SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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えーあー、その、なんというか………………いやもう本当に遅れて申し訳ありませんとしか………………しかも少し短め…………


Fragment A《幕開ル音》

2024年 11月

 

「んじゃ、俺たちもそろそろお暇しますかね」

 

「そうだね。それじゃあ、三崎君、お大事にね」

 

「ええ、舞さん、ありがとうございました」

 

そう、舞さんにだけ頭を下げる。すると勿論もう一人が噛みついてくる訳で。

 

「おいおい亮、俺には無しかよ?」

 

「智成は騒ぎに来ただけだろーが」

 

「なっ、おい、そりゃないだろぉ……」

 

大げさなリアクションをする智成を一頻り笑った後で一応謝っとく。

 

「悪い悪い。冗談だって。智成もありがとよ。それとさっきの話、宜しくな」

 

「はぁ……まったく。ま、今日の所は許してやるか。大事にな。ソッチに関しても出来る限りやってやるよ」

 

「おう、サンキュな」

 

そうして、香住夫妻が病室を出ていってから、大きくため息を吐く。

 

「ふぅ……やっと静かになったな」

 

「ふふ、大変だったね。でも、みんな亮のために来てくれたんだから」

 

「そんな言い方したらダメだよ? しかも智成さんが出ていってからあからさまになんて」

 

「判ってるって。言ったろ? 冗談だって」

 

志乃と萌の言葉に、肩を竦めて答える。ぶっちゃけ智成が一番騒いでたのは事実だけどな。

まるでオフ会さながらの様相を成しかけていた俺への見舞いだったが、あまりの騒がしさに見兼ねた年配の看護師――志乃曰く看護婦長――から異を言わさぬ笑顔で他の患者の迷惑になると言われ落ち着き、つい先ほど解散した。

未だに残っているのは看護師組の二人と拓海だけだ。ちなみに令子さんは拓海が仕事を頼んだらしく、少し前に出て行った。

 

「んで、拓海がまだ残ってるってことは、事件に関してまだ話があるってことか?」

 

「いや、話があるのは確かだが、事件に関することではないよ。もしかしたら、君にとってはそれ以上に重要な事かもしれんが」

 

俺の言葉を否定しつつ、かなり意味深な返事が返ってくる。

なんだ、それより重要な事って。

 

「まぁ、単刀直入に言ってしまえば、君の職についてだ」

 

「……ショク?」

 

……しょく、しょく…………食? 色? いや、蝕か?

…………んなわけあるか。職だよ、職!

 

何を言われたのか、一瞬脳が理解を拒んだらしい。

そう、職だよ。完全に忘れてた。つーか逃避してた。

 

「……もしかしなくても、今の俺はニートなのか?」

 

「ふむ。まあ、労働の意志の有無を置いて、端的に無職の者をそう呼ぶのであれば、そうなる」

 

「……マジか……」

 

ニート。その目に見えない言葉の刃が、俺の精神をズタズタに切り裂いた。

廃ゲーマーという言葉は甘んじて受け入れるが、それだけは……ニートだけは言われたくなかった……!

 

「ち、ちなみに、CC社の内定の話は……?」

 

「フッ、まさにその話をしようと思っていたところだよ」

 

まさに藁にも縋る思いだ。

 

「基本的に我が社は能力主義だ。故に、君ほどの人材を野に放ったままというのは非常に惜しい。けれど、この二年間君が昏睡しており、その二年分の発展を知識や技術として君が吸収していないというのもまた事実だ。最新技術を備えていない人間を、いきなり開発部に送るわけにもいくまい?」

 

「そりゃそうだ」

 

肯定して頷く。VR技術が世に出回ってから丸二年。それだけあれば、多種多様な方向で技術発展がされているのは想像に難くない。そんな最先端の環境にVRの基礎しか頭に入ってないような状態で放り込まれたらどうなるか、結果は火を見るより明らかだろうよ。

 

「しかし、だ。最初にも言った通り、君の才能が惜しいことに変わりはない。そこでだ。来年の四月から、ある施設に我が社の社員を一人派遣することになっていてね」

 

「つまり、そこに俺を宛がうと?」

 

「話が早くて助かる。少々特殊な環境ではあるだろうが、そこで一年働いてもらおうと思っている」

 

「で、その間にこの二年間の知識を身につけろ、と。てか、特殊な環境って……大丈夫なのか?」

 

多少遠回りではあるが、仕事を貰えるうえに、一年後には晴れて――きちんと並行して知識を身につければ――CC社開発部に転属できるのだから、その話に乗ることに否はないが……特殊な環境とやらがなんなのか不安が残る。

