ダンジョンで『神おま』を求めても出てこないんだけど   作:ぱきのら

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食糧庫にいこうぜ(3)

 

 私は、神に祈ったことなんてあっただろうか。

 

 神という存在が人知を越えた超越者であることは誰もが知っている。崇拝する者も確かにいる。

 しかし下界へと降りた神々は、かつてのような至上の夢物語ではない。共に食事をして、共に夢を見て、共に涙を流して、共に喜び合う。神は、人と共存している。

 

 では私たちは救いを求めるとき、誰にその願いを語ればいいのでしょう。

 誰に求めるのでもなく、何に願うのでもなく。ただひたすらに思い、口にするなんて、きっと愚かなことだ。願いを乞う暇があるなら、手を動かし思考を止めず、自らで掴みとれ。冒険者になったばかりの頃にリヴェリア様から受けた訓示。

 

 それでも。意味がないと分かっていても。その願望を吐き出したくてたまらなくなる。

 

 誰か、お願い。

 

 助けて。

 

「アイズさんッ!ベートさんッ!しっかりして下さい!起きてっ!!」

「負傷者の数は!?」

「……息をしてねぇ……してねぇよぉ……っ!」

「ダメだ、ダメだダメだっ!死ぬなっ!!おいっ!?」

「ぅ……ぁぁ……っ」

「傷が深いし失血も酷いっ……応急措置を急げ!すぐに離脱するぞっ!!」

 

 そこかしこに広がる血溜まり。

 ぽとりと落ちている誰かの身体の一部。

 息のある者を繋ぎ止めようと足掻く怒号。

 

 地獄とはこのような光景が広がる場所なのだろうか。信仰心に疎い【銃槍(ガンサー)】には知る由もないことだが、今この瞬間がくそったれな状況であることだけは理解できた。

 遠目から見ても重傷者と分かる者が多すぎる。早急にこの場から退避し治療せねばならない。しかし。

 

〈ガアアアアアッッ!!!〉

「うぐおおぉっ!!?」

 

 振り下ろされた剛腕を"デオス・ラートゥム"の大楯で防いが、それだけで【銃槍(ガンサー)】は自身のスタミナを抉られるように消耗したことを、身体の内側へと突き抜ける衝撃と共に感じ取っていた。

 "回復の粉塵"など、アイテムを使う隙もなかった。

 

「バっ……カみてぇな威力……!ふざけろこの古龍ッ!激昂ラージャン以上の怪力とか冗談じゃねぇぞ!?」

 

 【銃槍(ガンサー)】はネルギガンテというモンスターを知らない。しかし、モンスターはその骨格からある程度の分類が可能である。

 その知識から、一対の翼と四肢を有するこのモンスターは、古龍である可能性が高い。と、早々に自己判別した【銃槍(ガンサー)】だったが、だからこそ口をついて出た悪態だった。

 

 熱を操る。嵐を招く。古龍とはのきなみ、生物としての範疇を超えた能力を持つ。曲者揃いのモンスターの生態の中でも一際異質。

 だからこそ理解させられる。これで終わるはずがないと。誰かが血を流して倒れる……それを凌駕する惨事を、この古龍は息をするように造り出せるのだと。

 

 ならば【銃槍(ガンサー)】がとるべき行動は何か。

 

 人命優先。冒険者たちが逃げ切れるための時間稼ぎ……!

 

「閃光玉ァ!!」

〈ゴアアアアアッ!!?〉

 

 ネルギガンテが威嚇のように首を突き出したタイミングで投てきした閃光玉が炸裂し、ネルギガンテの視界を焼いた。

 前足を振り回して悶え暴れる様に、【銃槍(ガンサー)】は内心で安堵する。閃光玉だけは効果がある。それが分かっただけでもとれる手段が増えた。

 

「ざまぁみろ棘棘モンスター!そもそも、どうして古龍には落とし穴もシビレ罠も、こやし玉すら通用しないんだよ!古龍だから効果はないとか、常識のように語るな古龍観測所の爺さんめ!理由になってねぇだ、ろぉっ!!」

 

 【銃槍(ガンサー)】のやけっぱちめいた砲撃がネルギガンテの右腕を覆う棘を砕いた。

 

「見た目に反して肉質は脆い……!今のうちに回復ごっ!?」

 

