鋼の意志でヒーローを目指す障子君を絶対に曇らせる妹   作:アキ山

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念願のコマンドー吹き替え版を手に入れたので、更新が少し滞ってしまいました。

エイリアン・アースの制作も決まったことだし、がんばります


第13話

 四方で煌々と篝火が燃える廃ビルの一フロア。

 

 燈華は眼前の伯父が放つ凄みに固唾をのんだ。

 

(圧がすげぇ…! 本当にこれ、『1-Aの良心』って言われた障子君なのか!?)

 

 16歳とは思えない巨躯に茶色の革ジャンを羽織り、その下にある黒のシャツを盛り上げるのは鍛え抜かれた筋肉。

 

 白髪のオールバックに目元を覆うレイバンのサングラス、異形系特有の少し常人から外れた顔の口元に刻まれた大きな傷跡とくればどう見ても堅気には見えない。

 

「そう固くなるな。こう見えても伯父さんは優しいんだ、姪っ子を取って食おうなんて思っちゃいないさ」

 

(それに加えてこの声だ! こんなの完全に洋画のマフィアだろ!!)

 

 耳朶を打つ薄くなってしまった記憶にあるアニメとは全く違う威圧感バリバリな伯父の声に、燈華は内心で思い切りツッコんだ。

 

 燈華が抱いた感想のとおり、今の目蔵はヒーロー候補どころか堅気の人間にすら見えない。

 

 その姿はクラブのVIP室や廃工場で部下を引き連れているのが似合う、マフィアの幹部か半グレのボスである。

 

「……シィィィッ!(荼毘を餌にしてまで俺を呼び出して、いったい何の用だ?)」

 

 己の存在にも気づいていないのか、ぐったりと椅子の背もたれに身を預けて虚空を見ている燈矢へ視線を向ける燈華。

 

 その様子に目蔵は彼女の父の白い髪を鷲掴みにする。

 

「なんだ、自分の獲物に手を出されたのが気に入らないのか? だが俺だって妹をいいようにされた身だ、少しくらい仕返ししてもいいだろ」

 

「シャァァ……(いったい何やったんだよ? 死にかけじゃねえか)」

 

「頸椎を砕いて、中の神経をいい具合に破壊しただけだ。心配すんな、これでもあと2、3日は生きられる。トドメはお前に譲ってやるさ」

 

 首に致命的損傷を与えたと言いながらも燈矢の頭をグリグリと動かす目蔵。

 

 その様に燈華はハメた父への罪悪感がほんのちょっぴり刺激された。

 

「キィィ…!(そんな野郎の事なんてどうでもいいんだよ。さっきの質問に答えてないぜ、伯父さん)」

 

「そうだったな」

 

 燈矢から手を放すと姪へ向き直る目蔵。

 

 サングラスの奥から己を射抜く眼力に燈華は思わず気圧されてしまう。

 

「皐月の、お前のお母さんの所へ案内してくれないか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、燈華はすぐに踵を返した。

 

 本来ならこんなふざけた事を抜かす輩は後腐れの無いように消し炭一択だ。

 

 しかし相手は厄介なことに母の兄。

 

 日頃から家族大事にと言われている手前、手に掛けるわけにはいかない。

 

 かといって、自分達の巣に連れて行くなど論外もいいところだ。

 

 となれば取れる手は逃亡しかない。

 

 しかし古びたコンクリの床を蹴ろうとした燈華の足は、その一歩を刻むことができなかった。

 

 尾を万力のような力で掴まれたと思ったら、足払いであろう鋭い一撃で両のつま先が跳ね上げられたからだ。

 

 身体が前のめりに倒れそうになった事で反射的に手を伸ばせば、自身の背後から伸びてきた複製腕付きの掌に捕らえられて息をする間もなく背中に回されて搾り上げられる。

 

(う…動けねぇ! 力も強いが、関節の極め方とかが上手すぎる!!)

