天官よもぎは知りたい 作:ミルクセーキ
最近の検索履歴がカオスすぎて、誰にも見せられん……
「それで御行。話ってなんですか?」
放課後の生徒会室。
そこには珍しく、白銀とよもぎの2人の姿しかなかった。
というのも、本日生徒会はオフという事になっていたが、よもぎは白銀から呼び出され、こうして生徒会室に赴いていた。
そんなよもぎは、生徒会長の椅子に座る白銀を見てそう話しかける。
一方椅子に腰かけた白銀はその視線をゆっくりと持ち上げる。
「来たか……よもぎ……」
そう話し始める白銀の語りはどこか重苦しいものだった。
よもぎはその雰囲気に若干身構え、白銀の要件を考え始める。
(珍しい御行からの呼び出し……けど優がいないことから男子にしか話せない内容とは一概に言えない。つまり、これは僕にしか言えない話という事……まさかエージェントという事がバレたのでは……?でもいったいどこから……)
よもぎは、表面には出さないが最悪の事態まで想定していた。
もし、白銀によもぎがエージェントである事がバレているのだとしたら、これまでの関係という訳にはいかなくなるだろう。
よもぎの手に力がこもる。
そんな空気を破るように白銀が口を開く。
「実はな…今日よもぎを呼んだのは、ちょっとお願いがあるからなんだ。」
「お願い……ですか?」
よもぎはとりあえずエージェントの事がバレた訳ではなさそうな為、体から力を抜く。
(それにしても御行のお願いとは珍しいですね……なんでしょうか?)
とはいえ、白銀のお願いというものを予想が出来ないよもぎは、どんなお願いが来るのだろうと頭を働かせる。
そんなよもぎに対して、口を開く。
「その……非常に言いづらい事なんだが……」
白銀はそう話始めようとするが、やはり本人も言っている通り、言いづらい事なのか、口ごもってしまう。
よもぎは、そんな白銀に対して優しく声をかける。
「御行。僕は御行がいなかったら今生徒会にも所属していないと思います。というか絶対所属していませんでした。」
「よもぎ……」
「今こうして充実した日々を過ごせているのも御行のおかげなんです。だからどんな相談をされたとしても、僕は馬鹿にもしませんし、ましてや笑い飛ばしたりもしません。」
「よもぎ……!」
「ですがそれでも言いづらいと言う事でしたら、僕も深くは聞きません。話せる時に話していただければ……」
「いや今話そう。」
白銀はよもぎのその言葉に決心がついたのか、よもぎの言葉を遮って椅子から立ち上がる。
そして、そのままよもぎの方を見ながら話し始める。
「実はその……泳げないんだ」
「?すみません今小さ過ぎてなんて言ってるのか……?」
しかし、その勢いとは裏腹に白銀の口から漏れ出た言葉非常に小さいものだった。
そしてよもぎが聞き返すと、白銀はもう一度意を決して口を開く。
「だからその……泳げないんだ……」
「泳げない……なるほど……」
その白銀の言葉によもぎはそう呟き、考え込む。
白銀はそのよもぎの様子に顔を青くする。
(くっ、やはりよもぎでも流石に泳げないというのは引くよな……)
前にも話した*1通り、白銀は大のつくほどのカナヅチである。
その為、今回かぐや達と海に行く上で泳げるようになると言うのが1番の鬼門であった。
もし、泳げないままで海水浴なんて行ってしまった暁には、大恥を書くことは自明の理!
その為にも、同性で白銀の事をよく知っており、かつ馬鹿にしたり引いたりしない人物にコーチをしてもらう必要があった。
石上という案もあったが、後輩にカッコ悪い所を見せる訳にはいかず、その点も踏まえた上でよもぎが適任として選ばれたのである。
しかし、そんなよもぎが考えている様子に白銀の気分はどんどんとネガティブ方向へと進んでいく。
(そうだよなぁ…流石にこの年になって泳げないって言うのはかっこ悪いよなぁ……幻滅させたよなぁ……)
一度ネガティブ方向に思考が進むと、中々戻す事の出来ない白銀は、顔を暗くしていく。
そんな白銀の横で考え込んでたよもぎは、白銀の方を向いて尋ねる。
「ちなみに聞きますけどお願いというのは、僕に泳ぎを教えてくれと言う事で大丈夫ですか?」
「へ?」
そのよもぎの言葉にうつむき気味になっていた顔をあげる。
白銀は、そのよもぎの顔を見て少々呆然としながら尋ねる。
「いや……そうだが……そんな泳げなくてカッコ悪いとかは……」
そんな、白銀の顔を見ながらよもぎはクスリと笑って答える。
「それはないですよ。確かに泳げないと聞いて少し驚きましたが、それを聞いた程度で幻滅するような人間ではないです。言ったでしょう?馬鹿にもしないし、笑い飛ばしたりもしないと。」
「よもぎ……!」
そのよもぎの言葉に白銀は感動した顔をする。
(良かったー!こいつに相談して!俺ナイスー!)
