冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

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第11話 女王来訪~“舞踊会”の始まり

 ケントたちが舞踊会への参加を決めてから約二週間後。

 会場となる街に向かって粛々と近づいてくる軍の姿が見えた。

 それを聞いて門の前には街中から住民たちが詰めかけ、トファシュ王国の頂点であり、この世(ベルカ)に唯一残った《預言者》の末裔でもある女王ユネメクと彼女が率いる軍の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

 

 そして中天に浮かぶ雲から太陽の漏れ日が差し込めると同時、ついにその時が訪れた。

 数人がかりで街を覆う城塞の門が開かれ、軍の到来を告げる銅鑼の音が響き渡ったのである。

 銅鑼の音と道を空けるよう命じる兵の声が響き渡った瞬間、住民たちはすぐに左右の路肩に移動し、街路を歩く軍を見送る。

 4列に分かれて厳かに歩く赤銅色の鎧を纏った兵士達を何千人も見送り、住民たちも飽きを覚えてきたその時、六頭もの駱駝(ラクダ)が牽く金色の馬車が姿を現した。

 赤色のカーテンが敷かれ、馬車の中は見えないものの――

 

「女王様の馬車だ!」

「あの中に女王様が……」

「聖王などより“神”に近しい御方」

「ここまで聖気(オーラ)が伝わってくるのがわかるわ!」

 

 女王がいるであろう馬車を目にし、住民は口々に彼女を称える言葉を漏らしていく。

 その後ろを進む二頭の駱駝(ラクダ)が牽く、女王のものより一回り小さい赤色の馬車などほとんどの者が気にかけなかったが……。

 

「俗物どもが騒々しい」

 

 馬車の中で赤色のローブを着た女神官が目を閉じたまま呟きを零す。それを聞き、同乗していた神奴(しんど)が肩を竦ませカーテンを目いっぱい閉める。が、薄布一枚で外界からの騒音を塞ぐことなどできなかった。

 それを知ってか女神官は神奴に当たることもなく、再び口を閉ざす。

 だが――

 

「――、(とばり)を開けよ!」

 

 おもむろに両眼を開き声高に命じる女神官に従い、神奴はすぐにカーテンを引く。

 女神官は赤い右眼と翠色の左眼でじっと開かれた窓の先を見るが……。

 

「…………帳を閉めろ」

 

 そう命じて興味を失ったかのように目を閉じる女神官に、神奴は怪訝に思いながらもカーテンを閉め直す。

 それを横目に女神官……《聖神官》オズヴェーリは外界からの光を遮った馬車の中で、再び没我の境に精神を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

「どうされました主?」

 

 シグナムの問いに俺は首を振り。

 

「いや、あの赤い馬車から視線を向けられた気がして」

 

 そう答えると、シグナムは件の馬車に顔を向け俺も再び馬車を見るが、すでにカーテンが閉められていて中を見ることはできない。

 あの中から一瞬“色違いの眼”が見えたような。しかし、女王がいるのは―― 

 

 

「うわぁ、すごーい! あれがこの国の兵隊さんと女王さまの馬車!?」

「おい、あんまりはしゃぐなって!」

 

 女王が乗っている金色の馬車やトファシュ軍を見て、ミリアムは感嘆の声を漏らしヴィータが止める。

 一方、シグナムは女王の馬車に視線を移して……

 

「肝心の女王は馬車に籠ったままのようですね」

 

「弓や射撃魔法を警戒しているのだろう。馬車の中が分からんうえに、あれだけの警備なら襲われる可能性はかなり低いと思うが」

 

 馬車を囲む十人以上の兵を見ながらザフィーラが答える。

 そんな中……。

 

「…………」

 

「ジュセクちゃん?」

 

 トファシュ兵に目もくれず、じっと女王の馬車を見つめるジュセクにシャマルは声をかける。するとジュセクは我に返ったように振り返った。

 

「いえ、何でもありません! すごい馬車だなと思って」

 

 そう言って、ジュセクはさりげない風を装って女王の馬車に目を戻す。

 やはり、気になるのは女王の方のようだな。

 

「女王たちはどこへ向かっているんだろうな? 舞踊会の開催まであと三日あるが」

 

