Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争   作:ビンカーフランス

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雨降る丘に、負け犬二人

 そこには、自分と同じ顔をした男がいた。

 

 その男はボロ切れのような衣の上に、何処からか伸びる太い鎖で複雑怪奇に縛られており、雁字搦めに絡め捕られた精強な肉体は腕一つ揺らすことさえも許されない。

 

 だかしかし、男の目からは生気は消えてはいない。その瞳は燃え滾る炎が如く緋色にギラついており、何時かくる叛逆の機会を侘びているのだと、否応なく分からせる。

 

 正に囚われた野獣が如き男を前にして、榊は呆然と立ち尽くしていた。

 

 ──自分が何故その男を前にしているのか、何故そこから目が離せないのか、そもそも此処は何処なのか。

 

 無限の疑問で呆然と立ち尽くす間にも、考えうる限りの思考は幾つも浮かび上がるが、最初に榊が口にしたのは。

 

「お前は、誰だ」

「俺はお前だ」

 

 男が喋る。締め落とすように首に巻きついた鎖をものともせず、揚々と嗤うかのように、その声を弾ませる。

 

「だが、俺だけじゃ存在はできない。つまりはお前の同居人ってことだ」

「っぅ……!! 意味が分かわかんねぇ事、言ってんじゃねぇ!!」

 

 榊は思わず、苦虫を嚙み潰したように顔を渋める。なにせ、その声は紛れもなく、自らその物だ。

 

 同じような顔に、同じような声──全てが自分と瓜二つな人間を前に、いっそ自分が本物なのかどうかすら疑ってしまう。それぐらいなまでに、男の姿は榊に酷似していた。

 

「つぅかよ、俺はこの通り動けねぇんだ。もっと近くに寄れよ」

 

 無精に伸び切った黒髪の向こう側で、緋色の瞳が榊を誘う。宙ぶらりんに吊られた両腕を揺らし、鉄の擦れ合う音で来いと呼ぶ。

 

「……」

 

 ──近づくのは危険だと、理性ではなく本能が警告している。なのに身体は勝手に男の元へと向かってしまう。

 

 そうして出来上がった構図は、膝をついて鎖に縛られた男と、それを立ったまま見下ろす榊。

 

 此処まで縛られていて動ける筈も無い。明らかにそう分かっていても、男を前にして榊は安心など出来ない。寧ろ身体中から嫌な汗がダラダラ吹き上がり、今この瞬間にも、頭の中で逃げろと喧しいアラームがうるさく鳴っている。

 

「そんな警戒すんな。テメェを取って食うんじゃねぇ」

「信用、できるか……!」

 

 一言喋るたびに、喉は忽ちに干上がり、よりアラームの音量を上げる。いっそ自分は既に死んでいるのではないかと思う程に、生の実感が遠ざかっていくようだ。

 

 ──それでも、離れることができない。意地や恐怖からではなく、それよりも奥深く、より強く縛り付ける何かが榊を縛りつけている。

 

 見えない鎖で繋がれているように、離れたくとも離れられない強く絡めとる概念。その何かがきっと、この男と自分を結び付けている。

 

「お前は、誰だ! 俺の何なんだよ!!」

 

 未知の感情に、心が侵食されるのが耐えきれず、切羽詰まった喉で叫びを上げる。しかし、男は応えない。ただそっと榊に一つの問答を返す。

 

「テメェは、この先何をする」

「何、を……言って」

「テメェは力を得た。どんな事だろうと、それこそクソみてぇな運命でも跳ね除ける無敵の力だ」

 

 ──無敵の力、それが何を意味するのか分からないが、嫌に現実味を帯びた言葉に、榊は疑うのを忘れてしまう。

 

「確かにテメェは一度間違えた。だがな、そいつはテメェが弱かったからだ。今まではそれで逃げられただろうが、もうテメェは逃げられねぇ。なにせ、言い訳に出来ねぇ程の力と機会を手に入れちまったからな」

 

 語る男の瞳は、榊を捉えていない。かつて遠き日に焼き付いた記憶を回顧しているかの如く、淀んだ瘴気と夢の残滓で黒く濁り切っている。

 

「だが、それでも逃げようってんなら、行先は俺と同じドン底の地獄だ。言っとくが、比喩とかそんなんじゃねぇ。文字通り、あん時死んでりゃ良かったって後悔すら出来ねぇほどの地獄だ。お前には此処に堕ちる覚悟はあるか?」

 

 そして、今まで合わそうともしなかった男の瞳が、急に榊の意識を鷲掴みにする。それに何かを答えようとするも、目が合った瞬間に、喉が固まったように塞ぎ込んで声が出ない。

 

「ねぇんだったら望め、欲せ、奪え、テメェが求めるままに、運命って奴に抗え」

 

 それはきっと男なりの真理。無敵の力を持った末に、辿り着いてしまった一つの美徳に違いない。故に榊という人間の核心を、焼け付く程の熱を持って激しく揺り動かす。

 