 砲撃により位置を把握されたのか、ネルギガンテの全身を使った体当たりをもろに受け吹き飛ばされる。

 スタミナ管理が厳しい。回復か、強走薬か。ノーモーションの突進やめろ。思考がぐるぐる回りながら息と体勢を整える。

 

 どこまで距離を離されたのか、自らの立ち位置を確認しようと視線を上げたとき、その二人はすぐ傍らにいた。

 

「レヴィスッ、私を助けろ……!この混乱に乗じて撤退するのだ……」

「っ……ぐ……」

「早く動けぇ!お前には私と違い、脚があるだろうっ!さっさとしろぉっ!」

「ごほっ……おい、そこ!逃げるな!お前らのための時間稼ぎじゃないんだよ!てかお前らがいたら粉塵も使えねぇじゃねぇか!!」

 

 レヴィスとオリヴァス。

 

 ネルギガンテの介入により両人とも死に体の重傷を負わされていた。しかしそれは冒険者たちも同じ。皮肉なことに、ネルギガンテに殺されかけることで、二人には逃亡の可能性が生じていた。

 冒険者たちは自身と仲間の保護に必死であり、二人の捕縛に動こうとする者は誰もいない。もしかしたらフィンなどの聡明な者は二人の逃亡に気づいた上で自分等の安全を優先したのかもしれないが、今の【銃槍(ガンサー)】にフィンらの考えを読み取ることなど出来はしない。

 

 だからといって、目の前で逃げおおせようとしている二人を放置も出来ない。しかし今は一瞬の油断が死に繋がりかねない状況であり、ネルギガンテへの警戒は一秒でも緩められなかった。

 

「死にたくないなら大人しく地上に着いてこい!抵抗しなけりゃ、俺はお前たちも守ってやれる!」

 

 まるで悪役のセリフだな、なんて思ったが、【銃槍(ガンサー)】にも余裕がなかった。

 

 【銃槍(ガンサー)】は視線も意識の大部分も、武器の構えもネルギガンテに向けながら、言葉だけを二人へと投げかける。

 

「侮辱するなよゴミがッ!!貴様はいずれ必ず殺すッ!私が殺すッ!彼女に、あのお方に選ばれたこの私がなぁッッ!」

「彼女とかあのお方とかどうでもいいんだよっ!いいから黙って従っ……!」

「私は選ばれた!私は期待されている!見て下さっている!死ぬはずがないのだッ!"宝珠"をも授けられたこの私は特別なのだぁッ!!!」

 

 話が通じない。

 オリヴァスは意味不明なことを喚き散らすだけ。レヴィスは荒い呼吸をしながら黙りこくるだけ。

 

「この……っ、こうなりゃ負傷覚悟で無理やり……!」

 

 あまりに理解しがたいオリヴァスの態度に一瞬、何なんだこいつは、と、意識をネルギガンテから反らしたときだった。

 

「【銃槍(ガンサー)】ッ!!逃げろおぉぉーっ!!!」

 

 フィンの鬼気迫る怒号が【銃槍(ガンサー)】の意識を引き戻す。

 【銃槍(ガンサー)】は分かっていた。一瞬の油断が死に直結すると。分かっていたのに、ネルギガンテから視線を外してしまった。

 

 ばっ、と視線を戻す。

 ネルギガンテが、いない。

 

「上だぁァァァッッー!!!」

 

 言われるがままに上を見る。

 このフロアの天井限界の高さで、ネルギガンテは翔んでいた。赤みを帯びた双眼が【銃槍(ガンサー)】たちへと向けられている。

 

 【銃槍(ガンサー)】はネルギガンテを知らない。どのような攻撃手段を有しているのか見極め切れていない。しかし。

 

 ーーこれは、やばい。

 

 彼が盾で防ぐのではなく、その場から緊急回避で脱出することを選んだのは、何の根拠もない直感であった。

 

「ッ!!!」

 

 地面へと投げ出した身体の背後で、世界が崩れるような破壊音が響いた。吹き出した土煙と砕けた水晶のようなネルギガンテの棘が【銃槍(ガンサー)】を包み込む。

 ……俺の今の体力とスタミナで、あの急降下攻撃を盾で受けていたら……確実に潰れていた……!

