Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争   作:ビンカーフランス

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来るぞ、怪物がやって来るぞ

 寂れたあの教会から飛び出した後、どう逃げ出してどんな道を駆け走ったか、榊は良く覚えていない。ただ、辿り着いた先にあったのは、廃れて錆び付いたトタン屋根のバス停だった。

 

 無我夢中に走り回った榊の身体が、視界に入った剥げ欠けのベンチに吸い込まれていく。そして、木の軋む音を気にせず腰を下ろすと、途端に榊は意識を取り戻した。

 

「ッ……!! ハッ! ハァ! ハァ! ハァ……」

 

 すると、途端に肺の内側からせぐり上げてくるような息苦しさが襲ってくる。しかし、いっそ大げさなくらいの深呼吸をすると、徐々にだが収まっていく。

 

「俺は……」

 

 やがて、多少の息苦しさは残りつつも平静を取り戻すと、榊は自分の両掌を見やる。そこには教会の時とは違い、多少の手汗に塗れてはいるも、真っ新な手があった。

 

 ──こんな幻覚を見るのは、半年ぶりだろうか。あの日の惨劇を夢に見なくなるまで、脳裏にこびりついてずっと離れなかった記憶が、次第に俯く足元に映し出される。

 

 切っ掛けは、きっと両親の離婚だろう。原因は母親の浮気だという話だが、当時中学生だった榊には、未だに真偽は分かっていない。だがそんなネットに転がっているような珍しくも無い経験でも、多感な時期故に、まるで自分の世界が壊れたような衝撃だった。

 

 だから自然と日常が荒んでいき、次第に墜ちていくのも仕方が無かった。刃向かう奴は暴力で黙らし、苛つく奴は誰だろうと構わず殴り飛ばす。そんな人間に好んで近づく奴なんて誰も居なかった。

 

 アイツ以外を除いては。

 

「香住……」

 

 アイツは──唯一の存在だった。どんなに荒んで落ちぶれようと、昔から変わらない顔で、隣を歩いてくれていた。だからこそ、榊は本当の一線を越えずに済んでいたに違いない。

 

 感謝もしていたし、好きだった。アイツの為だったら、何でも出来ると思っていた。ガキのような青臭い考えでも、それが嘘じゃ無い事と本気で信じていた。

 

 それ故に、壊してしまうとは知らずに。

 

「ヴッ……ヴェ……ロクなもんじゃねぇな」

 

 ──と、そこまで過去を思い返すと、湧き上がった胃が裏返るような吐き気に、榊はたまらず目を瞑った。

 

 あれから3年の時が経ても、乗り越えられた訳じゃ無い。寧ろ目を反らしている分、より榊の精神を蝕み続けている。

 

 だからこそ、榊は聖杯戦争と言う運命に選ばれてしまったのかも知れない。過去を忘れたフリをして、目を背けて普通に生きていた報いがやって来たと……。

 

「……な、訳ねぇか」

 

 そうだとしたら、とっくの昔に報いを受けている筈だ。頭に浮かんだ運命というファンタジーな言葉を否定し、ふと非現実な雰囲気を放つ夜空を見上げる。

 

 今日は珍しくも、神宿市の空には、大小光度問わずに星達が無数に瞬いている。それらはまるで宝石のようで思わず手を伸ばしてしまいそうだった。

 

 その時、何故か榊の頭には、あの教会で京子が口に出した言葉が流れ込んだ。

 

 ──もしも、聖杯を手に入れる事が出来たのなら、アイツを。

 

「馬鹿な事を考えるな、俺」

 

 いや、そんな事は有り得ない。有り得る筈が無い。どうやら気づかない内に自分は現実逃避していたらしい。叶わない理想を求めても虚しくなるばかりだ。何よりそんな甘ったれた夢を見る自分を殺したくなってしまう。

 

「……帰るか」

 

 これ以上余計な事を考える前にサッサと帰ろうと、榊はズボンのポケットからスマホを取り出し、手早くパスワード入力を済まそうとするが、間違えてカメラアプリを起動してしまった。

 