 

「いきなり逃げる事は無いだろう。そんなつれない態度だと伯父さんは悲しいぞ」

 

 そうしてうつ伏せに倒れた燈華は、上から降ってきた目蔵の声に舌を巻く。

 

 逃げるそぶりを見せた次の瞬間には完全に取り押さえられたのだから当然だ。

 

「一つ忠告してやろう。逃走っていう行為はな、なまじ戦うよりも難しいんだ。今のみたいにいきなり背を向けるのは愚策中の愚策。ある程度手を合わせてでも、相手に自分が逃げられる隙を作らないといけないのさ」

 

 己の背中に乗っている目蔵は燈華の右腕を使えない様に肘と手首の関節を極め、さらには尻尾も背骨の位置に乗せられた膝によって縫い付ける。

 

 さらには右腕を抑えた複製腕が、後頭部と頸椎へ銃口のように突きつけられているというおまけ付きだ。

 

「ぎ…ギィッ!?」

 

「おっと、妙な真似はするなよ。服の下には耐火装備を付けているし、肌にも耐熱ジェルを塗り込み済みだ。───お前の炎は効かない」

 

 多少は相手を傷つけるのも覚悟のうえで全身から炎を吹き上げようとした燈華は、相手の用意周到さに内心で舌を巻く。

 

「ギシィィッ!?(親戚ヅラしている割には随分と乱暴じゃねえか!)」

 

「手荒な真似はしたくなかったが、こっちにも余裕は無いんだ。妹が人体改造を受けた上に大物ヴィランに狙われてると聞けば、形振りなんて構っていられない」

 

「ギッ!…ギギッ!?(いったい何が目的だ? なんでママに会いたがってる!)」

 

「決まってるだろう。アイツを守る為だ」

 

「キシャア!!(ヒーロー志望の雄英生がかよ!?)」

 

「ヒーロー志望は廃業だ、学校もとっくに辞めている」

 

「……キュッ?」

 

「USJで会った時に理解したよ。皐月を護るにはアイツと同じ位置に行かなけりゃならないってな。仮にヒーローになったとしても、そんなところから伸ばした手じゃアイツは掴んでくれない。普通の人間がいるところは、アイツの居場所じゃないからだ。───そうだろう?」

 

 目蔵の言葉に燈華は言葉を返せない。

 

 言葉の端々から伯父の覚悟が伝わってくるのもそうだが、自分達と同じ立場になる必要があるという考察が正鵠を射ていたからだ。

 

「シィィィッ!(……本気なのか?)」

 

「伊達や酔狂でここまでするほど、伯父さんは馬鹿じゃない」

 

「ギ…ギィッ!(二度と戻れない地獄への一本道かもしれねえぞ?)」

 

「なら猶更だ。アイツだけをそんなところに置いておけん」

 

 鋼の意志が籠った伯父の答えに燈華は観念した。

 

 群の兵士としての役目を全うするなら、自爆してでも巣穴を嗅ぎまわる外敵を始末すべきなのだろう。

 

 けれど、母は子供達が犠牲になる事を望まない。

 

 自惚れで無ければ巣の管理を代行している長姉も、自分がここで死ねば困る筈だ。

 

(ママ、瞳姉。ちょっといいか?)

 

(燈華、報告なら私だけになさい。お母様の御耳を煩わせてはなりません)  

 

(……いいよ、瞳。燈華、何かあったの?)

 

 燈華は群の中のみで結ばれたネットワークを使ってテレパスで母や瞳…いや、全ての仲間へ現状と目蔵の目的を伝える。

 

(……わかった。お兄ちゃんを巣に連れてきて)

 

(お母様!)

 

(お兄ちゃんがそれだけ覚悟を決めてるなら、ボクもちゃんと向き合わないと。でも警戒は怠ったらダメ。もしもの時に対処できるよう用意はしておいて)

 

(分かりましたわ、即殺部隊を女王の間に配置しておきます。もちろん私も)

 

(うん、よろしく)

 

 母たちの許可を得た燈華はネットワークへのアクセスを切ると、自分を拘束している目蔵へ思念を飛ばす。 

 

「ギィィッ!(わかった。ママのところへ連れて行ってやるよ)」 

 

「──そうか、すまんな」

 

 それを受けた目蔵は燈華の手を放すと乗せていた膝を退ける。

 

 立ち上がった燈華は踏みつけられていた尻尾の調子を確かめるように二、三度軽く振ると部屋の中央に足を向けた。

 

 そして椅子に力なく拘束されている燈矢の前に立つ。

 

「て…てめぇ……」

 

 己を見下ろす娘を燈矢は睨みつけるが、その眼には明らかに力がない。

 

 目蔵の言う通り、あと数日で死ぬのは事実なのだろう。

 