 

 遠くでレフィーヤたち冒険者が何やら騒いでいる声が聞こえて、ハッとする。

 【銃槍(ガンサー)】は即座に起き上がり盾を構えて、ネルギガンテが突っ込んだ後方へと向き直る。ネルギガンテの姿は見えない。フロアの壁が大きく抉れていることから、その先にいるのだろうか。

 

 次いで確認出来たのはレヴィスの姿。【銃槍(ガンサー)】と同じく身体を起こした直後のようだった。

 

「……くそ……っ」

 

 そしてオリヴァスは……ばらばらに散らばっていた。頭に至っては大部分が消失しており、地面にこびりつくようにして最期の恐怖の表情のまま固まっている。【銃槍(ガンサー)】にはオリヴァスの断末魔も聞こえなかった。

 結局、意味深な言葉ばかりを残して、本人は今度こそ絶命してしまった。

 

「……使えない奴だ。魔石ごと砕かれるとは、どこまでも役に立たない。この与えられた"宝珠"とやらも、まともに扱えず死んだか」

「赤髪の女ッ!勝手に動くな!黙って着いてこ……い……」

 

 残ったレヴィスだけでも連れ帰らなければ、今回のクエストは何も分からず仕舞いで終わってしまう。

 気絶させてでも連行しようと、オリヴァスの頭部の傍らで屈んでいる彼女の方へ足を進めようとした【銃槍(ガンサー)】だったが、彼女が手に持つそれを見て、止まる。

 

「……何故、お前が。お前たちが、それを……"護石"を持っている!?」

 

 レヴィスの手中で鈍い藍色を放つ、いびつに歪んだ石。

 

 【銃槍(ガンサー)】は、【炭鉱夫】だ。誰よりもお守りを追い求め、誰よりも鑑定して数多の"護石"を見てきた。ただの宝石とそれを見間違えるなどあり得ない。

 だからこそ。だからこそ、理解出来なかった。

 異端児(ゼノス)に分け与えた"護石"が流出した?違う、断じて違う。

 

 ……あれは、俺が採掘して鑑定した"護石"ではない!

 

 あんな、理不尽な熱量で溶かされ、混ぜ合わさったような"護石"を、俺は知らない!!

 

「何処でそれを手に入れた!?オリヴァス・アクトが喚いていた、【彼女】やら、【あのお方】とやらが関わっているのか!?答えろ!!」

「【剣姫】に伝えろ。59階層に行け、そこでお前の知りたいことが分かる……と。尤も、ここから生きて逃げ延びればの話だが」

「俺の質問に答えろって言ってんだ!!」

「そんな義理はないな。それに……」

 

 突如、レヴィスの足元の緑色の地面が裂けた。それは穴だ。人が一人、すっぽりと落ちていけるような小さい穴。彼女はそこへ躊躇うことなく足を踏み出す。

 

「待……っ!」

「奴(・)の方から、お前へ会いに行くだろうさ」

 

 【銃槍(ガンサー)】は駆けるが間に合わない。

 レヴィスも穴も、最初からなかったかのように消える。何も、悲痛なまでに何も残さず消えた。

 砲撃で床をぶち抜く。それが出来ればどれ程良かったことか。状況はどこまでも【銃槍(ガンサー)】を小馬鹿にするように悪い方へと流れていく。

 

 

〈グ、ゴアアアアアッッッ!!!〉

 

 あの女とネルギガンテはグルだったのではないか。そう邪推させる程に示し会わせたかのようなタイミングで土煙の中から飛び込んでくる。

 

「く、っそおぉっ!!」

 

 癇癪を起こした子供のようなフォームで閃光玉を投げつけ、もう一度ネルギガンテの視界を潰す。

 【銃槍(ガンサー)】は散々だった。未知の古龍に襲撃され、冒険者たちのほとんどが壊滅し、自身の記憶にない"護石"について追及できないままレヴィスを取り逃がした。

 

 それでも、くどいようだが【銃槍(ガンサー)】は【炭鉱夫】だ。散々なことなど慣れている。人生の大半を火山の採掘に捧げて"ゴミおま"を作り続けてきた彼の精神強度は伊達ではないのだ。

 

 彼は既に、最優先は人命救助であると決めていた。

 ネルギガンテが確かに閃光玉の効果を受けていることを確認し、冒険者たちの元へと走る。

 【銃槍(ガンサー)】がネルギガンテの注意を引き、稼いだ時間はおよそ三分。冒険者たちも素人ではない。混乱状態から復帰し、既に逃走準備を整えているという希望的観測を抱いての行動だった……が。

