足らぬ。戦いも、血も、死も……。
もっと……もっと戦え。もっと血を浴びよ。もっと死に近づけ。
お前たちが浴びた血、奪った命、お前たち自身の魂。
それらを糧に、我は再びこの
数百、数千の年月を費やそうと、“無限に広がる可能世界”のどこかで、必ず――。
我が力の欠片を持つ“王”たちよ。
我が復活するその時まで、多くの血と死を浴び続けるがよい。
◆
「うぅ……ん」
誰だよ? 朝っぱらからぶつぶつ変な事言ってる奴は。
アリエルか? 昨日城に戻ったばかりなんだから、もう少し寝かせてくれよ。
そう言おうと重い瞼を開き、隣に顔を向ける。そこには……。
「すぅ、すぅ……おにいさま~」
俺の真横には、銀髪の少女が
……また潜り込んできたのか。
ミリアム・
父上と義母上の間に生まれたグランダムの第一王女で、“腹違い”がつくものの俺の妹に当たる子だ。
そんな背景も知らず呑気そうに眠っている幼い妹の寝顔に微笑ましさを覚え、無意識にミリアムの頭に手を伸ばす。
そこでガチャリと扉が開き……
「殿下、そろそろお目覚めください……またですか」
開かれた扉の向こうで、
「……なんだよ」
ぶっきらぼうに訊く俺に、侍女は呆れを隠そうともせずに言った。
「いえ、相変わらず仲の
ミリアムを視線で指しながら尋ねる侍女、アリエルに俺は首を横に振りながら言う。
「髪が跳ねてたから直してやっただけだよ。別にアリエルが考えてるようなことじゃ――」
「やぁ、にいさま、そこははずかしいよぉ…………でも、おにいさまなら、わたし……」
…………。
幼い妹の口からとんでもない寝言が飛び出た瞬間、部屋の中が凍り付く。どんな夢を見てやがるんだこのブラコン姫は。
そんな俺の胸中も知らず、アリエルは冷たい目を向けて……
「私が考えていた以上の事があったみたいですね。後で陛下と王妃殿下に報告しておきますので」
「待てっ! 違うから! これはだな――」
「にいさま、うるさい~」
あらぬ誤解をしたまま立ち去ろうとするアリエルを呼び止めようとした瞬間、ミリアムは文句を言いながらむくりと起き上がる。
そして色違いの目をこしこし擦りながら口を開いた。その瞳は他の王族同様虹彩異色で、右眼は俺と父上と同じ金色、左眼は義母上譲りの紫色である。
「あれ、なんでアリエルがいるの? ここ、兄さまの部屋なのに」
不満そうな漏らすミリアムに、アリエルは無表情のまま頭を下げ――
「おはようございます、ミリアム王女殿下。見ての通り、兄君様を起こしに来たのです。戦帰りを理由に惰眠を貪っている王子を叩き起こすのが私の仕事ですから。姫様こそ、なぜ王子の部屋にいらっしゃるんです? 添い寝はもういらないと仰ってたはずですが」
「兄さま以外の人と添い寝なんてお断りって意味よ。一ヶ月も離れ離れだったんだから、添い寝くらいいいじゃない。少なくともアリエルにつべこべ言われる覚えはありませ~ん!」
そう言って舌を突き出すミリアムに、アリエルはむっとした顔を向ける。そんな二人に挟まれた状態で俺は頭を抱える仕草を取った。
二人とももう少し仲良くしてくれよ。
ミリアムは知らないと思うが、アリエルは父上が母上と結婚する前に付き合っていた侍女との間に生まれた娘――つまり俺たちの異母姉にあたる。
一応秘密という事になってるが、彼女の髪は俺や父上と同じ茶色で、瞳の色も俺たちの左眼と同じ緑色だから、気付いている者は少なからずいる。
追想している俺をよそに二人はしばらく睨み合いを続けるものの、アリエルはやがて諦めたように目をつむり、こちらを向きながら言った。
「まあ姫様の事はさておいて、王子はすぐに支度を済ませてダイニングに向かってください。陛下と王妃殿下が朝食の時刻をずらしてまでお待ちになっています」
「そ、そうか……」
それを聞いた瞬間、俺の口からうわずった声が漏れる。
父上も戦帰りだったから俺と同様遅起きだった可能性があるが、義母上まで一緒となると何か話があるんだろうな。
もしや……。
