Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
赤気を帯びた紫煙が充満する密室の中、女の陽気な鼻歌だけが孤独に反響する。
「ふんふんふーん、ふふふんふーん」
何とも音が外れた鼻歌だ。音程もリズムもなく、頭の中に浮かんだフレーズを思いつくまま歌い上げているようで、時折考えるように止まっては、また脈絡もない曲調が始まる。
「うーん、飽きた」
そんな鼻歌にも飽きたようで、女の耳障りな曲調がふと止むと、途端に部屋を覆い尽くしていた紫煙が、霧を払うかのように晴れた。
──―紫煙が晴れたその先に居たのは、一組の男女だった。
「ねぇ、そろそろ吐いてくれないかにゃーん」
紫煙が晴れて露わになる女は、異様だった。病的なまでに痩せ細った身体を、ペルシャ柄の布で粗雑に覆っており、子供にも似た無邪気さでケタケタと笑う様は、まるで悪魔が楽しんでいるようにも見えた。
「この……悪魔がっ!!」
対して壁際に背中を預けて座り込む男は、強く睨み付ける。防弾チョッキと分厚い筋肉の装甲は、何処もかしこも風穴だらけで、一呼吸をする度に撒き散らすような血反吐が飛び出ていた。
男は間違いなく死の間際とも呼べる重傷者だろう。しかし、それは仲間の中では、最も軽傷に違いない。自分以外の他の仲間は、漏れなく原型を留めない肉塊に成り果てている。
視界の端隅に映るかつて仲間だった物から、男は目を背けようとするが、何処を見ても同じ有様でしかない。
夥しい程にブチ撒けられた血飛沫で塗り潰された事務所。無数の薬莢と臓物と肉塊は混ざり合って埋め尽くし、その下には深紅色の大河が今もなお溢れ返っている。生への冒涜とばかりに、この空間には死という概念で満ちていた。
傭兵として多くの戦場を潜り抜けて来た男であっても、これ程に凄惨な現場は見た事が無い。
いっそ、地獄に堕ちたと言われても、納得してしまうぐらいだ。
だが、止めどなく身体から滴り落ちる血液に迫る死の冷たさを感じながらも、未だ呼吸も微かにしていて、男は生きている。つまり此処は現実でしかない。
では、何故この地獄は産み出されたのか──始まりを思い返せば、それは一仕事を終えて、下らない馬鹿話をしている時だった。
報酬の使い道で話に花を咲かせている辺りだろうか、不意に誰とも知らぬ女が、元から壊れかけた事務所の扉を吹っ飛ばす勢いで蹴破り、突如として現れた。
男は何も警戒をしていなかった。突然やって来たとは言え、襲撃者にしては余りにも貧弱で異質な姿をした女一人、きっと馬鹿が趣味の悪い娼婦でも予約したんだろうと思うくらいだ。きっと、仲間の誰もがそう思っていたに違いない。
──その時に、間違いに気が付いていれば、きっと此処迄の悲劇は起きなかったのかも知れない。
女がその場の全員を無視して、さも図々しくも来客用のソファに座り込むと、身に纏っていた香水のせいか、ヤケに甘い匂いが男の鼻を掠める。
「ねぇ、アンタ達。ちょーっと殺し合ってくんない?」
そこから先を、男はハッキリと覚えていない。しかし、断片的に記憶は残っている。だからこそ、信じる事が出来ない。
誰か止めてくれと叫びながら、事務所に備え付きの機関銃を手当たり次第に乱射し、ハチの巣にしていく仲間を。
助けてくれと悲鳴を上げながら、ナイフで何度も何度も滅多刺しに切り裂く仲間を。
許してくれと泣きながら、突き立てた親指で躊躇いなくグニュリと眼球を圧し潰す仲間を。
──そうして、気が付いた時には、事務所には仲間の屍と凄惨な殺戮現場、そして人の命を奪う慣れた感触だけが残っていた。
「な、何故、俺たち、を……」
男は、絶え絶えの息を穴だらけの腹から捻り出し、最後の力を振り絞って女に問う。