 

「……!?何があった?まだ移動できないのか!?」

 

 冒険者たちはネルギガンテに最初に襲撃された場所からほとんど動いていなかった。

 

「ガ、【銃槍(ガンサー)】さんっ!?よかった、無事だったんですね!怪我は……」

「俺のことはいい。それよりも、これは……」

「う、ぐぁ……があぁ!!」

「い、あ、あぁあ……っ!!」

「ポック!ポット!しっかり!!」

「くそっ、まただ!ルルネ、お前はポットを押さえろ!おいっ、ポーションを!」

「もうないぜファルガー!使い切っちまったよ!!」

 

 血塗れで横たわるポックとポット。彼らが小さく身動ぎしただけで、尋常ではない血が身体の至るところから吹き出し、その一滴が【銃槍(ガンサー)】の兜にぴちゃりと跳ねた。

 二人だけではない。何人もの冒険者が呻き、赤黒い血を地面へと吸わせ続ける。

 

「止めて下さいベートさんっアイズさんっ!それ以上動いたら、本当に失血で……!」

「うる……せぇ……っ!ここでちんたらやってたら、どうせ死ぬ……!移動、を……ぐがっ……っ!」

「はぁ……っ、動、かないと……く、うぅ……っ!」

 

 全員、意識はあるのだ。そして未だ自分等が命の危機に晒されていると判断出来るだけの思考も残っていた。

 直ぐにこの場から移動しなければ殺される。だから身体を起こす。一歩前に進もうと足を動かす。しかし。

 

「ポーションで傷は小さくなるのに、完全には塞がらない……それどころか少し動くだけで、まるで布が破けるように傷穴が広がって止血出来ない……!担いでいこうにも、それだけで傷が悪化して出血するっ。負傷者も多すぎて、とても移動出来る状態じゃないんだ……!」

「身体に刺さっていたあの棘は全て取り除きましたが、あの棘が毒性のあるものだったのかもしれません……でも、少し動くだけで出血する症例なんて聞いたこともないんですっ。手の施しようが……っ」

 

 どうすればいいのだとフィルヴィスは拳を握りしめ、膝をつくアイズたちに寄り添っているレフィーヤの声は震えていた。

 

 彼らの後方でネルギガンテが咆哮を上げた。剛腕を壁や地面に叩きつけている。フロア全体から、ぱきぱきと割れるような音が聞こえ始めた。

 

「ッ……フィン……さっさと決めろ……!」

「……ベート」

「俺たち足手まといに構ってりゃ、全滅だ……置いていけ……っ!」

「なっ……何言ってるんですかベートさ……っ!?」

「うるせぇっ!!くっちゃべってる時間なんざねぇんだよ!!俺たちは冒険者だ、全員死ぬ覚悟有りきでここにいる……だからフィン!さっさと命令しろ!!てめぇが言わなきゃ、この雑魚どもは動けねぇんだっ!!」

 

 ベートが血を吐きながら、それでもフィンを強く睨んで吠える。アイズは何も言わないが、フィンを見ていた。どちらも過剰な失血により顔色を蒼白くしながら、だけど確かな決意を瞳に宿して。

 

 視線がフィンへと集中する。

 冒険者たちの表情は誰もが異なった。そんな残酷なこと言わないでくれと縋るような者、あなたの決定に従うと決めた者。

 

 時間がない。決めねばならない。言わねばならない。

 

 フィンが唇を噛み、血が溢れる。小さく息を吸って、口を開いた、その時。

 

「止まった!出血が止まった!傷も治ってるっ!!」

 

 その声にフィンが勢いよく振り返る。

 見えたのは、歓喜にうち震えるルルネの姿。そして、すぐ側に横たわるポック。

 

「ほ、本当ですかルルネ!?」

「間違いないよアスフィ!どうやっても塞がらなかったのに、【銃槍(ガンサー)】の薬を飲んだら、傷痕もなく治った!!」

 

 フィンとルルネがポックに駆け寄る。

 彼は全身を赤く染めて、身体も随分と冷えてしまっていたが、流れ出る血は止まっていた。

 

「この状態異常は『裂傷』と呼ばれている」

 

 【銃槍(ガンサー)】はポーチを探る手を動かしながら、独り言のように淡々と語る。

 