 それを認識すると燈華の中にあった父への執着は急速に薄れていく。

 

 自分の手で完膚なきまでに叩き潰したかったが、こうなってはそれも興ざめだ。 

 

 ならば、せめて母への行いを償わせるべきだろう。

 

「ぐがぁっ!?」

 

 そう考えた燈華は槍の如き尾の先端を燈矢の胸の中央へ突き刺した。

 

「シィィィッ!(コイツはあの時にお前が受ける筈だった傷だ)」

 

 穂先が肉を抉るのは、ゼノモーフの幼体が宿主を食い破って出てくるのと同じ部位。

 

 彼女がそこをトドメに選んだのは、自分を孕ませておいて父親の義務を果たさなかった男へのケジメだった。

 

「シャアアアアアアッ!!(ママを傷つけた事は絶対に許さねえ。その事を悔いながら消し炭になれ)」

 

 言葉と共に胸の傷口を起点にして、轟燈矢の体内から蒼い炎が吹き上がる。

 

「がっ! ぐああああああぁぁぁぁっ!?」

 

 これには常人よりは高いとはいえ、炎の個性保有者として炎熱耐性の劣る燈矢の身体は耐えられない。

 

(エンデヴァー…お父さん……おれ…は……)

 

 敬愛し、憎悪する父と二代の夢をかなえる為の炎。

 

 自分を見なくなった父を振り向かせる為の炎。

 

 意図せず娘へ受け継がせたソレに骨の髄まで焼かれた轟燈矢は、蒼い光の中で骨も残らずに消え去った。

 

「終わったか?」

 

「ギィ……(ああ)」

 

 伯父の問いかけに小さく返すと、燈華は一握の灰と化した父であったものに背を向ける。

 

 そうして伯父を引き連れて出口へ向かう燈華だが、部屋から出る際に振り返ると目蔵へ言葉を投げかける。

 

「ギシャシャシャッ!(ああ、そうだ。妙な奴等に付けられないように注意してくれよ。ウチは秘密主義なんでな)」

 

「わかっている。そんな間抜けはしないさ」

 

 姪の言葉に頷く目蔵。

 

 妹たちの立場を考えれば、それは当然の警戒といえた。

 

 公安にオール・フォー・ワンの手勢、それにヒーロー達。

 

 その居場所を掴もうとする者はいくらでもいるのだ。

 

 複製腕を使って目蔵が警戒網を敷く中を進んで下水道へ降りると、燈華が小さく一声鳴いた。

 

 二人の眼前に黒い靄を伴ったワープゲートが開く。

 

「キィッ!(行くぞ)」 

 

 姪に促された目蔵は渦巻く漆黒へと足を踏み出す。

 

 再び妹と出会った際に何を告げるか、心の中でその答えを探しながら。

 

 

 

 

 目蔵と燈華の邂逅から遡ること数時間、緑谷は静岡市内の病院からの帰路についていた。

 

 病院へ出向いた目的は爆豪の見舞いだ。

 

 緑谷にとって爆豪は虐めの主犯であり個性を使った脅迫や暴力、心無い言葉も多く投げつけられた。

 

 それでも彼にとってはオールマイトとは別の方向での憧れであり、長年共にいた友人だ。

 

 そんな人間が再起不能の淵にいるとあっては、一言励ましの言葉を掛けずにはいられなかったのだ。

 

「はぁ……かっちゃん、どうしてあんな風に変わっちゃったんだろう?」

 

 緑谷は深いため息と共に先ほどまでの事を思い返す。

 

 病室へ着いた彼が最初に出会ったのは憔悴した爆豪の母、光己だった。

 

「お久しぶりです、おばさん」 

 

「克己のお見舞いに来てくれたのね、ありがとう」

 

 病室の外でベンチに座っていた彼女は緑谷に気が付くと無理に笑って出迎えた。

 

 しかしその笑顔も緑谷が爆豪の容体を聞くまでだった。

 

「それでかっちゃんの具合はどうですか?」

 

「……右腕は繋がったんだけどね、前みたいには動かないって。それもあって、個性の暴発が怖いから掌の汗腺を切るって話になったの。だけど克己の奴が絶対に嫌だって駄々をこねていて……」

 

 疲れを見せる光己に緑谷は彼女が病室の外にいる理由を悟った。

 

 自分から個性を奪おうとする敵認定されて追い出されたのだと。

 