仲間内による凄惨な殺し合い、それは女の一言から始まった事。この女が何かをした事は明白だった。
しかし、その理由が男には分からない。傭兵という職業柄、恨まれるのは仕方がないとしても、こんな訳の分からない方法で、凄惨な殺し合いをさせられる道理はない。
その答えは、とても簡単な物だった。
「えっ、ただの趣味だけど?」
趣味だから。浅くて、子供っぽくて、それでいて残酷な真実が思考を壊す。
「いやちゃんとした目的はあるけどさぁ、普通にやったんじゃツマラナイじゃん? だからアタシ好みの方法でやっちゃった訳。どう? サイッコウでしょ?」
この女は、本当に人間なのか。
自分が楽しむ為だけに地獄を作り出し、それを見て最高の結果だとゲラゲラと嗤う。
それは凡そ常人の感性ではない、そもそも許される筈が無い。それが許されてしまっては人間として大事な何かが崩れてしまう。
もし、それを本当に、心の底から愉しめると言うのであれば、それこそまるで悪魔の愉しみ方だ。
「くる、って、やがる……」
「狂ってないよ」
だが、女は自分はマトモであると宣う。
「どうせ善人だろうが悪人だろうが、いつかは死ぬじゃん。それをちょっとぐらい早めて何が悪いの? それでも恨むっていうならアタシのせいじゃない。いつか終わりが来ると分かっていて、自由に生きる事が出来なかったアンタが悪い」
純粋に語る女の瞳には、濁りも淀みも、そして善悪の境界線すらも無い。その基準は楽しいかどうかで、そこに他人も自分も関係ない。ただやりたいからやるという無垢の悪意が露出している。
男はようやく理解した、故に死よりも恐怖する。その女の本性、根底、信条は、きっと誰でも持っている物で、本来あるべき理性と道徳で覆い隠している何か。きっと、それを剥き出しになった末路が、この女だ。
だとすれば、それこそ人間じゃない。それはきっと、原始的なまでの悪意という他ならない。
「さぁて、そろそろやろうかな」
女が男の髪を鷲掴み、面を上げる。今、男の瞳には死への恐怖よりも、この得体の知れない存在への恐怖で濁っている。
しかし、女は何も気にしていない。自己に向けられる悪意も恐怖も、寧ろ大好物だとばかりに、舌なめずりさえもする。
「アンタのひいひいひい爺ちゃんってさ、あの男の海賊団の船員だったって話じゃん?」
女は嗤い、哂い、そして囁く。
「何か知らない? まぁ知らなくても次を当たれば良いんだけどさ?」
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『カリブ海には大海賊の財宝が隠されている』
実しやかに囁かれるこの噂は、嘘だとは言い切れない。
北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を繋ぐ、このカリブ海には多くの海賊が存在していた──いや、一応ではあるが、今でも存在している。
だが、真に財宝を求め、自由を求めた海賊は最早居ない。単に掠奪を繰り返す現代の海賊では、その有り様は面影が無い程にかけ離れている。
そしてカリブ海の歴史の中で、星の数ほど海賊は存在するが、海賊らしい海賊と問われるならば、真っ先に名を挙げるのは、ある男の名前だろう。
その男は残虐であり非道であり、誰よりも自由に生き抜いた男だった。
そんな男も海賊の定めというべきか、海賊の大海賊時代と共に終わりを迎え、最後には呆気なく死んだ。
しかし、彼が遺した財宝は消えない。
曰く、その財宝は一生の贅を尽くしても余りあるほどの黄金であると。
曰く、その財宝は手に入れた者には呪いが降りかかると。