「この傷は特殊で、動けば動くほど傷口が開いて出血する。しかも悪質なことに、一般的な回復薬では傷を限りなく小さく出来ても、絶対に治らない。だからこの傷を癒す方法は、痛みに耐えて傷が塞がるのをじっと堪えるか、もしくは……」

 

 【銃槍(ガンサー)】は鈍い黄金色の液体が入った瓶を、上半身だけ支え起こしたポットの口元に当てる。ポットがこくりこくりと喉をならしてその液体を飲み干すと、まるで逆再生したかのように、彼女の身体の傷口が消えた。

 

「この"活力剤"のような、特定のアイテムを使って治すしかない。くそっ、あの棘は裂傷状態も引き起こすのかよ……厄介が過ぎるぞ……!」

「っ!【銃槍(ガンサー)】!その薬の残数は!?」

「残り8本、数は足りてる!全員手伝ってくれ!俺一人じゃ時間がかかる!」

「総員、手分けして薬を飲ませるんだ!」

 

 一斉に冒険者たちは動き出す。

 

 "活力剤"を飲まされた者の苦痛に呻く声が消えていく。おびただしい出血が止まる。代わりにそこかしこで小さな喜びの声と、安堵の息が吐き出される。

 

 ちらりと、【銃槍(ガンサー)】は倒れた何人かの冒険者を見る。彼ら彼女らには、既に"活力剤"も、いかなるアイテムも意味をなさない。もう二度と、目を開くことはない。

 【銃槍(ガンサー)】は「すまない」と一言だけ、誰にも聞こえない小さな声で呟いて、今度こそ生きている者たちへと目を向けた。

 

「……どうし、て……」

「ん?」

「どうして、俺たちを、助け、る……?お前、を、煙たがって、疑って、いた、のに……」

「わた、し、も……酷いこと、言った……」

 

 ポックとポットが、寝言のように呟く。

 

「……血を流し過ぎたな。そんな簡単なことも分からないのか」

「な、に……?」

「同じパーティーメンバーで、仲間で、死にそうになってる奴を助ける。当たり前だろ。理由なんてあるか」

「……」

 

 二人は、静かに瞳を閉じた。

 

 明らかに血を流し過ぎたのだ。痛みや苦痛による強制的な覚醒がなくなった今、気絶するのは当然と言える。

 むしろここまで出血しながら未だその命を繋げている生命力こそ、【銃槍(ガンサー)】は感嘆し、敬意を抱いた。

 

「【銃槍(ガンサー)】!全員に薬を回し終えた!気絶した者は軽傷の者が背負う!」

 

 フィンが語り終えると、【銃槍(ガンサー)】はポーチから白い球を取り出し、地面へ叩きつける。その球は衝撃ですぐに破裂すると、中から白煙が吹き出した。

 

「【銃槍(ガンサー)】さん、いったい何をふみゅ……っ」

「しーっ!全員静かに!動くな……っ!」

 

 レフィーヤの口元に手を押し付けて雑に黙らせ、他のメンバーへも、動くな、喋るな、とジェスチャー混じりに訴える。

 

「何を言っているのです【銃槍(ガンサー)】、傷が癒えた今、直ぐに移動しなければ……」

「アスフィさん駄目だ……!総員、動くな……!【銃槍(ガンサー)】の言った通りに……!」

 

 【銃槍(ガンサー)】だけでなく、フィンからも小さく、しかし強く命令が出される。

 

 そして訪れる一瞬の沈黙。それはその停止命令の真意が分からず、困惑から生まれた沈黙でもあった。どうして即座に移動しないのか、と。

 

〈ガアアアアアッッ!!!〉

 

 答えはフィンたちが語らずとも、ネルギガンテの剛爪により地面が抉られたことで理解させられる。

 

 その一撃は鼓膜を破きそうな衝撃音とともに、彼らから数十歩ほど離れた場所へ撃ち込まれた。

 そして彼らの頭上にぱらぱらと降りかかる、土のかけら。

 

〈グルルルル……ッ〉

 

 彼らのすぐ傍らで聞こえる唸り声。

 

 誰も動かず、喋らない。もしかしたら、何も出来ないと言うのが正しい表現であったのか。ルルネは、がちがちと震えそうになる歯を、舌を噛むことで必死に押さえつけていた。

 どすり、どすり。ネルギガンテが彼らから少しだけ離れる。しかし、今もあらぬ方向へ棘を放ち攻撃するその様を見て安心出来る者など一人としていない。

 

