冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

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第9話 ミリアムの弟子入り、舞踊会の報せ

「ではミリアム姫――いやミリアム、今日から“お前”を私の弟子とする。王宮ではどうだったか知らんが、私はお前が王女だろうと特別扱いする気はない……構わんな?」

 

「はい! よろしくお願いします、お師匠さま!!」

 

 厳かに訊ねるレクシアに、ミリアムは怖いものを知らなそうな笑みを浮かべながら応える。だがその横から――

 

「おいおいレクシア! この子弟子にするって本気か!? ベルカにいる間にイデアシード探しと研究を済ませるんじゃなかったのかよ?」

 

 ミリアムを指さし主に唾を飛ばしてくる使い魔ニコラに、レクシアは落ち着き払ったように腕を組んだまま言った。

 

「小休止の合間に力とデバイスの使い方を教示(きょうじ)してやるだけだ。それに聖王連合に並ぶ帝国を築いた《ダールグリュン家》の血を引くだけあって、この子の技能と素質は大したものだ。磨けば私など足下に及ばぬ魔導師になるやもしれん。他者への教示を通じて私にも得るものがあるかもしれんしな……そなたも構わんな、ケント王子」

 

 不敵な笑みを貼り付けた顔を向けてくるレクシアに、俺はこくりと首を縦に振った。

 

「スパルタになり過ぎないようにしてくれるなら、俺は特に反対する気はない」

 

 それにグランダムには守護騎士を含め雷魔法に長けた者がおらず、いずれ帝国から講師を呼ぶかあちらに留学させて学ばせる予定だったらしいからな。それをレクシアが引き受けてくれるなら都合がいい。

 だが……。

 

「王子っていうのはやめてくれ。昨日も言った通り俺たちはお忍びで来てるんだ。ミリアムのように呼び捨てで構わん」

 

「そうか。お言葉に甘えさせてもらう――では午前はこの教本に載ってる射撃魔法の構築式と理論を頭に叩き込め。午後から丘の上で実践に移る」

 

「えー、ここでもおべんきょう〜? きのう撃てたし、今すぐ実戦しようよ〜!」

 

 さっそく我儘(わがまま)を垂れるミリアムにレクシアはすげなく首を振る。“実践”の響きが違うような……。

 

「駄目だ。昨日も完璧には撃てなかったしな。まずは砲撃の理論と制御方を覚えてからだ。ニコラ、この娘がさぼらないよう見張りを頼む。私はその間にイデアシードの検分をする」

 

「おう、任せとけ――って、結局アタシに押し付けるんじゃねえか!! それに教書読んでもわからない事が出てきても、探索用使い魔のアタシじゃ教えられねえぞ」

 

「その時はミリアムの魔具(ラ・ピュセル)に教えさせる。やれるな?」

 

『Überlassen Sie das mir, Lady Testarossa(お任せください、レディ・テスタロッサ)』

 

 ミリアムの傍に置かれた装飾物状の魔具、《メル・ラ・ピュセル》はその場から浮かび上がり、機械的な声音と聞きなれない言語で答える。翻訳魔法がかかっているのか、何を言ってるかは分かった。

 魔具とニコラに見張られながら渋々と席に着き、教書を開くミリアムを背にレクシアはこちらに振り返る。

 

「それと君のデバイス、いや魔具の改修も終わった。受け取れ」

 

 そう言うやレクシアは装飾物状の《ティルフィング》を放る。俺は「おっと」と漏らしながら手を前に出し、それを掴み取った。

 改修したという証拠に――

 

『Guten Morgen, Meister. Sie können mich gerne alles über den Kampf fragen(おはようございます、マイスター。戦闘に関しては何なりとお申し付けください)』

 

 ピュセル同様、機械的な音声と聞きなれない言語を放つ《ティルフィング》に俺は「よろしく頼む」と応えつつレクシアに顔を戻し。

 

「早いな。たった一日でミリアムの魔具に加えてティルフィングまで。宮廷の技師でも一週間はかかるぞ。だいぶ無理したんじゃないか?」

 

 礼を言うのも忘れ感嘆のこもった感想を漏らす俺に、レクシアは「いいや」と首を振る。

 

「ミリアムの魔具はともかく、そちらは封印(ロック)を解除しただけだ。人工知能もブースト機能*1も最初から付けられていたようだ」

 

「最初から?」

 

 俺は思わずティルフィングを見る。それに対し、ティルフィングは宝石部分を点滅させながら、

 

『Tut mir leid. Ich bin so programmiert, dass ich nichts sage(申し訳ありません。当剣からは何もお伝えできないようにプログラムされています)』

 

 すげなくそう言い放つと、ティルフィングは再び沈黙する。

 ……だが確かに改修前からすでに意思を持っていたような話し方だ。この剣はグランダムの建国前からずっと先祖代々伝わってきた剣。父上さえ知らないような秘密があるのかも……。

 

「で、()()()の武器はいいのか? ブースト機能もつけないままで」

 

 レクシアは訊ねながら台所(キッチン)で洗い物をしてるジュセクに視線を向ける。俺も彼女の方を向きながら口を開いた。

 

「あの子……ジュセクは遠慮すると言ってる。ブースト機能の反動に耐える自信がないそうだ。それに……」

 

「他におかしな術を使えるかもしれんしな。それを考えると余計な力を与える真似は出来んか……それも含めての問いだが、いいのか? あの娘を連れたままで。《砂を操る技能》や両眼からしてあの子の正体は……」

 