白銀は心の中でガッツポーズをしながら、よもぎの方を見る。
そんな白銀に対してよもぎはさらに言葉を続ける。
「それにしても意外でした。御行スポーツ苦手なイメージがなかったので。ほらこないだの授業でのバレーでも大活躍だったじゃないですか。」
「いやあれはよもぎもだろう。まぁバレーとかは大丈夫だけど、水泳だけはどうにもな……」
嘘である!
そもそも、彼は運動音痴である!
白銀は日々のバイトによって鍛えられた体力やそこそこ高い身体能力を有しているが、それでも覆せないほどに絶望的な運動センスのなさが足を引っ張っていた。
その例として白銀は、最初バレーのサーブを打とうとするとボールではなく自身の後頭部を殴打し、ボールと衝突するほどであった。
その為に、体育の授業があるたびに、白銀はその運動センスの無さをカバーするため、賢明な努力を重ねてきた。
よもぎが例に挙げたバレーの授業も、その前に多大な努力と藤原の献身があったことを知るものはほぼ居ない。*2
その為、大多数の人間は「白銀御行は勉強も出来て、スポーツも万能である」というイメージを持っているのである。
因みに、前述したバレーの授業は、練習を重ね上達した白銀とフィジカルによるごり押しを行ったよもぎによる蹂躙劇となったのだが、その話はまた別の話である。
そんな運動音痴の彼は、この様に咄嗟によもぎに対して見栄を張ったような回答をする。
しかし、そんな実態を知らないよもぎはその言葉を疑いもせずに受け取る。
(なるほど……でもバレーや他の運動も全然できてましたし……それらの動きと水泳を繋げて教えてあげれば……)
そんな考えをめぐらせながらよもぎは、カレンダーを確認し、そのまま白銀のラインに何かを打ち込む。
白銀がよもぎとのラインを確認してみると、そこには住所が張り付けられていた。
「御行。今週末は暇ですか?」
「あ、あぁ……今週末はバイトもないが……」
「それならちょうど良かった!それじゃあ週末諸々の荷物を持ってそこに書いてある住所のところまで来てください。そこでしっかりと教えてあげますよ。」
そう珍しく得意げに言うよもぎ。
白銀にとってその姿は、ありがたい神様のように映った。
「よろしく頼む!本当に恩に着る!」
そう言って白銀は頭を下げる。
そんな白銀の様子によもぎは気にしていないという様子で顔の前で手を振る。
「気にしないで下さい。困った時はお互いさまって奴です。」
友人の役に立てると内心喜ぶよもぎ。
良いコーチを手に入れたと喜ぶ白銀。
しかし、この時はまだ知りようもなかった。
よもぎ、そして白銀もこの水泳講習が地獄のようなものになることを……
「ここか……?」
遂に迎えた週末。白銀は制服を着たうえで、よもぎの指定した場所に来ていた。
そこは、秀智院学園からほど近い場所にある、所謂タワーマンションの前であった。
立地といい規模感といい正に1等地といえる場所に立っているそれに対して、白銀はかなりビビっていた。
(良かったー!制服着といてー!過去の俺ナイス!)
白銀は内心で今日制服を着ていく判断をした自分をほめる。
というのも、やはりそう言った一等地を歩く人間というものは、秀智院学園で感じる金持ちオーラと並ぶほどであった。
庶民である白銀は秀智院学園の制服に身を包むことによって、何とか耐えているが、一般庶民がこの辺りを歩いていたら、そのオーラからすごすごと尻尾巻いて帰るところまで想像がついていた。
とは言えそんなセレブリティあふれる場所で待たされている白銀は、どこか肩身の狭い感じを覚えていた。
(それにしてもよもぎはどうしてここを……?何処かに水泳できる施設とかはなさそうだし……)
そんな事を白銀が考えていると、目の前のタワーマンションの自動ドアが開く。
白銀は、よもぎを待っている間に、暇つぶしに何人もタワーマンションから出てくる住人を観察しているため、今度はどんなセレブが登場するのかと内心ワクワクしながら、自動ドアの方を見つめる。
しかし、予想とは裏腹に中からはカジュアルなサマージャケットを身に纏ったよもぎが出てきたのである。
よもぎは、周囲を少し見回すと白銀を見つけたのか、少し小走りで白銀の方に近づいていく。
「すみませんお持たせしました御行。色々と手続きに手間取りまして……ってどうしました?」
よもぎは、驚いた顔をして固まっている白銀に対して、そう声をかける。
そんなよもぎに対して白銀は言葉を選びながら、話しかける。
「あぁ……いやその……ここは?」
その白銀の困惑した声を聴いたよもぎは、納得したかのように答える。
「あぁ御行も知りませんでしたっけ。ここ僕の家ですよ。正確にはこのマンションの一室ですが。」
(あぁそうだった!度々忘れそうになるけどこいつもかなりのお坊ちゃまだった!)