「アリエル……“あの子”はどうしてる? 離れの塔の部屋に入れてあるって聞いたけど」
あえて名前を出さずに尋ねるものの、アリエルはすぐに察し。
「申し訳ありません。あの方のお世話は兵が務めておりますので、私からは何とも」
「そうか。ありがとう」
首を振りながら謝るアリエルに、俺は片手を上げて話を打ち切る。
考えてみれば、“娘”や使用人に捕虜の世話をさせるわけがないか。まだ悪あがきを企んでいる可能性がないわけでもないし。そんな事をしそうな子にも見えないが。
考えにふける俺や早く支度をするように急かすアリエルの間で、何も知らされていないミリアムはこくりと首をかしげていた。
◆
それから支度を済ませて、アリエルと彼女に引っ張られるミリアムを見送った後、俺は本城に続く外回廊を歩く。
その途中にある練兵場で、大の字になって倒れている
一人は二つに分けた赤い髪を三つ編みに編んでいる少女で《守護騎士》の一人、ヴィータ。
もう一人は短い茶髪に、
「なあ主……あんたのお袋さん、本当に人間か? あたしとティッタの二人がかりでも全然勝てねえなんて……」
「あの人を人間の尺度で測ろうとするのは間違いだと思う。ありゃ鬼神か武神の類だよ……」
息を切らせながら尋ねるヴィータに、ティッタは失礼な感想を被せる。その感想に内心同意しながらも……
「仮にも人の母親を鬼神呼ばわりするな。お前が城で働けてるのも義母上が拾ってくれたからだろう」
「あの鬼神の相手を毎日するなんて聞いてないっつーの。そんな事言うなら王子も一度体験してみなって」
「遠慮する。あの人が城に来たばかりの頃に嫌というほど経験したからな。で、その鬼神とやらはどこへ行った?」
俺の問いにティッタは伏したまま本城の方を指さしながら……
「体も温まったし王子が起き出す頃だからって、お城の中に戻って行った。今は陛下と一緒に朝食を摂ってると思うから、王子も早く行ってきて。そしてできるだけ長く話をして王妃様を引き留めておいて……がくっ」
ティッタは腕を地面に落とし、擬音を口ずさみながら目を閉じる。わりと元気そうだな。なんだかんだ言ってまだ余力を残してあるんだろう。
彼女はティッタ・セヴィル。
この城に勤めている兵の一人で、その実彼女も俺の異母妹にあたる。アリエル同様庶子扱いだが。
なんでも母上が亡くなった直後、気落ちした父上がどこかの街に赴いた際、そこで知り合った女人との間にできた子らしい。
今までは父上の援助を受けながら、眼帯で色違いの眼を隠したりして人知れず王都で生活していたのだが、義母上が城下町を視察している時に彼女を見つけ、半ば強引に城まで連れてきて兵に取り立ててしまったとの事だ。
この小さな城に腹違いの兄弟姉妹四人が住む事になるとはな。すべて父上の不徳によるものだが。
◆
そうした経緯を経て城内に戻り、長方形の長大な食卓が鎮座するダイニングルームに辿り着いた。
だが、その長さに反して今そこに座っているのは奥にいる二人しかいない。
一人は俺と同じ髪と同じ配色の虹彩異色を持つこの国の王、ザリアス・
そしてもう一人は、父上より一回り若い妙齢の婦人。白いドレスに合う波打った銀髪を下ろし、両目には緑色の右眼と紫色の左眼が備わっている。
彼女はゼノヴィア・R・D・プリムス。
西の大国『ダールグリュン帝国』の皇妹で、9年前に継室としてこの国に嫁いできた。ミリアムの実母で、俺から見て義理の母にあたる。
「父上、義母上、おはようございます」
扉の前に立ったまま挨拶を口にすると、父上は小さく頷きを返す。その手前で義母上はカップを手にしながら口を開いた。
「ようやく来おったか。そなたが来るまでの間にすっかり茶がぬるくなってしまったぞ」
「申し訳ありません。支度に手間取ってて」
「よい。どうせまたミリアがそなたの寝所に潜り込んでいたのだろう。あれの兄好きはいつになったら覚めるのやら」
そう言いながらも義母上はまんざらでもなさげな笑みを浮かべる。
この人には兄が二人いて、現皇帝でもある一番目の兄とはそれなりの仲を保っているが、二番目の兄からはひどく疎まれていて、グランダムにも半ば追い出される形で嫁がされたらしい。