 やはり太守館などに泊まる予定だろうか? と思いながら呟く俺にジュセクが答えた。

 

「神殿だと思います。預言者様の末裔である王族は定期的にまたは巡幸の際必ず神殿に立ち寄り、“神”への礼拝と世俗の穢れを禊ぐ沐浴を行う定めがありますから。一日目は神殿に泊まり、二日目から太守様との会合と祝宴の後、舞踊会を観覧されるのではないかと」

 

「どの道、あの警備では女王に近付くことすら困難だろう。本命はやはり舞踊会……ですよね? 主ケント」

 

 シグナムの問いに黙って首を振る。

 トファシュ軍に俺たちの存在や狙いに気付かれた時点で、祖国(グランダム)が狙われる可能性が出る。女王に接触してさりげない風を装って、彼女や側近たちの意思を確かめるしかない。

 

「用は済んだ。そろそろ戻るぞ。三日後に備えて準備をしなきゃならん」

 

 身を翻しながらそう言うも……。

 

「え~! 女王さまが来たお祝いやってるし、久しぶりに街を見て回りたい~!」

 

 ミリアムはさっそく両手を振り上げんばかりに駄々をこねる。何も知らず楽しめるこの子が羨ましい。

 俺は彼女の師に目を向け……

 

「レクシア、いいのか?」

 

 と訊ねるもレクシアは苦笑しながら肩を(すく)める。

 

「この状態で無理やり机に向かわせても大して身に付かん。私とニコラもイデアシードとジュエルシードが出回っていないか見て回るつもりだしな。今日ぐらい好きにさせてやるつもりだが、都合が悪いか?」

 

「……いや、レクシアがそのつもりならいい。ザフィーラ、ヴィータ、ミリアムの供を頼む。」

 

 ザフィーラとヴィータは「はっ」「任せとけ」と返事を返す。

 その一方で……

 

「あの、ご主人様、私は宿に戻っていいでしょうか? 夕食の支度と踊りの練習をしたいので」

 

 おずおずと申し出てくるジュセクに、俺は頷きを返しながら……

 

「何なら舞踊会まで家事は休んでていいぞ。ジュセクの踊りに全てがかかっていると言っても過言じゃないからな」

 

 言ってから重圧(プレッシャー)をかけてしまったかと後悔するも、ジュセクは笑みを浮かべ、

 

「大丈夫です。小さい頃から母と姉に教え込まれましたから。女王様もきっと目にかけてくれるはず」

 

 その笑みを見た途端、どきりと胸が跳ねる。それを隠すように「じゃあ頼む」とだけ返して宿に戻っていく彼女を見送った。

 

 

 

「むむっ……」

 

 ジュセクを見送るケントの後ろで、ミリアムは兄に気付かれないほどの声量で不愉快げな声を漏らす。それを聞いて、彼女の師レクシアはおかしそうに含み笑いをした。

 

「そうむくれるな。お前の兄君も春が来たということだろう。国に帰る頃には“義姉(あね)”ができるかもしれんし、喜んでやってもいいと思うがな」

「お義姉さまなんて要りません! それよりお師匠様、例の約束ちゃんと覚えてるよね?」

 

 むくれた顔で問いかける弟子に、レクシアは鷹揚な頷きを返す。

 

勿論(もちろん)。ケントもその他の客も女王様も仰天する衣装を用意している。無事課題を習得するまではやれんがな」

 

 挑発的に付け足す師にミリアムはふふんと笑う。

 

「そんなの楽勝よ! もう制御式は頭に入ってるし、後はピュセラが作った仮想空間で実践するだけなんだから。だから舞踊会に着る衣装なくしたりしないでね! ――ヴィータ、ザフィーラ行くわよ!」

 

 市場を向きながら命じるミリアムに、二人は返事を返しながらついていく。

 それを見送りながら

 

「いいのか? あいつを自由に遊ばせても」

 

 と訊ねるニコラに、レクシアは苦笑を浮かべながら、

 

「さっき言った通り、このお祭り騒ぎの中で無理やり机に縛り付けても見に付かん。それに“課題はクリア寸前”まで言ってるしな。本当に褒美をぶら下げただけでここまで来るとは。『お兄さま愛(ブラコン)』とやらも馬鹿にできんものだ。それに私たちもシード探しという目的がある。行くぞ」

 

 そう言って弟子たちとは反対方向に足を進めるレクシアに、ニコラは「へいへい」と返しながら後を追う。

 

 

 

 その一方、ケントたちと別れたジュセクは立ち止まり、女王が乗っている()()()()()()馬車を振り返った。

 

(待ってて“カディス”。もう少しで助け出せる……あなたを叔父様や聖神官の野望の道具になんか絶対させないんだから!)

