Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
「ゲホッ! ゲホッ!! ヴェ! 何だよ!!」
突然に横面から押し寄せた濃霧の滂沱に、一瞬にして意識が飲み込まれる。そして肺に渦巻く異物感に覚醒すると、棒立ちに立っていたその場所は既に、重い色で満たされた白一面の世界へと移り変わっていた。
「クソッ! 何も見えねぇな……!!」
右を見ようが左を見ようが、そこにあるのは一寸先の視界すら阻む濃霧の壁。直ぐ傍に合った自販機どころか、自分の身体すらも見失ってしまう程だ。いっそ、本当に此処がさっきまで自分が居た場所なのかすらも怪しくなる。
「おいセイバー!! 居るなら返事しろ!!」
白煙に遮られた世界の中で、唯一の頼りとなる姿の見えないセイバーの名を叫ぶ。しかし、全く返事が返ってくる様子も無い。いや、そもそも届いているのか、まるで狭い防音室に閉じ込められたかのように、叫んだ自分の声はすぐ隣で反響しているような感覚だ。
「どうなってんだよ……畜生……」
視界も閉ざされ、声も届かない。外に居るはずなのに、さながら密室に一人取り残されたような空間に、榊は無意識に呼吸が苦しくなってしまう。いつ敵が煙の向こうから飛び出してくるのか分からない恐怖に、視界が明転を繰り返す。
──此処は何処だ? 何が起きた。そう考えようとすればするほどに、巡らせる思考は鈍化していき、濃霧から取り戻したばかりの意識が、既に遠のきつつある。
なのに、懐かしい声だけは、鮮明に聞こえた。
『──―コウ』
「っ!!」
──まるで耳元で囁かれたようだった。だけど、何処を見渡しても、その姿は影すらも見えない。それでも、榊は必死に目を血走らせて、頭の中に思い浮かんだその姿を探す。
するとだ。血眼になる榊に応えるかのように、それは濃霧の向こう側から姿を見せた。
「か、すみ」
──それは、あの日と変わらない姿の少女。
長いと邪魔だと括り付けた栗色のポニーテール、新調したばかりで汚れ一つない半袖のセーラー服、子供っぽいと気にしていたあどけない顔。
全てだ、榊の目に映る全ての情報が、その少女が香住だと認識していた。
『──―コウ、教えて』
少女は榊を抱き寄せる。思春期特有の柔らかい肌の感触も変わっていない。それを感じた時、有り得ない現象を前にして、幻覚だと疑っていた認知が壊れしまう。
──もう二度と会う事が出来ない筈だった。だけど、こうして現実に存在して、自分を優しく抱きしめている。
何度も会いたいと願っていた少女が、目の前に居る。それはとても嬉しくて、今にも涙が出そうなくらいだ。
でも、榊はそれが怖い。
『どうしてなの?』
心臓が握り潰された、気がした。少女は榊が犯した過ち、間違いを知っている。いや、知っていなければならない。何故なら、少女の存在その物が、榊の罪を表している。
だから、少女は目の前に現れたのは、きっと榊にもう一度会う為じゃない。
──―榊を殺す為だ。
『どうして、私を────?』
少女の肌から、温もりが消えて冷めていく。抱き寄せる力を無くして、押し倒されるように地へ堕ちていく。
そこに残るのは、唯の肉の塊。決して言葉を話す事も動く事も無く、歪に凹んだ頭は、潰れた柘榴のように真っ赤な大輪を咲かせる。
あの日と同じ形で、あの日と同じ死に方で、あの日と同じ榊の目の前で、香住が榊の足元に転がっていた。
「あぁ──あぁ、あぁ!!」
足が竦む。立っていられなくなる。少女が流す血溜まりに身体が沈んで、両手が真っ赤に染まる。目を覆いたくても、瞼を閉じる事さえも身体が許してくれない。頭の中がグシャグシャに掻き回されて、何も考えられない。
「か、すみ! 香住! どうして! どうして!!」
死んだ、死んだ。また死んだ。どうして、誰のせい、俺のせい? 俺が間違えたから? 約束したのに、守るって約束したのに!!
香澄、死ぬな──死なないでくれ!! お前が死んだら俺は──!!
──―その時、大きく見開かれた少女の双眸が、榊の目と合う。そして、微かに震えた唇で言葉をなぞる。
『この、嘘つき』
それはきっと、あの時に言おうとしていた最後の言葉。榊を恨んで死んだ、香住の呪い。
その呪いがもう一度、榊を壊す。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
獣の如き慟哭が、濃霧の世界で虚しく木霊する。壊れた叫びを受け止める相手も慰める相手も、既に此処には居ない。
叫んで、吠えて、喉奥が張り裂ける泣き喚いて、血反吐と胃液を枯れ尽くすまで吐き出して、最後には、少女が流した血溜まりの中で情けなく蹲る。
「ヴェ! オェ……! ちが、うんだ! お、おえは……! 俺はぁ!!」
──今更もう遅い。それでも醜く、口からは見っともない言い訳が零れ出てしまう。許されようとしても、榊はもう許される事は無い。
榊の犯した罪は、決して消えない。この罪はきっと、生きている限りずっと続く苦しみに違いない。
なにせ、榊を許す相手など、この世の何処にも居る筈が無いのだから。
それでも、差し伸べる手はまだあった。
「救われたいですか?」
血溜まり越しに、誰かも分からない男が居る。
「貴方は許されざる罪を犯しました。それは間違いありません」
誰かは分からない。でも、俺を分かってくれている。それだけで信じられる。
「ですが、一つだけ方法があります」
男が手を差し伸べる。その掌には、小さいナイフがある。
「許されたければ、罪を贖うしかない。それは貴方が一番分かっている筈です」
そうだ。俺は、許されない。アイツを、香住を、俺は裏切った。
だから、ナイフを握っても、それを自分の喉元に向けても、全く怖くない。
香住が味わった痛みに比べたら、こんなの、全然大したことはない。
「そうです──そうすれば、貴方はきっと救われる。安心して下さい、貴方の祈りはきっと届きます」
コレで合っているんだ。今度こそ、俺は間違えないで、良いんだ。
本当は、もっと早くに、やっていれば、良かった。でも、香住の事を忘れてしまいそうで、どうしようもなく怖くて、出来なかった。
でも今なら出来る。今ならきっとやり直せる筈だ。
「ごめん──香住」
また会ったら、今度は本当に約束、守るからな。
────おい、ふざけんな。
突き立てようとしたナイフが、止まる。
許されない罪に対して、向き合うか逃げ出すのかは自由です。
問題は、向き合おうが逃げ出そうが、一生苦しみ続ける羽目になる事です。それすらも逃げ出したいというのであれば、それはもう一つしか無いと思います。
『追伸』
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