人と化生と奴隷と躯、異界の戦で何を満たす? 作:三4578九
読みたいので書きました。
パソコンのモニターが何よりも光源として機能している薄暗い部屋の中、己のマウスのクリック音のみが静かに部屋に響く。
齢は気が付けば十七であった。
赤子の頃の記憶がまるで昨日の事のように思えてくるほどに時の流れは速かった。
そう、早かったのだ。
どこぞの偉い学者様が言うには、人生における零歳から二十歳までの体感時間と二十歳から八十歳までの体感時間は大体一緒らしい。
だが、己にとって十七歳までの体感時間は今までのどの生よりも一瞬で過ぎて行った。
色々な事を試した。
久方ぶりに女を磨いて見るかと、化粧と服に手を出した。
親を安心させられるからと、二度目や三度目で得に精を出した勉学に励んでみた。
人との交流を深めて見るかと、友人と呼称できる仲の者を作った。
文武両道であるのは悪いことでは無い筈だと思い、四度目の生の経験を生かして、幾つかの部活に手を出した。
他にも、読書、縫物、機械弄り、料理、作曲、絵画、車に二輪とありとあらゆるモノに手を出した。
されど、そのどれもが味わいにかけていた。
沸き続ける心の炉は静まったのだ。
新たにやる事はそのどれもが楽しくあり、発見があった。
まだ心の底は沸いてはいるが、剣道部に体験入部した際も湧き上がる衝動は微かにあれど、少し竹刀を合わせれば収まった。
だが、楽しさの中身は空虚で味気が無いのだ。
新たなことで満たせば満たす程に炉は火の勢いを落として行き、それに伴って生きる気力も失せてくる。
喉を通る飯は味気のない粘土に変わり、朝日は退屈を運んでくる鬼火の灯りと化した。
幸いこの濁った瞳をあの優しい母親が見ることはないのは救いであろう。
母は体が元々強くなかったのか数年前にぽっくり逝っていた。
父親はいるが理不尽な拳の押しつけを返り討ちにしてやれば、手を出して来なくなり、最近は家にすらあまり帰って来なくなった。
ある種、理想的な環境とも言えるかもしれないこの状況に嘲笑が漏れる。
もういっそ家にある父の酒を浴びるように飲み、再び腹を切って死んでしまおうか。
そんな血迷った考えをもう一度鼻で笑って、マウスをカチカチと鳴らす。
同じ年代を何度も繰り返せば、最新の映画も最新のゲームも見慣れたモノが多く存在する。
下らない雑学が乗ったサイトも見たことがあるモノが多い。
故に一度たりとも見たことがないサイトを見つければ、少しは味気のある発見が得られるかもしれない。
そんな事を考えながら、己は思考をゆるりと動かして、サイトを見つける主要な単語を探す。
いきなり突飛な単語を思い浮かべようとも出ない故、直近に思い浮かべたモノを並べて連想する形で。
【母、父】どちらも調べたことがあるものだ、曾孫までみて大往生までしたことがあるのだ、調べたことなど当然ある。
【病気】特定のサイト以外は余り多く見た覚えがないが、医者をやっていたのだ。正直見ても何かを得られる気がしない。
【酒】一度目から四度目まで世話になっている。
何かないかと思考の海を揺蕩いながら、ふと思い付く。
【切腹】……自殺……『自殺サイト』。
三度目の生の際に知り合いの精神科医が話していた中にもあったような気がする単語だ。
当時はそんなものがあるのかと認識し、いつか調べようと思ったまま結局一度たりとも調べなかったサイトだ。
二リットルボトルのキャップを捻り、残っていた僅かな水を飲み干してボトルを後ろに放り投げる。
己は欠伸を一つしてから、検索ワードを左手だけで打ち込んで雑にエンターを叩いて、サイトを開いた。
濁った瞳をした女が薄暗い部屋で画面に張り付き、自殺サイトを眺める姿は見るからにと言った様相を呈しているであろう。
別に死んでも構わないとは思っているが、今の所は自殺する気などさらさらないのだが。
なにより、死にたいのならばこんなサイトを見たりしないでさっさと死ねばいい。
己のように自身の腹を介錯も無しに搔っ捌くなどという真似をしなければ、少しの苦しみでさっさと楽になれようにと思ってしまう。
だが、それは死を何度も味わってしまって、死の恐ろしさが夜の厠へ行く程度にまで下がってしまった己にはわからぬものなのであろう。
ホイールを動かしてサイトを眺めていると、流石は『自殺サイト』と言われているだけあって気分が鬱々と沈んでくる。
濁ってはいても七分は開いていた瞳は半開きに、規則正しかった鼻呼吸は僅かに多く吸った空気を口から吐き捨てた。