「そうですか。僕もかっちゃんは凄いヒーローになれると思っていたから残念です」

 

「仕方ないわ、あの子の自業自得だもの。それより病室に入って。今まで友達は誰も来なかったから、きっと克己も喜ぶわ」

 

 そうして病室へ入った緑谷を迎えたのは、目にギラギラと剣呑な光を称えた爆豪だった。

 

「何しに来やがった、クソナード。俺の落ちぶれた姿を嗤おうってのか?」

 

「違うよ。君の事が心配で……」

 

「テメエごときが俺を心配だと? 上から目線で図に乗ってんじゃねえぞ!」

 

 緑谷の反論など聞く耳持たずと言わんばかりに怒鳴り始める爆豪。

 

「俺はまだ終わっちゃいねえ! この程度で躓く程俺は安くねえんだ!!」

 

 爆豪の眼は自分の前にいる緑谷を見てはいなかった。

 

 その瞳に映るのは自分を打ちのめした障子目蔵、右腕を潰した障子皐月、己を雄英から追い出した相澤など、爆豪をコケにしてきたモノ全て。

 

「こっから俺は最強のヒーローになってやる! 邪魔する奴は誰であろうと容赦しねえ!!  タコ野郎も! 化け物女も! 半分野郎も! 根暗教師も!! 全員俺の前に這いつくばらせてやる!! テメエもだ、デク!!」

 

 そして叫ぶ爆豪の声には、自分に屈辱を与えた者を屈服させるという強固な意志があった。

 

 彼の高すぎるプライドは、彼等を憎み倒す目標とする事で絶望を跳ねのける力にしようとしていた。

 

「かっちゃん……」 

 

 この状況でも折れない幼馴染に緑谷は感服したが、同時に悲しくもあった。

 

 多くの人を護り笑顔にするというオールマイトから緑谷が得た理想のヒーロー像、爆豪はそれから遠退いてしまったと感じたからだ。

 

 おそらく度重なる敗北と失敗が彼の高いプライドを悪い方向へ向けているのだろう。

 

「かっちゃんの言う最強のヒーローはなんなの?」

 

「決まってんだろうが! 誰にも負けねえヒーローだ! どんな奴が相手だろうが圧倒的力で踏み潰し、邪魔する奴は誰であろうと粉砕する無敵の男! それが俺のなるべき姿なんだよ!!」

 

 緑谷の問いかけに叫ぶ爆豪の顔にあったのは怒りと憎悪だった。

 

 『それはヒーローの姿じゃない』そう思った緑谷だったが、口には出さなかった。

 

 彼に屈辱を与えた自分が何を言っても幼馴染は耳を貸さないだろう事を察したからだ。

 

 その後は帰れと取り付く島もない爆豪の態度に、緑谷は説得や会話を諦めて病室を後にするしかなかった。 

 

(今はかっちゃんも右腕の事があるからナイーブになるのは当然だ。でも、あんな風に言われたら気にならないわけがない) 

 

 どうにか自分が力になれないか、そんな事を考えながら歩を進めていた時だ。

 

「ぎゃああああああっ!?」

 

 耳をつんざく男の悲鳴に緑谷は思考の海から引き戻された。

 

 悲鳴の出どころは夕暮れで闇が差し込み始めたビルの間にある細い路地、ヴィランの攻撃を受けた一般人の可能性がある!

 

「なんにせよ、助けないと!」

 

 先ほどまでの悩みを放り投げて駆け出す緑谷。

 

 古い雑居ビルに囲まれた空きスペースで彼が見た物は、凄惨な光景だった。

 

 鋭利な刃物で一突きにされたであろう、胸に開いた大きな傷から血を流して倒れるヴィランらしき男。

 

 そして肩を負傷して膝を突くプロヒーローらしき男性。

 

 一見すればヒーローがヴィランを倒した現場に見えるだろう。

 

 しかし緑谷は警戒を解かなかった。

 

「あれは……クラスト!」

 

 負傷したヒーローに緑谷は見覚えがあった。

 

 それはシールドヒーロー・クラスト、盾を生み出す個性『盾≪シールド≫』で戦うプロヒーロー。

 

 だからこそ、現場には大きな違和感を感じた。

 

(クラストの個性で倒したのなら、あんな傷はつかない! それ以前に彼はヴィランといえど致命傷を与える人じゃない筈だ!!)