 だが、それでも榊は。

 

「……さっきから訳わかんねぇ事言いやがって!」

 

 巌のように固まった声帯を、フツフツと湧き上がる怒りでこじ開け、そこに無理矢理に言葉をねじ込む。

 

 ──理想なんて大した物は持てないし、叶えたい夢すらも無い。それこそ男の言う無敵の力を持っていたとしても、きっと持て余して無駄にするだけだ。

 

 しかし、理想で無くとも榊には願望はある。それはあの日からへばり付いて離れず、麻薬のように魂それ自体を侵し続ける程の強い後悔。

 

「俺には欲しいモンなんてねぇ……ただ、あの時みてぇなクソな思いをしたくねぇってだけだ!!」

 

 大事な物を自ら壊したからこそ、もう二度と間違いを繰り返したくない。その願望のみが、榊という愚者を突き動かす。

 

「……俺に抗える時点で及第点って所か。良いぜ、ならやってみせろ」

 

 男はやや不満げに溜息を吐き出しながらも、何処か納得したように呟く。すると、途端に榊は足元の感覚を失い、代わりとして空に投げ出されたような浮遊感が身を包んだ。

 

「!?」

 

 声を出す暇もなく、目に見えない重力に引き寄せられる。ただ深い底に落ちていく感覚に抗おうと四肢を動かすも、自由落下をする身体では、ただ宙で無駄にバタつかせるだけ。

 

「待てッ!! テメェは──!!」

 

 そして、自分から遠く去って行く男の姿を掴もうと、手を無意識に伸ばしてしまう。

 

 だが、男はただ不敵にニヤけた顔で、楽しげに見下すばかり。

 

「そうだ。あの女、セイバーを無駄に死なせんじゃねぇぞ。アイツはテメェと同類だ」

 

 その時に、面倒臭そうに投げ捨てられた言葉は、落ちていく意識の中でも確かに聞こえた。

 ────────────────────────────────────────────

「ガッ! ハッァ!!」

 

 溺れるように別世界から目を覚めると、久し振りに取り込む大量の酸素に、榊は耐え切れず噎せ返ってしまった。

 

「うわっ汚ねぇ! 唾飛ばしてんじゃねぇ!!」

「べブッ!!」

 

 そして不条理にも、拳が榊の頬を貫いた。

 

「痛いっ! ってっ……えっ? 何があったんだよ。コレ……」

 

 ぶん殴られた頬の痛みに、まだ少し寝惚けていた意識を覚醒させると、最初に榊の目に入ったのは、濃霧に覆い隠された景色ではなく、周囲一帯が焼け尽くされた不毛の大地。そして自分の肩を担ぐ泥塗れのセイバーだった。

 

「セイバー、何が起きて」

「マスター」

 

 榊が尋ねるよりも先んじて、セイバーが尋ねる。

 

「お前はお前のままか?」

 

 それだけで、榊はあの男が言った言葉の意味をようやく理解した。

 

「──あぁ、俺は俺だ」

 

 無敵の力。それは恐らく、あの男自身の事を指している。そして、あの男は一度──―いや、二度、自分の姿を借りて、表に出て来ている。

 

 それがどういう原理なのかは分からないが、そう納得させる程の埒外の存在を、榊を知ってしまった。

 

 故に、あの男が一時でも解き放たれたという事実に、ただ打ちひしがれる他なかった。

 

「──そうか」

 

 それ以降、セイバーから口を開く事は無かった。一歩二歩と重い足取りで肩に担いだ榊を引き摺る。思い出したくもない記憶から逃れるように、屈辱を刻まれたこの場所から離れるように。

 

「……」

 

 引き摺られていく中で、榊は肩を組んでいる方とは逆の右掌を見る

 

 その掌は、何の変哲もない人間のそれだ。だが一度裏返せば、そこには紅く色めく令呪が刻まれている。

 

 その紋様を見れば見るほど、手の甲は悍ましく歪み、人から掛け離れた姿に変容していく。それが暗に、お前は人間ではないと拒絶されているかのように榊は思えた。

 

 もう、普通のままじゃいられない。もう、この運命からは逃げられない。

 

「──帰ろうぜ、セイバー」

「──あぁ」

 

 負け犬2人が、去って行く。

 

 2人を濡らす雨は、容赦なく体温を奪っていき、泥と水浸しの不快感が肌に染みつく。全身の倦怠感が重りのように纏わりつき、覚束ないグリーヴとスニーカーの足跡を、ぬかるんだ地面は嫌みたらしく記憶する。

 

 どれだけ忘れたかろうと、この場所は、この感覚は、この記憶は、決して忘れることはないだろう。

 




怪物に叩きのめされた負け犬のセイバー、怪物に思い知らされた榊。2人がこの苦い経験から、何を得るのやら……

『追伸』
一ヶ月連続投稿も明日で終了します……今後の投稿頻度は未定です。ただ、明日中には決めたいと思います!!

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