曰く、その財宝は男の海賊団だった者の子孫のみが知っていると。
男に対して多くの噂があれど、どれが本当で、どれが嘘など誰にも分からない。そもそも、本当に男という海賊が居たのかすらも曖昧だった。
だからこそ、目の前にある物だけが真実だ。
「ありゃー、これはスゲー」
──カリブ海には大小合わせると、数えきれないほどの無数の島が浮かんでいる。
その中の1つ、どこにでもあるような名もない島の、自然環境の中でポッカリ空いた洞穴の奥に、それはあった。
山だ。長年吹き晒された潮風に錆びついていようと、その輝きを価値を失わない金銀財宝が、無造作に積み上げられて、見上げる程にウズ高い山を描いている。
「これがあの大海賊の財宝かぁ」
女──マハはその黄金の山を前にして、さも興味がないと言いたげに、退屈そうに全体を眺めふ。
そもそも財宝になど興味はない。興味があるとすれば。その先にある物──マハは財宝の山へ、試しに触れてみようと手を差し伸ばす。
その瞬間だった。黄金の山の中腹に手が触れる寸前、指先からドス黒い花火のような閃光が跳ね上がった。
「チッ、やっぱり呪術かかってるか」
指先に残る火傷のような痛みに手を引っ込めると、マハはその手で懐から、クシャクシャになった肌色の紙を取り出す。
「だ、け、ど、アタシにはそんなこと関係ないんだよねー」
次はその紙を通して財宝の一つに触れると、まるで燃えるような勢いで紙が黒く変色し、そして最後には塵に消えた。
すぐさまにマハは同じ紙を懐から取り出し、押し付け、そして塵になったらまた捨てる。それを10回繰り返す頃には、ようやく紙は塵になる事は無かった。
「これ結構高かったんだからその分のリターンを期待しなきゃねぇ」
マハが用いたのは死した呪術師の皮膚で出来た紙だ。
呪術師は生涯を通して、人を呪う術と向き合い、時に呪いが自分に返ってくる場合がある。故にその身にあらゆる呪いへの耐性を身に付けている。
その為、死した後の呪術師の皮膚は強力な呪い避かにも身代わりにもなる貴重品となる。価値で言えば、数百万は下らない代物だろう。
そんな貴重品を紙をマハは惜しげもなく使い、財宝の山に掛けられた呪いを、自身が耐えられる寸前まで解かすと、今度こそ腕を丸ごと財宝の山へと触れた。
「おぉ……これは癖になっちゃうかも」
触れた途端に感じるのは、財宝一つ一つに込められた魔性の誘惑。まるで腕に絡みつくかのように吸い付き。脳髄に直接麻薬を打ち込んだような中毒性に意識が蕩けてしまう。
歴代の貴族や皇帝達がどうして華美な装飾に身を包むのか、マハは分かったような気がした──かの大海賊はこのような感触を愉しんでいたのだろうか。
柄にもなく感慨に耽る辺り、そろそろ頭が可笑しくなって来ている証拠だろう。これ以上は財宝の魔性に取り憑かれてしまう。
「よっ、とぉ!!」
マハは激しい拒絶反応を起こす身体を黙らせ、無理矢理に腕を引き抜く。すると、その余波で財宝の山の側面が波のように零れ落ち、足元近くまで転げ落ちてきた。
「さぁて、そろそろ準備しちゃいますかぁ」
マハはそれを今度は触れるのではなく、邪魔だと蹴り上げると、徐に片手で持っていた杖の底を地面へ突き刺す。
硬い岩盤で出来た地面に杖は刺さらない。だが先端を尖らせた底は、引き摺ると簡単に傷跡を残せる。
「ふんふぅん……ふふぅーん」
マハは岩盤をキャンバス代わりに、鼻歌混じりに傷跡に残して行く。
そうやって出来たのは、荒い巨大な円だ。所々何度も描き直した跡や、線を継ぎ足した跡はあるも、辛うじて円と認識できる程度の面影は残っていた。
そして、円の内側にあるのは、先程の手を突き入れた財宝の山。それを構成する諸々を全てを独占するように、綺麗に収まっていた。
