Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
どうしよう、言っちゃいけない事を言ってしまった。そんな後悔の言葉が、螺旋のように延々と直葉の頭の中で駆け回る。
言ってはイケナイと分かっていた筈だった。でも、あのセイバーという金髪の女性を見た時、直葉は、ようやく乗り越えたんだと錯覚してしまっていた。
あの日、兄を抉った傷跡は簡単に消える物じゃない。それは、何事も無いように見えても、心の奥ではずっと引き摺り続けていたんだと、直葉は気が付く事が出来なかった。
「兄ちゃん……」
歩き慣れない土地のせいか、自分の足取りが重いせいか、一度通った筈の道が、ヤケに遠く思えてしまう。自然と頭が地面へと垂れ下がって、目尻に溜まった涙が溢れ落ちてしまいそうになる。
やっと本当の兄妹になれる筈だったのに、そのチャンスを自分の手で潰してしまった。そう思えば思う程に、沸き上がる自虐の衝動に、ジュクジュクと音を立てながら、直葉の心は生々しく抉り取られていく。
いっそアンタなんかいなければ──そう心の声が聞こえ始めた時だった。
「ア、アノ」
進んだ道の後ろから幼い声に呼び止められる。直葉が顔を上げれば振り向けば、浅黒い肌の大人しそうな女の子が、不安げな表情でそこに立っていた。
「ダイ、ジョブ?」
少女が手に持っていたハンカチを二、三度叩くと、今にも落ちそうになっていた直葉の涙を優しく拭う。
「ワタシ、パティ。ダイジョブ?」
パディと名乗る少女は、今しがた涙を拭ったハンカチを直葉に手渡すと、何処かぎこちない笑顔を見せる。それが初めて会った名前も知らない直葉を、安心させようと懸命に頬を緩ませた結果だと直ぐに分かった。
どうして? と聞く前に、直葉は応えなければならないと思った。自分を心配して、慣れない笑顔を作る少女に、疑問より先に感情が言葉を口走らせる。
「アタシ、直葉。榊 直葉」
「スグ、ハ?」
日本語がまだ聞き慣れていないのか、やや独特のイントネーションで少女は反芻する。それが少し面白くて、直葉は無意識にクスリと笑ってしまった。
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「良いですか? 私が居ない間は、外に出てはいけませんよ」
黒い肌をした美丈夫、王子様(アーチャー)が家を出る時は、そうやって何時も念入りに注意されていた。
アーチャーは時偶に朝早くから何処かへ行くと、そのまま晩まで戻って来ない。そして、帰って来ると、何時も美味しい手料理を作ってくれる。
きっと今日もそんな日なのだろう。晴れ渡る昼下がりの青空を、窓の向こうからボンヤリと眺めながら、パディはふとそう思った。
「王子様、まだかなぁ……」
少し背高い椅子の上に立ち、他の、アーチャーの優しい顔を朧気に投影する。
アーチャーの用意してくれたこの環境は、パティに取っては有り余る程の幸福に違いない。住む家も食べる物も無くゴミに埋もれていた頃を思い返せば、こんな広い家も美味しいご飯もあって、正に夢のようだ。
しかし、孤独だけは昔と変わらない。アーチャーが居る時には感じずとも、1人になった瞬間に蔑まれ、罵られてきた記憶が蘇り、その度に心臓がキュッと縮こまる痛みが襲う。
『奴隷の子供の分際で! 人のような幸せを掴めると思うな!!』
鞭打つ痛みと共に思い出すのは、自分よりも遥かに背丈が高い大人達から受けた、絶え間ない暴力と侮蔑。
文明が発達し平等が謳われる現代でも、未だにカースト制度が根強く残っているインドに置いて、最下層に生まれた人間の末路は決まっている。
奴隷のように使役され、家畜以下として扱われる──それがパディという少女の全てだ。
だからこそか、パディは繋がりを強く求めてしまう。誰からも蔑まれ、嘲笑われようとも、それでもアーチャーのような綺麗な物があると信じていたいから、そんな誰かと出会いたいと願ってしまう。
そう思うと、パティの手は自然と覗いている窓の留め具を外していた。
「わぁ……」
開かれた外の景色は、パディが思うよりずっと鮮明だった。故郷にも負けない夏の熱気、ミンミンと一生懸命に鳴くセミの音色、そして遥か地平線の先まで続く都会の街並み。
それはパディが夢見た星空にも劣らない素晴らしい世界。思わず意識が溶け込みそうな程に美しく映える世界に、パディは触れようとしてそっと手を伸ばしてしまう。
「きゃ」
その時、悪戯なつむじ風がパディの白いワンピースを揺らした。すると、胸元のポケットからはみ出していたハンカチが攫われて、窓の外へと吸い込まれて行った。
