Fate/Red Knights 真性第四次聖杯戦争 作:ビンカーフランス
神宿市の地下鉄は、さながら迷宮のように入り組んでいる。まるで市全体を結びつけるかのように整備された地下街は最早、第二のメインストリートと言えるだろう。
それだけの面積を持っているのであれば当然、地下鉄には大小問わず、様々な店舗が集まる。若者向けの小雑貨店もあればファストフードのチェーン店、キワ物なら占い屋など、その種類は多様を極めている。
そんな地下街に乱立する店舗の中でも、特にSNSで有名となっているのが、榊が今手に持っている老舗和菓子屋の出張店『響屋』の太鼓焼きだった。
「タイコ……‥ヤキ? オイ、シイ」
「あっコレ! 美味しい!! チョーサイコーに美味しいよ!!」
パディと直葉が、出来立ての湯気を上げる太鼓焼きを一口食べ、余りにも美味しいのか、感動で目をキラキラと輝かせている。その口に少しのあんこが付いているのはご愛嬌だろう。
「コレが日本の和菓子という食べ物ですか……中々に味わい深いですね」
そして榊の隣に並ぶアーチャーもまた、太鼓焼きを一口を食べてから、その美味しさに納得したように頷いた。
「だろ? ジャパニーズ文化舐めんなよ。まぁ、俺も初めて食べるけど」
ニュースで偶々見かけただけなんだけどな、とは思いながらも、榊も手に持った太鼓焼きを一口頬張る。すると、後を引かないこし餡の純正の甘さと、フワフワとした生地の柔らかさが頬一杯に広がった。
やはりSNS、SNSしか勝たん───一度食い始めたら口が止まらずに、夢中になって太鼓焼きを食べ切ってしまうと、空になった紙包を適当にポケットに突っ込む。そして、自分よりも少し背の高いアーチャーを見下ろすように目を向けた。
「コレで貸し一つだ。良いな」
「私から何か物を借りた覚えはないのですが?」
「気持ちの問題だっての。借りが有れば、アンタみたいな人間は早々に手を出さねぇだろ」
無言を持って暗に肯定を示す。今まで見て来た狂犬みたいな英霊達とは違い、アーチャーは理論然としている。なので、借りがあれば、そう容易く敵対はしないだろうとタカは括っていた。
とは言いつつも、そんな腹黒い思惑だけが全てではない。榊は行き交う人混みの中を、自分達よりも少し前を歩いて、楽しげに太鼓焼きを食べ歩く直葉とパディへ目を向ける。
「この太鼓焼きの味が分かるって事は、アタシも大人になったって事かな〜? だってアタシ、鍛えてますから!!」
「オトナ……?」
こんな中身のカケラも無い妹とその友達の話を聞いていると、つい心の内がくすぐられてしまう。二年もの間、離れていた分だけ、直葉の見せる日常風景に、フッと微笑みが零れてしまう。
「それで、私に何か聞きたい事でも」
「……やっぱり、バレてんだな」
だが、その微笑みも、アーチャーの一言で直ぐに引っ込んでしまう。どうやら、最初から底の浅い榊の魂胆など、当に見抜癒えていたらしい。
榊は呼び止めた当初の理由を思い出し、誰にも聞かれないように道行く雑踏の音に紛れさせ、アーチャーに問いかける。
「お前は、何の為に戦う」
「それはどういう意味で?」
尋ね返される言葉に反応する訳でもない。ただ胸の内を吐露するように、LEDライトに照らされた天井を見上げながら、細々と喉から声を絞り出す。
「俺のサーヴァント……セイバーは、騎士として護る為に戦うって言った。でもよ、全員が全員そうって訳じゃねぇだろ。だから、お前達英霊が、何の為に戦うのか気になるんだよ」
今まで出会って来た英霊を思い返してみれば、ランサーのような
榊は大事な妹を、聖杯戦争から護る為に戦う。だが、英霊側に取って、マスターという存在は護る価値があるのだろうか。その事がセイバーと喧嘩別れした時から、ずっと頭に染み付いて離れなかった。
すると、アーチャーもまた、天井のLEDライトの照明を見上げる。だが、それは榊と同じように黄昏る訳ではなく、目線を合わせる為にだった。
「……貴方は知らないでしょうが、我々英霊もまた、貴方達と同じように『聖杯に願いを叶えてもらう為』に、現世に現れています」
「聖杯って、そんな事が出来んのか?」
「少なくとも、そう知識を与えられています」
英霊達が何を願うのかは分からないが、そう言う事であれば、納得は出来るような気がした。聖杯戦争の参加者達が、命を懸けてでも願いを叶えようとするのと同じく、英霊達もその為に仕えているのだとすると、何ら不思議な事ではない。
だとすると、一つ身近な疑問が、頭に過る。
「じゃあ、アーチャーにも叶えたい願いが有るのか?」
この英霊──―アーチャーは何の為に戦っているのか。