そんな義母にとって、兄妹が仲良くやってる光景は微笑ましい事なんだろう。
「ケント、早く席につけ。それともお前だけ朝食抜きで過ごすつもりか?」
感慨にふけっているところで父に声をかけられ、俺は心持ち急いで席につく。父上は一番奥の上席についていて、その手前に義母上と俺が対面する形で食事を取る形になる。
この二人に挟まれるのはやはり落ち着かないな。ミリアムがいれば和らぐんだけど、今朝はそうもいかない。ちなみにミリアムはしきたりを無視してほとんど俺の隣に座る事が多い。
「ケントよ、魔導書はどのくらい埋まった?」
食事を五回ほど口に運んだところで、父上は唐突に訊いてくる。俺は口の中に入ったままの食事を飲み込み、紅茶で口を潤してから返事を返した。
「136頁です。敵のほとんどが自爆してしまい、俺が直接倒した敵も蒐集する前に自爆してしまったり他の敵に妨害されてしまって、それぐらいしか集まりませんでした」
「そうか……」
マリアージュという敵と戦った父上は咎めもせず、それだけを返し食事を口に運ぶ。
そんな俺たちに見て、義母上が首を横に振った。
「やれやれ、父子揃って不甲斐ないな。だから私を連れて行けと言ったのだ。私がいれば兵の犠牲も半分以下に減らせたろうし、蒐集の妨害などもさせん。なにより数年ぶりに実戦に出られる好機だったのだぞ。それを私抜きで片づけおって」
恨めしげに言い捨てながら義母上はパンをちぎり、そのまま口に放り込む。
『聖王連合』や一部の帝国諸侯から恐れられた《雷将》なら、確かにやってのけるだろうなぁ。
「この国には王妃が戦いに出る風習などないのだ。それにガレア兵が我らの目をかいくぐってこの国を襲った場合、国や城を守る者が必要になる。そういう意味でもゼノヴィアとティッタは残さざるを得なかった。わかってくれ」
父上がなだめるように言うと、義母上は不機嫌そうに食事を続けながらもそれ以上の文句を引っ込める。
なんだかんだで義母上の手綱をうまく握ってるみたいだな。だてに複数の女人と付き合ってきたわけじゃないか。
と、妙な感心を抱きかけたところで“彼女”の存在を思い出した。
「ところで父上、ガレア王国の王、イクスヴェリアはどうするつもりです? まさかと思いますが……」
“処刑”という言葉とイクスヴェリアの姿が浮かんだ瞬間、俺は無意識に口をつぐんだ。
ガレア王国に君臨する王にして、マリアージュを生み出す能力を持つ《冥府の炎王》イクスヴェリア。その正体は十足らずの少女だった。
本人の弁によれば、数百年前の『先史時代』の人間で、魔導師の集団に《冥王核》という魔力コアを植え付けられ、《冥王》に仕立て上げられたらしい。
その集団の長は“過去の闇の書の主”でもあり、
その後、イクスヴェリア、いや、イクスは百年以上の睡眠とマリアージュを生み出すためだけの目覚めを繰り返し、魔導師たちの子孫が築いた『ガレア王国』の侵略に加担させられた。
だが、先の戦でガレアはグランダムとコントゥアに攻め込もうとして逆に敗れ、ガレアの領土はコントゥアが、イクスの身柄はグランダムが貰い受けることになった。
「ガレアの侵略で犠牲になった者はあまりに多い。今回だけでも十万もの人間が犠牲になっておる。その王をのうのうと生かしたままでは納得せん者もいるだろう。万が一にもコントゥアにイクスヴェリアの能力を利用されないように身柄だけは頂いたが、正直持て余している」
「しかし――」
無常な声で告げる父上に俺は声を上げかける。そこで義母上が意地の悪そうな笑みを張り付けながら言った。
「助けてやる方法もなくはない。あれも一応は“王族”だ。敗戦の禊としてお前の妃にするという手もある。ガレア併合の布石にも利用できるぞ」
「――あんな子供に婚姻を強要しろというつもりですか!? それにそんな事をすればガレアを併呑したコントゥアも黙ってはいないはず――」
義母上の提案に俺は荒げた声で異を唱える。そこへ――