 

 つまり、ヴィランらしき人間を殺したモノは別にいるという事だ。 

 

「クラスト!」

 

 姿を現していないヴィランにクラストが追い詰められていると察した緑谷は、再び立ち上がろうとしている彼の元へ向かう。

 

「その制服は雄英の生徒か! こっちに来るんじゃない、危険だ!!」

 

 クラストが放つ制止を受けて足を止める緑谷。

 

 ヒーローが向けた視線を追うように緑谷も闇へと目を凝らす。

 

 しかし、天から一条の夕陽が差すそこには何もない。

 

(なんだ、差しこむ夕日が少し歪んでいる? ……いや、あれは葉隠さんと同じだ! 誰かが透明になって姿を隠しているんだ!!)

 

 しかし、緑谷は今までの経験からそこに何かがいる事を掴んだ。

 

 姿なき襲撃者が放った白色のエネルギー弾の回避へと繋がる。

 

 咄嗟に横へ跳び退いた緑谷のいた場所を通り過ぎる光弾、それはビルの室外機へ着弾すると爆炎と共に粉々に打ち砕く。

 

「なんて威力だ!? あれも個性なのか!」

 

「君、早く逃げろ! 奴は危険だ!!」

 

 戦慄する緑谷に立ち上がったクラストが警告を発する。

 

「クラストは…あなたはどうするんですか!?」

 

「奴は容赦なく人を殺した! あれを街に解き放つわけにはいかない!」

 

 自分も殺される可能性が高い、それを承知の上でクラストはヒーローとしての矜持を示す。

 

「だったら猶更逃げられません! 手伝います、クラスト!!」

 

「君!!」

 

「攻撃を受けた時に分かったんです、アイツは僕を獲物と定めた! 逃げれば確実に追ってくる!!」

 

 それは無個性という弱者であった緑谷だから、持つ事ができた直感だ。

 

 自然界においても草食動物や小動物などは、向けられた殺気や視線を敏感に感じ取る。

 

 危機感が鋭くなければ、捕食者の餌食になってしまうからだ。

 

 そして超人社会において緑谷は長年そういう位置にいた。

 

 すぐ近くに爆豪という己へ牙を突き立てようとする者がいるのだから、狙われる事を察知する感覚が磨かれるのは当然だ。

 

「なにより! ここで貴方を置いて逃げたら、ヒーローになんて絶対になれない!!」 

 

 その覚悟と共に緑谷の身体を帯電した青いオーラが包み込む。

 

「ワンフォーオール・フルカウル……5%!!」

 

 これこそグラントリノの修行の中、オールマイトから受け継いだ個性に己の身体が耐えられずにいた緑谷が考え付いた現状で最もワンフォーオールを制御できる戦闘形態だ。

 

 その姿を見て、姿無き狩人はバイオマスクの奥で驚きに目を見開いた。

 

 添え物の小動物と思っていた人間が、突然その雰囲気を変えたからだ。

 

 奴から感じる圧は巨大な猛獣に匹敵する。

 

「カロロロロ……」

 

 しかしその変化が狩人に齎したのは恐怖ではなく歓喜だ。

 

 狩猟を人生の命題とする彼等にとって、強大な獲物を狩る事は栄誉であり誇り。

 

 弱者と思っていたモノが強者であることは、幸運でしかない。

 

 若さ故に逸る闘争本能を抑えきれずに、狩人は狩猟を再開する。

 

 その逞しい体躯に反して音を殆ど立てずに跳んだ彼の姿は、光学迷彩装備であるクローキングデバイスの効果もあって誰にも悟られる事は無い。

 

 ───そのはずだった。

 

「そこっ!」

 

 しかし緑谷はそんな彼の姿を捉えてみせた。

 

 彼…いや、1-A組の男子たちは透明化した相手に対しては気配察知に長けている。

 

 というのもクラスメイトの葉隠透の個性は自身の透明化であり、彼女はその個性を十全に活用する為に実習には全裸で臨んでいるからだ。

 

 見えないとはいえ、年頃の娘が一糸まとわぬ姿でいるのだ。

 

 男子たちにしてみれば気が気ではない。

 

 万が一にも妙な場所に触れてしまったら、下手をしなくてもクラスの女子から変態扱い。

 

 事と次第によっては性犯罪者として社会的に抹殺される危険もある。

 