 

「問題なかろう。君が学生時代に身に着けた能力でなんとかなる範囲だよ」

 

「ならいいけどよ……」

 

すげぇ気になる言い方なんだよな。しかも俺が学生時代にしてたことって、電子工学の研究と幾つか資格取ったぐらいなんだが……まぁいい。今から気にしても仕方ねぇ。

 

「では、四月からの仕事のために、今はリハビリに励んでくれたまえ。体が元に戻り次第、快気祝いで呑みにでも行こう」

 

「おう、色々とありがとよ」

 

「なに、私と君の仲だ。構わんさ。では」

 

言葉を交わした後、拓海は志乃と萌に軽く会釈をして病室を後にした。

 

「よかったね、亮。仕事、貰えるみたいで」

 

「ああ、無事ニートにならなくて済みそうだ」

 

くすくすと笑う萌に、そうおどけて返す。実際、本当に助かった。

 

「それじゃあ、火野君も言ってた通り、もう何日かしたらリハビリ、頑張ろっか」

 

「トレーナーは別にいるけど、担当看護師はわたしと志乃さんだから。手抜きは許さないからねー」

 

「へいへい。頑張りますよ」

 

「テキトーな返事だなぁ」

 

ジト目で見てくる萌と、そんな俺たちを見て楽しそうに笑っている志乃。

 

「そうだ!」

 

最中、急に萌が良いこと思いついたと言わんばかりの顔で、ポンと手を叩く。

 

「いっそのことさ、リハビリついでに火野クン並みの肉体を目指してみようよ」

 

「……それはリハビリついでに目指すモンじゃ断じてねぇから」

 

前に泊まりがけのオフ会で海に行った時のことを思い出す。割れた腹筋やら、どこに隠してたと言いたくなるような背筋やら、力を入れたときにヤバいくらい盛り上がる上腕二頭筋やら、最近体脂肪率が5%切ったやら……。朝ちょっと泳いでくると言って出ていって、昼過ぎに帰ってきた時にどこに行ってたと聞いてみれば、10キロ離れた小島まで遠泳してきたとぬかしやがるバカげた体力。ホント、冗談抜きでどこぞアスリートかテメェはって話だ。

 

「あ、あはは。そ、そうだね」

 

「えぇ~、名案だと思ったんだけどなぁ」

 

志乃もその時のことを思い出したのか苦笑い。萌はつまらなそうに唇を尖らせた。

何を病人(?)にさせようとしてやがんだ、たくっ。

 

何はともあれ、数日後にはリハビリだ。さっさと動けるように、頑張りますかね。

 

 

 

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コンコンと、ドアが叩かれる。時計を見れば、まだ時間は八時を回ったくらい。俺もつい三十分前くらいに起きたばかりだ。休日とは言え、こんな朝早くからこの病室に来るのは限られている。

 

「どうぞ、開いてるよ」

 

「おはよう、お兄ちゃん!」

 

ガラッと音を立てドアを開けながら、そう元気よく病室に入ってきたのは、予想通り、妹の直葉だった。

祖父に強制的に指導されていた剣道の一件から、なんとなく折り合いが悪くなっていた――まぁ、言ってしまえば俺が一方的に負い目を感じて気まずかっただけなんだが――ものの、無事現実に帰ってきてからは、昔のような仲の良い兄妹に戻りつつあるように思う。

鉄の城に閉じ込められていた二年の経験を経て、きちんと向かい合おうと思ったのも一つの理由ではあるが、それ以上に目覚めて直ぐの出来事がそれに拍車をかけたんだと思う。

 

あの黄昏の中、巨大な浮遊城が崩れゆく世界で愛する人と抱き合いながら意識を失い、次に気が付いたときは、知らない天井が視界に広がっていた。半ば死を受容していた為に、一瞬自分のいる場所がどこなのかさっぱり判らなかったが、ふと目をやった腕が《キリト》のモノよりも随分とやせ細っていたことや、その腕に繋がれている点滴。そして何より、視界の端にチラつく俺たちを仮想世界に縛り付けていた楔……ナーヴギアの存在で、そこが現実だと理解した。

それから漸く鈍いながらも頭の回りだした俺は、殆ど意識せずにナーヴギアを外して点滴を支えに立ち上がっていた。二年間も全く動かしていなかった脚は、以前より遥かに軽くなった自身の体重でさえ支えるだけで精いっぱいだったが、それでも俺は歩き出していた。俺が還ってこれたのなら、彼女もまたそうであるに違いないと思ったから、彼女を探そうとその足を一歩一歩前へと動かしていた。その背を押していたのは、彼女への愛と、立ち止まらないと言っていた男への憧れだったろうか。

