も規模が大きい優良ショップだ。平日休日問わず大会の頻度も多く、店の雰囲気もいい。何より、常連の平均的な練度が凄まじかった。以前通っていた店の大会では安定して勝ち越せていた俺だが、Zooでは一度4-1を達成したのが精一杯。負け越すことも日常茶飯事であり、だからこそ燃える。元より負けず嫌いなタチの俺は、より一層ACGにのめり込み始めていた。
「このピーハンは・・・・・・通りますか?」
「どうぞ、大丈夫ですよ」
今日はZooの休日大会。引きが良かったのもあり三連勝で迎えた四回戦で、俺はとんでもない相手を対面に迎えていた。所作や発言から漂う猛者の雰囲気。それも当然だ、今俺がやり合っているのはZooショップランキング不動の一位。龍堂辰雄、その人なのだから。
龍堂さんはZooに通う者達の憧れだ。龍堂会と呼ばれるデッキ調整グループを率い、積んできた実績は数知れない。だが、今この時だけは対等な存在である。あらゆる手を使ってでも食らいつき、勝利をもぎ取ってやる。
ピーハンによって彼の手札を確認する。妨害が1枚にドロソが2枚、除去が1枚。そして、母にゃんこが1枚。典型的なにゃんにゃんコントロールの手札だ。ここから抜くべきは・・・・・・。
「妨害を捨ててください」
にゃんコンは序盤はしっかり構えて耐え、中盤辺りから全除去を通し母にゃんこを着地させるのが鉄板のムーブだ。2枚あるドロソは論外として、母にゃんこは中盤まで手札内で腐る。残るは除去と妨害だが、この二択なら妨害を落とすべきだ。
俺のデッキは、種属統一デッキであるアントを下地としたオリジナルのデッキだ。より長期戦を指向し、既存のデッキリストからパンプアップ系のカードを抜いてハンデスや墓地回収を入れた形になっている。普通は見ない構築故いわゆる初見殺しも勝ち筋の一つだが、基本はアントの継戦能力を押し付け低速のビートで消耗戦を勝ち切るのを目的としていた。
互いに中終盤に真価を発揮するデッキのマッチアップ。こういう時は、序盤にこそ力を入れた方がいい。相手が龍堂さんなら猶更だ。妨害を捨てさせることでこちらの盤面構築の邪魔をさせず、中盤に向けて少しでもアドバンテージを得るしかない。
「では、蟻の巣穴をプレイ。エンドです」
蟻の巣穴はアントデッキにおける必須パーツ。コストを要求する代わりに働き蟻トークンを生成する置物だ。本来ならば相手の妨害や除去を警戒し、母にゃんこ同様中盤以降に着地させるのが定石。だが、定石通りにやって龍堂さんに勝てるのは思えない。環境外の地雷デッキだからこそ出来る飛び道具で刺す。俺はそこまでの道筋を懸命に練り上げ始めた。
ターンが経過する毎に並ぶ働き蟻トークン。しかし、トークンの貧弱そのものなスペックでは壁1枚でビタ止まりだ。龍堂さんはドロソを回してフタコブラクダを投下。にゃんコンに積まれているサブアタッカーだが、そこそこのスペックに残機二つ持ちはキツい。除去も妨害されてラクダが着地、殆どライフを削れないままに働き蟻トークンは案山子と化してしまう。
・・・・・・これでいい。本当に止めるべきは全除去だ。飛び道具がある都合上、ラクダまでは通して構わない。全除去、あるいはその次に来る母にゃんこにこそ妨害を当てるのが望ましい、はずだ。
しかし、龍堂さんは流石の大局観だ。フタコブラクダで殴ってこない。アントには種属限定で有毒を付与するカードがある。多少のアドバンテージと引き換えに残機を減らしたくはないのだろう。事実、俺はそのカードを握っていた。手札が透けているような恐怖を呑み込みつつ、蟻トークンを追加してターンを返そうとする。
「おっと、ここで妨害を。構いませんか?」
ここで龍堂さんが切ってきたのは置物破壊のカード。蟻の巣穴をここでどかす・・・・・・?どういうことだ。意図は掴めないが、ここで妨害は切れない。通すしかない。
「・・・・・・通ります」
「では、巣穴を破壊した後ターンを貰います」
平静そのものな龍堂さんの表情を見つつ、彼の思惑を推し量る。何が見えているんだ?ここで蟻の巣穴を壊すということは、まさかこっちの「飛び道具」が見抜かれているのか?