「ガレアは王都以外ほとんど荒れ地だ。その王都も我々から見ればただの辺境で目を引くほどのものはなし。あれだけの地のためにコントゥアと敵対するのも、ケントの正妃という席を埋めてしまうのも気が進まんな」
父上がそう言うと、俺と義母上は揃って口を閉ざす。
ガレアは東方一帯を支配する強国として知られていたが、それはマリアージュの破壊行為によって周囲の国々を滅ぼしていたためで、ガレア本土自体は寂れた町がいくつかあるだけで、その周囲には荒れた土地が広がるのみだった。グランダムや父上から見て併合する価値のある国ではない。
それを抜きにしても、イクスを無理やり妻にしたり亡き母の故郷であるコントゥアと敵対するのは抵抗がある。
「とはいえ、このままイクスヴェリアを処刑してしまうのも惜しい。あやつの能力は万が一の防衛用に使えるからな。なんとか手元に残しておきたい……」
そう零しながら父上はテーブルに両手を置いて考える素振りをする。すると……
「ふむ。それなら私に一つ考えがある。実はイクスとやらの風体を聞いた時から考えていたことがあってな……ああ、さっき言った話とは別だ。幼すぎる娘は息子の好みでないようだしな」
わざとらしくそう呼んでから義母上はくっくっと笑いを漏らす。例によって俺をからかっただけか。
そこで父上が紅茶を口に運び、仕切り直すように声を上げた。
「イクスヴェリアの処遇については後で決める。それより《闇の書》から現れた四人……《守護騎士》の扱いについて話そう。ちょうどここに“闇の書の主”もいるしな」
父上はそう言って俺に顔と視線を向ける。義母上も続いて顔を向けてきた。
そんな
「俺はあの四人をその名通りの騎士に叙任し、それにふさわしい待遇を与えるべきだと思っています」
そう言った途端、義母上はほうと息をつく。その一方、父上はやはりかと言いたげな顔をしながらも首を横に振った。
「あやつらは人間ではない。闇の書が生み出した疑似生命に過ぎん。そんなものに騎士の称号など与えることなどできん。“騎士”というのも、先史時代で魔導の使い手に与えられた渾名からきたものらしいしな。現在では過ぎた名と身分だ」
「あの四人はガレア戦で獅子奮迅の働きを見せてくれました。守護騎士がいなければあの戦に勝てていたかもわかりません。その労に報いる褒賞と待遇を与えなければ我々王族の度量が疑われます。最悪他の兵や騎士からの疑念や反感を招きかねません」
そう言った途端、父上はむっと眉を寄せる。
守護騎士が疑似生命だと知る者は俺たち以外にはほとんどいない。闇の書から出てくるのを見た者たちもほとんどは錯覚や細工だと思っている。彼らにとってあの四人は自軍の窮状を救ってくれた勇士で、彼女たちを粗末に扱うような真似をすれば、他の臣下たちの心も離れていくだろう。
「
そう告げた途端、父上はかっと目を見張り、しばらく俺を見据えてから口を開いた。
「確かにこの国では王太子にも騎士の叙任権はある。しかし、お前はまだ領地や軍を持っておらんからほとんど名ばかりだぞ。それでよいのか?」
「はい。少なくとも戦功に報いるという形は取れますから。それともこの機会に領地と移住の許可をもらえますか。王位を継ぐ前に領地運営の経験を積みたいと思っていましたので」
そう告げると父上は顔を険しくし、義母上はほうと声を漏らす。
しかし、父上はしばらく考えてから首を横に振り。
「駄目だ。お前は王太子としてまだ学ぶべき事がある。せめて闇の書を完成させるまではこの城にいろ。それまでは守護騎士とやらもここに住まわせてやる」
そう言って父上は不機嫌そうに紅茶を呷る。義母上はそれを見て、
「やれやれ、相変わらずの親馬鹿だな。そろそろ独り立ちさせてやってもよかろうに……と言いたいところだが、私としてもそなたにはもう少しこの城に留まってほしい」
その一言に俺と父上は驚きながら彼女を見る。血の繋がりがない義理の息子など、内心疎んでいてもおかしくないと思っていたからだ。
だが、義母上が俺の独り立ちを反対する理由は――