 なので、一部例外を除いて男子達は死に物狂いで葉隠の気配を察知する為に感覚を磨いたのだ。

 

 その努力がここで実ったのである。

 

 三角跳びの要領でビルの壁を蹴って突撃する緑谷、まるでロケット弾のような彼の蹴りを狩人は反射的に身を逸らして躱す。

 

「浅かった! なっ!?」

 

 次の瞬間、地面を滑りながらも体勢を整えた緑谷が見た物は不可視のヴェールを剥がれた狩人の姿だった。

 

 人型でありながら爬虫類のような肌を露出した半裸の男。

 

 鋼鉄のマスクと鎖帷子のようなアンダーに胸と肩は金属製の防具を着用している。

 

 特徴的なのはマスクから後頭部へと延びるドレッドヘアーのような髪だろう。

 

「グオオオオオオオッ!!」

 

 バイオマスクを蹴りが掠めた事でクローキングデバイス装置に不具合が出た事を察知した狩人は、咆哮と共にプラズマキャスターを起動させる。

 

 マスクの側面に付けられた装置から伸びたレーザーサイト、それは緑谷の額に赤い三つの点を示す。

 

「いかんっ!」

 

 脳内で大音量を奏でる警鐘に従い、クラストは緑谷の前に個性で生み出した盾を投げる。

 

 銃声よりもはるかに軽い音と共に放たれたプラズマ弾は、クラストの盾に食らいつくと一瞬でそれを食い破った。

 

「なんだとっ!?」

 

 思わず驚きの声を上げるクラスト。

 

 咄嗟に生み出したとはいえ、彼の盾の強度は鋼鉄を遥かに凌ぐ。

 

 それを容易く貫通するなど、個性の発現で開発の足が鈍っている地球の兵器では考えられない威力だ。

 

 しかし多少の威力減衰と引き換えに防壁を破ったプラズマ弾も目標へ食らいつく事は無かった。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 何故なら、彼はクラストの盾が自分の前に現れた瞬間、プラズマ弾を跳び越すように前へと飛んでいたからだ。

 

 初手で光弾の威力を見た彼は、クラストの盾でもあの攻撃は防げないと踏んだ。

 

 なので緑谷は盾を防御ではなく狩人に対する目隠しとして利用したのだ。

 

「スマァァァァァァッシュッ!!」

 

 裂帛と気合と共に隕石の如く降り注ぐ緑谷の蹴り。

 

 通常のヴィランなら不意を突かれた事で、なす術もなく食らっていただろう。

 

 だが、狩人は並ではない。  

 

 バイオマスクによって展開されたサーモグラフィーの視覚補助装置は獲物の小癪な思惑を全て捉えていたのだ。

 

 故に緑谷着弾の寸前に一撃を避けようと後ろへ飛ぶ。

 

 異常脚力と重力が生み出した加速は高威力の一撃の土台となる反面、外せば大きな隙が産まれるものだ。

 

 ならばそれを誘発させ、相手が無防備を晒した所を仕留めればいいだけ。

 

 狩人にとっては容易いことだ。

 

 だが、彼の読みは覆される事になる。

 

(このままだったら着地の隙を狙われる! だったら……!!)

 

 一瞬の閃きで動いた緑谷は足による着地を選ばなかった。

 

「あああああああああっ!!」

 

 彼は空中で強引に体勢を切り替えると、右手を思い切りコンクリートの地面へ叩きつけたのだ。

 

 そのインパクトが引き起こしたのは大規模な陥没だった。

 

「……ッ!?」

 

 想定外の足場崩しで狩人の体勢が崩れる。

 

 それを見た緑谷は浮き上がった大きめの瓦礫を靴の裏で思い切り蹴った。

 

 通常ならタダの足掻きに過ぎない動きでも、ワンフォーオールの超パワーであれば話は違う。

 

 まるで宙を浮く瓦礫が足場であるかのように、緑谷の身体は大きく加速したのだ。

 

「今度は外さない!」

 

 再び襲いかかる緑谷の蹴り、それに対して狩人は咄嗟に手にした槍を掲げる。

 

「スマァァァァッシュッッ!!」

 

 放たれた蹴りが炸裂すると同時に、緑谷の身体に手ごたえと強烈な反動が伝わる。

 

 それはグラントリノとの職場体験で何度も感じた蹴りが真芯を捉えた時に感じたモノと同じだ。

 

(やった! これなら倒せなくてもしばらくは動けない筈!)

