Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
斧を躊躇いなく振り下ろした直後、怪物には疑問が湧いた。
──物足りない。ハムをスライスしたような薄い手応えも、噴水のように飛び出る鮮血の生暖かさも、重い肉塊が地面に落ちる音も、人間を両断した時に覚える全てを怪物は感じられなかった。
斬れていない。己の五感からの情報でそう判断した直後、怪物の堅い筋肉に覆われた背中に、一筋のヒリつく電流が駆ける。
「う゛ぉ……!!」
理性より先に本能で怪物は振り返る。そして、冷たい鉄仮面の奥に潜む眼を押し広げた。
「よぉ」
夏夜に浮かぶ満月を背に宙を舞い、振り抜いた抜き身の拳を構える
「挨拶代わりに一発、喰らっとけや」
そうして、真っ直ぐ打ち抜いた榊の拳が、怪物の鉄仮面に鈍い音を上げて激突する。
生身と鋼がぶつかれば、砕けるのは必然に生身。だというのに、骨肉がへしゃげる事すら厭わず振り抜いた拳は、鉄仮面の額を僅か一欠片だけ打ち砕いた。
「う゛、う゛ぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怪物の額が欠け落ちたその瞬間、周囲を爆ぜ飛ばすような咆哮と共に、乱雑に振り払う豪腕が唸りを上げる。それを榊は砕けた右腕を盾にし、真っ向から受け入れてみれる。
「ガッ……!!」
肩口と怪物の拳が触れ合った瞬間、骨が複雑怪奇に砕け折れる嫌な音が耳まで響く。そして痛みに叫ぶ間もなく、榊の身体は面白いくらいに宙に弾き飛ばされた。
「……ッテぇなぁ!!」
弾き飛された先は住宅街の石垣。発泡スチロールのように脆く砕け散る瓦礫に紛れて、軒先の駐車場へ榊は強かに背中を打つ。出鱈目に迫り上がる激痛と血溜まりに呼吸を忘れてしまうも、即座に鳩尾を殴り付けて吐き出す。
「血反吐なんざ何時ぶりだ? これだから面倒なんだよ。怪物は」
灰色のアスファルトに吐き捨てた赤い血溜まりを靴底で踏み躙ると、瓦礫山のソファから面倒くさげに榊は立ち上がった。
──眼前に立ち塞がるのは紛う事なき怪物。その四肢と巨躯は自分の何倍にも膨れ上がった筋肉で脈動し、鉄仮面の両穴から覗く紅い瞳の奥は、今にも暴れ出しそうな殺意が燻っている。
瞬きさえもしてしまえば、自分の頭が吹き飛ぶ幻影が脳裏を掠める濃厚な気配が、否応にも鼻孔をくすぐる。それを確かめるように舌舐めずりで味わうと、途端に骨の髄まで痺れるような感覚に、いよいよ腹の底から興奮が押し寄せてくる。
それが堪らなく、愛おしいほどの感覚だった。
「さぁ怪物、続きをおっ始めようぜ」
そう榊が開始の合図を送った時には、既に互いの拳は交差していた。
────────────────────────────────────────────
先に怪物の拳が榊の頭を吹き飛ばしたのか、それよりも前に榊の拳が怪物の厚い腹筋に阻まれたのか。
そのどちらかしか残されていない衝突の末に、現実と化したのは。
稲妻の如き速度で飛び出した、膝蹴りによる介入だった。
「オレのマスターに何してんだ、テメェ」
それはさながら地上を飛ぶジェット機が激突したかのような一瞬。弾ける音すら追いつかない速度で、怪物の横面に閃光の破裂が起きた時には、既にその超重量級の巨体はそこに居なかった。
置き去りにされた閃光の残滓が、身に纏う重装鎧と兜に乱反射して、未だ宙に躍り出るその面影を照らす。そして浮かび上がるのは。
「運が良かったなマスター。オレが間に合ってよ」
当然ながら、セイバーだった。身軽な足取りとは裏腹に、コンクリートを踏み壊すばかりの勢いで、その場に降り立つと、肩に乗せていた白銀の剣を面倒げに振り下ろす。
「ったく、手間取らせやがって。テメェのマスターの仕業か?」
「う゛ぅぅぅ!!」
その鋭利に研ぎ澄まされた眼光と切っ先は、夜闇の帳に隠された中であっても、寸分の狂い無く怪物の心臓を指し示す。その敵意を感知したのか、それとも不意打ちを喰らわせたセイバーへの恨みか、破裂したような低い咆哮が空気を震撼させる。
その荒々しい咆哮に億びも退ぞる事も無く、寧ろ迎え撃つようにその主のテリトリーへと自ら歩き出すセイバー。
──わざわざマスターを捜し回ってた甲斐があった。早速、こんなドデカい奴が一匹釣れやがった。召喚されて初日から相対する大物に、兜の内側に隠されたセイバーの口角が、無意識に吊り上がる。
そこに相対するだけでも鎧を突き抜け肌に突き刺さる、かつて対峙したどの強者にも当て嵌まらない異質の気迫。本当に自分が相手にするのが、同じ英霊なのかと疑問に持ってしまうぐらいだ。
