グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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私はまぼろし

 

 ありとあらゆる厄介ごとは時間と共に周りを巻き込み、こんがらがって最悪の形で膨張し、最終的には破裂する。まるで悪性の腫瘍みたいに。

 

 私が校長室の中央で考えながらうろうろしている中、ロックハートは私の椅子で我が物顔で寛いでいた。

 この男ときたら私がこれからやらねばならないクーデターについて何も知らないから常にお気楽で腹立たしい。しかしこいつもこいつでトム・リドルの魂の器にされているという哀れな境遇なのであまり責めるのも気の毒だ。そう仕組んだ私が言うのもなんだが。現代の基準に照らし合わせると私はきっとまあまあの悪人だろう。

 

 クーデター決行日は刻一刻と迫ってきている。勝利記念日はホグワーツでもパーティーがありそれに向けていろいろな手配をしなければならなかった。副校長のマクゴナガルとフリットウィックが主にやってくれてはいるが、最終的なハンコを押すのは私であり、どんどん溜まっていく領収書をファイリングしなければならないと知った日には絶望しかけた。

 私自身は本国でのパーティーに出席しなければならないので参加できないと言うのも悲しい。

 

 私は鏡越しに自分の顔を見る。銀色の髪が、荒んだ眼差しが、私が私であるという呪いにも感じる。一年かけて肩まで伸びた髪をまとめ、冷水で顔を洗った。今日から新学期。つまりは私、フレイ・グリンデルバルドがホグワーツ校長として君臨する記念すべき日となるわけだ。

 

「身支度の手伝いは要りますか?」

「いらん」

「為政者というのは見てくれが一番大切なんですよ?グリンデルバルドの孫なのにそんなこともわからないとは嘆かわしいですね」

 

 こいつは遊びに来たのか?睨みつけるとロックハートの顔つきが変わり、トムに交代したのがわかった。

 

「まさか君が校長になるとはね。今日まで実感がなかったが、この部屋に入ってようやく納得できたよ」

「そうか。そんなことを言いにわざわざ来たのか?」

「違う。それについての話だ」

 

 校長室にある肖像画の数々は私を訝しげに見つめ、決して歓迎しなかった。私はその全てを取り外し、箱にしまった。創設以来受け継がれてきたであろう品々も同様にしまい、代わりに私が教師生活中に長らく溜め込んだ資料をその棚に置いた。

 私がかつて生きてきた世界とこの世界の齟齬がびっしりと書き記された地図、歴史書、設計図や書簡、家系図。そして、神秘部からこっそり持ち出した逆転時計に関する極秘資料。

 

 そして、分霊箱。

 

 スリザリンのロケット、ゴーント家の指輪、レイブンクローの髪飾り、トム自身である日記の計四つが我々の手元にある。所在不明なのはハッフルパフのカップ、グリフィンドールの剣だ。

 

「僕たちはクーデターの日、受肉したヴォルデモートを殺す。そしてここにある僕以外の三つの分霊箱を壊す。それでも本体は未だ不滅だろう。その点はどうする」

「ああ、まあ探す他ないだろうな。どちらにせよ、クーデター時がヴォルデモートを殺す千載一遇のチャンスだ」

「それはわかってる。だが…それで僕が『本物』の闇の帝王とはならないだろう?体も()()()だし…」

「…私の推察にすぎんが、魂の総量から考えるとお前の方がよっぽど『本物』だと思うがな」

「どういうことだ?」

「分霊箱を作るたび魂は割れていく。あいつは明らかに割りすぎだ。もしかしたら君が分霊箱の中で一番大きなカケラになるんじゃないかと思ってね」

「前例のないことだ。それに魂については神秘部でも未だ謎が多いんだろ?楽観的には考えられないね」

「…まあおっしゃる通り。安心しろよ。付き合ってやるから」

 

「本当に?」

 

「…どう言う意味だ?」

「フレイ。君はグリンデルバルドを殺した後のことちゃんと考えているのか?」

 トムは私を探るように見ていた。図星だった。

 私の本当の目的はニワトコの杖を奪取して世界をもう一度変えることだ。だからそれ以後の世界のことなんてどうでもいい。本当に不誠実で無責任な嘘つきだ。

 

「君こそ。ロックハートの体から乗り換える準備は?『本物』の方は受肉まで果たしているが、君の研究はちゃんと進んでいるのか?」

「う、うるさいな!もうほとんどやり方はわかっているさ」

 

 トムの可愛げは年相応なプライドの高さが垣間見えるところだ。おそらく元来はこういう素の感情は誰にも見せない子供だったのだろう。私と過ごすうちに少し打ち解けたのだ。不思議とこういう才能あるクソガキ…いや、子供に好かれる才能があるみたいだ。それは古代魔術という神秘性が相手に幻想を抱かせるから。