「ケントが引っ越せば絶対ミリアもついて行こうとするだろうからな。さすがにあの娘を王宮から出すのは早すぎる」
その一言に俺と父上は納得のあまり首を縦に揺らす。
確かにミリアムがおとなしく見送ってくれるとは思えない。俺がシュトゥラに留学していた時も、無理やり説き伏せた御者とともに押しかけてきたぐらいだ。あれでシュトゥラ城にまでミリアムの名は轟き渡ってしまったからな。
「“お兄さま”が絡んだミリアは私の手にも負えん。せめて、あれが兄離れするまでは城にいてやってくれ……
そう言って、義母上はらしくないため息をつく。
ミリアムにはこの人も手を焼かされているんだな、と同情していると――
「お兄さまーー!!」
その一言ともに顔を向けると、王女用のミニドレスを着たミリアムに、その後ろにデザートを載せたカートを引いているアリエルとシャマルの姿が見えた。
思わぬ人物たちの登場に俺たちは目をぱちくりさせる。
そんな中、ミリアムは満面の笑みを浮かべながら俺のもとにかけてきて、その後ろでシャマルは微笑まし気な笑みを浮かべながら、アリエルは無表情でカートを引く。
それを見て……
「アリエルにはミリアムの習い事の見張りを頼んだはずだが。それにデザートの予定などあったかな……」
そう尋ねる義母上に、アリエルは淡白な声で「申し訳ありません」と頭を下げ。
「習い事の途中で、ミリアム様がデザートの準備をしているシャマル様のお姿を見つけてしまいまして」
「シャマルが?」
まさかの状況に声を上げる俺に、アリエルは「はい」と頷きシャマルに視線を向ける。
俺たちに視線を向けられる中、シャマルは恐縮した顔をしながら言った。
「稽古に出かけたシグナムやヴィータと違って私は何もすることがなくて、厨房を借りてデザートを作っていたんです。そうしたら思ったより美味しそうに出来上がったので、主様やご両親様に食べていただきたいなと思って……」
「それを聞いて、ミリアム様が『私もお兄さまとデザート食べたい』とおっしゃいまして。このまま習い事を続けさせても身が入りそうになかったのでお連れしたんです」
なるほど、そういう事か。まあ生々しい話もほとんど終わったし、ミリアムがいても問題ないだろう。
そう思いながら父上たちの方を見ると、二人も頷きを返す。
それを了承とみてミリアムはさっそく俺の隣に座り、アリエルとシャマルは俺たちの前に“緑色のトルテ”を置いていった。
初めて見る色合いのデザートを前に、ミリアムは目を輝かせながらナイフとフォークを手にして――
「いただきまーーす♪」
高らかな声で告げてからミリアムはフォークをトルテに突き刺し、それを口に運ぶ。それを見て、俺や父上たちも思わず顔をほころばせながらトルテを口に入れる。
そして――
「ゴブォっ――!!」
トルテを食べた瞬間、ミリアムは上げてはいけない声を上げ、テーブルに突っ伏した。それと同時に、義母上と父上までが苦しげに喉を抑え、俺の口内にも形容しがたい苦みが広がっていく。
それを見てアリエルは顔を青ざめ、咎めるような顔をシャマルに向ける。それに対し、シャマルはぶんぶん顔を振るのみだった。
そんな中、ミリアムは懸命に顔を上げ、絞り出すような声で……
「これ……すごく…………まずいよ」
そう言い切った途端、ミリアムはテーブルに倒れ、そのまま意識を失った。
そう。このトルテ、気絶してしまいそうなほど
アリエルは慌てて水を取りに行き、シャマルは何が起こったかわからずきょとんと棒立ちしている。
父上と義母上も気を失い、俺も意識が遠くなっていく。
薄れゆく意識の中、俺はもう一人の妹に向かって言った。
ティッタ、引き留めは一応成功したぞ。義母上も俺たちも今日一日は動けない……。
王族四人が食堂で倒れ伏すという前代未聞の事故が起きたその日以来、シャマルが料理をすることは硬く禁じられ、ミリアムの嫌いなものの中に“緑色のトルテ”が追加された。
こんな日常も、あと一月もしないうちにまた終わりを迎える事になる。