榊の見た限りでは、このアーチャーと言う英霊が、何かを求めるような強欲さがあるようには思えない。そうなると、一体何の為に戦うのかが、ふと気になってしまった。
「えぇ、在りますとも」
天井を見上げていたアーチャーの顔が、下に落ちて行って通路の先を見る。それに合わせて、榊もまた、同じ景色を見つめる。
「私の願望はマスター……パディの幸せです」
見つめる景色の先には、直葉に手を引かれて、嬉しそうに顔を綻ばせるパディの笑み。それはさながら、少女の幸せその物を体現しているように思えた。
「それは……戦わないと手に入れられないのか」
「そうですね。パディは、真の幸せの意味を知らない。聖杯でしか、その傷は癒せないでしょうね」
しかし、断じるように応えるアーチャーの言葉には、一切の迷いが無い。それを聞くだけで、榊はこれ以上追及する事は出来なかった。
「そうか……」
パディの事を何も知らない自分と比べて、アーチャーはパディの事を深く知っている。だとすれば、榊が口を挟む隙間など無いだろう。例え、そのせいでいずれ戦う事になったとしても、恨むつもりは無い。
そして、アーチャーが戦う理由が分かった今、榊はまた新たな疑問が、頭の上に浮かんだ。
「……アイツは、何の為に戦ってんのか」
──―アイツは、セイバーは騎士として、護る為に戦うと言っていた。だがそこに、アーチャーのように、誰かの幸せを願うような清廉さは全く感じられない。寧ろ、自分の為に戦うと言っている方が、幾分説得力があるくらいだ。
もしかすれば、セイバーもまた、何か叶えたい願いがあるのだろうか。それは、本人でさえも気づいていない物だとしたら───
「兄ちゃん兄ちゃん! もっと奢ってよぉー!! ほらクレープとかケーキとか!!」
しかし、深く考え込むよりも前に、自分の手を引く直葉の露骨な猫撫で声が邪魔をする。そこで榊は、ようやく遠くの推測よりも目の前の現実に目を向けた。
「お前は俺の財布を爆裂させるつもりか? 黙って太鼓焼き一つで我慢しろ」
ポケットに突っこんだままの財布を、ズボン越しにその厚さを確認する。
最近の……と言うか、主にセイバー関連のせいで、ほぼ皮一枚になっている。これ以上の出費があれば、ヤの付く所から借金をする羽目になり兼ねない。
「お金が必要なのですか? でしたら、私の方から払わせて頂きますが」
だが、財布のモノ寂しさに顔を萎めている榊に、アーチャーから救済の手が伸ばされた。流石はイケメン、その余裕気な爽やかスマイルも、今であれば純粋に眩しく見えてしまう。
「えっ、いや良いっての。直葉の我儘に付き合う必要はねぇから」
しかし、そう簡単に甘えるつもりはない。金の貸し借りは、時に争いの火種となる。貸した500円を巡って、地元の暴走族と抗争を繰り広げた事のある榊からすれば、猶更首を縦に振る訳には行かなかった。
「そう遠慮せず……それに、パディもそれを望んでいるようですから」
「……なるほどな」
耳打ちされた言葉に耳を傾けて、スイーツの欲望で目を煌めかせる直葉の隣を、横目でチラリと盗み見る。そこには、パディが頬を恥ずかしげに赤らめて俯きながら、少しだけお腹からクゥゥ……と可愛らしい音を鳴らしていた。
「……まぁ、そう言う事なら、貸してもらうか。ありがとな」
イケメンは気遣いまでも完璧らしい。あくまで直葉の我儘に突き合ってやると言う素振りを見せながら、榊はその好意に軽く頭を下げて感謝を示す。
「えぇ。先に言いますが、コレは借りを返す事には含みませんからご安心を」
「嫌味か、それはよ」
貧乏だと暗に言われた気がしなくも無いが、此方は金を恵まれる側。多少の嫌味は聞こえなかったフリをして見過ごしてみせる。
しかし、それでも見過ごせない物が、アーチャーの掌には有った。
それは白服の内側から取り出した、高級革仕立てらしき豪華な財布。そして、その札入れにギチギチに詰め込まれた無数の諭吉さんの行列から一束を……。
「ストォォォォォォォォップ!!」
「どうか致しました?」
「俺に内蔵売らせる気がテメェは!? このブルジョワイケメンが!!」
ゴッソリと札束を取り出そうとするアーチャーの手を慌てて掴み上げる。一体幾ら取り出す気なのかは分からなかったが、レンガブロック感覚で取り出しそうとしていた。
「野口さん数枚で良いんだよ!! 諭吉さんは黙って財布の中にしまっとけ!!」
「野口さん……諭吉さん、ですか? それはどなたの事を言っておられるのでしょうか」
アーチャーの澄んだ眼を見れば、それが冗談ではない事が直ぐに分かる。貨幣制度というのをご存じ無いという感じで、自然に首を傾げている辺り、本気で金銭感覚がバグっているようだった。