俺がデッキに差し入れていた飛び道具は、連鎖爆発というカードだ。一定数以上のトークンが場に存在する場合に発動出来るもので、こちらのトークン全てを破壊する代わりに敵へと全体バーンを飛ばすことが出来る。疑似的な全体除去とライフへのバーンを兼ねた、このデッキの切り札でもあった。
とはいえ、環境で使われることは殆ど無いマイナーカードだ。前提条件が厳しくコストも重い。だからこそ思いもよらない奇襲になると考えていたのだが・・・・・・龍堂さんには見抜かれているかもしれない。だとしたらどうする?今から戦略を組み直すわけにもいかない。どうする?どうしたらいい?必死で表情が歪まないように堪えるが、滲む汗は止められなかった。
───結局。龍堂さんは俺の虎の子の飛び道具を見抜いていた。序盤に蟻の巣穴を投下したことで違和感を感じ、こちらの思惑に至ったらしい。思考力の次元が違う。
「うーむ・・・・・・」
俺は大ジョッキのビールを啜りつつ、絞り出すように呻いた。五回戦も敗北し、最終戦績は3-2。健闘していると言えばしているが、贅沢を言うなら全勝したかった。事実、調子も引きも悪くは無かったのだ。と、
「お待たせしました、酢豚大盛でーす」
煩悶する俺の元に注文していた料理が届く。ここは行きつけの中華料理屋。大会の後はここで飲み食いしつつ、一人反省会を開くのがお決まりになっていた。早速スプーンで餡がたっぷりと絡んだ豚肉をすくい、口に放り込む。ザクザクとした食感に肉汁の旨み、そこに濃い味付けの餡が組み合わさることで極上のハーモニーを奏でている。
「んぐっ」
そして、それをビールで洗い流す。あぁ、美味い。圧倒的実力差で負けた心に沁みる、極上の味だ。
ビールをおかわりしつつ、さっきの五戦について考える。俺は使用しているデッキが特殊ということもあって、Zooでは多少の顔メタをされることもあった。だからこそ、デッキリストは頻繁に変更している。
連鎖爆発を採用したのは先々週。一人回しで大体の感覚を掴み、平日大会で実戦投入してみた。結果は2-1と上々。ただ、その日龍堂会のメンバーは大会に参加していなかったはず。デッキリストがバレている可能性は薄いはずだ。
事実、三戦目までは順調だったのだ。連鎖爆発で盤面を更地にしつつ、相手ライフも削ることでキルレンジをずらす。そこから対応出来ない程の物量での面押しに繋げて勝利を重ねた。久しぶりに手応えのある構築に、俺は内心歓喜していた。
敗着の原因は分かっている。連鎖爆発が見抜かれていると感じていたのに、それをブラフに戦略を変更しなかったからだ。龍堂さんの圧力に呑まれたとも言える。馬鹿馬鹿しい。練度以前の問題だ。紙をしばき始めてそれなりに経つというのに、情けない。
「すみません、餃子を二人前お願いします」
怒りのままに追加注文し、大皿の上に残っていた最後の豚肉を所在無くつつく。うーん・・・・・・今日の敗北はしばらく尾を引くかもしれない。龍堂さんとの感想戦で、彼はとても丁寧かつ礼儀正しくこちらの質問に答えてくれた。連鎖爆発を見抜いたタイミングも、あえて気付かぬフリをして置物破壊のタイミングをずらした意味も。何から何まで完敗である。
「んぐっんぐっ・・・・・・ぷはぁ!」
大ジョッキのビールを飲み切り、もう一杯注文した所で思考を切り替えた。愚痴は終わりだ、どうやって勝つかを考えないと。ただまぁ、そっちの方は明日からでもいいだろう。大会後の痛飲ほど愉快なものも無い。後は存分に酒と飯を楽しもうじゃないか。
大ジョッキを追加した俺は、次いで運ばれてきた餃子にたっぷりの醤油とラー油、酢をかけ回す。その内の一個を丸々口に入れて咀嚼すると、一気に肉汁と野菜の香りが広がった。たまらん。じっくりと味わいながら飲み込んで、ビールを一口。この為に生きていると言っても過言では無い幸福感と共に、俺は一時ACGのことを忘れて暴飲暴食に励んだ。