白銀は幾度となく忘れている、よもぎの金持ち具合をそこで思い出す。
というのも、そもそもの出会いが混院として出会ってるという事もあって、よもぎに対するイメージがそこで固定されてしまっていた。
その為、白銀は気を抜くとよもぎが金持ちのボンボンという事を忘れてしまうのであった。
そして、これもまた何度も説明することになるが、その話は全部設定であり、この家もよもぎが特に好き好んで使っているセーフティーハウスというだけであった。
とはいえ、天官よもぎの家として、学校の住所には登録されており、学園から帰ってくるのもこのマンションのため、ここが家というのもあながち間違いではないのである。
そんな事を知らない白銀はその衝撃から再起動しつつ、よもぎに尋ねる。
「という事は、今日の水泳はここで……?」
「えぇ。ここの地下にある住居者用のプールを貸し切ったので、我々で自由に使えますよ。」
といいながらよもぎは慣れた手つきで、マンションの入り口についているパネルを操作して、ドアを開ける。
白銀は、その中の豪華な内装に内心ひやひやしながら、よもぎについて行った。
そしてよもぎについて行き、エレベーターに乗って地下に降りるとそこには筋トレや運動の出来るマシンが目に飛び込んできた。
どうやらそこは、入居者用のジムらしく、その奥の方に更衣室が見えた。
白銀はそのジムを通っていく間に雑談程度に気になった事をよもぎに質問する。
「そう言えばよもぎは、このジムとかプールとかを使ったことがあるのか?」
その白銀の質問によもぎは、恥ずかしそうにしながら答える。
「あーいやーお恥ずかしい話使ったことがなかったんですよね。だからさっきも貸切るのに手間取ってしまって……」
「なるほど……」
こうよもぎは言っているがこれはトレーニングをしないというわけではなく、ここの機材を使ってトレーニングをしないという意味である。
実際によもぎがトレーニングを行う時はここではなく、組織の本部に併設されているトレーニングルームで行っている。
その為、よもぎはこのマンションにプールやジムがあるという事を、白銀と水泳の話をする時まですっかり忘れてしまっていた。
そんなこんなで話していると更衣室が見えてきた。
更衣室の中は個人ごとに部屋のように区切られており、その部屋から直接プールに続く扉がついていた。
そこで白銀とよもぎは分かれて、それぞれ水着に着替えプールに向かったのであった。
しばらくしてそのプールには水着に着替えた、白銀とよもぎの姿があった。
白銀は普通の短パン型の水着であるが、よもぎは上には長袖のラッシュガードを着て、下もぴっちりとした長ズボン型の水着を着ていた。
その為肌が露出している場所が顔と手と足しかなく、白銀はそのよもぎの格好を見て息苦しそうと感じた。
しかし、そんな事をお構いなしによもぎは口を開く。
「それではこれから始めていきたいと思います。」
「よ、よろしく頼む。」
そう返事した白銀はこの状況に緊張しているのか若干声が震えていた。
そんな様子の白銀によもぎは優しく微笑む。
「そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。ここには僕と御行しかいないんですから」
「まぁ……それもそうだな……」
そのよもぎの言葉に白銀は口では賛同するが、内心緊張していた。
実のところそれは、水泳を教わると言う状況についてではない。
白銀が緊張している要因は他にあった。
(いや、改めてプールに入るとなると緊張と言うか怖い!)
