Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
額の鉢巻に付けた六文銭をジャラリと鳴らし、真田幸村を名乗るその男は、十文字槍の矛先を眼前に違わず突き付けた。
「真田……幸村?」
突き付けられた矛先に、鋭利に尖る鉄の気配を感じながらも、榊は刃の恐怖よりも先んじて、有り得ない事象を前にした動揺が、脳内で波及する。
真田幸村──幾ら歴史が万年赤点だった榊でも、何度も聞いた事がある戦国時代の武将の名前。だが、それは何百年前と言う過去の人間で、現代に居る筈などない。
だと言うのに、もしやと信じてしまいそうになる。その男が発する言葉や、十文字槍を突きつける立ち姿は、セイバーを初めて目にした時と同様に、疑う事すらも許さない本物の威風を放っている。
戦国の武将が、現代人である自分の目の前に──そんな流行りのライトノベルのようなシチュエーションに、混乱をする暇も無く、男がチャキリと刃を鳴らす。
「その命、我が親方様の為に頂戴致す!!」
男の頭上高くから、十文字槍が振り下ろされる。豪風を巻き起こす切っ先は、音さえも置き去りにして、残像すらも捉えられない速度で、反応すらも出来ずに身体が固まる。
「ッ!!」
──避けられない。そう現実を認識した時には、既に鼻先寸前にまで、大気を切り裂く槍の鋒が届いていた。
「何奴!!」
しかし、切っ先が榊の肌に触れる事は無かった。寸前で歪な横凪ぎに軌道を変えて、頭頂部スレスレを掠める形で刃が逸れてしまう。
そして、横凪ぎの勢いそのままに半回転する槍は、路地裏から矢の如く飛来する銀色の剣先を捉えて弾き返す。
「誰だ!! 背後から奇襲とは卑怯な!!」
弾き返した剣が空を縦回転し、飛来した逆方向へ唸りを上げて戻って行く。それを柄のド真ん中で掴み取り、間を置かずに路地裏の壁を蹴って、重装鎧の騎士が一気に飛び出した。
「バァカ!! 勝てば良いんだよ勝てばぁ!!」
その重装の騎士は兜を被っていても、榊は直ぐに顔が思い浮かぶ。アレはセイバーだ。
セイバーは隙が生まれた男の胴に、赤甲冑ごと叩き斬る勢いで剣を薙ぐ。
「フンッ!!」
しかし、男は振り上げた腕を強引に引き戻し、自分と剣の間に、槍を差し込んだ。
剣と槍、力と力の衝突が巻き起こる。真っ向から打ち合う衝撃の余波が周囲に共鳴し、一瞬の鍔迫り合いでビルの扉や自販機のガラスが忽ちに音を立てて割れていく。
「グゥゥゥ!!」
その衝撃を浴びた榊もまた、皮膚を通り抜けて、骨や臓器を壊さんばかりに振動が全身に伝わる。溜まらず血反吐を口の中から吐しゃ物のように撒き散らしまう。
「どう、なってんだよぉぉ!!」
肋骨が軋む音が耳元で鳴り響く中、身体に収まった臓器を口から溢れ出そうな圧迫感に歯を食い縛り、榊は最早戦慄する他なかった。
──セイバーは間違いなく化け物地味た力を持っている。それは工事現場で蟲を蹴散らした一撃を見ていれば分かる通りだ。だと言うのに、この男──真田幸村は避ける訳でもなく、真っ向から打ち合っている。
物語の騎士と戦国武将の一騎打ち、それはまるで神話の戦いのような、人智を超えた者同士の衝突──痛みや吐き気で掻き乱れた榊の脳内であっても、その事実を前にすれば、ただ傍観する他無かった。
「チィ!!」
「グゥゥゥ!!」
爆発するような鍔迫り合いが数秒続き、そして耐えきれずに弾け飛んだのは、両者共々だった。
真田幸村は榊の真上を勢いそのままに飛び越え、大通りを挟んだ反対側の歩道へと重厚な音を鳴らして降り立つ。そして、セイバーは鎧の踵からギャリギャリと火花を散らして踏ん張り、大通りの向こう側に立つ。
「何もんだテメェ! ランサーか!!」
「如何にも!!」
男は十文字槍をまるで自分の手足のように自由自在に振り回し、最後は堂に入った立ち振る舞いで、セイバーへ真っ直ぐに切っ先を突き付ける。
「貴殿は剣の使い手、セイバーと見た!! いざ尋常に勝負を!!」
「ハッ!! だったらぶっ殺してやる!!」
セイバーもまた、先程の工事現場で見せたように、赤い雷光で白銀の剣を染めながら、構える太刀筋で応える。
「っ……!!」
──既にどちらも臨戦体制。触れるだけで肌をヤスリで擦られるようなヒリつく空気に、榊は息を呑む事すらも忘れて見入ってしまいそうになる。
一変した空気から否応にも分からされる。ぶつかるだけでも周囲を弾け壊すようなぶつかり合いも、2人にとってはホンの些細なじゃれあいに過ぎない。
だからこそ、今から始まるのは本気の戦い──文字通り、互いの命を懸けた決闘。対峙する2人の人外から溢れ出している威圧を肌身で感じて、榊はそう確信せざるを得なかった。
瞬きも忘れて視界の隅々まで目を凝らす。何が合図となって、どちらが先に踏み込むのか、それを見逃さぬように、無意識に瞳が動き出す。
