Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
マハが行ったのは、呪いを通じた深層心理への介入──より詳細に言うのであれば、自身の体内で練り上げた魔力を相手に流し込み、対象の意識に干渉する一種の呪術であった。
他の魔術師がそんな荒業が出来るかはともかく、人の精神に干渉する類の呪術を得意とするマハからすれば、少し応用すれば出来る裏技程度──そうして怪物の潜む榊の深層心理に潜り込んだマハが最初に見たのは見たのは、光さえ届かない底無しの闇だった。
「コレが、あのガキの腹の奥ってねぇ。さぁて何処に居るかにゃーん?」
──まるでクレヨンで塗り潰したような一面に広がる暗黒。踏み出した筈の足元すらも見通せない程の空間の中にあっても、マハは物見遊山がてらに悠々と当ても無く歩き始める。
まるでコールタールの海でも満ちているかのように、ドップリと重い液体が足首まで漬かっている──膝を上げれば、脛下まで張った粘り気のあるそれが、脛ごと持っていかれそうだ。
この液体が何なのかは関係ない。此処は榊と言う青年の深層心理。そこに実態などある筈がない──だが、敢えてそれに意味を付けるのであれば、激しい後悔と絶望の表れと言う物だろうか。
「しっかし、あのガキも結構なモン抱えてるねぇ」
だが、それらを生み出す側であるマハからすれば、こんな負の感情の現れなど、特に何も感じない。ただ黒く揺蕩う液体に足を取られぬように、やや大袈裟に踏み出しながら歩くだけだ。
そうして一体どれだけ歩いたのやら──相変わらず真っ暗な空間に嫌気が指し、そろそろ見当たらないかとグルリと視界を回すと、意外にもお目当ての品は、直ぐ近くにあった。
「みぃーつけたー!」
それは無数の鎖で雁字搦めに囚われた──
それにだ、見ただけでも分かる──コレは手を出してはいけない禁忌。かつて人間がパンドラの箱を開けて災厄を解き放ったかのように、鎖に封じ込められたあの男に触れたら最後、この世のあらゆる破滅を呼び込む、正に特級の呪物のような存在感。
──―マハはこの男を知っている。それは薄暗い路地を歩いていた名もなき一般人の記憶から、僅かに記録が残っていた公園の監視カメラの映像から、あるいは元の魂から滲み出た見えない残滓から。
「これだよ! これこれぇ!!」
その破滅的なまでの存在感に充てられた瞬間から──いや、その片鱗を一目見て見抜いた時から、マハはこの男に囚われている。
英霊すらも凌駕する圧倒的な暴力性、異常なまで捻じり狂った鋼の精神、そして折れる事を知らない強靭な信念──マハはこの男の事を一切知らないが、立ち姿を見るだけでも分かる、それらの異常性にどうしようもなく惹きつけられてしょうがない。
触れたい、触れて確かめたい。この男の正体は? 信念は? 経歴は? あらゆる面において、己よりも上を行く存在を前に、その全てを余す事なく知り尽くしてみたい──そんな逸る気持ちを、マハはグッと飲み込んで堪えてみせる。
それは最後のお楽しみ──今はそれよりも面白い事がある。そして自身よりも災厄の存在を前にして、マハは何ら臆する事なく、寧ろナンパするような気軽さで男に呼びかけた。
「ねぇ、そこの男前の怪物さん? アタシと取引でもしない?」
しかし、返事は全く返ってこない。鎖に縛られたまま立ち尽くす、その男はただジッと眠るように目を閉ざし、微動だにしない。
寝ているのか──いや、そんな筈はない。これ程までの男が誰かが近づいた時点で気が付かない筈が無い。それはシカトでも決め込んでいるのかと、もう一度声を掛けようとしたその時。
「何だテメェは」
無数に縛り付ける鎖を物ともせず、突然動き出した男の片手が、マハの細い首を握り潰した。
「ッカ……!!」
喉に奥深く刺さる五指に、気官が脊髄ごと押し潰されている──ミシミシと首の骨が軋む音さえも、酸素不足で霞んでいく意識の中で木霊する。
「答えねぇなら殺す」
そもそも答えられる筈も無い。喉を抑えられ出て来る物と言えば、呼吸困難に喘ぐくぐもった呻き声──しかし、それでも圧し潰された喉の、僅かばかりの隙間から言葉を漏らす。
「あ、たし、も、アン、タと、お、なじ、だ、よ」
「同じか?」
瞬間、首の締め上げが一層強くなる。それに合わせて、軋みを上げていた脊椎が、いよいよ砕ける寸前の悲鳴を上げ、酸素不足の脳は沸騰するように熱を持つ──それは肉体を持たない精神体に有るまじき、濃厚な死の予兆その物だ。
──死ぬ、死ぬ、死んじゃう、何も出来ずに、何の前触れも感情も無く、グキッって首を折られて死んじゃう。この化け物の手でそこらの蟲のように、アッサリと殺されてしまう。
そう考えるとマハは。
「アタシ、も」
人生史上最高に、ハイになってしまう。
「ばけ、ものさぁ!!」
この怪物に絞め殺され、何も出来ずに死んでしまうと思えば、脳から垂れ流される幸福の髄液で、溺れてしまいそうになる──自分の計画が完遂される以上に、自分の憧れる人間に殺される興奮が、マハの中で上回ってしまった。
「化け物、か。テメェもある意味、化け物じゃねぇか」
だが、首を絞めつける男の握力は、どうにか息が出来るぐらいに弱まり、折角脳に貯めた幸福の髄液は、その開いた喉奥からダダ洩れてしまった。