 

 “傍仕えにして親友”がいる馬車の方に行きたい衝動を必死に抑え、ジュセクこと“本物のユネメク”は金色の馬車と周りを歩く兵士、《聖神官》が乗る赤い馬車を刺すような目で睨んだのち、宿へと踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、グランダム王国。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ケントたちが暮らしていた王宮の広間にて、帝国から呼び寄せた一流の奏者が奏でるピアノを伴奏に、銀髪の美少女が壇上で歌を奏でる。

 その向こうでは……。

 

「なんと美しい美声……」

「王女殿下はお転婆な方と聞いていたが」

「噂は当てにならんものですな。他国に嫁がせる予定がなければうちの息子をお相手に推挙したいほどだ」

「お前のドラ息子にやるぐらいならうちの息子を……と言いたいところだが、慣例と情勢からしてミリアム様のお相手は帝国か聖王国の王子になるだろうな」

 

 王女()()()()少女の歌を聞いて、招かれた貴族たちは賛美や妬みを口にする。

 青い右眼と黄色の左眼の虹彩異色を持つ豪奢な服を着た男も、上機嫌そうにグランダム王ザリアスに声をかけた。

 

「噂には聞いていたが、宮廷に出入りする歌人も霞むほど美しい声と御姿。さすがはゼノヴィア王妃とザリアス王のご息女だ! どうですかな。両国の友好のため、ミリアム姫をうちの息子の嫁に」

 

「冗談はよせ。ダスター王子とは歳が十以上も離れているだろう」

 

 ザリアスは嘆息を堪えながら返事を返す。

 隣で酒気とともに世辞を投げてきているのは、バルトロス・K・L・ディーノ。

 グランダムの隣にある『ディーノ王国』の王であり、ザリアスとは長年互いの領地をめぐって争ってきた宿敵(ライバル)にあたる人物だった。

 だが数年前、ディーノ王国の宗主国『ダールグリュン帝国』の皇女ゼノヴィアがザリアスの継妃として嫁ぐことが決まってから、今までとは一転、ザリアスに胡麻(ゴマ)をするようになった。

 彼の息子ダスターも犬猿の仲だったケントに対し、へりくだるような言動をとっている。

 親子そろってここまであからさまに態度を変えてくるとは、怒りよりも呆れしか湧いてこない。

 

――とはいえ適当にあしらうわけにもいかん。“あの娘”の正体に気付かれては困るしな……。

 

 そう思い、ザリアスは胸中から湧いた不安を酒とともに飲み込む。

 

 

 一方、歌を終え、壇上から下りてくる“王女”に向かって同い年ほどの貴族子弟子女が囲うように近付いてきた。

 

「ミリアムさま、お疲れ様です」

「すごくお上手でした」

「今度は(わたくし)と歌っていただけません?」

「いや、次は僕とダンスを!」

 

「歌もダンスも私はまだ未熟ですから。また機会がありましたら」

 

 “王女”は愛想笑いを浮かべながら断り文句を口にし、「喉が渇いたので水をもらってきます」と告げてそそくさと立ち去った。

 その後ろで彼女を知る令息は首をかしげる。

 

「ミリアムさまってあんなお(しと)やかだったっけ?」

「王女としての自覚がついたってことでしょう。このパーティーに備えて厳しいレッスンも積んだと聞きますし」

「僕は前のミリアムさまの方が好きだったんだけどなぁ」

 

 以前と変わった“ミリアム王女”について、一同は思い思いに語る。その一方で……。

 

 

「お疲れ様です、“ミリアム王女”。お水をどうぞ」

 

 どこからともなく現れて水が入ったコップを差し出す侍女に、

 

「ありがとうございます、アリエルさん」

 

 と返しながら“ミリアム王女”はコップを受け取り、品があるような所作で何口か含む。

 