 サッサとアプリを消そうと画面を上フリックしようとするが、その指が止まってしまう。

 

 カメラ越しに映り込む風景に、何か異物が映り込んでいる。それは目の前に続くT字路の奥にあり、まるで人影のようにも見えた。

 

 しかし、人では無い。その体躯は遠目から見ようと遙かに大きく、何よりも頭部から縦に高く伸びる双角のようなシルエットが、その事を榊に確信させた。

 

 見間違いか錯覚か、前に掲げていた携帯を下ろして、肉眼で確認しようと榊はスマホを下ろす。

 

 そこには既に、怪物が立っていた。

 ──────────────────────────────────────────

 時は遡って十数分ほど前、教会を後にした京子は、誰とも知らぬ家の屋根に降り立っていた。

 

 そこから見下ろして眺めるのは、此処から数km離れた寂れたバス停と、そこに居座り項垂れている榊。その覇気の無い様子をちょっとした欠伸を噛み殺しながら、京子は退屈げに長い髪を手で梳かせる。

 

『親方様』

 

 耳元からじゃなく脳の内側から声が響く。京子はそれに戸惑う事は無く、頭の中でランサーの顔を思い浮かべると、口には出さず思考で言葉を飛ばす。

 

『ランサー、首尾はどうでして』

『ハッ、抜かりなく』

 

 主従契約を結んだサーヴァントとは、ある程度遠くに離れていても、念話によって情報共有が出来る。その事を事前に知っていたとは言え、初めての経験に京子は自分の心臓が少しだけ早まるのを感じた。しかし、そんな些事に構うこと無く、流れ込むランサーからの報告に耳では無く思考を傾ける。

 

『南西より1尺程の位置にて、セイバーの姿を確認しました。その様子から察するに、あの青年を探している様子かと』

 

 ──サーヴァントとマスターとは、見えない魔力の供給線で繋がっている。それを辿れば、どれだけ離れていようと互いの位置を特定を出来る。

 

 しかし、今のセイバーには、マスター()を見つけられないだろう。

 

 何しろ、此処一帯の住宅街は今、異界と化しているのだから。

 

『そうでしてね、如何に英霊と言えども所詮はサーヴァント。異界に居るマスターを察知する事は容易では無いのでして』

 

 異界とは、現実世界から隔離された空間。内と外との繋がりは一切絶たれてしまい、無論サーヴァントとマスターの繋がりも例外では無い。

 

『でしてか、そう余り時間を稼げる代物では無いのでして』

 

 だが、自身の言葉を否定するように京子は思考の隅に吐き出す。大がかりな術式なら兎も角、今回は極めて簡素な仕掛けだ。

 

 古来より、魔術師は外敵を阻むために不可侵の領域を作る事を基礎とする。そこを追い詰めると、四方に魔術的な意味合いを持った札を設置するだけで。見えない結界によって隔離された異界が完成する。

 

 普通の魔術師であれば、十数分で気がつく稚拙な仕掛け。それをあの英霊が気がつかない筈が無い、異界が解除されるまで恐らく、持って数分という所だろう。

 

 しかし、それだけの時間があれば、釣り出すには充分だった。

 

『して、セイバーの他に怪しい影は?』

『サーヴァントと思われる大柄な男が1人。セイバーのマスターの方へ向かっております』

『掛かったのでしてね。さすればランサー、疾く此方へと戻ってくるのでして』

『承知』

 

 その了承を最後に、ランサーからの念話が途絶えたのを直感的に理解した。すると、改めて京子は未だバス停で項垂れる榊を眺める。

 

 これから榊に何が起こるのか、想像に容易くない。

 

 そう仕向けたのは京子自身──だけではない。寧ろ榊の方から必然的に引き付けていたと言う方が正しいだろう。

 

 聖杯戦争中でマスターがサーヴァントも連れず、一人で街を歩いているなど、狼の巣で眠る羊のような軽率すぎる行為、いっそ罠だと疑いたくなるような行動だ。

 

 ならば、他のサーヴァントによって襲われるのは必然だろう。それを京子は試金石として捉えた。

 