スクロールしてはクリック、クリックしてはスクロール。
新しいモノには他ならないが、炉が静まるというよりも炉に砂をかけられたような気分だ。
段々とホイールに乗せた指も重くなり、画面の右下に目を向け時刻を確かめれば十の位が変わっていない。
ある種、今世に生まれてから一番時間が長いと感じたかもしれない。
ゆっくりと目を閉じ、億劫な瞼を持ち上げる。
とりあえずこのページを最後まで見終えたらサイトを閉じようと、先ほどよりも少しばかり早くホイールを動かすと、それはふと目についた。
『自殺の決意をする前に』
そう書かれた簡素なリンクだった。
いやに気になる。まるで歯に挟まった鶏の肉のようだ。
大方こんなサイトにあるリンクだ。
良くて広告、悪くてウイルスと行ったところであろう。
本来であればここで逡巡するべきであるのかもしれないが、己のパソコンに大したデータなど入ってはいないし、最悪パソコンの初期化とOSの再インストールは今世で覚えた。
逡巡する必要は欠片たりとてありはしない。
一も二もなくクリックすれば、そこは長ったらしい説明とやけに選択項目の多いページだった。
広告だと当たりを付けながらも、一応ウイルスとして変なモノがダウンロードされていないか確認してから、ページに目を流していく。
長ったらしい文を要約すると「此の世で生きづらいならば、異なる世で生きてみればよかろう」というような何処ぞの宗教でありそうな内容であったが、別に死ぬことを進めてくる訳でも無ければ、金をせびって来るわけでもない。
正確には違うが昔似たようなフレーズを聞き、似たようなモノを見たのだ。
「ネットゲーム、確かMMO……」
口からぼそりと言葉が漏れた。
ゲームは流行り廃りと付き合い程度でしか触った事がない。
だが『MMO』なる種類のモノは、二度目の生で仕事を定年退職した後、孫と遊んでやりこんだ覚えがある。
有り余る年寄りの時間と財力を用いて、「ランカー」なる者にまで上り詰め、年寄りの本気に対して、娘の呆然とした顔と輝く孫の笑顔が魂に残っている。
「久方ぶりにやってみるのも、これまた一興かのぉ?」
先ほどとは違い、態と言葉にして沈んだ心を揺り起こす。
あの頃は孫にかっこいい所を魅せたいという原動力があったからこそやれたが、きっと今ではどれだけ頑張っても手慰み程度にしかならないだろう。
それに最初は孫に教えて貰いながらやっていたのだ、今回は全くの事前知識なしにやる事になるのだから、気楽にやらねば気が持たなくなろう。
それでも、何もしないよりは良いとカーソルを選択項目に合わせていく。
世界観は昔を懐かしむのも良かろうと孫と遊んだ『剣と魔法の世界』に。
文化や国の数は多い方が楽しめるであろうからできるだけ多く。
戦争の頻度は無ければないで面白味にかけるであろうが、余り多くても炉の火が揺れるであろうから、有りはするがほんのりと友好的な世界へ。
それからダンジョン型とフィールド型は孫と遊んだ時を参考に両方を。
言語の方は日本語がなく、知らぬ言語しかない故に最初から設定されているブラヒム語を。
他にも、種族数やら食べ物やらと選んでいく。
随分と選択できる項目が多い事に昔やったやたらと長い街角アンケートを思い出して、ほんの少し口角を挙げながら選んでいると、ボーナスポイントの設定というページへと変わる。
いよいよゲームらしくなってきたと思い、カーソルを動かしてクリックしていく。
どうやらボーナスポイントを何ポイント得られるかはランダムで『やり直す』という項目をクリックする事で、高い値が出るまで粘る事ができる仕組みだ。
どうせここで妥協すれば後々すぐに辞めてしまうであろうから、ここはしっかりと最大値まで粘るべきである。
どうせ己の時間に制限はないのだから、そう考えてクリックを繰り返す。
孫と虚無に飲まれた顔で同じ敵を何度も倒し続けたあの日を思い出す。
カチカチとなり続ける音が、虚しいのか心地良いのかわからないこの感覚が実に懐かしい。
途中、一度厠で用を足し、時間にして朝刊を読み終わる程の時間の成果は、画面にきっちりと鎮座していた。
【99】
項目の大きさから見て三桁はないであろう、それ故に上限で間違いないであろう九十九の数字。
僅かに感じる妙な達成感に苦笑しながら、己は『設定する』と書かれた項目をクリックした。
次はキャラクターの設定、主人公の設定であった。