 そう、結局私は幻だ。

 

 ロックハートが出ていき、私はもう一度棚を見回した。

 

 新しい思い出は置けなかった。

 セブルスと飲んでいた酒瓶、カップ、茶葉、ハリーとの写真、手紙、生徒がくれた手紙。ホグワーツで過ごした日々の全ては箱にしまってある。それらを愛おしく思うのは正しくないと思ったから。

 もっとも正しさなんてものが本当にあるのならば、私はここにあるべきではないのだが。

 

 正しさについて考えると眩暈がする。それは時代が流れるにつれ変容していくし、立場を変えるだけで簡単にひっくりかえる。『マグルを保護することは正しい』。

 だから我々は収容所に彼らを閉じ込める。もしくは、我々は彼らから隠れて暮らす。同じ答えを持っていても私たちは簡単に間違える。

 

 さて。感傷はこの辺にしておこう。

 

 私は紫紺のローブを纏う。死の秘宝の銀の紋章が夜に映える月のように胸の上で輝く。

 私は魔法で鏡を作り全身を眺める。威厳は…うん、やはり少々足りない。どう見たって若すぎて頼りない。嫌になるね。

 髪の毛をまとめたり解いたりして奮闘してみたが、やっぱりどうにも様にならない。

 

 ネクタイの位置を調整しているとセブルス・スネイプが上がってきた。

 

「もっと派手にめかし込んだらどうだ」

 

 珍しく皮肉までいってきた。今日は雪が降るかもしれないな、と返すと彼はほんの少しだけ口角を上げて笑った。思っていたより上機嫌で驚く。去年私がした無茶の数々ですっかり愛想を尽かされたと思っていたのに。

 とはいえ、セブルス・スネイプの心の中が読めないのはいつものことだ。だからこそ彼はゲラート・グリンデルバルドと私と死喰い人の三重スパイという前代未聞の仕事をこなすことができるのだから。

「面白いものを見せてやろうか」

「時間はあまりない」

「すぐ済むから」

 

 私はセブルスの返事も聞かずに校長室の奥にある扉へ彼を連れ込んだ。

 そこにはホグワーツに入学を許可された者の名を書き続ける羽ペンが置かれていた。足元には黄ばんだ紙から新しい紙まで積み重なっており、埃との複雑な地層を形成していた。

 

「今じゃ誰もこんな名簿参考にしない。魔法ではなく権威が全てを決めている。神秘はどんどん合理性に埋め立てられていくわけだ。どう思う?セブルス」

「…我輩の意見を聞いてどうする」

「別に。ただこの世界の人間の意見を聞いておきたくてね」

「君がいた世界…いや、変えてしまった世界ではどうやら今の状況は好ましくないようだな」

「そうだな。ぶっちゃけこの世界はディストピアだよ。…この言葉ももしかして浸透していないかな…。自分が原因だと思うと頭が痛い話だが」

「よっぽど前の世界が恋しいようだな、君は」

 

 皮肉にもそうなのかもしれない。

 そんな私の内心を見抜いているセブルスはいつもそっぽを向いて話を逸らす。

 

「もう時間だ。行こう」

 

 私はこの間までクラウチ校長が座っていた席に座る。魔法使いの最高学府とも言えるホグワーツ魔法魔術学校。この椅子はイギリスがグリンデルバルドの手中にあることの象徴となるだろう。

 私は新入生のリストと、魔法の羽ペンが記した入学許可者のリストを突き合わせる。虫食いのように欠けている。

 

 あーあ。

 

 私が一体何を変えたかったって?セブルス。本当につまらないことだよ。ありふれてて、君はきっと幻滅する。

 

 

 一通り組分けの儀式が終わってから、私は壇上に立つ。記念すべき初の校長先生のお話というわけだが、プロパガンダ部から渡された台本を丸暗記しただけだからきっとつまらない。

 

「生徒の皆さん。いま、我らの帝国は外からの脅威にさらされています。帝国の力を恐れ、秩序を乱そうとする者たちが、国境の向こうに息を潜めています。私たちはその不安を直視し、決して揺らぐことなく立ち向かわねばなりません」

 

 不安といえば、この国一番の脅威であるヴォルデモート卿の復活については箝口令が敷かれている。箝口令とは面白いもので、秘密とは違って大半の人間が知っているにも関わらず知らないふりをするように示し合わせる。それはまじないに似ている。

 

「そのために必要なのが、皆さんの学びです。学ぶことは、自らを強くするだけでなく、国家に尽くすことでもあります。知識を磨くことは帝国を支えることであり、忠誠を示す道なのです」

 

 本当の学びとは与えられたカリキュラムをこなす事ではない。しかし今や主体的な学びは反社会的とされる。

 

