Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
サーヴァント:セイバー 召喚
榊 浩一は魔術師でもない、何処にでもいる18歳の青年であった。
人よりは少しだけ身体が強く、少し特殊な人生を歩んだだけの不良上り、それが榊という人間で違いなかった。
そんな榊は今、恐らく2度と経験する事が無い人生の窮地に立たされていた。
「ハァ、ハァ……」
──そこは未だ鉄骨の仮組みとブルーシートで囲われている工事現場の中。使われる予定であろう積み上げられた資材の山に身体を預け、榊は荒々しい息を上げる。
その顔は大きく歪んでおり、恐れているとも怒っているとも取れる。そして身体は意思とは関係なく勝手に震え始えて、言う事を聞かなくなっていた。
「クソッ! 何だってんだよあのジジイ!!」
ビッショリ滲んだ汗で張り付く燻んだ茶髪が搔き上げ、悪態で怒りを吐き出す。そうでもしなければ、恐怖が上回って、いよいよ身体が動かなくなってしまう。
「どうなってんだよ……本当に……」
やがて怒りは弱々しい泣き言に変わり、資材の影で隠れるように蹲る。そうなると、ふと俯いた先にある自分の股越しに、つい十数分前の出来事が投影された。
今にして思えば──真夜中の路地の街灯下で、老人が一人佇んでいる事自体が異様だったかも知れない。
だからと言って、その時点で怪しむ要素は思いつかなかった。今流行りの社会問題的なので、ボケた爺さんが徘徊しているのかぐらいの認識だった。
「ゲッ、遠回りするか……」
その爺さんの人影を見た時、榊は徐に自分の顔が面倒くさげに歪むのを感じた。
こちとら17連勤のバイト終わりで、ようやく明日から夏休みを楽しむぞと意気込んでいる心境。万が一ボケた爺さんに絡まれでもしたら溜まらない。
「でもなぁ……」
夜遅くの暗がりの中で周囲を見渡して、老人を回避すべく回り道を探すも生憎とその路地は一本道。しかも、自宅マンションまで10分も早く帰れる唯一の近道。
「しょうがねぇ……俺に絡むんじゃねぇぞ」
一刻も早く帰って早めの夏休みを楽しみたい。その気持ちが面倒事に巻き込まれるリスクを上回った。それでも、なるべく老人に離れた道脇を沿うように素知らぬ顔で通り過ぎようとする。
──声をかけてくるなよ、そう念じながら榊は老人との距離を詰めていき、ついには横に並び立つ寸前にまで近づいた。
このまま何事もなく、その願いを裏切るように、老人が榊とすれ違う寸前、声を掛けてきた。
「お主、その手に在る物は何じゃ?」
「は?」
これには思わず、無視を決め込むつもりだったが、つい目を丸くして反応してしまう。
榊は何も持っていない。一応両手を確認してみるが、最近出来た
──本当にボケて幻覚でも見てるのか。今更ながらに遠回りしなかった自分を後悔しつつも、そのまま老人の脇を通り抜けていく。
その時、榊の背後からかすれるような異音がした。
静かな夜でないと聞こえないぐらいの小さな違和感、だが羽を擦り合わせて血を這いずり蠢く虫のような音が、榊の耳に残る。
「ん……?」
夏の夜に虫が鳴くのは可笑しくはない。だが、自分が知る虫のどれにも当て嵌まらない鳴き声に、嫌悪感に思わず振り向いてしまう。
しかし、そこには先ほどの老人が一人、ポツンと佇んでいるのみ。街灯に群がる蛾なのかと見上げるも、その光源には虫1匹も群がっていない。
聞き間違いか──そう切り捨てようとした直前、今度は自分の足元で、何かがズボンの上からしがみ付くような感触を伴ってその音がした。
「ッ……!?」
咄嗟に老人から視線を切り、直様に自分の太腿を見下ろす。
何かがズボンの上を這いずり上がっている──それは巨大なヒルとも、外殻を持つ羽昆虫とも取れる異形の蟲だった。
「オワッ!? 何だこの虫!?」
『ミィ!?』
驚きの余りに、反射的に太腿にしがみついた異形を手で薙ぎ払うと、耳障りな断末魔を鳴らして簡単に剥がれる。