何にしても、当てどなくゆっくりと彷徨い始めた俺は、十数分で看護師たちに捕まり病室へと強制送還された。院内にいた事件の被害患者の覚醒を確認して回っていた看護師たちが俺の病室のベッドが空になっているのを見て、すぐに探されていたらしい。

そうして抵抗する暇も、勿論力もなく早々にベッドへと連れ戻されてから更に十数分、病院からの知らせを受けて駆け付けた母さんとスグが病室に駆け込んできた。

なんて言ったらいいのか、咄嗟に言葉が出てこなかった俺は、とりあえず『おはよう』とだけ言うと、スグがぼろぼろと涙を流して、声を上げて泣きながら俺に縋りついてきた。

突然のことに動揺して情けなく狼狽えてしまったものの、『お帰りなさい』と、『よかった』と、スグが嗚咽を漏らしながら、それでも笑顔で言ってくれた言葉を聞いて、どれだけ彼女に心配されていたのかということを今更ながらに理解した。いつの間にか目から零れた涙と共に、暖かい気持ちが胸に広がった。親愛の情……という奴だろうか。本当に今更だなと思いもしたよ。

取り縋るスグの頭を自然と撫でていると、母さんが俺たちを二人揃って優しく抱きしめてくれた。そんなこんなで、再三言っているが本当に今更ながら家族に愛されていることを感じた俺は、家族との向き合い方を変えようと強く思ったんだ。

 

あれから二週間ほど経って、ほぼ毎日欠かさず病室に来てくれるスグは、長い間見ることのなかった幼い時と変わらない満面の笑みをよく見せてくれるようになった。それだけ俺が彼女を避けていたということだろうが。

ちなみに母さんはそんな頻繁には来ない。二、三日に一回くらいか。出来るだけ俺とスグが二人でいる時間を作ってくれているんだと思う。

 

「今日は随分早起きなんだね? いつもはもっと遅いのに」

 

「まぁ、うん。偶にはそういう日もあるよ。てゆーか、寝てたらどうするつもりだったんだよ」

 

「ん~それならそれでって感じかなぁ。寝てても勝手に入るしね」

 

「……それだとノックする意味ないじゃないか」

 

「一応の礼儀ってやつだよ、うん。基本鍵なんてかかってないわけだしね」

 

元気に言ってくるスグに、俺は苦笑で返す他ない。

 

「それはそうと、いいのか? こんなに毎日来て。スグは今年受験生だろ?」

 

花瓶の花の交換やら、着替えの補充やらをしてくれているスグに、前々から思っていたことを聞いてみる。本来なら俺ももうどこかの高校に通っているはずの年齢なんだけどな。

ぶっちゃけ、今から受験勉強をしろと言われても間に合う気がしない。SAO内のアイテムの値段やらなんやらっていう情報で記憶容量はいっぱいなわけで。もしやるとしたら、取り敢えずそれを追い出すところから始めざるを得ないだろう。

幸いにも、この前接触してきて色々事情聴取をしてきた総務省の菊岡って男の話では、来年の四月から現中高生相当の事件被害者を、事件当時高校生だった人も含めて無条件――というか半強制的に――受け入れる教育施設を建設中らしいから一安心ではある。卒業後は大学受験資格もくれるらしいし。まあ、実際はゲーム内とは言え一部では本当に命を懸けた殺し合いをしていた未成年者を監視するって役割もあるんだろうが……、それも仕方ないだろう。

 

「モーマンタイだよ。私推薦決まってるし」

 

「推薦って……マジ?」

 

「うん」

 

何でもないことのように言うスグだが、実際そんなに簡単な事じゃない……と思う。少なくとも俺じゃ無理だったはずだ。ネットに割いていた時間を勉学に回せばその限りでもなかったかもしれないけど。

 

「ま、これでも勉強は出来る方だからね」

 

「はー……優秀な妹を持って、兄も鼻が高いよ、うん」

 

「へへ、そうでしょう~」

 

そう誇らしげに胸を反らすスグ。

そのせいで、平均的なソレそりもやや大きく育っている胸が強調されて…………ってぇ、何を考えてるんだ俺は、相手はスグだぞ、妹だぞ。落ち着け、義妹とは言え妹は妹だ。つーか俺にはアスナという愛する存在が…………!!

