※所謂現代パロディー物
※本編に全っっく関係のない話なので引っ込めるかも
必須:こまけぇこたぁ良いんだよの精神
9/7 あとがきに追記
茹だるような日中の暑さが、陽が沈んでもまだ続くオフィス街。
高いビル群の中にポッカリと開いた緑地には、申し訳程度にベンチが設えられており周囲に人影はない。
傍には寂し気に街頭が灯り、LEDの明かりに寄り付く虫も少ないのはありがたい。パンツスーツに汚れが付くことも構わず、遠慮なくベンチへ腰掛けてガサリとコンビニの袋を揺らした。
地球がぶっ壊れてしまったのか、年々気温が上がっているような気がする暦の上では秋の8月下旬。
ガサガサと袋を漁り、ケースを無遠慮に開けて6缶束のうちのひとつを手に取って、ぷしゅっと炭酸の抜ける音を立てる。そのままぐぃーと缶を呷って一気に中身を飲み干した。
カラカラの喉に音を立てて炭酸が染み込み、今朝から何も食べていなかった胃がアルコールに反応して熱くなる。
昔からお酒は強い方だ。大学の頃から覚えたアルコールの味は、今の精神安定とストレス緩和に役立っている。子供の頃は父のような吞んだくれになりたくなかったのに、今ではすっかりその様へと成り果てていた。
空になった缶を、誰も座っていない隣に叩きつけるように置く。カンッと軽い金属音が周囲に虚しく響いた。
「ほんま腹立つわー!」
誰も聞いていないだろうから独り言も自然と大きく口を出た。
もう一本袋から取り出し、そのまま一口。
ぬるくなる前に全部飲み干してしまおうと、無造作に破った元6缶束ケースをちらりと見て、周囲に人がいないのを良いことに足なんかも組んだりして。
都会に出てきてから、自分が思い描いていた大人にはなれていない。憧れていた仕事も現実を知り、気が付けば数年が経過した。
元々何だって器用にできる方だった。仕事もさくっと覚えて独立し、今ではライター一本で生計をたてられている。周囲の評価も悪くはない筈で、こうして自分の身を立てることが出来ている。
だけど気分の切り替えだけは昔からどうも苦手だ。所謂スランプも別に初めてではないのに、毎回重く圧し掛かる。
フリーランスの記者なんて仕事、どうして選んでしまったのだろう。ため息を零しながら人恋しさが募り、誰かに愚痴を零したくなる。
他に思い浮かぶような候補がいない、自分の交友関係の狭さにも嫌気が差す。
ビールと一緒に買った未開封の煙草を袋から取り出して封を切る。
新鮮な煙草葉の匂いを感じる。開封する時の匂いが一番良いので、私はこの銘柄を気に入っていた。
鞄からライターを取り出して火を点け、ゆっくりとそれを吸い込んでいく。
紫煙が肺を満たし、血管の収縮作用で頭が冷えていくように感じる。
オフィス街のじめっとした空気の中に、煙がふわりと溶けて消えた。
「っは~ぁ」
煙草を唇に挟みながら、もう一缶に手を付け炭酸を抜く。
小気味よい音を聞きながら、再びそれに口を付けてぐいっと呷っていく。
既に3本目。速いペースで空っぽの胃に注ぎ続けた結果、流石に頭にアルコールが回ってきた。
ふいーっと煙と息を吐きながら、たばこの火を消し携帯灰皿に吸殻を仕舞った。昨今喫煙者の肩身が狭いなかで、後輩から貰った銀色に光る携帯灰皿は非常に重宝している。
「みじめやわぁ」
喫煙可能のお店を探す気力もなく、朝から駆け回り草臥れた体を引きずってたどり着いたのがこのベンチ。
周囲に人気もないビル街で虫の声も聞こえない整備された緑地の中。
なんだか世界にひとりだけ取り残されたように感じるのは、決して大げさな表現ではないだろう。
どかっとベンチの背もたれに身を投げて、缶に口を付けながら見上げたビルの窓にはまだぽつりぽつりと明かりが点いている。
何気なくボーっと見上げていると、ふと明かりの中を影が泳いでいるのに気が付いた。
それは偶然。その影がビルの明かりを遮ったときに、やけに特徴的なそれを異物として捉えることが出来た。
寂しいビルの光を遮るシルエットは、箒に跨る三角帽子を被った魔女に見えたのだ。