何だこの虫モドキは──あの口と羽だけの気色の悪い異形の姿を思い出すと、榊の背中には凄まじい悪寒がよぎる。その生理的嫌悪感と言えば、ついついあの羽音の幻聴まで聞こえてくるくらいだ。
「げん、ちょう……?」
だが、余りにもリアルに聴覚を刺激する羽音に、自らを疑ってしまう。虫モドキを忘れたい筈なのに、未だにずっと聞こえてきている。
まさかと思い、榊は顔を上げる。そして幻聴ではない事に気が付くと同時に、想像していた以上の絶望に頭が真っ白になった。
そこには蟲が居た。蝿のような羽を高速で振動させ、暗闇の中でユラユラと不規則に揺らめている。
そして、それは一匹だけじゃない。
暗闇に目が慣れてしまえば、最初に見つけた個体と同じ空中にも、自販機の狭い隙間裏にも、あるいは路地道のアスファルト上にも、至る所から有象無象に湧き上がって来ていた。
「ヒィ!!」
なんて事もない筈の路地が、視界一杯に溢れ出る異形によって忽ちに侵食されてしまう。
──最早、そこが通り慣れたいつもの近道だなんて思えなかった。
そこはもう、化け物が口を開いて自分を飲み込もうとしているようにしか思えない。
「な、何だよコレは……!?」
本能が無意識に一歩踏み下がってしまう。そして突如飛来した非現実に、頭は何処か他人事のように、その異形に埋め尽くされた光景を俯瞰する。
すると、無数の異形達が造る壁の隙間から、先ほどの老人の姿が見えた。
その老人の姿もまた異形だった。路地全体が蟲モドキで溢れ帰っている中、すれ違った時と変わらずにポツンと佇むばかり。
だが、よく見れば、姿勢は変わらずとも、その着込んだ和服の下はゾワゾワと膨らみ、何かが胎動している。
触れ合いそうな羽の間を、目を凝らして確かめれば、自ずとその理由が分かった。
老人が着込むゆったりとした袖口、そこから溢れ出ている。まるで大量の砂を詰め込んだ袋が破れたかのように、異形の虫が無尽蔵に。
「のぉ、そこの若いの」
老人のような怪異が、榊の顔を真正面に捉えて見つめる。街灯の元に照らされた顔は、夜であってもよく分かる。
だからこそ知ってしまう。その老人の執念と欲望に塗れた醜悪な素顔を。
「それを、儂にくれんかのぉ」
──そこから後、記憶が定かでなかった。
ただ覚えているのは、老人と蟲から逃げるように走って、走って──ーそして今に此処に至るという事だけだ。
「ハァ……んだってんだよ」
そこまで思い返して榊は顔を上げると、工事現場の中でグルリと首を回す。そして仮組みされた鉄骨の裏や捨て置かれた重機の中など、ちょっとした隙間にも蟲が居ない事を確認すると、ようやく深呼吸をすることが出来た。
「取り敢えず警察に電話……110? 119だっけ? つかどう言えば良いんだ? 虫まみれのジジイに追いかけられたって、イタズラ電話だと思われるよな……」
矢継ぎ早しに独り言を呟いていれば、グチャグチャに掻き乱れた頭の中が整理されるような気がする。兎に角考えるよりも先に口を動かし続け、どうにか正気を保とうとする。
「──暫くは工事現場で隠れておくか……此処なら早々見つかんねぇだろうし」
一通り言葉を吐き終えると、吹き抜けになった鉄骨の骨格越しに浮かぶ、四角形の夜空を見上げながら、深呼吸で整えた息を零す。
──幸いにも、逃げ込んだ先は再開発指定地区。土地の権利関係で一帯半ばゴーストシティと化している為、此処みたいな場所はその辺に幾らでもある。その中から特定される事は早々ないだろう。
「今の内にサツに連絡するか。イタズラ電話と思われようが、鬼電してやる……」
そうして両ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出す。少しタイトなズボンから四角形の感触を引き抜くには中々手間で、手汗に塗れた指先では上手く引き抜けない。
早く、早く取り出さねぇと──そう焦る榊の耳元で、不意に二度と聞きたくない羽音が鼓膜を震わせる。
