Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争   作:ビンカーフランス

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閑話:兄妹になった日

 初めて会った時、直葉に取っては、榊 浩一という兄は、恐怖の存在でしかなかった。

 

『今日から、貴方のお兄ちゃんになる人よ』

 

 今からちょうど3年前ぐらいの時、再婚した母親から、待ち合わせをしていた喫茶店でそう紹介されたのは、外見からして如何にも柄が悪く、地元でも悪い噂を良く耳にする程の札付きの不良──ー榊 浩一だった。

 

『ほら、直葉。新しいお兄ちゃんに挨拶しなさい』

 

 母親の足元に隠れる直葉はそう急かされるも、一向に顔を出そうともしない──ーそもそも、見れる筈も無い。初めて会った人間、それも悪評ばかりの不良に、面と向かって兄と呼べる勇気など、持ち合わせていなかった。

 

 だからこそ、そこから話が進んで行き、母親と義理の父親が一緒の家で暮らし始めた時は、直葉からすれば地獄の始まりのようだった。

 

『──ーただいま』

『ッ!?』

 

 ──ー居間で漫画を読んでいると、玄関の方から兄が扉の開く音が耳に入る。その瞬間、直葉は一目散に部屋を飛び出し、階段を駆け抜けて自分の部屋へと雪崩れ込むように駆け込む。

 

『あれっ? 直葉は……』

『直葉なら上に行ったわよ。全く、いつも部屋に籠ってばっかり……』

『そうっすか……』

 

 扉の僅かな隙間から、微かに母親と兄の話し声──そして、その後に物音がしなくなると同時に、直葉は止めていた息を、安堵で一気に吐き出した。

 

「……もう、やだよ……」

 

 締め切った扉に背を預け、屈めた膝で濡れた瞳を拭い取る──ー此処に来てから三カ月、ずっと同じような毎日だ。

 

 外でも家の中でも、義理の兄とは顔を合わせないように息を潜め、あの恐ろしい義理の兄に目を付けられないようにする。それが今や直葉の日常となっていた。

 

 勿論、そんな日常が辛く無い訳じゃない──ーだが、それでも恐怖の象徴のような不良の兄(榊 浩一)に目を付けられるよりはマシだ。そして何よりも、幼い頃に父親と別れてから、女手一筋で育ててくれた大好きな母親には迷惑を掛けたくなかった。

 

 もう少し、もう少しだけ我慢すれば──ーそんな事を毎晩震える布団の中でだが、そんな瘦せ我慢がずっと続く筈も無い。溜まりに溜まったストレスは、些細なキッカケ1つで簡単に弾け飛んでしまう。

 

「……」

 

 いつの間にか降り始めた土砂降りの雨を、身を潜めた空き地の土管の中から、直葉はその縁に伝わる雫を呆然と眺めている。

 

『どうしたのよ直葉。貴方最近可笑しいわよ? 浩一君の事を露骨に避けて』

 

 ──キッカケは、自分を心配した母親が、どうしたのと聞かれた事からだ。迷惑をかけたくないと固く口を閉ざす直葉に、流石に不信感を覚えたのだろう。

 

 だが、直葉は何も答えようともしない、答えられる筈が無い。再婚したばかりの母親に向けて、義理の兄が怖いから分かれて欲しいなんて、口が裂けても言えない。

 

 そのダンマリした様子に、母親も最初は優しく寄り添うそぶりを見せていた。だが、一向に口の割らない様子を見て、つい口か羅出てしまったのだろう。

 

『どうして、お兄ちゃんと仲良くしないのよ。新しい家族よ?』

 

 その一言が、直葉の溜まっていた不満の蓋を開いてしまった。

 

『お母さんには分からないよ! どうせ私の事なんてどうでも良いんでしょ!! あんな兄ちゃんを持った私の気持ちも知らない癖に!!』

 

 そして、遂には言ってはならない事まで言ってしまった。母親の幸せを誰よりも願っていた筈の自分が、母親のせいで自分は不幸だと、直葉は口を滑らせてしまった。

 

 ──ーそこから先は、直葉も良く覚えていない。多分、衝動的に家を飛び出してしまったんだろう。気が付いたら、隠れる場所として良く使っていた、工事現場に放置されている土管の中に入っていた。

 

「どうしよ……」

 

 今更帰る当てなんてない。そもそも、母親があの兄の父親と再婚してから、直葉には帰るべき所なんて無かった。兄のいる家の中には逃げる居場所なんてなく、味方なんて誰一人居ない。

 

 だからこうして、薄暗い小さな洞穴の中で、独り小さく蹲っている。もうこのまま誰一人居ない孤独の暗闇こそが、自分の居場所なのではないかと思えてしまう。

 