先程のボーナスポイントを使用して、己の主人公の基礎的な能力を上げたり、ボーナスの装備、呪文、スキルを得られるとの事である。
項目と選択の嵐を抜け、我慢比べを制した先にあるモノが、余りに割り振れる種類の多い設定画面という事実に呆れと面白さを覚えながらゆっくりと眺めていく。
ワープや鑑定、値引き交渉など、色々と有用そうな項目が多岐にわたり、どれを選ぼうかと悩む中、ボーナススキルの一番下、最後の最後にその項目はあった。
『キャラクター再設定』
何とも異彩なその項目に目線が少し生暖かくなってしまう。
この手のゲームというものは「ナーフ」や「バランス調整」なる更新で、技や装備の弱体化や強化が良く行われる。
それは特定の職業や装備などを持つ者などが有利にならぬよう、皆で楽しく遊べるように行われる者であるが、当然弱体化をくらった技や装備を使う者からすれば堪ったモノではない。
実際、己は使用していた装備の大幅な弱体化で、健康診断の前日に孫と共にやけ食いを敢行した事がある。
きっと苦情が入らぬようにであろう。
ボーナス呪文の何かを弱体化するか、強化した際に苦情が入っても、このスキルの存在があれば「再設定しない奴がマヌケ」と言える。
きっと会社の苦労の結晶なのだ。
己は『キャラクター再設定』に静かにチェックを入れた。
その後、それなりの時間をキャラクター設定にかけた。
設定しているうちに、能力値以外の装備やスキルなどは、より強力なスキルを得るには必要なポイントが倍々に追加されるという事がわかった。
例えば、一ポイントで取得できる『獲得経験値上昇』というスキルの一つ上である『獲得経験値二倍』を得るには、最初の一ポイントに追加で二ポイント、合わせて三ポイントが必要である。
さらにもう一つ上のスキルである『獲得経験値三倍』を得るのならば合わせて七ポイントが必要になるのだ。
数が増えていけば、頭の中で計算するには少々大変になるかもしれないが、画面を身ながらゆっくり行うには頭の体操程度で丁度良い。
最終的に数多ある項目の中から選んだにしては、随分とすっきりとした構成となった。
【ボーナススキル】
『鑑定』『ジョブ設定』
『キャラクター再設定』
『必要経験値二十分の一』
『獲得経験値十倍 』
『詠唱短縮』
【ボーナス呪文】
『ワープ』
装備を無視し、最初から己を鍛え上げる事を重視、万が一の為にワープを使えるようにした完全なる育成に特化した形とした。
結局どれだけ良い装備を持とうが、使い手が下手ならばそれなり止まりで終わってしまう。
自力を鍛えねば話にならん、そう思っての構成である。
最後にもう一度間違いが無いことを確認しなおし、決定をクリック、己はキャラクター設定を終了させた。
すると画面が切り替わる。
【警告!】
あなたはこの世界を捨て異世界で生きることを選択しました。
二度とこの世界に帰ってくることはできません。
続けますか?
≪はい≫ ≪いいえ≫
それは何とも小洒落た警告文であった。
それ程に熱中するゲームという事なのであろうか、それならば嬉しく、望むところであるが。
されど、何とはなしに不吉な予感がする。
眼玉の裏側を見られているような、足元に何かが待ち構えているような。
四度目の生で幾度となく感じた碌でもない事が起きる気がする前兆だ。
己はゆっくりと≪はい≫をクリックした。
【最終警告!】
本当に二度と帰ってくることはできません。
それでも続けますか?
≪はい≫ ≪いいえ≫
クリックの返答は二度目の警告であった。
『最終警告』と書いてあるのだから、もう一度警告がある事はないのであろう。
己の経験がここで引き下がるべきだと訴えてくる。
大抵の場合、己はこの手の直感の類に従わなかった際には後悔してきた。
理性的に考えるのならばここは引くべきなのだろう。
されど、それは直感が間違わなかった訳ではない。
失敗した際に「直感に従ったのだから仕方がない」と納得ができているにすぎないのだ。
ここで変化を拒んで何も得られずに今日を無為に過ごすのであれば、きっと次に何か変化の兆しがあろうが、また無為にする気がする。これもまた直感であった。
それに……、どうせ死しても良いと思うているのであれば、どんな不幸も羽虫が如き些細な事に変わりはない。
そう、思うのだ。
パソコンのモニターが何よりも光源として機能している薄暗い部屋の中、モニターに映る『自殺サイト』のページだけが、部屋主がいた形跡を残していた。
続くかわかりません。
感想くれるとやる気が出ます。