 

……すぅ…………はぁ………

 

よし、落ち着いた。いきなり深呼吸したせいでスグには怪訝な顔をされたが、仕方ないので適当に笑って誤魔化す。全く、ストレスでも溜まってるのだろうか。変な方向に思考が飛ぶ。

誤魔化しついでに話の方向を若干ずらすか。

 

「ま、まぁ、受験はそれでいいとしてもさ。折角の休みなんだし、友達と出かけるとか」

 

「残念でした。午後からなら遊べないこともないけど、推薦組じゃない子も多いんだから。遊び行こうなんて言ったら殺されちゃうよ」

 

「そりゃそうか。だったら彼氏とかは? いないのか?」

 

「か、彼氏って……!?」

 

冗談半分で言ってみると、みるみる顔を赤くしていくスグ。

ありゃ、これは話題ミスったか?

 

「す、好きな人は……いないこともなくもないけど……」

 

「へぇ……学校の男子か?」

 

それでも律儀に返してくれる……というか半ば独り言のように言うスグに追い打ちをかけてみる。

 

「そそ、それは、その、なんていうか……秘密っ!!」

 

更に顔を真っ赤にするスグ。マンガかアニメ辺りなら湯気が出てそうなくらいだ。これはやり過ぎたか。まぁ、そんなスグの姿も可愛いから良しとしよう………………いかんな。思考がシスコン気味になってきてる。自重しよう。

それにしても、スグも色恋に目覚める年になったか……って、これはこれでおかしいだろ。何か? 俺は親父かなにかか。俺とスグは一つしか違わないだろうが。どうした、落ち着け俺。

 

「そ、それで、お兄ちゃん! リハビリの方はどうなの!?」

 

この話はおしまいだと言わんばかりに、判りやすく話題を切り替えてきた。

丁度俺の思考回路もかなり変な方向にフル稼働しかけていたところなので、正直助かる。

 

「なんだかんだで筋力も体力も戻りつつあるよ。今月中には退院して、リハビリを続けたいならジムに行ってくれってさ。紹介するって言われた。今日明日にも家の方に連絡入るんじゃないか?」

 

「ホントに!? 良かったね、お兄ちゃん!」

 

「ああ、これでやっと、二年ぶりの我が家に帰れるよ」

 

自分のことのように喜んでくれるスグ。

彼女には……というか、まだ誰にも話していないが、退院したらすぐにやりたいことがある。

そのための準備も、事情聴取の代価で菊岡に依頼してある。

彼女に……アスナに再び会うための準備を。

 

 

 

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「ただいまー」

 

家の戸を開けながら帰宅の挨拶をする。

と言っても、返事は返ってこないんだけど。お兄ちゃんはまだ入院してるし――そもそも私自身そのお見舞いの帰りなわけで――、お母さんはもっと遅くまで仕事だからね。

けどつい言っちゃうのは長年の癖みたいなものだから仕方ないと思う。

 

お兄ちゃんの病室で色々話して、お兄ちゃんがリハビリの時間になったから帰ってきた。時間はお昼を少し過ぎた所。

 

それにしてもお兄ちゃんは! 彼氏だのなんだのって、ちょっと無神経すぎるんじゃないかな!?

 

病室での会話を思い出してそんな風に思う。年頃の女の子になにを、とも思うし、それに…………気になる人からそれを言われたっていうことも、私の心を大きく揺さぶった。

 

そう、私はお兄ちゃんを意識しつつある。家族として……ではなく一人の男性として。

二年前、お兄ちゃんが病院のベッドに繋がれてから暫く経ったある日。私はお母さんから、お兄ちゃんと私が本当の兄妹でないことを聞かされた。

お兄ちゃん……和人くんは、お母さんのお姉さん、つまり私の叔母に当たる人の息子で、生後間もないころに家族で事故に遭い、大怪我を負いながらも一命を取り留めて私の両親の養子となった。その事実に住基ネットの抹消記録からお兄ちゃんが辿り着いたのは、まだ十歳の時。せめて私が高校に上がるまでは秘密にしておこうと思っていた両親は度肝を抜かれたそうだ。

 

お祖父ちゃんから教わっていた剣道の件から疎遠になっていたとは言え、昔は本当に仲が良くて、交わす言葉が少なくなってからもずっと昔みたいに仲良くしたいって、いっぱい話したいって思っていたお兄ちゃんが寝たきりになって、ただでさえ混乱していた私は、そのことを教えられてひどく荒れた。お母さんに掴みかかって怒鳴り散らした。どうして今言うのかって。