「……疲弊し多くの怪我人を抱えた僕たち。あのモンスターが飛翔したときの速度があれば、瞬き一つの間に、逃げる僕たちを背中からすり潰すことが出来るだろう」

「……さすが、俺が言うまでもないな……だから、【勇者(ブレイバー)】。俺がこれから言うことも、お前が言うべきことも、分かってるよな……?」

「……っ……!」

「……ぇ……え……?」

 

 二人は何を言っているのだろう。レフィーヤには分からなかった。

 白煙が崩壊寸前のフロアに充満して、二人の姿はよく見えない。ただ、フィンは強く目を閉じて俯いていて。【銃槍(ガンサー)】はポーチから何か瓶を取り出して、その中身を飲み干していて。それだけが朧気に見える。

 

 レフィーヤは、分からない。

 

「あの、フィルヴィスさん……?今のって……」

 

 食い縛った歯がギシリと鈍く鳴った。フィルヴィスは、怒ったような、泣きそうな顔で【銃槍(ガンサー)】を見る。

 【銃槍(ガンサー)】の表情は兜に隠れて見えない。姿すら白く揺蕩う煙のせいで曖昧。しかし彼女は、過去に同じ光景を見た。

 

 27階層の悪夢。そこで自分だけが残って、そして斃れた仲間たちと同じ。

 

 がらがらと、音を経ててフロアの崩壊が進む。

 ネルギガンテが破壊の嵐を撒き散らす。

 

「ふ、ざけてんじゃ、ねぇ……ッ!!」

 

 低く、暗く、燃えるような声。

 ふらつく己の脚に拳を叩き込み、無理やり立たせたベートがゆらりと【銃槍(ガンサー)】へ近付く。

 

「頼ん、でもねぇのに……気持ち悪ぃ薬を飲まされてよぉ……今度は、自分が一人残って闘いますっ……てか……?救世主ぶってんじゃねぇぞ……!!」

「よせ、ベート……っ!」

 

 フロアの落石が彼の言葉を掻き消さんとばかりに続く。

 フィンが【銃槍(ガンサー)】とベートの間に立つが、それでも怒れる狼は止まらない。

 

「命を、勝手に拾われて……拾った野郎をほっぽって……おめおめと逃げおおせる、なんてのは……雑魚でもねぇ、タダの愚ずッ!!?」

 

 とても人の頭から聞こえるべきではない鈍い音が彼の側頭部へ直撃。

 とさり、と。気絶したベートの身体を、フィンが支える。

 

「どうして冒険者ってのは自分の命はすぐ捨てようとするくせに、誰かの命には執着するんだか……さて、性格の悪い質問で申し訳ないが、俺よりも長く……少なくとも数分、あのモンスターを止められる奴がいたら名乗り出てくれ?」

「……」

 

 白煙が視界を濁す中でも【銃槍(ガンサー)】の視線は、意識のある者全員と合った。誰もが口元を強く結んで、何も言わない。

 

 白い煙が晴れていく。

 

「【剣姫】、あの赤髪の女から伝言だ。『59階層に行け、そこでお前の知りたいことが分かる』……だとさ。俺にはなんのこっちゃだが、確かに伝えたぞ」

「……分かっ……た……」

「それと……怪物祭(モンスターフィリア)の時はすまなかった。余裕があればちゃんとした謝罪をしたいんだけどな……本当にすまない」

「ちが、う……謝るのは、私の、ほう……」

 

 レフィーヤに支えられるアイズは多量の失血により今にも途切れそうな意識をがむしゃらに引き上げ、言葉を紡ぐ。

 

 やっぱり、意識が朦朧とした状態でのこれは謝罪とは言えないなぁ……。【銃槍(ガンサー)】はそれが心残りだったが、もう時間切れ。

 

「【勇者(ブレイバー)】、指示を……」

「待って……下さい。意味が、意味が分かりません。こんなの、全っ然分かりませんっ!!」

「……レフィーヤ」

「フィルヴィスさんも、どうして何も言わないんですか!?だ、だって、最初から最後まで、【銃槍(ガンサー)】さんがやったんですよ!?」

 

 食人花(ヴィオラス)を引き付けた。

 オリヴァス・アクトを追い詰めた。

 巨大花(ヴィスクム)を倒した。

 ネルギガンテを足止めした。

 みんなの命を救った。

 