そして、最初に動いたのは。
「はい、そこまでです」
予定調和のようであり、どこまでも予想外の部外者だった。
この場で一番誰が冷静に状況を見ていたかと言うならば、間違いなく自分であると榊は答える。ただ傍観するだけの存在だからこそ、周囲の状況に敏感になっていた筈だ。
だが、そんな榊でも、何が起こったかは良く分かっていなかった。
まるで映画のフィルムが一コマ抜け落ちた後のように、その部外者──セイバーと同じ金の髪をした物腰和らげな神父が、大通りの中央に突如としてポッと現れた。
「誰だテメェ!! 邪魔をすんじゃねぇ!!」
剣の根元から溢れていた雷光が急に収まり、男に向けられていたセイバーの鋭い眼光が、今度はその神父に狙いを定める。それは直接向けられていない榊であっても、思わず胃が背繰り上げられるような感覚が襲う程、激しい怒気を秘めていた。
「勝負の邪魔だと言うのは重々承知の上です、セイバーの英霊さん。ですがこちらの都合としてはこんな大通りで被害を出すのは避けてもらいたいのですよ」
だが神父はセイバーの眼光に萎縮する処か、寧ろ平然と人当たりの良さそうな笑みを見せている。それだけで、この神父が只ならぬ存在である証明をしていた。
「どう、なってんだよ……」
──騎士と武将の激突、そして異質な神父な登場。それらが連続して繋がり、榊の頭がバグを引き起こしそうになる。ついさっきまでの命の危機すらも忘れて、呆然と呟いてしまう始末だ。
「管理する側の貴方が、こんな事をしても良いのでしてか?」
その時、セイバーとは違った幼さがまだ抜け切らない女性の声が聞こえた。しかもそれは地上からじゃなく上空からだ。反射的に声が聞こえた方向へ見上げてしまう。
そこに居たのは巫女服姿の少女。路地裏にそびえたつ建物の屋上から、未だに夜の帳に閃く星空を背にして、切り揃えた黒髪の向こうにある無機質な瞳で見下していた。
「公平性が聞いて呆れるのでして」
少女が一歩、屋上の縁から足を踏み入れる。するとそこに何かがあるようにピタリと空に止まり、そのままもう片足も踏み入れた。
「監督役の本分を忘れたのでしてか」
──まるでそこに見えない階段があるようだった。少女が踏み出す度に、空中に下駄底とぶつかる確かな足音が鳴り、5m以上の建物の屋上からゆったりと降りて行く。
それはマジックか幻なのか。だが、その姿はまるで、夜空から神の使いが現れたかのようで、その現実離れした神秘性に榊は目を離せなくなってしまう。
少女が見えない階段の最後の一段を降りて、神父と同じ大通りのアスファルトへ足を付ける。その時になってようやく、榊は緩慢に麻痺していた感覚を取り戻し、今目の前に広がる現実を直視する事が出来たような気がした。
「夢でも見てんのかよチクショウ……!!」
──寧ろ夢を見ていた方が良かったかも知れない。次々と巻き起こる非日常な光景に、榊は何度も目を擦って確かめる。既に不出来な頭は処理能力を超えており、自分が経験した全てを信じられないでいる。
「如何なる事情で介入をしているのでしてか?」
非現実に頭が沸騰する榊の事など眼中にも無く、その少女は細瞼から見える焦点を、未だ和かな笑みを崩さない神父へと定める。
「聖杯戦争に干渉せず監視する者、それが貴方の役割でしてよ」
「普通なら止めるべきではないでしょうね」
「それを分かっているのであれば、疾く消え去るのでして。それとも私とランサーを相手にするのでしてか?」
「それは困りますね。聖堂教会としても、貴方の背後にある組織とは争いたくはない。ですが、今回は特別です」
何を言っているのか分からない──神父と巫女の間で淡々と繰り広げられる、意味も分からぬ言葉の応酬。それをキャパオーバーした脳で処理出来る筈も無く、ただ右から左に聞き流すので精一杯だ。
「そこの青年に、用事がありますからね」
「お、俺が……?」
だが、神父の視線が此方に向いている事に気が付くと、榊は同様で喉が締め上げてしまった。一体、何故自分が? そう疑問に思う暇すらも与えずに、二人の欄入社の会話がまた繰り広げられる。
「それでも、戦いを妨げるのは聖杯戦争において邪道と言うもの。それ相応の代価は頂くのでして」
「そう言うとお思いでした。ですから貴方にも、相応の報酬は市は居ましょう」
「ほぅ、その言葉に嘘偽りがないのでしてね?」
「勿論、監督役として約束致しましょう」
ようやく話が纏まったのか、巫女と神父は言葉を途切らせる代わりに、視線を互いに交差させた後、そして暫くの無言が続く。
「……承知したのでして。この場は貴方に預けるのでしてよ」
やがて長く垂れ下がった袖で、暫し口元を隠して少しばかり考え込んでいた巫女が、少し口惜しそうに諦め交じりの溜息を吐く。
「感謝いたします。親水 京子」