冷静になって考えれば、いつ私たちの窺い知れない世界での闘いでお兄ちゃんが命を落とすか判らない状況で、もしもの前に私に伝えておこうという意図だったんだと思う。

そうして、お兄ちゃんが本当の兄じゃないことで何が変わるのかを考えて、何も変わらないんだと思い至って。だからこそ、何も変わらないからこそ、お兄ちゃんが無事目を覚ましたら、昔みたいな仲のいい兄弟に戻れるように頑張ろうと思った。

そして、お兄ちゃんが目を覚ましてからまだ一月と経ってないけど、昔みたいな関係に戻りつつある。私は積極的に話しかけていったし、目が覚めてからのお兄ちゃんも、以前みたいな壁を作らずに話を聞いてくれた。

けれど、何も変わらないと思っていたのは少しだけ間違ってたんだ。たった一つだけ、変わったことがある。それは、私の胸の裡の想い。お兄ちゃんを……和人君を好きになってもいいんじゃないかっていう、想い。

 

いつ、この微かな想いが宿ったのかは、自分でもよく判らない。お母さんに事実を教えられてから、仲良くなりたいって気持ちが急速にそういう方向に変わっていったのかもしれないし、昔から燻っていたモノが再びお兄ちゃんとふれ合ったことで火が付いたのかもしれない。

でも、別にどっちでもいい。今はただ、この気持ちが本当なのかどうかだけ、知りたかった。

 

「けど、まぁ……あれこれ考えたって、今すぐ答えなんか出るわけないか。どっちにしたって、気付いたのはつい最近なんだし」

 

そう声に出すことで、袋小路に入ってしまいそうな思考を中断する。

 

長々と物思いに耽っていたせいで、まだ手も洗わずに洗面台の前に突っ立ているだけだ。

手早く手洗いうがいをして、まずは二階の自室に行って暖房を入れてからリビングへ。電気ケトルでお湯を沸かし、あったかいコーヒーを淹れてコンビニで買ってきたサンドイッチを食べる。ササッと三つあったそれらを食べ終えて二階の自室に戻る。点けてから十五分程度しか経ってないけど、部屋は程よく温まっていた。私はそそくさと服を脱いで、大きいぶかぶかのTシャツだけ被る。皺になるといけないから、脱いだ服はハンガーへ。

そのままベッドにぼふっと横になる。少し寝ても良かったけど、今はそれよりしたいことがあった。

ヘッドボードから新型のVRハード《アミュスフィア》を手に取りHMDのように装着する。

 

「リンクスタート!」

 

そして私は、大空の広がる、剣と魔法の世界へ旅立つ。

 

今は何より、全てを忘れて飛び回りたいと、そう思ったから。

 

 

 

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「…………ん?」

 

私がALOこと、《アルヴヘイムオンライン》にシルフ族の女剣士《リーファ》としてログインして、唯々自由気ままに一時間ほど――と言っても時間制限があるから休み休みだけど――飛行を楽しんでいると、ショートメッセージが届いた。差出人は《アイナ》。メッセージを開くと、久々――お兄ちゃんが目覚めてからだから二週間ぶりくらいかな――に一緒に冒険しないかというお誘いだった。特に断る理由はない、というより、私も彼女らに話したいこともたくさん有ったので、迷わず了承の返事を送って、目的地に向かって飛び出した。彼女たちと冒険するときは、いつもシルフ領首都の《スイルベーン》から少し離れた所にある湖に集合と決めている。

本来はそんなモンスターがpopしたりする場所じゃない方が良いんだけど、これには理由がある。このアルヴヘイムオンラインは、円形の島の形をしていて、巨大な世界樹のある《央都アルン》を中心に、北北東から時計回りに工匠の《レプラコーン》、影の《スプリガン》、水の《ウンディーネ》、闇の《インプ》、火の《サラマンダー》、風の《シルフ》、猫の《ケットシー》、音楽の《プーカ》、土の《ノーム》の九種族が領地を築き、世界樹の頂点にある空中都市を目指すグランドクエスト攻略の為に争い合っている。そんなわけで、基本的に他種族の領地に入っていくのは領地侵攻の時くらいなんだけど、その他にも種族戦争に興味を示さず央都アルンを拠点に異種族間でPTを組むことで色んな種族の領地を冒険する人もいる。私は縛られずにのびのびと遊ぶ彼らを尊重するんだけど、残念ながら一般的には、彼らのことを《脱領者(レネゲイド)》と呼び蔑む傾向にあるのだ。

ゲーム開始時点から種族戦争に全く興味のなかったらしい彼女ら、《アイナ》と《望》はウンディーネとプーカの二人組。故に当初から脱領者として冒険してるんだけど、そんな彼女らがアルン以外の領都にいると無駄な諍いに巻き込まれかねない。けれど央都アルンを集合地にしてしまうと、今度は私が辿り着くだけで一苦労になってしまう。央都に行くには飛行不可領域を超えてこなくてはいけないからだ。まぁそれでも、本当はNPCの村でも良いんだけど……なんだかんだでここの湖は綺麗だから、待ち合わせ場所にするには風情があるって理由でそこを集合場所にしてる。そう言う楽しみ方もありでしょ?