(なんとか歌い終わりました。でもまだ油断大敵です。パーティーが終わるまで疑われないようにしないと)

 

 

 読んでいる方はお分かりと思うが、この少女、本物のミリアムではなく、ミリアムと同じドレスを着せられ彼女と同じ眼の色のカラーコンタクトを付けさせられた影武者――“元ガレアの冥王”イクスヴェリアである。

 最愛の兄を追ってミリアムが城を出て以来、アリエルと教師の指導のもと王族らしい振る舞いと歌を覚えさせられ、パーティーが開かれている間“王女の影武者”をしているのだ。

 

(一応元王だったから何とか振りは出来ていますけど。不安でせっかくのご馳走も手に付きません。それに比べてミリアム様やケント様たちは向こうで気楽にやっているんでしょうね。――うらみますよ~~!)

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 再びトファシュに舞台を戻し、ユネメク女王の到来から三日後、いよいよ『舞踊会』が開かれる日となった。

 

 石を積み重ねて造られた巨大な楕円形上の建造物の前に何千人、下手したら一万以上もの住民が集まってくる。

 俺と守護騎士、ミリアムとレクシア一同、そして首元を覆った服で奴隷の首輪を隠したジュセクも列に並び、二刻もの時を費やして受付を済ませ、会場内へ足を踏み入れる。

 そこは通路に至るまで会の始まりを待つ見物客でひしめいていた。(かわや)を済ませるだけでも時間を取られそうだ。

 

「舞踊会の前に女王、陛下の挨拶があるみたいです。着替えなどはそれからにした方がいいでしょう」

 

 参加者用のパンフレットを見ながら忠告するシグナムに従い、俺たちはステージへ向かう。

 誰が何を喋っているのかわからないほどの喧騒に紛れ四半刻ほど待った、その時――

 

「静まれ! 偉大なる女王陛下から有難(ありがた)いご挨拶がある。心して静聴せよ!」

 

 沈黙に包まれた会場内に、衛兵の荒ぶった声が木霊(こだま)する。

 それから三十数えるほどの時と静寂を挟んで最上階から突き出た観覧席から一人の女子(おなご)が姿を現した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 褐色の肌の上に金をちりばめた白い衣を纏い、長く赤い髪の上に金で出来た小冠を載せ、赤と青からなる他のベルカ王族と同じ虹彩異色の眼を持つ、20前後の美しい女王。

 彼女を見て思わず……。

 

「ジュセク……?」

 

 呟きながら隣を見る。彼女……ジュセクは俺のすぐ隣で観覧席を見上げていた。

 じゃあ()()()()()()()あの女王は一体……。

 

 

「皆、ご機嫌よう。私は《預言者クシャム》の唯一人(ただひとり)の末裔にして、トファシュ王国を統べる王――《砂王(さおう)》ユネメク。

 皆の忠誠と働きに対する褒美として、ただ一夜だけ《預言者》が定めた戒律に背く宴を楽しむことを許しましょう。

 ただしその前に、世界(ベルカ)に魔術と発展を(もたら)した全知全能の主《アスガルドゥ》への懺悔(ざんげ)を命じます。膝と頭を垂れ、“神”に許しを乞いなさい!」

 

 その声とともに、観衆はその場で膝をつき、両手と頭を地面につける。棒立ちしかける俺たちに――。

 

「ご主人様、はやく!!」

 

 ジュセクが叫ぶと同時、半ば無意識に膝を落とし、“神”とやらに祈る形になる。

 それから百ほど数えた時が過ぎて……。

 

「皆の信仰心の揺るぎない事、確かに見届けました。皆の信仰と忠誠は“神”にも届いているでしょう。頭を上げなさい」

 

 女王の許しを聞いて観衆は立ち上がり、俺たちも体を起こす。

 その頭上から女王の声が届いた。

 

 

《砂王》ユネメクの名において、これより『舞踊会』の開催を許可します!!

 

 事実上の開催宣言を聞いた瞬間、女王への感謝の言葉と歓声が会場中に響く。

 あまりの騒がしさにシャマルやミリアム、ザフィーラは思わず耳を塞いでいた。

 

 

 信心深い国とは聞いていたがここまでとは。

 またどえらいところに来てしまったものだ。

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