 これ以上は言えんと口を閉じるレクシアに同意するように俺もわずかな頷きを返す。

 “魔法陣も詠唱も用いず”大量の砂を操る技、青と赤の色違いの両眼(オッドアイ)……俺たち《ベルカ王族》と同じ特徴だ。

 だが……。

 

「信用していないわけじゃない。不本意な形だがあの子の生殺与奪は俺が握ってる状態だし、仲間や従者らしき人間が尾けている様子も気配もない。後継者争いか何かのいざこざの末に追放されたか売られた可能性の方が高いと睨んでいる」

 

 むしろそこからトファシュの内情を掴み、侵略をやめさせる手だてを見つけられるかもしれない。もしそうならジュセクを手放すのは俺たちにとって大きな損になる。それに、持ち主が手放しても奴隷から解放されるわけではなく、また人買いに捕まって非道い主人に買われる羽目になりかねん。

 

「お人好しだな、王族のくせに。それが災いになりかねんぞ。私とニコラはヤバくなったら逃げさせてもらう」

 

「その時はミリアムを連れてやってくれ。グランダムという俺たちの国に連れて行けば褒賞が貰える。ミリアムに証言してもらえば誘拐と疑われることもないはずだ。脅されて話を合わせるようなタマじゃないのは向こうも知ってるしな」

 

「……まさか、それも計算して私への弟子入りを認めたのか?」

 

 レクシアの問いを肩をすくめて受け流す。正直ミリアムがレクシアに弟子入りしたいと言い出した時はそこまでは考慮していなかった。が、底を見せられるほど信用していないので黙っておく。

 そんな俺を見定めるようにしばらく眺めた後、「私はイデアシードの検分をする」と言ってレクシアは自室に戻っていった。本当にニコラとピュセラに丸投げする気かよ。

 

 胸中で突っ込みを入れながらも“ミリアムのお目付け役”が見つかったことに安堵し、俺は守護騎士たちと合流し、家事を済ませたジュセクも入れて新たに訪れた街の見回りに出ることにした。

 念の為、ザフィーラもミリアムの傍に付けておくか。

 

 

 

 

 

 

 それから三刻以上街を回った後、遠慮するジュセクやシグナムをなだめすかしながら軽食を買い、街の中心にある広場で小休止をとっていた。

 そこでシグナムは通行人がまばらになったところで食事を止め、俺たちだけに聞こえるよう顰めた声で……。

 

「この前同様、何人かの商人から軍隊が通りがかった情報は聞き出せたものの、それ以外のことは何も」

 

 そう言ってシグナムは同意を求めるようにシャマルと視線を交わし、シャマルも頷く。

 

「はい。二週間後にこの街で『舞踊会(ぶようかい)』という催し物があることぐらいしか聞けませんでした」

 

 “舞踊会”という響きに惹かれるものがあるのか、シャマルは興味ありげに付け足す。だが、そんなものを見ている暇はない。

 

「あたしも何も聞けなかった。この姿(なり)で聞ける噂なんて大したもんじゃねえしな」

 

 そう吐き捨ててヴィータはファラフェルを口に放り込み、ぼりぼり咀嚼音を立てる。

 

「俺とジュセクも同じだ。そう大したことは聞けてないんだが……」

 

 むしろ気になったのはジュセクの方だな。王都のことをしきりに尋ねようとしていた。が、首輪を見た途端奴隷とわかりまともに相手をされないことがほとんどだった。主人である俺が許可している事を察して答えてくれた数少ない通行人も王都のことなんて何も知らないようだった。

 そのジュセクは気を落としたようにぱくぱくとピタパンを食している。彼女の素性や目的も気になるが……。

 

――やはり王都まで行くしかないのか? しかしまともに情報がない中、敵の懐に潜り込むのも……もし俺たちの存在に気づかれたらただでは済まないし、父上からもそこまでしろとは言われていない。よしんば行くにしても、もう少し情報を集め万が一の備えをしてからにしたい。

 

 

「号外! 号外!! 女王様がこの街に来るんだってー!!」

 

「――っ!」

 

 ふと路地から上がった声に、俺たちは顔を上げる。他の住民も同様だった。

 声の主は新聞が詰まった鞄を置き、わらわら集まってきた通行人に新聞を売り始める。それを見てジュセクは立ち上がり、

 

「ご主人様! あの新聞買った方がいいと思います! 女王様について何か分かるかもしれません!」

 

 必死な様子で忠告を飛ばしてくる彼女に気圧されながらも、情報が情報だけに無視するわけにいかず、俺も腰を上げ新聞屋の方に向かった。

 

「一部、いや二部ほどくれ」

「あいよ。一部25ディラで50ディラだ」

「さっさとどけ! 俺も一部くれ!」

 

 50ディラ差し出すと、新聞屋は怪しむことなく新聞を渡し次の客の相手に移る。女王が来るとあって客が多く、すぐに押しのけられ、俺はでかでかと書かれた一面を見ながら騎士たちの元に戻る。

 そしてジュセクは俺の元へ走り寄ってきて、新聞をせがんできた。

 俺ばかりか守護騎士もあっけにとられる中、ジュセクは新聞を一部引っ掴み、一面を凝視する。

 俺も残るもう一部を広げ、隣から覗いてくるシグナムやシャマルとともに紙面に目を落とした。

 

 

ユネメク女王陛下、『舞踊会』観覧のため当街への行幸が決定!

 

 

 女王がこの街に行幸? しかもさっき話していた『舞踊会』の観覧のため?

 それを見て俺はシグナムたちと顔を見合わせ、今も新聞に目を走らせているジュセクに目をやった。

 この女子(おなご)、やはりトファシュ王族と関係が……。

*1
のちの時代でいう《カートリッジシステム》

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