自然の脅威というと地震や嵐、火山噴火を想像する人が多いと思う。
もしそれらを自由に使えるのであれば、それは自然そのものとも言えるんじゃないだろうか。
嵐の中でも雷なんかは音や威力がわかりやすく、1億ボルトという途方もない数字の電圧でもって放たれるものだ。
錬金術師でもあるパチュリーの叡智であればその脅威を指して、もっとうまい言葉で状況の説明ができるのだろうけど。
衣玖が掲げた腕には、その指には、そこが避雷針であるかのように周囲から雷を集めている様子がよーくわかる。
「この雷は自然由来なので、あくまでも私は空気を読み指向性を持たせているだけに過ぎません」
ぴかぴかと周囲を照らす青白い光とバチバチと空気を裂く轟音のなかでも、衣玖の声はなぜかはっきりと聞こえた。
「乗り越えた時、あなたは英雄ですよ」
目に見える恐怖。人間なら誰だって恐れる自然そのもの。
その脅威を前に、私は余裕を崩さない紫に何度目かの確認をしていた。
「本当に弾幕ごっこなんだよね!? 私、死なないよね!?」
「大丈夫よ。私が手を貸すのだから雷の1つや2つに今更驚く必要なんてないわ」
少し離れた場所でアリスと、ルーミアまでもが心配そうにこちらを見ている。
本気で心配してくれているように見えて少しだけ嬉しくなってしまう。でもそれ以上に目の前に判然とした恐怖の具現がある限り、その嬉しさもほとんど霞んでいた。
「永遠亭で言ったことは覚えている?」
着替えを持ってきてくれた紫が、私の服の内側に細工をしながら言っていた事。
「ええと……」
服の内に刻まれている見覚えのない紫の魔力に似た何か。
隙間の大妖怪という、なんの妖怪なのかもわからない紫の自信作。
この妖怪がいう事はいつも表現が迂遠で、いまいち理解しきれないのだ。
「まあ、私を信じなさいって事よ」
そういって普段とは違う、柔らかい笑みを浮かべた紫が帽子ごと私の頭をぐりぐりと撫でる。
帽子がずり落ちそうになり、慌てて抑えると衣玖の準備は終わったようだ。
迂遠な言い回しではないそれはとても明瞭で、なんだそういうことなら簡単か、と雷よりもずっと怖い妖怪の言葉に安心感を覚えた。
「さて、先に申しておきますが」
「ええ、大丈夫よ」
「なにも申していないのですが……」
不満そうな衣玖が一拍空白を作り、静かに告げる。
「では、参ります」
とにかく言われたように、衣服の魔力に私は同調しつつ魔力を注いでいくことにした。
*
世界には複数の選択肢があり、選択の連続で今の世界が成り立っている。
過去の選択が違えば、どこかで掛け違いが起これば、今の世界とは全く違う世界が存在することになる。
という話を永遠亭でされた。
はっきり言って意味が解らないんだけど、そうして世界が複数あるならまったく違う自分も存在する筈だ、ということらしい。
紫が私に手を貸してくれるのは、その思い付きを試してみたいという事もあるらしい。
「いやあ参りました。とんでもない方だ」
気が付けば明るい太陽の日差しが降り注ぐ雲の上、なぜか浮いている岩の上で私は意識を取り戻した。
一寸前まで目の前で弾けていた雷や暗雲は姿を消し、すっきりと晴れ渡る周囲にはなにもない。
そこが浮島だと気が付いたのは、すぐ傍にいくつも同じような岩が浮いているのと、視界一杯に雲海が広がっているからだ。つまり、弾幕ごっこを準備する前の状態。
意識を取り戻したと言っても少し変で、しっかりと地面に立って右手に箒、左手に持った八卦炉を衣玖に向けている状況。なにが何やら。
「……んん? あれえ?」
「おや、どうされました」
衣玖は地面に腰を落とし、こちらを見上げながら両手をあげて驚いた表情。
せっかくの綺麗なフリルや衣装が所々焼け、羽衣のように纏っていた布も先端が焦げ落ちてしまっている。
「な、だ、大丈夫か? なんでこんな怪我……」
「おや?」
急いで駆け寄り様子を見る。
幸い目立った大きなケガはなく、破れた衣服の下は多少汚れがありつつも綺麗なままだ。
ほっと息を吐いていると、じっとこちらを見ている衣玖に気が付いて見つめ返した。
「これは、どういうことでしょうか」
なにを疑問に思っているの解からず、ふたりして首を傾げてしまう。と、真横からにゅっと紫が隙間を開き顔を出した。
心なしか疲れたような表情をしており、額をハンカチで拭っている。
「せ、成功したわね」
「成功? えぇ、あれ。いったい何が起こったんだ?」
弾幕ごっこが始まった瞬間に終わっていた。
そういう風にしか思えず、ますます私は混乱した。
*
複数の世界の隙間を覗き見ることのできる
霊夢の神降ろしを参考に、高天原という異世界ではなく多次元宇宙を対象として、代償の莫大な霊力を私が代わりに支払う。
成功したら幸運。
失敗しても心臓の近くで常に私が霊力を送り、魔理沙がそれを使って弾幕ごっこをしてもらえれば、という試みだったのだけど。
直前のアリスの連携も参考に、雷は私が防げば良いのだし。
「ん? あー、なんだここ?」
効果は一瞬で現れた。
外見は変わらないが、雰囲気が別のモノになる。
「紫と、衣玖? と、見覚えのない空気に魔力と小さい手足……記憶でもない」
自分の手足を見た魔理沙が腰に付けたポーチから手慣れた様子で八卦炉を取り出して構える。
目が合った私と一瞬視線が交差し、ふいっと逸らして衣玖も確認するように目にする。