恐らく、純粋な暴力のみであれば、この聖杯戦争において──いや、全ての英霊においても上位の部類に入る怪物。だが、セイバーはそれを前にして、寧ろ幸運だとしか感じていなかった。
元より、セイバーはそんなまどろっこしいやり方で聖杯戦争に望むつもりは端から無い。対局を見据えた持久戦や、小細工を労する頭脳戦など退屈極まりない。
騎士には騎士の、そしてセイバーにはセイバーの戦い方がある。それは強い奴、弱い奴、賢い奴、素早い奴、英雄、偉人、果ては魑魅魍魎の怪物が相手だろうと、何ら変わらない。
目の前に立ち塞がる敵を斬って斬って斬り殺して、そして最後には勝つ。そうして、敵を完膚なきまで蹂躙した時こそ、セイバーという騎士の最高の誉れとなる。
「掛かって来な! 怪物が!! その薄気味ワリィ牛面、ドタマごと叩き割ってやらぁ!!」
「う゛う゛う゛う゛ぉぉぉぉぉぉぁぁぁ!!」
『化け物』という言葉に刺激されたようだ。怪物の咆哮の気迫が更に強まり、ついには周囲一体の窓が軒並みに割れ弾け、低い夜空に鋭いガラス片の雨が乱反射する。だが、セイバーはモノともしない。寧ろ、そんな安い挑発はセイバーにとって、燻る闘争本能を掻き立てる発火剤にしかならない。
波打つ殺意の咆哮を諸共に、セイバーは横薙ぎ一閃に払うと、巻き起こる風刃に当てられたガラス片の雨が、白銀の粉となって宙に煌めく。
「一人前に殺意を向けやがって……上等だ!!」
散りばめられるガラスの白霧の向こう側で、互いの殺意が混じり合う。それは水が砂糖を溶かすような生易しい融け合いではない。硫黄と炎で火種を作るように、一歩差し違えれば、忽ちに辺りを消し飛ばす苛烈な化学反応に近かった。
最早、いつ爆発しても可笑しくは無い。後は、どちらがその一瞬の口火を切るかのみで、それを、仕掛ける瞬間を二人は待ち構えている。
しかしそれは、より燃えさかる火種に掻き消された。
「おいクソ共、俺を忘れてんじゃねぇ」
鎧の内側で殺気を巡らせるセイバーよりも、獰猛に荒れ狂い身を昂ぶらせる怪物よりも、遙かに上回る存在感が、今か今かと火蓋を待ち侘びる二人の思考を押し潰した。まるで示し合わしたかのように、セイバーも怪物も、目の前に居る敵を忘れて、発生源の方向へと揃って首を回す。
そこには。自分達以上に存在感を放つ物など、何もない。砕けたコンクリートブロックの残骸、その先の駐車場に停まる軽自動車、人が居るかも怪しい集合住宅、目に映るどれを取っても、脅威となる存在は見当たらない。
だが、誰かは居る。筋張った首の筋肉を折れるように鳴らし、崩れたコンクリート片の上に、器用にも立つ人が居る。
それは自分達のような英雄でも怪物でも無く、何処にでも居る有象無象に過ぎない。だからこそ、この目で見つめ、そして感じるまで、いや、感じた後であっても、セイバーは気がつく事が出来なかった。
「殺すぞ」
ただの
「まぁ良いけどよ。怪物よか、よっぽど面白ぇ奴が釣れたしな」
最早、目の前に居る男を、セイバーはマスターだとは思えない。いや、敵であるとすら思えない。この常識外れの男に敢えて、形容するとするなら、言葉は一つ。
決して相対してはいけない何か──それは天敵と呼ぶに相応しい存在だった。
「最初はどっちからにすっか? 腹ごしらえか、メインディッシュか……それとも纏めて喰っちまうか」
「チッ!!」
「う゛ぁっ……!!」
怪物が一歩を滲み寄る。それだけでセイバーと怪物が作り出す戦場を、絵の具を塗りたくるように、自分好みの一色へと容易く上書きしていく。
既にセイバーと怪物の決闘は崩壊している。今、この場は殺意も狂気も闘争も、その全てをグチャグチャにかき混ぜた、混沌渦巻く戦場と化していた。
次の瞬間に何が起きるのか、それこそ当の本人達でさえも、分からない。
「そこまででしてよ。お三方」
その予測不能の未来を制するように、清廉と響く一声が戦場に突き刺さった。
この榊は、本当に榊なのでしょうか……それは今後分かっていくと思います。と言うか、ネタバレになるので、それしか言えません……言えない事が多すぎる。
『追伸』
X(旧Twitter)で投稿報告や、活動報告で裏話を投稿していますので、是非ともお暇な方は見に来てください。
https://x.com/8f8qdLIQID34426
作品の高評価や感想は何時でも待っています!!
Fate/Red Knights について、聞きたい裏話はありますか?
-
各キャラの制作秘話・設定
-
話の裏設定・心情
-
ストーリー展開の創作事情
-
その他