Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
「いか、なきゃ……」
肺が凍り付いたように痛い。足が棒のようになって、踏み出す度に転びそうになる。だが、それでも震える爪先で路地のアスファルトを蹴り、疎らに行きかう夕方の路地を走り抜ける。
「行か、ないと……行かないと」
息をするだけでも絶え絶えだというのに、何度も取りつかれたように直葉は呟く。その頭の中では、
その言葉を思い浮かべるだけで、今にも疲労で倒れそうな身体を振るい上らせ、恐怖の味がまだ残る心を励起させる。
「はや、く……早く、早く……!!」
焦る気持ちが先んじて、悲鳴を上げる両脚の動きを更に速める──急がなかければ、全てが手遅れになってしまう。
直葉は叶えなければならない──何故なら、それは兄が最後に残した言葉。
そして、榊から託された、唯一の希望だった。
「セイバー、の所に……!!」
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──それは、つい十数分前の事。
あの時、直葉は動く事が出来なかった。ただ声にならない絶叫を垂れ流すばかりだった。
目の前で最愛の兄が、大男に頭を押さえつけられているというのに、直葉は何も出来なかった。
「アァ……アァ……」
兄ちゃんを助けなきゃ──頭の片隅ではそう思っている筈なのに、一寸たりとも動こうとはしない。まるで自分の身体じゃないかのように、意思と肉体が分離していた。
頬に焼かれたような一筋の熱──それは、掠めた銃弾が切り裂いた傷だ。それが痛みを主張する度に、直葉の身体は堅く縛られていく。
それも仕方がないのかも知れない。初めて感じる死の恐怖、そしてであってはいけない悪の存在を前に、幼い直葉の精神は抗える筈がない。
だが、兄は違った。
「──ただし、一つだけ俺の言う事を。聞け」
「俺の妹を──直葉を開放しろ」
そして、出て来た言葉は大男への罵倒じゃなく直葉の命乞いだった。
「にい……ちゃ……」
──自分だって怖い癖に、大男の恐怖を間近で味わっている筈なのに、それでも兄は自分を心配してくれた。それを聞いた時、あれだけ恐怖がつっかえていた喉が僅かに開き、その隙間から勝手に兄を呼ぶ声が漏れ出た。
「ンンン!? なんと素晴らしい兄弟愛ですかなぁ!! 拙者そう言うの大好きですぞぉ!!」
すると、元々テンションが高かった大男の語調が、まるでアニメの感動シーンがやって来たかのように、愉快気な様子で跳ね回る。
「ですがなぁ……」
その時、自身が押さえつけている榊の方を見ていた大男の顔が、脈絡も無く未だに好調を続ける直葉へと向き直った。
「拙者もガキの使いじゃないんでちてよ。折角良い
そこにあったのは、何処かコミカル調を帯びた、気色の悪いニッコリ笑顔。それを一目見た瞬間、直葉は今まで以上の黒い恐怖が腹の底から湧き上がった。
──殺される。この訳の分からない不審者に、惨めに、無意味に、盛大に、殺される。その瞬間に、死への確信が直葉の精神を支配する。理由があってじゃない、大男と言う存在をハッキリと認識した瞬間から、それがドッと吹き上がった。
「アァ……アァ……」
まるで殺される準備でもするように、胸の中で暴れていた鼓動が直葉の耳から遠のいていく──最早、恐怖で流れる涙すらも枯れ果て、意思とは関係なく、ただ大男のされるがままに身を差し出す。
「まっ、良いんですけどね!! だって拙者、最強ですからな!! たかがガキ一匹居なくとも、ちょちょいのちょいって奴ですよ!!」
だが、大男は何もしなかった。パッと榊を押さえつけていた手を離し、電車の座席に再びドカリと座り込む。それだけだった。
「それではぁ、子供は帰る時間ですぞぉ。此処からは大人同士のムフフな時間ですからなぁ」
──東区中央駅、東区中央駅──そんな場違いな機械音声が聞こえた後、ブレーキを掛けられた車両が軽く左右に揺れる。そして、まるで大男が示し合わせたかのように、直ぐ傍の自動扉がプシュリと音を鳴らして開かれた。