 

 会心の一撃に勝利を確信する緑谷。

 

 しかし、今度は彼が思惑を覆される番だった。

 

 吹き飛ばされた狩人は空中で体勢を整えると、ビルの三階付近の壁に設置された室外機の上に着地したのだ。

 

 狩人は手にした槍に一瞬目をやってその柄に歪みがある事に息を呑む。

 

 特殊金属でできた槍を蹴りで歪ませるなど、一族でもできる者はほとんどいないだろう。

 

 そして、あの小柄な獲物のあり得ない方向に曲がった右腕。

 

 一撃目が躱された際、奴は右手を犠牲にする覚悟と更なる攻勢へ出る布石をあの短い時間で打ち出したのだ。

 

 ここにきて狩人は確信した。

 

 あの人間は己が狩るに相応しい強者だと。

 

 最初は自分の狩りを邪魔する小石程度の認識だったが、トンデモない勘違いだった。

 

 生き残る為、相手を倒す為に我が身の犠牲を顧みない。

 

 そんな事が出来る者が弱いはずがないと。

 

 小さく息を吐くと、狩人は手にした槍を室外機の上に置いた。

 

 そしてプラズマキャスターの接続を切り、バイオマスクに繋がった大気調整用タンクの配管を外す。

 

 その光景にクラストも緑谷も動けなかった。

 

(なんだ? 奴は何をするつもりだ?)

 

(投降? いや違う! アイツが武装を解除する度に何か凄みが増していく!!)

 

 威圧感で足を縫い付けられた二人の前で、狩人がバイオマスクに手を掛けたその時だった。

 

「こっちだ! 何かすごい音がしたぞ!!」

 

「ヴィランが暴れているかもしれん! 他のヒーローにも応援を掛けろ!!」

 

 そんな叫び声と共に複数の気配がこちらへ向かってきたのだ。

 

「グルルルル……」

 

 それを察知した狩人は不満そうに一声鳴くと室外機を蹴って宙へと舞う。

 

「ま…待て!!」

 

「行くな、少年! 奴は例の武器で何かを狙っている! おそらくはこちらへ来る警官達だ!!」

 

「くっ!?」 

 

 緑谷達は去っていく狩人を見逃す事しかできなかった。

 

「あれは……何だったんだ?」

 

 緑谷は沸き上がる疑問を漏らす。

 

 普通なら異形型個性のヴィランと考えるだろう。

 

 だが、長年ヒーローの研究で培ってきた緑谷の観察眼はその事に違和感を覚えていた。

 

(仮にヴィランだとして、アイツの個性は何だ? 透明化は機械によるものに見えたし、光学兵器が実用化されたなんて聞いた事もない)

 

 そうして思考の海に埋没しようとしていた緑谷。

 

「少年、大丈夫か?」 

 

「あ……」

 

 それを現実へと引き上げたのはクラストだった。

 

「はい、大丈夫です」

 

「その右腕、折れているだろう。無理はするな」

 

「えっと…慣れてますから」

 

 自身を心配するクラストに苦笑いを返す緑谷。

 

 その後、病院へ運ばれた彼はクラストと共に警察の事情聴取を受ける事になった。

 

 彼にとっては人生初の取調室でのお話だ。

 

 緊張でガチガチだったのはご愛敬だろう。

 

 一方、逃走を切り上げて離脱した狩人は高層ビルからコンクリートジャングルを見下ろしていた。

 

 この星は長年一族が狩場として利用していたが、少し見ない内に現地住民は随分な進化を遂げていたらしい。

 

 多種多様な異能とそれを使って闘争に明け暮れる強者たち。

 

 少し街を歩いただけで、狩りでの有りそうな獲物は随分と見つかった。

 

「グオオオオオオオオッ!!」 

 

 故に若い狩人はウォークライを上げる。

 

 この星で得られるであろう、自身の更なる栄誉と誇りを想って。

 

 

 

 

 蛇腔病院の地下に築かれたゼノモーフの巣。

 

 燈華の要請で朧が開いたゲートを潜り抜けた障子目蔵が現れたのは、その中枢である女王の間であった。

 

「ひさしぶり、お兄ちゃん」

 