「俺に取引とか言ってたな」
「ゲホッゲホッ! そ、そうそう! アタシとアンタだけの内緒な取引!! スッゴイ良くね? ね?」
それでも冷めない興奮の余韻に、マハは呼吸も覚束ない中でも鼻息が荒く吹かしてみせる。まるで犬が飼い主へ強請るように、少しでも目の前のごちそうだらしなく涎だらけの舌を伸ばしてしまう。
すると、男は興味深そうに眼を細めるや否、その取引の内容も聞かずに、自らの条件を付き出してきた。
「だったら俺から出す条件は2つだ」
先ずは人差し指、マハの喉笛の奥に引っ掛ける。
「一つ、俺の身体にある魔術回路って奴を調整しろ。どうもイマイチ馴染まなくて調子が出ねぇんでな」
「お安い、御用さ」
マハは二言も無く引き受ける──深層心理に潜るに辺り、男の宿主となる榊の身体構造は一通り把握している。そして見た限りでは、魔術回路自体の調整は至極簡単だ。
榊の魔術回路は壊れている訳じゃない。ただ
「二つ」
そして最後の二つ目──それが最もマハの喉に突き刺さる。
「俺を少しで良い。自由にしろ」
それを聞いた時、またマハの脳内で、先程迄とは比べ物にならないぐらいの幸福の髄液が、ドバリと溢れ出した。
──―この男を、自由にしろと? 解き放てば世界すらも殺しかねない災厄の怪物を、アタシの手で現実に? もしそうすれば何が起こる? 無秩序な破壊か? 限りない殺戮か? それともそれとも?
「良いねぇ……良いねぇぇ!! アタシにそんな片棒を担がせるなんてアンタ狂ってるよ!! さいっこうに最低な事をやらせてくれるじゃん!!」
──最早、この溢れ出る衝動を前に、取引など頭の中から抜け落ちてしまった。ただ内側で入り混じる好奇心と破滅願望が入り乱れながらも、マハは無我夢中に男を縛り上げる鎖を解こうと引っ張り上げる。
その瞬間にだった。
マハが、壊れた。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
──コレは痛みなのだろうか?
魂の根元を荒いヤスリで削られていくような苦痛、グチャグチャに世界がこねくり回るような滅茶苦茶な感覚。まるで消しゴムでも掛けられたかのように精神が粗削りに摩耗していく。
「ぁァっピィィgamht@u日ノチ!?」
それはまるでマハという存在自体を抹消するかのような衝動。あらゆる万物全てを封じ込めるかのような鎖の効力。その一端こそが、マハに襲い掛かっている痛みの正体に違いない。
「kfだfjぁkjfだあp@shadhfiaaあsfdgだbふぉ美㏍類くえすttyon!」
──痛い? 苦しい? 辛い? 吐き気がする? 生きてる? 死んでる? どれが正解? アタシは誰? ここはどこ? なにかんがえたっけ? どうなってるの? なんだっけ? あえ? くらい? ねむい? こわい? だれか、おちえて? え……あ、あぁ?
「もう充分だ」
──喉を掴んでいた男の手が離れる。それと同時に、マハの手からも鎖が離れる。
「カハッ!? ガボッ! ヴェェ! ヴォヴォエ!!」
高台から糸を切った人形のように、マハは四肢がバラバラに投げ出され、身体が足元の黒い液体に沈み込む。そして遅れながらに、自分は未だ生きている事実に気が付くと、呼吸も必要が無い精神体の身体で、激しく噎せ返ってしまった。
「これだけ動ければ問題ねぇ。まぁ良くて10分か? そんだけありゃイケるか」
男が嬉しそうな調子で呟いているが、それを確かめるだけの余裕はない。解放されたばかりの苦痛に、肉体と精神が追い付けず、未だの残るその残滓に反応して、小刻みに痙攣を繰り返すばかり。
何も考える事すらも、意識を保つ事すらも出来ない。思考が蕩けて消えてしまいくらいだ──だが、それでもたった一つだけ、マハには思い浮かぶことがある。
あの男は鎖を全身に巻き付けておきながら、何もなかったように喋っていた──マハがたった数秒触れただけで、魂が砕けるような苦痛を浴びていても、平然と正気を保っている。
やはり、この男は化け物に違いない。そして、そんな怪物が誰でもない、自らの手によって解き放たれた──そう思うと、痙攣しか出来ない肉体であっても、やはりドバドバと幸福の髄液が口の端から零れてしまう。
「そういや、テメェの条件を聞き忘れてたな。言ってみろよ」
ふと、思い出したかのように男が足元で溺れるマハに尋ねて来た。そこで、マハもようやく幸福の海から目を覚ました。
──―そうだ、忘れてはならない。此処へ来たのは、この怪物から快楽を求める為では無い。
もっと、もっと永劫に終わらない快楽を愉しむ為だ。
「────」
最後の力を振り絞って、マハがそれを伝えた時、男は何を思ったのか──おそらく、きっと楽しそうだとでも思ったのだろう。口の端にニヤけた笑みを浮かべて頷いてみせた。
「あぁ良いぜ。そん時はやってやるよ」
その約束を聞き届けたのを最後に、マハの意識は電源を切り落とした様に途絶えた。
マハと怪物が残した取引とは一体ーーーそうして、怪物は表に飛び出した。
話が進めば進む程、謎と伏線が深まっていく……果たして、その全てを回収できるのだろうか。
『追伸』
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