「出来れば、生きていて欲しいのでしてね」

 

 その言葉に嘘偽りは無い。しかし、京子には人命を尊むほど感情豊かではない。単に扱いやすい人材を失うのは惜しいからだ。

 

 榊の従えるセイバーは、京子の目から見ても、全サーヴァントの中でトップクラスに近い戦闘力を備えている。もし利用できれば、間違いなく今聖杯戦争において優位に働けるだろう。

 だがマスター、榊の方は論外だ。

 

 魔術師としての才覚もなく、特殊な能力もない。そして脅威に立ち向かう勇気もない臆病者。何故聖杯戦争に選ばれたのか不思議でならない。

 

 幾らサーヴァントが強力と言えど、使役するマスターが底無しの無能なら、周りを巻き込んで堕ちていくのが定石。だからこそ手を付ける前に京子は確かめる。

 

 あの神父の目論見通りに、自分が利用するに値する人間であるのかどうか。もしくは、自分でさえも見通す事の出来なかった何かを見せつけるのか。

 

「さぁ、私に見せて欲しいのでして。貴方が持つ何かを」

 

 京子は届くはずの無い言葉を、いたずらに吹いた夜風に晒して流す。

 

 生き残れば自分の手駒に、死ねば一体の英霊が脱落する。いずれにしろ、京子にはどちらでも都合が良かった。

 ──────────────────────────────────────────────

 そもそも目の前に立っているのは人なのか。

 

 間近に迫ったそれは、背高なトタン屋根に収まりきらない程の巨体を、鋼よりも堅く締まる筋肉で武装し、辛うじて覗く顔は、牛を象った鉄仮面で丸ごと覆っていた。だが、ポッカリと空いた両目の穴から見える赤い瞳は、確かに榊を捉えている。

 

「アッ……」

 

 自然と体が震え、喉が詰まる。胸の内側から迫り上がったとある感情に脳神経の全てが支配される。

 

 それが一度回れば、心臓を痛いくらいに鼓動を初め、思考の続きが欠落したようにショートして、一切の動きを許させない。その感情が何なのか、榊は一度経験している。

 

 ──恐怖だ。恐怖が榊の全てを支配している。

 

「アァ……アァァ」

 

 蟲を操る老人と対峙した時と同じ恐怖に、短い嗚咽混じりの悲鳴しか捻り出せない。そうしている間にも、怪物はゆっくりと片腕を頭上へと持ち上げる。その怪物の動作を、瞬きをせずに見つめる事しか出来なかった榊は、必然と気がついてしまった。

 

 その手に握られている、実用にしても余りにも巨大過ぎる血錆び塗れの斧に。そして、その刃が自分の頭へ矛先を向けている事に。

 

 逃げなければ死ぬ──数秒後に自分の頭が割れた柘榴のようになる未来が分かっていても、身体と思考が1mm足りとも動かない。

 

 動かなければ死ぬ事は分かっている。だが、目の前に写る恐怖と向き合う事を本能が拒否している。いっそ夢でも見ているんじゃ無いかと、脳が錯覚を起こしてしまうぐらいだ。

 

 榊は知るよしも無い。恐怖を受け入れる事は容易かろうと、恐怖を乗り越え、立ち向かえる事は誰にでも出来る訳ではない。それが出来る人間を漏れなく英雄と呼ばれる。だが榊は英雄でも何でも無いありふれた人間、故に只震えて立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 ──怪物は振り下ろす。薄っぺらいトタンなど物ともせずに斬り壊し、その上から脳天目掛けてブレることなく落ちていく。

 

 それを榊は見つめるしか無かった。例えそれが数秒後に命を奪うとは分かっていても、受け入れる間もなく、止まったままの思考と身体で切り裂かれるのを待つしか、弱者には許されない。

 

 そして、榊は──。

 




いきなり、主人公が死にかけています。まぁ、実際の聖杯戦争だと、極一部を除いて、魔術も知らない一般人は初手で死にそうですよね。

『追伸』
X(旧Twitter)で投稿報告や、活動報告で裏話を投稿していますので、是非ともお暇な方は見に来てください。

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