 

一度休憩を挟んで飛ぶこと約二十分。目的の湖には既に二人……いや三人が揃っていた。

 

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」

 

「大丈夫だよ、ボクたちもついさっき来たところだから」

 

謝る私に笑顔でそう言うのは特徴的な帽子を被った、薄い若草色の髪のプーカの青年、望だ。

 

「そうね、それに声かけたのは私達なんだし、何も問題ないわ」

 

その望に同意したのは白を基調としたゴスロリに身を包む限りなく銀に近い蒼い髪のウンディーネの女性、アイナ。

 

「ほな、リーファも来たことやし、とりあえずどっか適当な村にでも行こか」

 

そして望の肩の辺りで浮かんでいる、望と瓜二つの容姿をした、何故か関西弁を話すプライベートピクシーの朔。

 

アイナと望は私と違って剣を持たずに魔道書を持って魔法で戦う魔導士タイプのプレイヤーだけど、その実力は二人の外見とは裏腹にめちゃくちゃ強い。普通魔導士タイプは私の様な剣士と組んで戦うことが前提になってくる。その理由としては、ALOにおける魔法はよくある創作物に出てくるような魔法と同じく詠唱をしなくてはいけないから。詠唱中はほぼ完全に無防備と言っていいし、強力な魔法である程その詠唱も長くなる。しかも詠唱の言葉は英語のような実際にあるものではなく、ALO独自のモノだ。故に覚えるのでもかなり労力を使い、高速詠唱なんかになってくるとホントに大変なんだけど…………この二人はそれを難なくこなすのだ。アイナは現実でも語学が堪能らしく、もう一つぐらい、しかも単純な単語を覚えて組み合わせるのくらいは朝飯前らしく、それこそ歌を歌う様に詠唱する。望の方はアイナほどではないにしても、足りない部分はプライベートピクシーである朔がカバーしてそれを補っている。朔が詠唱を覚えていれば、同時に詠唱することができるとかどういう仕組みなのか判ったもんじゃないけど。

それから朔なんだけど……彼女のことはよく判らない。そもそもプライベートピクシーってプレオープンの販促キャンペーンで抽選入手らしく持っている人が本当に少なくて朔以外には見たことがない。望とのコンビネーションのこともそうだけど、プライベートピクシーってそういうものなのかって感じの認識でしかない。なんか望と朔で双子の姉弟ってことになってるらしいし…………設定?

 

三人についてはこんなところかな。

 

朔のナビゲートに従って近くの村に向かって飛ぶ。それなりの速さで飛んだおかげか、数分で辿り着いた。早速ちょっとしたカフェみたいな感じの飲食店に入る。

 

「ふふ、その感じだと、リーファのお兄さんも無事帰ってきたみたいね?」

 

適当な飲み物を注文し終えると、薄く笑ったアイナが唐突にそう尋ねてきた。

 

「うん。『も』ってことは、皆の知り合いの人も?」

 

「ええ、彼も無事よ」

 

「この前お見舞いにも行ってきたしね。大変だったけど」

 

嬉しそうに続ける望だったけど、後半は苦笑いに変わった。

 

「大変って?」

 

「見舞い行ったんが、あんの唐変朴が目ぇ覚ましたあとの最初の休日やってんけど、暇な連中がみぃんな来てもうてな。個室とは言えそんな広ない病室にあのアホ入れて十八人も入っとったんや」

 

「じゅ、十八人て……」

 

「それでどうしても、うるさくなっちゃってね。結局婦長さんに怒られちゃったんだよ」

 

「まぁ、なんだかんだで彼も慕われてるってことね」

 

「そ、そうなんだ」

 

話を聞いた限りだと、なんかすごそうとしか思えない。よく入ったなって感じ。

それからお兄ちゃんと話したこととか、アイナたちの知り合いの人の話とかをして、

 

「でも、よかったよね。私のお兄ちゃんも、アイナたちの知り合いの人も帰ってきて」

 