一週間後。大会には参加せず、Zooのストレージを漁りながらぼんやりと構築を練っていた俺は、対戦スペースの一角に人だかりが出来ているのを発見した。一体何があるのか、野次馬根性を刺激されて足早に近付いてみる。そこは全勝中の者のみが座ることを許された一番卓。一人は龍堂さんと、もう一人は・・・・・・
「では、バッファローを盤面に」
「・・・・・・あ」
周囲からは虎穴勢と呼ばれている、バッファロー使いのパン田さんだ。大きな大会の時はちょくちょく顔を出していたはずだが、そういえばここ最近は姿を見ていなかったような。なんにせよ、観戦して損は無いマッチアップだ。何より俺はパン田さんに憧れている。
虎穴勢。環境外の独特な構築でトップメタと渡り合う、百戦錬磨の強者達。実際の所どうかは知らないが、俺は彼らのことをそのように認識していた。特にパン田さんのことは一方的に尊敬していた。理由はいくつかあるが、一番は彼がバッファロー使いだからである。
数年前、俺がACGにハマり始めた頃。環境トップに君臨していたのがバッファローデッキだった。複合的な効果を持ち、他カードとのシナジーも期待出来るバッファローは、俺が初めて握ったデッキだったのだ。
やるからには勝ちたい。そう思って優勝者のデッキリストを丸々コピーしたそのデッキで、俺は散々に負け続けた。当然だ。いくらデッキが強かろうと、乗り手の腕が悪ければ勝てるはずも無い。ケツに殻が付いたままのヒヨコのような当時の俺では負けるのも当たり前だ。
その後、今も握っているアントデッキに出会うまで、俺はバッファローで負け続けた。負け続けながら、少しでもACGのことを理解出来るように努力してきた。それゆえに、バッファローには感謝の気持ちとうしろめたさを同時に感じている。ACGを学ばせてくれてありがとう。そして、勝たせてやれなくてごめんなさい。
だから、そう。環境トップだったのは随分と昔の話なのに、現環境と堂々と渡り合い、あまつさえ勝利するパン田さんに俺は憧れていた。彼のようになりたい。カードの力を最大限に引き出し、相手の思考の隙を突く巧みなプレイングを身に着けたい。パン田さんからしてみたら知ったことでは無いだろうし、会話すらしたことも無いんだが・・・・・・心の中で勝手に師匠扱いしてしまっている。
パン田さんと龍堂さんのプレイングを固唾を呑んで凝視しながら、俺は気分が高揚してくるのを感じていた。二人のようになりたい。構築を練り、腕を磨き、そしていつか二人に勝利したい。おこがましいにも程があるが、それが俺の本音だった。
そして。拮抗しているように見えた勝負は、龍堂さんが母にゃんこを着地させた所でパン田さんが投了した。龍堂さんはどうやら、パン田さんが捨てた手札からコンボ搭載だと見抜いたようだ。相も変わらず凄まじい観察眼と思考力である。
二人の会話から、どうやらパン田さんはZooに通い始めるらしいということも分かった。我ながら盗み聞きとは行儀が悪いが、それ以上に嬉しい。パン田さんと大会で当たることも増えるだろう。少しでもプレイングを吸収しなければ。俺はうきうきとしながらその場を離れた。・・・・・・わざわざ自分からパン田さんに話しかけるのは、流石に気持ち悪いだろうな。うん。
Zooを出て、夜風に当たりながらゆっくりと歩き始める。頭の中では、俺のアントデッキの新しい構築を練っていた。もっと洗練させて、あるいは極限まで尖らせて。環境に応じた対応札と、それに連動する形のサブの勝ち筋を見極めていく。
あぁ、楽しいな。趣味に没頭出来るのは、人生が充実している証拠だ。願わくばずっと続けていきたい。薄曇りな夜空を見上げながら、俺は心の底からそう思った。
TCGの経験も浅いのにカードゲームうさぎが好き過ぎて書いてしまいました。止められなかった・・・・・・。