風呂で溺れた事のあるほどのカナヅチである白銀は、水に入るのですら恐怖の対象である。
今でこそ大丈夫になったが、溺れてすぐの時は、風呂に入るのにも忌避感を示すほどであった。
ここまでくると超高校生級のカナヅチと言っても差し支えが無いほどである。
一方のよもぎは、一向にプールに入ろうとしない白銀の様子に首を傾げていた。
よもぎのプランとしては、まず白銀がどれくらい泳げるのかという事を把握した上で、苦手な部分を教えていこうと思っていた。
まさか、そこまでのカナヅチであると知らないよもぎは不思議そうな表情を浮かべ、白銀に尋ねる。
「どうしたんですか御行?入らないんですか?」
「いや、やっぱり泳げないから心配で……」
その言葉を聞いたよもぎは、安心させるように白銀に話しかける。
「大丈夫です。何かあれば助けに行きますから。」
「……分かったよし行くぞ!」
そのよもぎの言葉によって決心したのか、白銀はプールに勢いよく入っていった。
そして白銀はそのままプールの底について浮かんできたかと思うと、水面でバタバタとし始めた。
よもぎは数秒それを眺めていたが、少しずつ沈んでいく白銀を見て血相を変える。
「御行ー!!」
よもぎは急いで水に入り、その溺れている白銀をプールサイドに引き上げた。
プールサイドに上がった白銀は、まるで打ち上げられた魚のようにピチピチと跳ねていた。
よもぎはその白銀の様子を見て思わず眉間の所に手をやる。
白銀はそんなよもぎに対して息も絶え絶えに話しかけてきた。
「ど……どうだ……よもぎ……ちょっとは泳げてたと思うんだが……」
「いや、どこがですか?あれは溺れてるって言うんですよ」
その白銀の言葉によもぎはツッコミをいれる。
そのままよもぎは白銀に質問をする。
「大体御行は、人が水に浮く仕組みなんか余裕で知っているでしょう?なのに何故沈んでいくんですか?」
「そこだよな……泳ごうと思って腕を動かすと沈んでいって、腕を動かすのをやめようとすると進まない……まさにこちらが立つとあちらが立たずだな……」
「どっちも立ってないので安心してください……」
そうしてよもぎはそんな反応を返しながら、白銀に対してプールサイドに立つように指示する。
「まぁだいたい御行のレベルは理解しました。そして一応確認ですけど御行は泳げるようになりたいんですよね?」
「あ、あぁ。というかなぜプールサイドに?」
その白銀の言葉を無視してよもぎは言葉を続ける。
「分かりました。それではここからはスパルタで行きます。」
「へ?ってうわっ!」
そのよもぎの声が聞こえたと同時に背中に衝撃が走り、白銀はプールの中に落下していく。
白銀はよもぎに押された事をなんとなく察する。
思わぬ形でプールに着水した白銀は先程と同じくバタバタと暴れ始める。
そうして、そのまま白銀の体は沈んでいく。
しかし白銀は、先程と同じくよもぎが助けてくれるのではと、溺れながらもよもぎの方を横目でチラッと見る。
しかし、そのよもぎの目はまるで実験動物を見るかのような冷たい目をしていた。
その目を見た白銀は、よもぎと出会った時の目を思い出した。
(これは……助けてもらえない奴だな!)
そして、その事に今までの付き合いからなんとなく気づいた白銀はなんとかしようと体を動かす。
しかし、そんな白銀の思いとは裏腹に体はどんどんと沈んでいく。
(まずい!このままだと死ぬ!)
その発想に思い至った白銀は必死に脳を働かせる。
(考えろ……考えろ俺……人間は肺を浮袋にして浮かんでる……そして浮力は水に接する表面積が大きいほど大きくなる……だから……)
白銀はどうにか大の字に近い形になり、水面から出ている口から空気を目一杯吸う。
するとそこまで沈んでいた白銀の体は浮いていき、白銀は初めて自力で水に浮くことに成功した。
(なるほど……危機的状況によって、考えさせ、普段は出来ない事を可能にさせたのか……荒療治だが確かに効果的だ……)
そう考えた白銀は、よもぎの強引とも言えるやり方に納得する。
そうしてなんとか自力でプールサイドに上がった白銀はよもぎに対してお礼を言う。
「ありがとう。よもぎのお陰で俺は水に浮かぶ事が出来た。なんとお礼を言ったら良いか……」
「何言ってるんですか?」
そのお礼を遮る形でよもぎは話し始める。
「へ?」
「御行には今日中に4泳法くらいは泳げるようになって貰います。ほら、時間は有限なんですからキビキビ動いて下さい。」
(お、鬼教官……)
その冷ややかな目をしたよもぎの様子に白銀は思わずそんな考えが脳裏を過ぎる。
それと同時に白銀はこうも思う。
(頼む相手間違えたかもしれん……)
そしてそこから地獄の水泳教室が幕を開けたのであった。
結果白銀はその日のうちに、泳げる様になったが、この出来事を思い出してしばらくよもぎの顔を真正面から見る事が出来なくなってしまった。
本日の勝敗 よもぎの勝ち(依頼通り白銀が泳げるようになった為)
因みに今回のよもぎのやり方は危険ですので絶対に真似しないでください。
次話 天官よもぎは見舞いに行きたい