それを合図にどうやら話が終わったらしい。神父は巫女を通り過ぎて、まだ吹き飛ばされた衝撃から立ち直れない榊に、優しく手を差し伸べる。
「さぁ手を取ってください。貴方の知らない世界についてお話ししましょう」
──迷いなく差し伸べられられた手は、肩越しに浮かぶ月と相まって、天からの誘いのようだ。敵意を微塵も感じさせない笑みに、思わず縋りたくなってしまう。
「……俺は」
非現実な出来事が続いて、頭がイカれてしまっていた事もあるだろう。まるで誘蛾灯に誘われるかのように、榊はゆっくりと手を伸ばしてしまう。
目紛しく変化する現実で飽和した頭が、考える事を止めて、目の前の回答を求めてしまうように。
だが、その握ろうと伸ばした手と手の間を、白銀の剣が断ち切った。
「オレのマスターに触れるな」
断ち切るセイバーの剣が地面にぶつかり、耳を劈く重い金属音が、誘い込まれようとしていた思考を消し飛ばす。そして、自分が手を伸ばしていた事に気が付き、榊は直ぐに引っ込めた。
「おや、貴方のサーヴァントは随分と手厳しい方で」
「テメェみてぇな胡散臭い奴を誰が信じられるっつんだ」
兜越しからでも分かる鋭い眼光が神父を睨みつける。だが、神父はやれやれと困ったように肩をすくめるばかりで、怯える素振りすらも見せない。
「ッ……アブねぇ!!」
セイバーが居なければ、何も考えずに手を取ってしまっていただろう。そうなれば、後がどうなるか分かったモンじゃない。榊は引っ込めた手を握り締めて、誘惑に乗ってしまいかけた自分に現実感を認識させる。
──どうする、どうすれば良い。そんな堂々巡りする思考をしていると、榊は無意識に唯一味方だと思えるセイバーに目が行ってしまう。だが、その身に待った兜と鎧の隙間には、いつの間にか十字槍の刃が背後から伸びていた。
「その剣を引け。さもなくば、首を叩き切る」
「ランサー……テメェ、死にてぇのか?」
真田幸村が構える槍先が。分厚い鎧の内側から覗く首先を撫でる。だと言うのに、セイバーは動じる事は無く、泰然と言の刃で返してみせている。だが、それは先程打ち合っていた時のような五分の状況ではない。
「ッイ……!!」
その瞬間、榊の肌にまたヒリついた痛みが迸る。いい加減、そう何度も体感すれば、原理が分からずとも、それが危険の予兆だと、榊は既に察しは付いている。
「貴方のサーヴァントですが、止めなくてよろしいのですか?」
「致し方無いのでして。向こうから断ると言うのであれば、こちらも応戦する他無いのでしてよ」
神父も巫女も止める気はないようだ。両者が共にセイバーとランサーの元から後退り、傍観する姿勢を見せている。最早、この場で誰も戦いを止める理由は無い。
選択肢は最早、一つしか無い──だが、それを選び取ってしまえば、もう2度と日常には戻れない気がしてならない。
もうこのまま目を閉じてしまおうか──ふと心に差し込んだ弱音に、瞼が重くなってしまう。だがこのまま何も知らないまま、ただ流れに身を任せてしまえば、きっと何も知らないまま生きていける筈だ。
そうすれば、きっと、また元の日常に──
いや、それじゃあ生き残った意味が無い。
「……止めろ、セイバー」
榊は目を見開いた。震えが少し残る膝でゆったりと立ち上がり、遮るセイバーの剣を、鉛が固まったように重い足で乗り越える。
「連れて行けよ、エセ神父」
そして、神父の手を握るのでは無く、その胸ぐらを千切り取る勢いで掴み上げた。
──何も知らないまま死んでしまっては、蟲ジジイに襲われてた時と一緒だ。だったら何も知らないまま理不尽に死ぬくらいなら、榊は責めて納得できる理由を知ってから死にたい。
「ケッ……後悔すんなよ」
「良き判断だ。セイバーの主人」
セイバーが唾を吐き捨て、剣を地面から離すと、明後日の方向へと乱雑に投げ捨てる。それを戦闘する気は無いと捉えたランサーは、突き付けられていた槍先も収めた。
──こうして決断は下された。もう2度と戻れない世界へ、自らの意思で榊は足を踏み入れた。
それを神父はまるで祝福するかのように、月の光を背に浴びながら、手を大きく広げた。
「ようこそ、貴方の知らない『魔術』の世界へ」
次回、ようやく魔術と聖杯戦争について、榊はその意味を知ります。
因みにセイバーとランサーの実力は現状だと拮抗しています。もしあのまま戦いを続けていれば……まぁ、二人が戦闘中にランサーのマスターに殺されてBADENDだったと思いますね。
『追伸』
X(旧Twitter)で投稿報告や、活動報告で裏話を投稿していますので、是非ともお暇な方は見に来てください。
https://x.com/8f8qdLIQID34426
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