特に意識せず私がそう言うと、アイナは面白そうに笑った。

 

「そうね。貴女が嬉しいのはお兄さんが目覚めたことだけじゃないみたいだけど」

 

「え?」

 

そんなアイナの言葉に一瞬、呆然としてしまう。

 

「な、なんで?」

 

「ん~女の勘、ってヤツかしらね。リーファがお兄さんの話してるときの顔、本当に幸せそうだから」

 

「そうなの?」

 

「望にはちょっと判らないかもね、男の子だし」

 

「せやな。女だけに判る女の機微ってやっちゃな、うん」

 

望が不思議そうに首を傾げる中、アイナと朔が頷き合っている。

そんな顔に出てたかな、私。自分では判らないんだけど。なので聞いてみると、

 

「表情、というより雰囲気、かな」

 

「そうやな、めっちゃ簡単に言ってまうと、お花畑って感じやな」

 

ということらしい。朔の言い方だと私の頭の中がお花畑って言われてるみたいでちょっとヤなんだけど。

 

「実は、さ――」

 

なんかそんなに悟られてるなら、いっそ話してしまおうと思って、色々聞いてもらった。昔ちょっとあって疎遠になってしまったこととか、ずっと仲良しに戻りたかったとか、今は前みたいに戻れそうとか、ホントに色々。流石に養子のこととか、込み入ったことまでは話してないけど。

 

「――だから、かな。私が幸せそうに見えるのは」

 

 

 

締めくくったのを最後に話を終えて私たちは冒険に出かけることにした。

けれど、店から出て、望と朔が先に空中に飛び上がり私も続こうとしたとき、

 

「……さっきの話、本当にそれだけ?」

 

私に、アイナがそう問いかけてきた。どういうこと、と聞き返して、更に帰ってきた言葉に私の心臓はこれでもかというくらいに跳ねた。

 

アイナはこう言ったのだ。

 

『さっきは言わなかったけど、貴方の話してるときの雰囲気、恋してる人のことを話してるみたいに感じたから』

 

咄嗟になんて返したらいいの判らなくて、口をパクパクと開閉している私を見て、アイナは困った様に笑って謝ってきた。

 

「ごめんなさい。マナー違反だったわね。忘れて頂戴」

 

それから飛び上がったアイナを追いかけるように慌てて飛んだけれど、私の心臓はドクドクと跳ねたままだった。

 

 

 

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2024年 12月

 

ある程度筋力が回復したことで病院でのリハビリは終了となり、晴れて退院となってから約二週間。体力と、引き続き筋力も更に付けるために毎日ジムに通っていたりする。個人的には日常生活の中で回復していけばいいだろうとも思ったんだが、周囲――主に志乃と萌――の勧めにより、拓海が通っているジムに行くことにした。なにやら完全会員制の高級ジムらしく、普通のジムにでもありそうなものから、明らかにアスリート養成用のモンだろソレといった機器まである挙句、専属のトレーナー――拓海と同じレベルまで鍛えるのかと言われたが、そこは丁重にお断りした。何度でもいうがあれは無理だ――までついていたりする。ここまで来るとお察しの通り登録と利用でかなりの金がかかるんだが、そこはVIP会員らしい拓海の知り合いということで相当割安になっている。てか八割引きとかもはやなんだそれってレベルだけどな。

そんな訳でジムに行っているんだが、先日偶々――あっちとしては狙ったのかもしれんが――拓海と遭遇。同じトレーニングメニューでやらされそうになったのを必死で回避して鍛えているときのことだ。なにやら真剣な声音で話があるから今度CC社まで出向いてくれと言われた。ここじゃダメなのかと聞いてみたが、どうやら余程重要な話らしくなるべく人のいないところでしたいとのことだった。

 

てことでCC社に向かっている真っ最中なのだか。

 

「相変わらず駅から歩いてくるには遠いんだよな……やっぱバイクで来るべきだな」

 

前に来た時とまさしく同じ考えに至った。都心に有るとはいえ、あそこまで大きなものを造ろうとなると、やはり駅近辺は無理だったらしく少し歩かなくてはいけない。それだけならいいんだが、最寄駅までも俺が借りているアパートから電車でそれなりにかかる。その辺ひっくるめてバイクで来た方が楽ではあるんだが、流石にもう少し身体を作ってからじゃないと何かあった時に怖い。まぁ、そもそもアパート自体が大学から徒歩五分という、完全に大学に行くためだけの立地だから、心機一転引っ越しちまってもいいんだが。

 

そんなことを真剣に悩みつつ、相も変わらずデカい本社ビルに入っていく。

 