「状況はわからんが、臨戦態勢の妖怪がいるんだから、やることは変わらんな」
ぴんっと危険を察知した私はすぐに隙間に飛び込むと、先刻迄いた空間を薙ぎ払う魔力のレーザー。
驚いて声も出せず、追尾するように曲がるそれを避け、数回の移動でようやく追跡を撒く。
「っ! ちょっと、今回私は敵じゃなくて……っ」
「はっきり言って愚かだぜ。霊夢がいない場所で、私に戦いを挑むなんてな」
話を聞く様子はない。強い意志を感じる金色の瞳は、同じ魔理沙なのに全く違う印象をこちらに与えてくる。
気が付けば周囲に、むせ返るほどの魔力が満ちていた。
底の見えない魔力を立ち上らせた魔理沙が空に手をかざすと、無数の魔法陣が浮かび上がり空を覆い隠していく。
「ドラゴンメテオ」
*
「なにがなにやら、何もわかんないぜ!」
紫が肩を落とし「そうね」と頷いた。
周囲を巻き込んで行われたという『何かが乗り移った私』の魔法は、遠くで観戦していたアリスやルーミアにも降り注いだらしい。
その間に私は意識を失っているので、弾幕ごっこをしたという実感もないんだけど。
「魔理沙じゃないよ、まったく別物だね。もし同じことをやったら紫のこと本気で喰いに行くから」
真顔のルーミアが紫と同じくらいの大きさになって、肩を掴みながら凄んでいる。
気まずそうな紫が助けを求めるようにこちらに視線を寄越してきたけど、ふんっと息を吐いて顔を逸らした。
「……体に異常はないわね。念のため、あとで永遠亭にも行って、パチュリーにも来てもらいましょう」
「そ、そんなに心配しなくても、大丈夫だって」
「あれだけの魔力を使って、異常がないことこそが異常なのよ。いいから心配させなさい」
アリスがペタペタと体を触りながら異常がないか確認してくるけど、本当に途中で急に意識を失くした以外に自分でも把握できる異常はないのだ。
「そんなに凄い魔法だったの?」
「魔法……魔砲の極致ね。真似しようとも、したいとも思わないけど」
なんだろう。もしかして『本当の魔理沙』みたいな魔法を撃ったのだろうか。
すこし苦々しげに言うアリスの表情は珍しい。
「ずっと思っていたのですが、不思議な一行ですねぇ」
帽子を被り直し、服装を整えた衣玖が改めて呟く。
「なんだ、急いで来たのにもう終わった後か。惜しいことしたなぁ」
その隣では当たり前のように萃香が両手を頭の後ろに組んで立っていた。
「あれ、萃香? いつの間に」
「よう」
軽い調子で片手をあげられるので、こちらもよう、と手をあげて返す。
「面白そうな気配は魔理沙だったのか」
「うーん。よく、わかんないんだけど」
「ふぅん? 今はいつも通りなのか。いやぁ惜しい惜しい」
ケラケラと笑いながらもう興味は移ったのか、瓢箪からお酒を出すと、手に持った盃を傾けているいつもの萃香だ。
「萃香がいるってことは、あれも来ているの?」
「ああ。大物らしく待ち構えているのが良いとか言っていたのに、すっかり大はしゃぎで飛んでくるだろうさ」
「それは重畳。さて魔理沙」
ルーミアに肩を掴まれたままの紫がこちらに向き直り、こほんと咳払いしてからじっと見つめてくる。
「だれと一緒に戦う?」
もうボス戦らしい。
のどかな空の上で周囲の妖怪たちだけが剣呑な雰囲気を発する中で、いまいち乗り切れず、私は選択を迫られて途方に暮れた。
*
退屈な天界でその気配は強烈に私の好奇心を煽った。
「ねえ小鬼。これもあなたが呼んだ気配? あの巫女みたいな、すっごい感じね!」
「……これは知らないなぁ。流石にこうしちゃいられない」
言って鬼の萃香は体を霧にすると周囲から存在を疎にし、気配に向かったのを感じる。
こうしてはいられない、私も軽く服装を整え、緋想の剣を片手にそちらへ向かう。
あの巫女とは違う。
だけど同じくらい途方もないものが、天界に現れた。
あの巫女が静かな気配だとしたら、こちらは荒々しい動の気配。
きっと、私を倒しにきた!
「あぁやっぱり、地上って面白っ!」
桃食って踊ってるやつらとは全然違うわ。
ここ最近、私の前に現れた地上の人間、妖怪たちは私の退屈を吹き飛ばしてくれた。
あの巫女は特に、只人が天人に恐怖を与えるとは思わなかったので、まったく恐れ入った。
ただ、私を相手にしていながら霊夢の興味は最後までこちらに向くことがなかった。
それがわかってしまう悔しさと、霊夢が向ける視線の先への好奇心。
殺されるかもしれないという程の恐怖を味わっても、一度知ってしまった刺激を求めずにはいられないのだ。
「霊夢はまだ来ないけど、待ってなんてられないわ!」
浮島を蹴り前に進むと、小さな浮島は砕けてさらに小さくなってしまった。
昂りを抑えきれていない。良くない、良くないわ。
「なんて言って出迎えましょうか。どういう戦い方をしましょうか!」
見覚えのない気配は複数。既知のモノは、あの人形の魔法使いと龍宮の使いか。
緋想の剣を強く握り、周囲の気質を吸い上げて力を蓄え駆けながら、まだ見ぬワクワクに飛び込んで行くのだった。
ロスワで別の世界も観測しているみたいなので。
誰?:霊夢にだぜ娘が転生していた場合の魔理沙。
(もしもだぜ娘がだぜ娘じゃなかったら短編)
https://syosetu.org/novel/344954/1.html