「あっ……!!」
あのハンカチは、アーチャーから初めてプレゼントされた宝物。泥まみれだった自分の頬を拭ってくれた大事な思い出だ。急いで取り戻そうとして、パディは椅子の上から飛び出すと、転げ落ちるように二階廊下の階段を慌てて降りていく。
『良いですか? 私が居ない間は、外に出てはいけませんよ』
「!! ……」
しかし、外に繋がる玄関の扉の前まで辿り着いた時、パディの頭の中にアーチャーの言いつけが過って、足がピタリと止まってしまう。
アーチャーは自分を救ってくれた王子様。そんな王子様の言いつけを破るなんて裏切りは、例えどんな理由があっても許される筈が無い。
知られてしまったら最後、他の大人達のように、侮蔑の眼差しで見られるかも知れない。それは今のパディに取って、何よりも恐れる事だった──―だけど、それでも。
「ごめんなさい……王子様!!」
例え王子様の言いつけを破ってでも、パディはアーチャーとの思い出を大切にしたい。扉を開いて踏み出した半歩は、勢い良く枠組みの向こう側へと飛び込んだ。
「広い……!!」
パディが外の景色に触れるのは、初めてこの家にやって来た時を含めて二度目だろうか。それでもまるで初めてのように、パディは一歩先の世界への興奮で、早鐘のようになる心臓の鼓動が止められない。
それでも小さな胸一杯に新鮮な空気を取り込んで、キョロキョロと周囲を探してみれば、幸いにも、風に巻かれたハンカチは庭先の石畳の上に落ちていた。
パディはたどたどしい足取りで石畳の道を渡り歩いていく。それだけでもパディには大冒険であり、拾い上げたハンカチはさながら、洞窟奥に隠された財宝のようだ。
「戻らなきゃ」
拾い上げたハンカチを握り締めると、パディはポッカリと胸に空いた寂寥感に刈られてしまう。たった数歩であっても、未知に胸躍る大冒険から覚めてしまうのが口惜しいと叫んでいるようだ。
だけど、これ以上アーチャーを裏切る事は出来ない。どんなに名残惜しく思っても、その気持ちだけはパディの中で変わらなかった。
それでも最後に、この思い出を刻み付けようと、パディは視界一杯に広がった景色を前に、目を大きく見開く。
パティの世界の先で1人の俯いた少女が、家の前を横切った。
一瞬しか見えなかったが、自分と同じくらいの少女だろう。程よく焼けた小麦肌の少女で、俯いていて顔こそは見えなかったが、それでも零れる涙は見逃さない。
そしたら、パディの身体は勝手に更に外へと飛び出していた。
「アノ!!」
アーチャーから受けた英才教育が役に立ったようだ。覚えたばかりのニホンゴという言葉で勇気を出して呼び止めると、その少女は泣き腫らした顔をパディに向けてくれた。
「ダイ、ジョブ?」
今しがた拾ったばかりのハンカチの汚れを叩き落として、零れ落ちようとしてる少女の涙をソッと拭う。
──―何故、アーチャーとの約束を破ってまて、少女を呼び止めたのか。それをパディはハッキリと分かっていない。今だって、自分がやらかした事にどうしようもなく、不安になっている。
でも、王子さまはそうしてくれた。あの日、ゴミ山の中で埋もれていたパディを見つけて、そして泥と一緒に涙も拭ってくれた。
だから、自分もそうしなきゃって、考えるよりも先に心がそう動いていた。
「ワタシ、パティ。ダイジョブ?」
パディはドシャ降りの雨の中で、自分を抱えて優しく微笑んでくれたアーチャーの顔を思い出す。王子様みたいな素敵な笑顔は出来なくても、精一杯頑張って頬を緩ませる。
ふとパディは、王子様もこんな気持ちだったのかなと考えてしまう。悲しそうな人をこれ以上悲しませない為に、傷つけないように優しくしようと頑張っていたのかと。
だとしたら、パディは少しだけ嬉しかった。王子様という星に、少しだけ近づけたのだから。
──―2人の少女が出会ったのは、紛れも無い偶然。それこそ、何万分の一にも等しい奇跡にすら劣らない、運命とも呼ぶべき巡り合い。
その偶然こそが、未来を変えるとは、未だ誰も知らない。
偶然にも直葉と出会ってしまったパディ。それが今後にどう影響するのかは、いずれ分かっていくでしょうね……
『追記』
申し訳ございません!!少し、この小説について思う事がありまして、友人と相談をしていたら遅れました……
その相談した結果については、明日か来週辺りにご報告させていただくと思います。
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