 だが、その暗闇から引きずり出そうとする太い腕が、直葉の腕を掴んだ。

 

「お嬢ちゃん一人かい?」

 

 土管の外から、ヤケに粘り気のある興奮した声が響く──ーその先からヤケに鼻息の荒い、恐らく小学校の担任ぐらい年の離れた、知らない男の興奮したような顔が現れた。

 

「ぼ、僕の家に来なよ。いっぱい可愛がってあげるから!!」

 

 子供でも分かる、明らかに下卑た眼。痣が残りそうな程に強く握られた腕が、その男の方へと、抗う間も無く引き寄せられてしまう。

 

「助け……」

 

 本能的に助けを求めようとしても、直葉は途中で喉が詰まってしまう。

 

 直葉を助けてくれる人間なんて誰も居ない──ー唯一の肉親である母親とは、自ら離れてしまった。今更、頼れる相手なんて、もう何処にも存在しない。

 

 どうしようもない程の絶望に、直葉の身体から力が抜けてしまう。只引き寄せられるがままに、興奮で鼻息を更に荒げる男の胸元へと引き寄せられる。

 

 ──ーもうどうなったって良い。そんな諦めすらも過ったその時。

 

「おいテメェ」

 

 聞いただけでゾワリと背筋が凍る声がした。それと同時に、引きずり込もうと掴まれた掌が緩んで、直葉から離れる。

 

「俺の妹に手ェ出してんじゃねぇぞ」

 

 その瞬間、バキリッ! と、何処かの骨が砕けるような音を鳴らして、土管の向こうから覗く男が消えた。

 

「ったく、こんな所に居やがったのか……どんだけ探し回ったと思ったんだよ」

 

 そして、次に土管から顔を出したのは、怖い兄(榊 浩一)の心配顔だった。

 

「あっ、えっ……」

「ほら、帰るぞ。お前の母ちゃんも心配してんだからよ」

 

 何があったのか呆けている間に、先程の男とは違った優しい力加減で腕を掴まれると、土管の中から引き上げられる。今しがたの恐怖に腰が抜けていた直葉は、そのままに雨が降る外へと出てしまった。

 

「どう、して」

「ん? 当たり前だろ」

 

 どしゃ降りの雨に濡れないように、泥だらけの学ランを、頭から被せられる。そして、その上から、直葉はグシャグシャと髪を撫でられた。

 

「どんなに嫌われようと、俺が兄でお前が妹だから。それ以外に無ぇだろ」

 

 水を吸って重くなった学ランの端から、泥と雨でズブ濡れになった榊の姿が映る。

 

 ──―榊は、兄は知っていた。自分が嫌われている事に。それでも、たった妹だからと言う理由で、こんなドシャ降りの雨の中をずっと探し回って、直葉を見つけてくれた。

 

 どうしてそこまで、自分の為に必死になってくれるのか。つい最近までは妹ですらなかった赤の他人、況してや嫌われている相手に優しくしてくれるのか。

 

 分からない、分からない、分からない。何も分からないが。

 

 自分の兄の手が温かいのは、分かった。

 

「俺はさ、お前がウチに来た時から決めてんだ」

 

 握られた手から、雨の冷たさにも負けない熱が伝わる。その温もりが直葉に教えてくれる。

 

「兄貴として最低だろうけど、それでもお前が大人になるまでは絶対に守ってやるって」

 

 きっと、理屈なんかじゃない。榊は──ー兄は、兄だから、そして妹は妹だから守ってくれる。血の繋がっていなくても、このぶっきらぼうに優しい家族は、何回だって助けてくれる。

 

「それじゃあ、帰るか。そんで一緒に怒られようぜ」

 

 兄が直葉を抱える。自分よりずっと広くてゴツゴツした背中が怖かったけど、今はとても頼もしく思えてしまう。

 

「兄……ちゃん。あり、がとう」

 

 その背中に直葉は顔を埋めると、勝手に言葉が口から出てしまう。すると、ただでさえ水浸しのYシャツが、勝手に目から零れる涙にもっと濡れる。

 

「気にすんな」

 

 自分を背負って歩き出す兄の顔は隠れて見えない。だが、きっと優しい顔をしているのだろう。

 

「なんせ、俺は『兄ちゃん』だからな」

 

 止まない雨の中を、2人の兄妹が家に帰って行く。ギクシャクによろめきながらも、それでも最後には真っ直ぐに歩き出す。

 

 その日から、直葉は榊の妹となった。

 

 そして今、直葉は妹として、その責務を果たす。




夏コミケより、無事帰還いたしましたので、今日から投稿再開します。

休んだ分のブランクを取り戻さねば……と言うか、その前にお仕事したくないよぉ……

『追伸』
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