「ッ!!」
否応なしに整えた筈の息が詰まり、全身の筋肉が一瞬で堅く締まる。そして意識せずに首が忙しなく動き回る。
しかし、目まぐるしく動く視界の中には異形の影は見えない。だが脳内に直接震わせる不快な羽音だけは耳から染みついて離れない。
何処に、何処に──!! 段々と音量が上がり続ける羽音に合わせて、榊の心臓の鼓動は限界を振り切ってBPMを上げ続ける。
右を見て、左を見て、そして首がもう一度上を向いた時に、榊はようやく異形が何処に居るのかが分かった。
そこに先程まで見ていた満月が浮かぶ明るい夜空は無かった。
それは無数の星屑の代わりに、夜空を埋め尽くす蟲達に食い尽くされている。
「アッ……アァァ……」
最早、榊はマトモな声すらも出ない。路地裏の倍以上の異形の群体が、夜の帳に竜巻のような巨大な螺旋を描く光景は、恐怖すらも超えて唖然とする他無かった。
「アァァァァァァ!!」
気が付けば、榊は絶叫を上げて這いずるようにして逃げ出していた。そして立ち上がろうとするも、震えでガタついた膝が邪魔をして、無様に土の上を転げ落ちる。
「ち、ちくしょぉ! クッ……来るんじゃねぇ!!」
運良く転んだ先の直ぐ傍に落ちていた、足場づくりに使うであろう鉄パイプを縋るように握りしめ、空に向かって我武者羅に突き付ける。
だが、未だに増殖し続ける異形の大螺旋を前に、その抵抗は余りにも無力。そうだと分かっていても、榊は鉄パイプを骨に食い込む程に握り締めてしまう。
すると、榊の耳が煩く騒ぎ立てる羽音の中で異音を捉える。というよりは、羽音が声に近い音を奏でていた。
「そろそろ渡したらどうじゃ? 若いの」
それは声というには余りにも歪な発音だったが、何故か脳が勝手に意味を理解してしまう。そして、瞳の裏側に醜悪な老人の顔が浮かんだ。
「主だって苦痛は好まぬじゃろ?」
「儂はただ、その右手が欲しいだけじゃよ」
次々と言葉が脳に逆流していき、頭蓋骨の内側で老人のしゃがれ声が反響して、纏まらない榊の思考を更に激しく搔き乱す。
「……何だよ、何だってんだよ! どうなってんだよお前!! 何で俺の右手を欲しがるんだクソジジイ!!」
恐怖と理解不能が遂に脳の容量を超えると、飲み込み忘れた唾を飛ばして、手当たり次第に叫び散らした。そして、返って来たのは嘲笑。
「主には理解できぬ話じゃよ」
──空を舞う群体の一部が地上に降り立つと、瞬く間にその場に集い合わせる。そして、同胞の身体を足場にして積みあがっていき、最後の一匹がその頂点に君臨すると、人が収まりそうなぐらいの虫の柱が形成されていた。
その直ぐ後、柱の先端から異形の一匹が滑り落ちると、それを合図にして芯を失ったように崩れていく。やがて柱の残骸が地に全て転がった時、そこには路地裏で出会った老人の立ち姿のみが残っていた。
「さぁ、目を閉じて右手を差し出せ。さすれば全て終わる」
老人が左手を掲げると、それまで空を舞っていた異形が、呆然と目を見開く榊へと軌道を変える。そして瞬く間の間に今度は榊の周囲で渦巻き始めた。
「クソッ!! 来んな! 来んじゃねぇぇ!!」
囲い込まれた異形の檻に向かい、榊は鉄パイプを叩きつけるように振るう。だがまるで鋼鉄の壁を殴ったような堅い衝撃に弾かれ、耐え切れずに掌から鉄パイプが弾き飛んでしまう。
「クソッ……クソッ……クソォ!!」
吹き飛んだ反動で土に根深く突き刺さった鉄パイプを、榊は痺れる右手の代わりに左手で引き抜こうとする。
しかし、よっぽど衝撃が強かったのか、作業員によって踏み鳴らされて堅くなった地面からまんじりとも動かない。
そうしている間にも、異形の檻はゆっくりと包囲を縮めていく。
目にも止まらぬ円軌道の群体飛行は、触れるもの全てを削り取る勢いで砂塵を巻き上げて回転し、通り過ぎた跡地はまるで巨大なカミソリで引っ搔いたように荒い傷を残している。