脳裏に往年の魔女の宅配業者のアニメ映画が浮かび、疲れとアルコールがこんなにはっきりと幻覚を見せるのかと驚き目をこする。
再び顔を上げた先でも、幻覚の筈の魔女が輪郭を残している。すいーっと音もなくゆっくりと飛び、近づいているのか遠ざかっているのかもわからない。それはどこか戸惑う様に、なにかを探すように浮かんでいる。
気が付けばコンビニの袋はそのままに、鞄をひっつかんで草臥れた体は走り出していた。
鞄から取り出したカメラを確認し、ベルトを腕に巻き付けて緑地を囲む車止めをハードルのように一足で飛び越えて影に向かう。
頭で考えるよりも体が先に動くのは仕事柄か。私はその影にスクープの予感がしたのだ。
衝動的に飛び出した割に冷静な頭がビルと緑地の間の距離を測り、浮かぶ影を視界に収めながら、右手だけでカメラの電源を入れて動画に切り替える。
同時に反対の手でスーツのポケットに入れていたマイクの電源を入れ、接続の時間を目一杯その影に接近することへと費やす。
それは高くない位置でふらふらとしているように見える。それくらいゆっくりと浮かんでいた。
だんだん近づいてはっきりとその輪郭を捉え始める。私の足でも捕らえられる。
黒い三角帽子からはみ出した髪は金色。背中からしか見えないがその姿は小さく見え、走り寄る私に気が付いていない様子だ。
最初はどうやって声を掛けようか。酔っているのか酸素が足りないのか、頭はそればかりを考えていた。
完全に電源の入ったカメラを右手に、左手に接続したマイクを持ちながらそれに近づいて大きな声をあげる。
「こんばんは! そこの魔女さん、止まってください!」
できるだけ敵意のない事をアピールするように、元気よく笑顔で挨拶することから。
なりふり構わない私が行ったのは、学生の頃に部活動でしていたような基本の取材の心得だった。
「清く正しい記者の射命丸です! どうか止まって、話ができませんか⁉」
振り返った影は、ひどく驚いた顔をしてこちらを見ていた。
魔女が振り返ってこちらを見下ろした。
「……っ⁉ に、人間?」
訝し気に口をついて出たその言葉を拾いながら、カメラはその姿をはっきりと捉えていく。
金髪の小柄な、それは少女に見えた。中学生か高校生、少なくとも大人ではない容姿。
片方の髪を三つ編みにして、きらきらと光る金の瞳が新鮮な驚きで見開かれている。
黒いスカートにふわふわの白いフリルが可愛らしい服装。白いエプロンの上から黒いベストを付け、頭には黒い三角帽子に白いフリル付きリボン。
白黒。そう形容するのが安易な服装だろう。
「私は
*
「どうぞ、好きなだけ食べてください」
「うわ~! ありがとう文ぁ!」
本当に只の子供みたい。
先ほどまで箒に乗り空を飛ぶ姿を見ていなければ、ただ外国の子供を連れてファミレスに入ったという日常の一コマに錯覚しそうだ。
「私、ここ好きだなぁ! ピザ、パスタ、温玉乗せドリア! デザートも食べたいけど、お腹に入るかなぁ」
ニコニコと、やけに人懐っこい目の前の魔女を油断なく見ながら、しかし表面上はにこやかに見えるようにしてカメラを向ける。
「まあ、食べきれなかったら私が頂きますので。それより、もう一度自己紹介からお願いできますか?」
「ああ、うん。私は
目の前の魔女が、ヘヘヘっと鼻の下を掻いて照れ笑いを浮かべる。
メニュー表を広げながら「え、これに番号を書くだけ?」なんて言って不思議そうに店内の配膳ロボットを見ている。
「幻想郷……」
なんだかひっかかる単語だ。
動画に残していなかったらメモを取りたくなるくらい。
「魔法使い、ですか。先ほど空を飛んでいたのもその魔法の力で?」
「うん、そうだぜ。私はまだ未熟な魔法使いだから箒がないと飛べないけどなー」
箒があれば飛べるというのは特別なことのように思えるのだけど。
一々それを気にしていたら、きっと際限がないだろうと思い次の質問を投げかける。
「魔法ですか。先ほどは空を飛んでいましたが、他にはどんなことが出来るんですか?」
