「女王がのこのこ来るなら話は早ええ。兵隊たちをぶっ叩いて女王も捕まえちまえばいい。闇の書の頁も埋まるかもしれねえし侵略もやめさせられて好都合じゃねえか」
宿に戻った直後、ヴィータは椅子に腰かけながら威勢よく告げる。他の騎士たちは難しい顔をしながらも闇の書を完成させる好機を逃すわけにもいかず、窺うような顔色を向けてきた。
それに対し俺は首を横に振り。
「そういうわけにはいかん。女王を取り返すという口実を与えてしまい、逆に戦になりかねない。これほど大きな国だ。女王以外にも国を動かせる貴族や官僚がいるんだろう?」
隣に立つジュセクに訊ねると、彼女は我を取り戻したように何度か首を縦に振りながら言った。
「は、はい。王様や女王様の側近として政務を取り仕切る『大宰相』様と、その下に宰相様たちが何人か。もし女王様が他の国に
この国では高位の官吏を『宰相』と呼び、それを束ねる『大宰相』が国王や女王に次ぐ権力を持っているらしい。
相変わらず奴隷とは思えない博識ぶりだな。平民でもここまで知ってる人間はごく僅かだろうに。
「とはいえ、女王が来るという好機を逃すわけにもいかないのでは。あちらと接触して、女王の真意と侵略を
確かにシグナムの言うことも一理ある。このまま町民に聞き込みをしていってもこの国の内情を掴むことは難しいだろう。その間にトファシュ軍が準備を整え、再び侵略を始める恐れも高い。
しかし、相手は一国の女王。会いたいからといって会える人物ではない。下手すれば女王やトファシュ軍に目を付けられる事になる。
「――あの、ご主人様!」
おもむろにジュセクは再び声を発する。今日はやけに、いや女王の話を聞いた時から積極的だな。
「だったら
「――なっ!?」
思わぬ提案に俺たちの何人かが驚きの声を漏らす。ジュセクにしては大胆過ぎる策だ。
だが確かに、女王から話しかけてくる形を取れば彼女を守る兵に怪しまれることなく探りを入れる事ができる。
傍付きがいるだろうし、女王と一対一で話すのは難しいと思うが、可能性が全くないわけではない。
だが……。
「この中で踊りができる者はいるか? 他の踊り手よりも上手く踊れる自信がある者は……」
騎士たちに向けて尋ねた瞬間、四人ともばつが悪そうに視線を逸らす。
……まあ無理もない。他の主の元では闇の書を完成させるための戦いばかりを強いられ、娯楽など知る暇もなかったらしいからな。
「主ケントは? 王族なら舞踊も教え込まれたことがあるのでは?」
「男女二人で踊る社交ダンスなら少しな。だが街でちらほら見るような一人だけの踊りはまったくできん。それに女王に接近するのが目的だから、できれば
もし上手くいって女王に声をかけられたとしても、男の場合警備が固くなる。そうなったら女王の興味を引けたとしてもまったく意味がない。
「ケントが女装して出場すればいいんじゃねえの。その顔ならバレないかもしれねえぜ。踊りは女王が来る二週間後までに覚えればいいし」
にやけた顔でヴィータが提案した瞬間、ぶっとシャマルが噴きだし、他の一同が口を押さえる。ジュセクも含めてだ。
俺はジト目になりつつ……
「却下。もしバレたらつまみ出されかねないし、トファシュ兵たちにも怪しまれる」
そんな姿で拘束されたり逃げ回る姿なんか晒せば末代までの恥だ。しかし、他に踊りなんかできそうなのは……。
「私、できます! 踊りならきゅうで――家にいた時に厳しく教えられました!」
「なに――!?」
ジュセクの言葉に俺は驚きの声を飛ばしながら彼女を見る。それを見て彼女は竦みかけながらも――
「踊りには自信があります。だから私を舞踊会に出場させてください! きっと――いいえ、絶対に女王様の興味を引いてみせます!」
自身の胸に手を当て、ジュセクは強い口調で頼み込んでくる。
確かに俺たちなんかよりは望みはある。だが――。
「駄目だ。危険すぎ――」
「――舞踊会!! お兄さまたち舞踊会に行くの!?」
俺の声が掻き消えるほど、甲高い幼子の声が響く。
まさかもなにもそこにいたのは、好奇心旺盛な我が妹ミリアムだった。隣にはミリアムの師になったばかりのレクシアと彼女の使い魔ニコラもいる。
「わたしもいっしょに舞踊会にいくわ! ダンスはまだできないけど歌は自信があるもの! パーティーに備えていっしょうけんめい練習したんだから」
そのパーティーは俺たちについてきたせいですっぽかしてしまったがな。
御国の事を頭の片隅に追いやりつつ、俺はジュセクに近付き、
「舞踊会とやらは歌だけでも参加できるのか?」
その問いにジュセクは首を縦に振る。
「はい。歌も舞踊同様、神事に連なる儀式から派生した娯楽ですから。王都の舞踊会では歌だけを披露する方もいましたし、数人で一度に歌と踊りを披露する方々もいました」
なるほど。女王が見に来るのはそういうお堅い背景があるからか。
「ふむ。その日までに制御式の構築と魔力の圧縮法を習得したら、舞踊会とやらに出ても構わんぞ」
「えっ、お師匠さま、ほんと?」
レクシアの言葉に、ミリアムは弾んだ笑みを浮かべながら師匠を振り向く。
「ああ、よい成果を出せば歌唱用の衣装も作ってやろう。観客もお兄さまも注目間違いなしのやつだ」
「おい、レクシア――」
こっちの事情も知らずに勝手な提案をする彼女に文句をぶつけかけるが――
「鞭で叩いてばかりでは伸びるものも伸びん。飴や褒美ぐらいやらんとな……《それに》」
レクシアは唇を吊り上げながら念話に切り替え、
《目眩ましとしてはうってつけだろう。こんな
《さっきの会話、聞いていたのか?》
俺の問いにレクシアは《最後だけな》と返し、
《しかし、深刻そうな様子で誰を舞踊会に出すだの女王がどうの言ってたらだいたいわかる。トファシュの侵略がらみで女王から何か聞き出そうという魂胆だろう?》
レクシアの問いに俺はわずかに首を縦に振る。
《ならばなおさら“撒き餌”は多い方がいい。万が一ミリアムが選ばれれば兄のお前も同行できるだろうしな》
……確かに。この国には俺たちみたいに白い肌の人間も少なくないし、出場するだけで警戒されるとは思えない。
だが、歌だけで女王の気が引けるとは思えない。やはり本命は……。
俺は真剣な表情を向けている赤髪の少女に顔をやり。
「ジュセク……舞踊会に出てくれるか? もし危険なことが起こっても俺たちが必ず守る」
そういうとジュセクは笑みを浮かべて頷き。
「はい、私の全霊をもって“あの方”とご主人様たちに『