それでいて、包囲を縮める感覚は緩やかであり、さながら閉じ込めた人間に死の感覚をじっくり味合わせる為の処刑装置のようだ。
「死ぬのかよ……俺」
段々と狭まる異形のミキサー、手元には役立たずの鉄パイプ。それらを正しく認識してしまったが最後、榊の脳裏に絶望の二文字が去来する。
もうどうしようもない、その事実に身体から力が抜けていき、遂には立っていられずに膝をついてしまう。
「最後まで──クソみてぇな終わり方すんだな」
そう呟いたのを最後に、脳は思考を放棄し、その代わりに思いつく限りの走馬灯を延々とスクロールし始めた。
どれもこれも、相も変わらずロクでもない思い出だ。
中にも二度と思い出したくもない過去の傷さえも流れてくる。だが、それを見つめる度に、こうなるのも運命だったんじゃないかと、慰め程度にはなる。
「……」
もう既に蟲の羽音は直ぐ間近にまで聞こえてくていた。少し顔を上げれば、高速で飛翔する蟲の生み出す突風が柔肌を浅く切る。
榊は目を閉じる。こんな理不尽な結末の中よりも、せめて走馬灯を思い返しながら、記憶の中で消えてなくなりたかった。
──ーテメェ、諦めんのか?
だが、走馬灯の内側で誰かか榊に呼びかけた。それは見た事も無い暗闇の光景で、鎖の音だけが響く思い出の中でだ。
──テメェは受け入れられんのか? テメェから大事な物を奪ったのも、テメェが此処で死ぬのも運命だったって納得できんのか?
それは榊を優しく慰めるようにではなく、まるでさも挑発するかのようなふざけた態度だった。だが、その言葉を聞くと、何故か榊の身体に力が戻っていく。
「んなわけ、ねぇ……そんな事、認められっかよ……」
再び鉄パイプを強く握り締め直し、腹の底から有りっ丈の力を呼び覚ます。
運命は、現実は榊から大事な物を奪っていった。そんな過去を思い出しながら走馬灯の中で死ぬなんて余りにも滑稽すぎる。
──だったら叛逆しろ! テメェが諦めねぇ限り、死神だろうとテメェの魂は誰も殺せねぇ!!
走馬灯の中に居る声が、いよいよ勢いづいて叫びを上げる。それは面白がっているようにも祝福しているようにも聞こえた。
「やってやるよ……あぁ、そうさ、やるしかねぇよな」
榊は鉄パイプを引き抜こうとする。まるで根を張るかのように深く食い込んだ先端はやはり動かない。それでも片足を半歩踏み出して、筋繊維が千切れる感覚を無視して歯を食いしばる。
──今更足掻いた所で結末が変えられない。それならせめて、自分の人生をクソッたれな物にした運命って奴の言いなりになど、なりたくはない。
最後くらい、クソッたれな運命に叛逆してから死んでやる。
「やってやるよクソガァァァァァァァァァ!!」
既に身と牙が触れる寸前まで迫り、僅かに飛び出した個体の牙が榊の皮膚を切り裂く中、無数の羽音でも決して掻き消えない榊の叫びがその場に響く。
──さぁ、呼べ!! アイツを、テメェと同じロクでもない叛逆者を!!
最早走馬灯なんて言えない内なる声のままに従い、榊は頭の中に浮かび上がった言葉をそのまま吠えた。
「セイバァァァァァァァァァァァァァ!!」
鉄パイプが地から引き抜かれ、勢いのままに天高く突きあがる。
右手には、光り輝く令呪が刻み込まれていた。
その時、夜天より赤雷が舞い降りる。
初めまして、ビンカーフランスと申します。
『オリジナル聖杯戦争を書きてぇ……』という鋼の意思《豆腐メンタル》の元、二次創作の世界へ足を踏み入れました!!
初のハーメルン処女作ですが、出来る限り長くやっていきたいと思います。
またX(旧Twitter)で投稿報告や、活動報告で裏話を投稿していますので、是非ともお暇な方は見に来てください。
https://x.com/8f8qdLIQID34426
作品の高評価や感想は何時でも待っています!!
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