「そうだなぁ。弾幕ごっこ、は苦手か……。保温保冷の魔法とか? 紅茶を美味しく保つ魔法とか。あ、空気を綺麗にする魔法とか!」
想像していたよりも幾分も役に立たなそうな魔法の数々だ。魔法瓶の代わりとか空気清浄機のようなものとか、期待していたような物騒なものは全くない。にこやかに聞きながら気になる単語を拾い上げる。
「弾幕ごっこ……とは、何ですか?」
「弾幕ごっこは幻想郷で一番流行りの遊びだぜ! ええと、こういう魔法の弾をな」
言いながら、魔理沙はむんっと気合を入れて両手をテーブルの上で“気を付け”するように目の前に構え、グググッと力を入れる。
その両手の間にふわりと光が灯る。それは小さな球体を作り出し、日常の中に明らかな不自然がその両手の中に生まれる。
「こういう、弾幕を、ぶつけ合いながら遊ぶ……」
「す、すごい……! これこれ、こういう超常現象ですよ期待していたのは!」
興奮気味にそれへ触れようとすると、慌てて魔理沙が手を引っ込めてその球体を消す。
「あ、危ないな! 触ったらダメだって、火傷しちゃうぜ」
「そんなぁ。っていうかそんなに危ないものなんですか? 全然、熱さも感じませんけど」
「……まあ私の魔法は威力があんまり無いから。あんまり危なくない、か?」
ううん? と首をひねりながら魔理沙が不思議そうに片手でもう一度光を作り出す。
それはあたたかな光を作り出し、私の目にはどうも危ないものには思えなかった。
「とにかくそういう不思議なものを作り出すことのできる魔法使い、魔理沙さんですね。あなたはズバリ! なに者なんでしょうか!」
「なにものって言われても……私はナニモノなんだ?」
うーむ、と首を傾げながら腑に落ちなさそうに魔理沙さん。
「あー、それじゃあ……なんでビル街をフラフラと飛んでいたんですか?」
「ああ、それはオカルトボールが……! ……っ! あれ、なんか言葉が出ないぞ?」
不思議そうな顔をしながらはて? と首を傾げ、しかし言葉が出ないのかパクパクと口を開いては閉じる。
「ええと……。気が付けば、あそこにいたぜ……?」
やがて小さな声で告げられた声は不思議そうな表情と相まって、なにか作為を感じるものだった。
ただそれに追求しようとすると背筋が寒くなるので、なんとなく話を変えて話を進める。
しばらくすると魔理沙さんの注文した料理が届き、食事をしながらワイワイと賑やかに取材は続いた。
*
「
「うんうん、文はすごいなぁ」
ベロンベロンに酔いながら、文が顔を真っ赤にして覚束ない足取りで歩道の縁石の上を歩き、左手を水平に保ちながらあはーっと声をあげて笑う。
車通りに気を付けながら、文の鞄を肩に掛け、右手に箒を、左手で文を捕まえながらアスファルトで舗装された歩道を歩く。
気が付けば名前も知らない都会にいた私は、天狗じゃないのに同姓同名の文に見つけてもらえて晩御飯を奢ってもらえた。
最初は普通にイタリア料理のファミリーレストランで話をしていたのに。
私が話す魔法の話に興味を抱いたり生活の苦労に共感しつつ、お酒をどんどん呑んだ文はすっかり出来上がって今はこんな有様だ。
気が付けば幻想郷じゃない場所、外の世界に来てなんだか記憶も曖昧になってきた私。
数々の異変に遭遇して来た中で、今回もきっと幼馴染の頼りになる巫女が助けに来てくれるだろう、なーんて他人任せな考えで焦りもせずにふらふらとしていたのが悪かったのか。
文そっくりな外の人間が助けてくれるまで、誰にも見つけられず空腹と寂しさでどうにかなりそうだった。
むーっと頬を膨らませた文が、こちらを半目で睨みつけている。
幻想郷で見る文よりも大人びた、それは化粧を纏っているからなのか、そんな様子なのに見覚えのある仕草でつーんと拗ねたように頬を膨らませる。
気のせいか、その背に黒い翼を幻視する。
「むぅ。魔理沙さん、真面目に聞いているん
「あははっ!」
きっと天狗の文じゃないのに、どこまでも安心感のある、見覚えのある文を見て思わず笑い声が漏れる。
「そんなんじゃあ、家に泊められませんよ」