「日本円の札全部が一万円認識かアンタ!? 兎に角一枚で良いんだよ一枚で!!」
「はぁ……」
このままでは、臓器の5,6個を売りかねない程の借金が出来てしまう。そこで榊は、パンパンに札束詰め込まれた高級財布から、半ば奪い盗る形で諭吉の一枚を抜き取った。
「良いかアーチャー! この世の全ては大体これ一枚で何でも買えるんだよ!! 覚えとけ!!」
「兄ちゃん。アタシ馬鹿だけど、それ絶対違うってのは分かるよ」
「シャラップ! 金の価値も知らない小童は黙ってろ!!」
一万円さえあれば、一か月は生活が出来る事を知らない小娘の戯言は聞き流すとして、これなら少女達二人のスイーツに飢えた腹を充分満たす事が出来るだろう。
借りた一万円札を、アーチャーとは対照的にボロボロの財布へ仕舞い込むと、榊は甘味の期待に目を光らせる少女二人に対し、答えが分かり切っているが尋ねてみる。
「それじゃあ、今度はパフェでも食いに行くか?」
「いやったぁぁぁ! 王子様大好きぃぃ!!」
すると、直葉が野生動物さながらの跳躍で榊……ではなく、
「ヤッ、タ……!!」
だが、静かに胸の内でギュッと両手を握り締め、喜ばし気に顔を緩ませるパディを見てしまうと、そんな小さい敗北感もすっ飛んでしまう。
「良かったな。王子様に感謝しろよ」
榊はそんな些細な幸せに賛同してやろうと、喜んでいる顔を見せないように俯いているパディへ、ふと声を掛けたその時。
「んっ?」
しかし、目に映る些細な違和感に、その口が止まった。
──―それはきっと、只の偶然に違いない。ふと、今まで地下街を照らしていた天井の照明が、不規則に点滅を繰り返し始めている。
「蛍光灯でも切れ欠けてんのか?」
しかも良く見れば、それは照明一つだけでなく、見渡す限りの通路全てが、あやふやな光で点滅を繰り返している。地下に奔る電気系統がイカれてしまったのだろうか。
そう思った瞬間、地下全体を揺るがす程の揺らぎが、榊の足元を掬い取った。
「ッア!?」
予兆すらも無く、突然始まった大地震に、立っている事も出来ずに、溜まらずに膝を付く。だが、それでも激しい揺れに耐え切れず、身体がタイル張りの地面に張り付いてしまう。
「畜生! 地震か!?」
焦点が定まらない程の縦揺れする視界の中で、それでも榊は必至に顔を上げる───だが、未だに点滅を繰り返す照明が、周囲の様子を曖昧に隠していて、何も見る事が出来ない。
『キャァァァ!地震よぉぉ!!』
『生き埋めになっちまうぞぉ!!早く地上にぃ!!』
『直葉! そのまま私に捕まって下さい!!』
「う、うん!!」
周囲の悲鳴と剣層に紛れて、アーチャーの切羽詰まった叫びと、それに頷く直葉の声が聞こえる。
アーチャーが居るのであれば、直葉は安心だろう。だとしたら、自分が手を伸ばすべきなのは───。
「パディ! 手を伸ばせ!!」
榊は這いつくばったままに、無我夢中になって、必至に前へと右手を伸ばす。その向こうには、先程まで一緒に居たパディが居る筈だ。
「聞こえ……てるか!パディ!!」
僅かな床タイルの繋ぎ目に指を食い込まなければ、身体ごと持って行かれそうな、激しい縦揺れの中で、それでも一寸先すら良く見えない先へと、手を伸ばし続ける。
──―そして、遂に伸ばした掌に小さく柔らかい感触が触れる。
「タスケ……!!」
その声が聞こえた瞬間、唯一の明かりであった頼りない照明は、完全に光を失った。
完全な暗闇は、五感すらも鈍らせる。一寸先すらも何も見えない世界の中に居ると、まるで着の身一つで宇宙空間に放り出されるような気分だった。
果たして、自分は本当にそこに居るのか、自分の手はパディを握っているのか。そんな事も分からないまま、未だ続く縦揺れに耐え続け───そして、呆気ないくらいにピタリと止んだ。
すると、まるで示し合わせたかのように、上方向から光が差し込む。アレほど曖昧に点滅をしていた照明が、カッと強く明るさを取り戻した。
暗闇に慣れてしまった瞳孔が、光を取り戻した世界を捉える。
そこは、元居た地下通路──―だが、榊が知るその場所とは違う。
アレだけ賑わっていた筈の人波も、所狭しと並んでいた軒並みも──―直葉もパディ達も居ない。
「ハッ?」
welcome to Under Street──―最初の舞台は、地下となります。
『追伸』
X(旧Twitter)で投稿報告や、活動報告で裏話を投稿していますので、是非ともお暇な方は見に来てください。
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