 レフィーヤは言葉が上手く出てこない。魔法詠唱者が言葉を吐き出せないなんて酷い冗談だと、彼女は思った。どうして、ちゃんと伝えなくちゃいけないときに話せなくなるんだと、彼女は自分を嘆いた。

 

「まだ、ありがとうも、ごめんなさいも言えてない人がいるのに……そんな【銃槍(ガンサー)】さんをっ……囮にする、なんて……団長!そんな、そんなの……人の心がっ!!」

「レフィーヤさん」

 

 レフィーヤは、泣きそうな子供のような声を聞いた。

 少なくとも、彼女には、そう聞こえた。

 

「……頼むよ。女性の頭を盾で殴って気絶させるなんて……これ以上、俺にそんな酷い罪を犯させないでくれ」

「……っ!」

 

 今度こそ、レフィーヤは一筋の涙を溢した。

 力なく俯いた彼女の肩を、フィルヴィスがそっと支える。だけど、フィルヴィスの方が泣きそうだった。

 

「……【銃槍(ガンサー)】、一言だけだ……ありがとう。そして、すまない……本当に、すまない……っ!」

 

 【銃槍(ガンサー)】はしっかりと頷いて、白い煙が完全に晴れる。ネルギガンテが、彼らを見た。

 

〈ゴアアアアアッッ!!!〉

「【勇者(ブレイバー)】ッ!!!」

「【銃槍(ガンサー)】はモンスターの足止めをっ!!!残る総員っ!!全力で撤退ッ!!!走れええぇぇッッッ!!!」

 

 【銃槍(ガンサー)】が飛び出し、フィンと行き違う。

 すれ違い様に、【銃槍(ガンサー)】は言った。嫌な役目を押し付けてすまない、と。

 フィンは言った。それはこっちのセリフだ、と。

 

 【銃槍(ガンサー)】とネルギガンテの距離が急速に縮まる。【銃槍(ガンサー)】と冒険者たちの距離が段々と開いていく。【銃槍(ガンサー)】もフィンたちも振り返らない。そんな命令は出ていないし、出していない。

 走る冒険者たちに聞こえるのは、おぞましいモンスターの怒号と、【銃槍(ガンサー)】の砲撃音。そして崩壊し潰れていく空間の悲鳴。

 

 やがて、冒険者たちは崩れゆくフロアから脱出し、そこではじめて後ろを見る。

 

 フロアの出入り口は完全に潰れるも、数刻後、ダンジョンの修復作用により崩壊したフロアは元の姿を取り戻す。

 

 ネルギガンテも。

 そして【銃槍(ガンサー)】も。

 

 彼らの前に姿を現すことはなく。

 

 後に冒険者ギルドの調査隊が見つけられたのは、上半分が砕かれた血濡れの"デオス・ラートゥム"の大楯だけだった。

 




■個人的誰得メモ

・古龍
……生きた天災。あらゆる生態系から逸脱した生物。目撃例が極端に少なく、かつ超常的能力を持つ極めて危険な存在のため、討伐時などは歴戦のハンターのみが斡旋される……などと、モンスターハンターのシリーズの中でも、これでもかと特別扱いマシマシな種。
ちなみにモンスターハンターの世界では『竜』と『龍』は明確に分別されている。

・裂傷状態
……MH4Gから登場した状態異常。発動すると回避や攻撃、走るなどのモーションをする度に身体中から血が吹き出し、体力が減少し続けるという、普通にえげつない状態異。
ハンターはハンターという特殊な生き物なので、肉を食べれば治るし、しゃがんでれば勝手に傷が塞がり、しかも自然治癒力が上がる。

・活力剤
……みんな大好き活力剤。作るの大変活力剤。いにしえの秘薬の調合元だよ活力剤。

・けむり玉
……名前の通り。地面に叩きつけると白煙が吹き出してモンスターの目を欺ける。MHXXまでは一つのエリア全てを一つのけむり玉の白煙で満たすことが可能という、イカれた効果範囲だった。特に闘技場でのモンスター二体同時狩猟などのときに使うと、一方のモンスターを集中攻撃しやすくなって重宝した。
最近のけむり玉はハンターの周辺だけに煙が吹き出し、ハンターはそこに隠れることが出来る仕様になっている。
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