今、この扉から外に出なければ、本当に殺される。それを分かっていながらも、直葉の身体は動こうとしない。だが、それは大男に対する恐怖故にではない。
此処で自分が逃げ出してしまえば、兄はどうなってしまうのか。それは自分が辿ろうとしている末路よりも簡単に想像できる。そこに自分が居ても何も変わらないと知っていながらも、どうしても見捨てる事が出来ない。
既に自動扉が開いて一分は経っている、見えないカウントダウンは直ぐそこまで近づいている──だが、無意味だと分かっているのに、兄を見捨てられない感情が、直葉の足を縛り付ける。
「──直葉」
その時、兄は大男に聞こえないように、直葉に微かな声で囁いた。
「セイバーの所に行け」
──それは単なる理由付けだったのかもしれない。兄を見捨てられない妹へ向けた、逃げ出しても良い口実に違いない。
だとしても直葉はそれを信じて、閉まりかけた自動扉の隙間から、まるで逃げ出すように駅のホームへ滑り込んだ。
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だから直葉は目指す。兄の言葉を盲目的に信じ抜き、恐怖に負けて兄を見捨てた臆病な自分に追いつかれないよう、我武者羅に走り続ける。
だが、もし──その臆病な自分の影が背中を叩けば、直葉の足は恐怖と自責で二度と動かなくなるかも知れない。
「兄ちゃんが、死んじゃう……!!」
そして、その時こそ直葉は、本当に兄を失ってしまう。
だから、急がなければならない。例え兄の言う通り、セイバーの所に辿り着いたとして、何も状況が変わらなくとも、兄に希望を託されたという自分を信じる為に。
「あっ」
しかし、その希望も路傍に転がる石ころ1つで、かくも簡単に躓いてしまう。態勢を崩した身体は、荒いアスファルトに削り取られ、裂くように擦り剝かれた皮膚から、血が痛々しく滲み出す。
「ッぅ……イタイぃ……!!」
──痛い、苦しい、死にたい。追いついた影が直葉の身体に入り込んで、全身から力を奪っていく。絶え間なく頭の内から流れ込む暗い感情が、涙に溶け込んで勝手に溢れ出してしまう。
「にぃ……ちゃぁん……!!」
──―また兄弟に戻れると思ったのに、その為なら何でも出来ると思ったのに、直葉はただ逃げただけだった。
多分、きっとこれはその報いに違いない。あの時、自動扉から飛び出した時から既に、直葉は兄を失う事は決まっていたんだろう。それなら、此処で無様に倒れて動けなくなるのも、当然の結末だと納得も出来る。
……だけど、それでも。
「まだ……!!」
擦り傷だらけでロクに動かない身体で藻掻き、鉛が詰まったような重い頭で前を向く。まるで芋虫が這い上がるような無様さで、それでも立ち上がろうと僅かながらに残った力を腕に込める。
──逃げてしまった自分に、足掻く資格が無い事は分かっている。今更遅すぎる、お前じゃダメだと罵倒の大合唱が頭の中をパンパンに埋め尽くしている。
それでも、失いたくない。間違えてしまった自分が望むべき物では無くとも、また昔のように兄妹として、その大きくて優しい手を、直葉はもう一度繋ぎたい。
「兄ちゃんを、助けるん、だぁぁ!!」
その為なら、どんなに無様で涙を流しても、直葉は傷だらけの身体で、何回でも立ち上がる。
「良くやった、マスターの妹。後はオレの番だ」
──ぶっきらぼうに差し伸べられた腕が、直葉の小さな身体を、妹として兄を思う願いを、乱暴ながらに受け止める。
誰がなんて直ぐに分かった。直葉は赤いチューブトップの裾にしがみ付き、涙で潤む瞳でボヤけるその顔を見上げる。
「兄ちゃん、を、助けて!! セイバーぁ!!」
「任せろ」
託された直葉の願いに、セイバーは頷いてみせた。
逃げたのではなく、信じたからこそ繋がった望みーーー果たして、榊は助かるのか。
というか、これだと主人公が囚われのお姫様みたいになっている気が……。
『追伸』
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