「そ、それは困るぜ……!」
なんだか気に入らない様子の文に、慌てて機嫌を直してもらいたくてその手をぐいぐいと握りながら引く。
「うふふ、冗談ですよー。流石にこんな子供を追い出すほど、人情捨ててないでーす」
「おいー、ひとが悪いぜ」
「あはーっ! 魔理沙さんがその、幻想郷に還るまでは私の家にずーっと居てもらいますぅ!」
「え、それは……いいのか? 迷惑かけないかなぁ」
「どうせ誰もいない家ですし、全然迷惑じゃないでーす! それに、しっかりと対価も請求します」
「対価か。っていってもなぁ。私、なにも持っていないぜ」
「そうですねぇ、私のために、ごはんとお弁当! あとはあったかいお風呂と毎日シャツにアイロン掛けて、私の愚痴に付き合ってもらってぇ……」
*
唐突にそんな記憶が思い起こされた。それはその日を夢に見たからだろうか。
私はお酒に酔っても、記憶はしっかりと残っていて飛んだことがない。自身の自我がない中で起こした恥ずかしい行動も、残念ながらしっかりと覚えている。
朝になってから身悶えすることもあったけれど、今日はそれよりも不安が大きく圧し掛かる。
カーテンの隙間から漏れた朝日が瞼を煩く叩くので、そうっと目を開けた先にはいつも通りの自室。
当然隣には体温もなく、大きめのベッドを一人で占有して目を覚ます。
考えもまとまらず、アラームが鳴る前の充電中のスマホを手に取る。
時間は午前。締め切りに追われる仕事は昨日までに余裕をもって仕上げたはずだと、未覚醒の頭が焦りを打ち消す。
それなのに、どうしてか不安感が拭えない。
上体を起こし、周囲を見渡す。
なんの代り映えもない自室。5畳未満の部屋に、大きめのベッドがどーんとひとつ。それに申し訳程度の作業机がひとつ。
カーテンが閉め切られた部屋は薄暗く、しかし勝手知ったる部屋に違和感はひとつも存在しない。
もそもそと布団から抜け出して、寝室からリビングの扉を開く。
「あれ文、起こされる前に起きるなんて。……どうかした? なんか、変な顔してるぜ」
朝起きてから最初に感じるのが、焼き鮭とみそ汁の匂い。
まだ慣れないその変化した日常に戸惑い以上に喜びを感じる中で、幼さを感じる表情で少女が茶碗にご飯を盛りながらきょとんと不思議そうな顔でこちらを見ている。
金の髪をひと房だけ三つ編みにして、あどけない表情とすっかり馴染んだ私のシャツに黒のハーフパンツ。
「……いやぁ」
その顔を見て、最初に感じるのは安堵だった。どうしてか、いつか夢のように消えてしまうのではないだろうかと常に不安を感じている。
むむーっとお互い不思議そうに顔を見合わせ、やがて自然とお互いに笑い合う。
「おはよう、魔理沙」
「おはよう文!」
輝く太陽のような、華やかな笑顔が私の心を満たす。
起きてから感じていた不安感が消し飛び、ゆっくり体温が体に戻ったように感じる。
「昨日は遅くまで仕事してたから、もっとゆっくり寝てると思ってたぜ」
「今日は郊外のスーパーに行くんやろ? 車出してほしいって言ってたやん」
「……別に朝からじゃなくても、いいのに」
そのまま身支度を整えに洗面台へ向かい、魔理沙は見送ってたのか後ろでパタパタと軽い足音がキッチンに戻っていく。
洗面台で顔を洗い鏡の中の自分を見て、夢で見た以前の自分を思い返す。
以前まで存在していた目の下の隈や肌荒れがすっかりと消え、健康的で気力に満ちた表情の私がそこに映っている。
愚痴を吐き出しやすくなった。仕事のモチベーションを保ちやすくなった。
美味しいごはんを食べるようになった。お昼に楽しみなお弁当ができた。
あの日、魔法使いと出会った。
それは楽園から偶然落ちて来たもので、きっと出会うことのなかったもの。
きらきらと輝く奇跡のような儚い時間。
「……関係あらへんよ」
しかし、今は私の手元にあるもの。
「幻想郷とか、関係あらへん」
決して手放す気はない。
ぽたぽたと水滴が前髪を垂れ、洗面台を流れていく。
幸せな夢の時間を感じながら、私は拭えない別れの予感を胸に鏡を睨みつけた。