「ホグワーツはそのための場所です。ここでの日々が、皆さんを帝国の未来を担う者へと育てます。私は信じています。皆さんの学びが、この国をさらに強く導いていくでしょう」

 

 つまり、今日からここは名実ともに偉大なる帝国の思想教育及び官僚育成機関となります。

 私の知っているホグワーツは死んだ。でもこれでいい。ここまで変わり果ててようやく私は思い出と同じ姿をした紛い物だと切り捨てることができる。

 グリフィンドールのテーブルからハリーが私に手を振った。私は笑って手を振りかえした。うまく笑えていたらいいのだけれど。

 

 

 全ての皿が空っぽになって、私はようやく校長の席から降りて小さく伸びをした。

 

「スピーチの内容はともかく、読み方は様になっていましたね。及第点です」

 

 晩餐が終わってからロックハートが気安く話しかけてくる。お前に何がわかる、と思ったがそういえば彼は曲がりなりにもプロパガンダ映画の第一線を張っていたのだった。ならばそんなに悪くない演説だったのかもしれない。しかし偉そうな物言いはムカつく。

 

「そんなに不機嫌な顔をしなくても。そうだ、校長室に戻ったらきっと驚きますよ。サプライズで就任祝いを用意しましたから」

「は?サプライズなのに今言ったのか?」

「ええ。トムが『言っておかなきゃスルーされる』と忠告してくれましてね。ちゃんと受け取ってくださいよ」

「しもべ妖精にお前のいうことは一切聞くなと言うべきだった」

「あなたの照れ隠しももう慣れたものです。どういたしまして」

 ロックハートは今年も闇の魔術の教師を続投だ。私が抜けた魔法史には魔法省から派遣されたプロパガンダ局のドローレス・アンブリッジが就くことになった。彼女とはルシウス関連で繋がりがあるため非常に気が楽だ。我々に都合のいい歴史を教え込む歴史教師は検閲部の腕の見せ所だろう。

 

 私は校長室に帰るのを少し躊躇ってからロックハートのプレゼントと野宿と天秤にかけてその階段を登った。ドアを開けると大量の花と菓子、簡易な装丁がされた本、ブロマイドが飾られていた。本はロックハートが出す予定のプロパガンダ局に関する暴露本だった。出版できるわけないだろう。

 花は紫でまとまっていてなかなか気に入ったが、花束に刺さったブロマイドは完全にゴミだった。投げキッスを繰り返すロックハートを暖炉に突っ込むと悲鳴が聞こえた気がした。

 よく見るとロックハート以外からの祝いの品も多数あった。到底食べきれない量のため、ハリーにほとんどを横流しすることになるだろう。

 

 ハリーはきっと喜んで寮の友達やクィデッチチームのメンバーに菓子を配る。ああ、あの子に真実を話さなくてもいいんだろうか。ヴォルデモートは復活し、今は私と手を組んでいる。…冷静に考えると、こんなこと言えないだろ。

 手を汚すと決めたのなら、もうハリーの笑顔を見て胸を痛めていちゃだめだ。

 

 

 私はこれまでハリーに何をしてあげられたのかな。

 ペチュニア・エバンズの腕を掴む手の強さを思い出す。あれはきっと、私なんかよりもよっぽど純粋にハリーを思うが故の力だ。シルバーレットが私に触れるのにどれだけ勇気が必要だったのだろう。それを踏み越えてなお彼女は私に伝えたかったのだ。ハリーは私を愛してると。

 

 なのに私ときたら。

 

 もし、ニワトコの杖を手に入れて再び世界を元に戻したらあの子はどうなっているのだろう。

 オミニスのいる世界ならばヴォルデモートは生まれない?確証はない。そもそもハリーが生まれないかもしれない。

 ゲラートが負けた世界で、仮にゲラートが死ななかったとしても幸せに生きていけるとは限らないじゃないか。ゲラートを打ち負かしたアルバスがどう転ぶのか、それが私にはわからない。

 

 この世界のアルバス・ダンブルドアはゲラートと決闘するまでホグワーツで教鞭を取っていたらしい。だとすれば、今ここにいるのはアルバスだったのかもしれない。

 アルバスだったらどうする?ハリーを守ったか?こんなことになる前にトムをどうにかしていたかもしれない。

 私の知るアルバスは、セブルスに語った昔話のすぐ後の彼だけだ。彼は傷つき、夢を失いかけていた。

 

 私はもう一度鏡を見る。うん。やはり髪は切ったほうが良さそうだ。クリスマスにある魔法民族解放五十年大祭には思い切って散髪していこう。

 それで全てが終わる。私の未練も後悔も、全て巻き戻して還してしまおう。

 

 

 それで

 

 

 それでいいんだよね?

 

 

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