「すみません、本日御社の火野社長と会う約束をしている三崎ですが」

 

そこまで受付嬢に言って、なんとなくデジャヴュを感じる。そういえばこの受付嬢前にも……

 

「はい、それではアポイントメント証をご提示頂けますか?」

 

「…………あぁ」

 

フッとデジャヴュの正体が判って、思わず声を漏らしてしまった。

思い出した。二年前拓海に呼び出された行ったときにいた受付嬢と同じ人だわ。てかなんだよこの前回と同じ展開。貰ってねーぞンなもん。

 

俺があからさまにため息を吐いたせいか、不思議そうにこちらを見る受付嬢だったが、数秒して何かを思い出したようなに声を上げた。

 

「あっ! もしかして、以前……二年ほど前にお越しになったことございますか?」

 

「ええ……もしかして覚えてました?」

 

「はい、なにぶん印象に残っていたものですから」

 

そう言って苦笑する受付嬢。そりゃアポ取らないでやって来た男が社長秘書と親しげに話して、そのまま社長室行ったら大なり小なり記憶に残るわな。

 

「それで、もしかしてなんですが……また、ですか?」

 

「ええ……また、です」

 

それだけで判ってくれたんだろう。少々お待ちくださいと言った後に、彼女は令子さんを呼び出してくれた。ホントに助かる。

 

「でも、以前お越しになったとき、佐伯秘書が社員になると仰っていましたが……」

 

「ああ、あの後ちょっとありまして。つい最近まで二年間寝たきりだったんですよ」

 

「それはまた……大変だったんですね。あ、もしかしてあのソードアートオンラインの事件ですか?」

 

「ええ、まぁ」

 

そんな感じで軽く世間話をしていると、暫くして令子さんがエレベーターで降りてきた。

 

「悪いわね、手間をかけてしまったようで」

 

「いえ、これも仕事ですから。では三崎さん、今度は社員としてお会いできることを楽しみにしております」

 

「ええ、ありがとうございました。では」

 

そう挨拶してから、既に先を歩いている令子さんを追いかけて横に並ぶ。

 

「随分仲良くなったみたいね?」

 

…………早速嫌味かよ、オイ。

 

「別にそうでもねぇだろ。前来た時と同じ人だったから、少し会話が弾んだだけだって」

 

「ふぅん。その割には、楽しみにしてるとか言われてたみたいだけど?」

 

「ただの社交辞令だろあんなの」

 

「さぁ、どうかしらね」

 

からかう様に言う令子さん。

まったく、訳判んねぇ。そんなことでからかって面白いか?

 

そうしている内に社長室に辿り着いた。失礼しますと言って入っていく令子さんに続く。

 

「やぁ、すまなかったね、亮。うっかりしていたようだ」

 

「いや、お前がうっかりって絶対ぇ嘘だろ?」

 

「いやいや、私も一人の人間だ。誰しも間違うことはあるだろう?」

 

惚けたことを言ってるが、確実に嘘だな。微妙に笑ってるのを隠そうともしねぇし。

 

「ったく、人で遊ぶなっての」

 

「ふむ、決して遊んでいるつもりはないのだが」

 

「あーもーいい、で? 話ってなんなんだよ?」

 

「……では、本題に入るとしよう」

 

瞬間、空気が一変した。つい数秒前まで有ったふざけた空気はどこにもない。

てっきり仕事に関する話だろう当たりをつけていた俺は、それが見当違いであったことを悟った。どう考えても空気が重すぎる。もしかしたらさっきの戯言も、このための緩衝剤だったのかもしれない。

 

「実をいえば、以前から……それこそ私達が君の病室に訪れた時から判っていたことなのだけれどね――」

 

そして、拓海から告げられた言葉の衝撃は、俺の予想の遥か上をいっていた。

あまりのことに、言葉がなかなか思い浮かばない。

何故ならその言葉は――

 

「未帰還者が……まだ残っているだと!?」

 

――悪夢はまだ終わっていないと、明確に物語っていたのだから。




はい、前書きでも言いましたし、なんかいつも言っている気がしますが、まずは大変遅れまして本当に申し訳ありませんでした!!(土下座

先月中にupするって言ったのに……この体たらくです。
更新速度が上がらないなぁ

そんな感じの二章第一話でしたがいかがでしたでしょうか?
ご意見・ご感想を送っていただけると、きっと更新速度がアップします

今度こそ、今月中にもう一話投稿…………出来たらいいなぁ
ええ、しろよって感じですよねスミマセン。

ではでは、また次回ノシ

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