 そんな彼の前には、4本の腕を持つ巨大な怪物に力なく抱かれる皐月の姿がある。

 

「……ッ!? 皐月ッ!!」

 

 襲われているのかと慌てて駆け寄ろうとする目蔵。

 

「ギィィッ!(落ち着け、伯父さん! あれは瞳姉、ウチの長女だ!!)」

 

 それを後ろから肩を掴んで燈華が止める。

 

「皐月の子供? あそこまで大きくなるのか……」

 

 体長4mを超える黒い甲殻の異形に息を呑む目蔵。

 

 瞳はそんな彼を冷ややかに見つめる。

 

「えっと……ボクに用があるって聞いたけど、なにかな?」

 

 自分を抱く娘が少しづつ殺気立って行っている事に気付いた皐月は、気を抜くと眠気で落ちそうになる瞼を保ちながら問いかける。

 

「その前に、皐月。もしかして調子が悪いのか?」

 

「…大丈夫、個性が進化しようとしてるんだよ」

 

「個性が?」

 

「ボクの個性の元になったゼノモーフは完全生物、どんな環境にも適応して常に進化を続けるのが特性なんだ」

 

「完全…生物……」

 

 小さく笑う皐月に目蔵は思わず息を呑む。

 

 そんな生き物など、目蔵は今まで一度も聞いたことがない。

 

「この子みたいに女王になる娘が出てきたし、きっとこれからも増えていく。そんな娘達を母親として護っていくには、ボクも更なる力を付けないといけない。だからボクも進化するんだ、太王母(クイーン・マザー)に」

 

 そう告げる妹に、目蔵は田舎では見る事の無かった覚悟を感じた。

 

「そうか。強くなったな、皐月」

 

「お母さんどころか、お祖母ちゃんになったからね。そりゃあ強くもなるよ」 

 

「お…お婆ちゃん?」

 

「そう。娘の中には子供を産んでいる子もいるからね、その子はボクにとって孫になるでしょ? だからお祖母ちゃん」

 

 悪戯が成功したかのように笑う妹にショックで言葉も出ない目蔵。

 

「それでお兄ちゃんの用ってなんだっけ?」

 

 そんな彼を面白そうに眺めていた皐月は、再び話題を元に戻す。

 

「───俺はお前の力になりたい」

 

 それに対して目蔵が告げた答えはこれだった。

 

「ボクの力に?」

 

「今のお前がどれだけヤバい状況かは理解しているつもりだ。ヒーローもヴィランもお前の事を狙っている。だから俺はお前の傍で、お前を護りたいんだ」

 

「お兄ちゃん。ヒーローになる夢はいいの? 雄英を辞めたのは聞いたけど、別の学校に行けばまだなれると思うんだけど」 

 

「構わない。俺がヒーローを目指したのは、お前を探す為だ。今はもう未練など残っていない」

 

 迷いなくそう答える目蔵に皐月は兄が梃でも動かない事を察した。

 

「わかった。でも、ここにいるのなら一つだけ条件があるんだ」

 

「条件?」

 

「ここはゼノモーフの巣なんだ。だから人間はいられない。お兄ちゃんがここに留まるつもりなら、人間を辞めてもらわないといけない」

 

 そう言うと皐月はマタニティドレスから肩を抜いて自分の乳房を露わにする。

 

「皐月、いったい何を!?」

 

「個性の関係でね、ボクのおっぱいには生物の遺伝子を書き換える力がある。これを飲めば、お兄ちゃんもボク達と同じになれるんだ」

 

「それでお前達の仲間になればいいんだな?」

 

「うん。でも無理にとは言わないよ」

 

「いや、やろう」

 

 一切の迷いを見せない目蔵。

 

 その即断っぷりは提案した皐月が戸惑うほどだ

 

「いいの?」

 

「俺はお前の為に生きると決めた。お前が人を捨てるのなら俺もそうするさ」

 

 迷うことなくそう告げると、目蔵は人非ざる者への一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 




人を辞めた障子君(仮)

障子「ウォォォォォム!! バルッ! バルッ!! バルッ!!!」

妹の母乳によって人間を辞めた障子目蔵!

禁断の甘露に含まれたブラック・グーとディーコンの血は彼に無敵の身体を与えた!

これが! これが! これが新たな目蔵だ!!

武装現象(アームド・フォノメノン)!』

ソイツに触れることは死を意味する!!
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