「よし完成!! それじゃあ……」
マハは完成した円に満足して鼻を鳴らすと、唐突に杖を投げ捨て、自身の親指の先を躊躇いもなく噛みちぎった。
流れるのは赤い血──血を媒介に混じる魔力の塊だ。それを足元にある傷跡に、マハ狙いを定めて零れ落とさせる。
行き渡っていく。僅かな溝に溢れた血溜まりが、まるでアリの巣に流し込むように、繋がった溝へ溝へと、限界以上の水量で赤色を染み渡って行く。
やがて、全てに赤に染まった時、完成したのは財宝の山を真ん中に据えた血の円。
つまり、財宝の山を触媒にして、何者かを召喚する為の魔法陣が完成した。
後は、マハ自身が、かの大海賊との縁を手繰り寄せるだけだ。
「──アタシは告げる」
マハが唱える。すると何かが起動したかのように円に染み渡った血が怪しい光を放ち始めた。
長ったらしい文言を捉えるつもりはない。そんな事はせずとも、血で描いた魔法陣には充分に、呼び出す為の魔力は行き渡っている。
だから、ただ一言を持って命じた。
「来い、最悪にして自由な大悪党!!」
全身を折り潰すような激しい痛みと共に、円の奇跡から黄金の輝きにも負けぬ閃光の壁が噴火したように吹き上がる。
「さぁ! 来い!! 来い来い来い来い!!」
これまで感じた事もない痛みに身を捩るも、閃光の壁の向こう側に待ち受けるであろう存在を前にして、マハは興奮で忘れてしまう。
誰が呼び出されるか、既に結果は分かっている。
──英霊を呼び出す際、誰が呼ばれるか本人の相性次第だが、触媒がある場合には、それに所縁のある者が選ばれる。
だが、それでも特定の誰かに絞り込むのは難しい。
例えば、ブリテンに残る円卓の破片を使おうと、最優の騎士であるランスロットが出るか、はたまた太陽の騎士であるガヴェインが出るのか分からない。
しかし、今回は訳が違う。触媒はかつての大海賊が生涯に掻き集めた財宝の一部。ならば、呼び出されるのは一人しかいない。
マハの生涯の目標にして理想である、カリブ海最強最悪の大海賊だ。
閃光の壁の勢いが段々と弱まり、遮られていた円の内側が露わとなる。
そこには一生を費やしても消化し切れない程の財宝の山は跡形も無く消え、代わりに一人の男が立っていた。
2mをも越す大男だ。ボサボサとした髪から白い導火線、トレードマークでもの豊かな顎髭、装飾華美なローブを船乗り特有のガッシリした身体に羽織っている。
全身は手に入れた財宝で着飾る姿は海賊らしく、右手には何人もの血をすすった鉤爪の付いたアームプロテクターが巻かれていた。
「来た……」
マハは名前を問わずとも、それが大海賊時代に生きた本物であると直ぐに分かった。服装や体格からではない、肌を撫でる潮風に乗って直に届く、濃厚な気配からだ。
それは誇りも良心も血も涙もない、財宝の為に、己のために。自由の為に生きた男の気配だった。
肌寒い筈の洞窟内が灼熱の砂漠のように暑く感じる。初めて感じる己の高みの気配に、マハの身体は芯の髄まで忽ちに熱ってしまう。
「アンタがあの大悪党かい! そうだろ! そうなんだよなぁ!! なぁ!!」
マハは興奮のままに、その大海賊へ覚束ない足取りで歩み寄る。そして、触れる寸前まで近づくと、まるで子供のように、大男の姿を捉える瞳を煌めかせた。
それに対して、大男は自分のマスターとなるマハも、じっくりと舐めますように観察すると、合格とばかりに。豪快にも胸を張る。
「如何にも! 拙者、海の男にして大海賊のライダーですぞ!!」
そして、なんとも風貌に似合わない、ステレオタイプなオタク口調で返した。
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