冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

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第3話 最後の指南

 父上からトシュファ行きを頼まれてから二日後。俺は夜の城を歩いていた。

 十八年も過ごしてきた城だが、夜は部屋で余暇を過ごしたりたまに広間で宴が開かれたりすることがほとんどで、闇夜に覆われた城を眺めまわる事なんて滅多にない。

 だが……

 

……しばらくはこの城を眺められなくなる。あるいは万が一のことがあったらこれが最後の眺めになるかも……。

 

 そう思った途端、闇路が続くだけの味気ない暗城も名残惜しく思えてくる。

 今さらながら湧き上がってくる郷愁を噛みしめながら暗い城内、シュトゥラと比べたらまるで狭い、けれど一人だけで歩くには広すぎる庭園、いまだガレア戦の勝利を祝う宴が行われている城下町の灯り、そして禁忌兵器(フェアレーター)が生み出した暗雲に覆われた空を目に収めながら歩を進めていく。

 

 トファシュ行きへの同行について、守護騎士たちの了承はすでに取れている。闇の書の頁を集められる機会がある上に、主がそこへ行くのならついて行かないわけがないそうだ。

 その逆にミリアムはしばらくの間他の国へ行ってくると告げてからすっかり拗ねてしまい、一度も口を利いてくれない。行かないでと縋られるよりはましかもしれないが、国を離れる前にせめて一言くらい交わしたいものだ。

 

 

 そんなことなどを考えつつ、たっぷり一刻半ほど時間をかけて城の内外を記憶に刻み付け、そろそろ部屋に戻ろうとした瞬間、空気が震える音が耳に届いた。城のすぐ近くに建っている練兵場の方だ。

 言葉通り風を突くような音。まさかと思うが……。

 

 

 

「――はああっ!」

 

練兵場についてすぐ、自身の身の丈以上の馬上槍《グングニル》を突き出している、長い銀髪の女人の姿が見えた。訓練程度で汚さない自信があるのか、平時と同じ白いドレス姿のままだ。

 

「……ケントか。ようやくきおったな」

 

 2マイル近く離れていて、こちらをまったく見ていないにもかかわらず、義母・ゼノヴィアは真正面から相対した時のように声をかけてくる。俺は誤魔化そうともせず練兵場に足を踏み入れながら返事を返した。

 

「すみません義母上、運動の邪魔をしてしまいましたか」

 

 それに対し、義母上は素振りを止めながら「いいや」と首を振り、こちらに体を向けながら答えた。

 

「どこぞの王子が暇と気を持て余して城の周囲を徘徊している気配があったからな。しばらく待つついでに鍛錬しておったのよ」

 

「人を老人のように言わないでください。あなたより一回り年下なんですから」

 

「“仮にも息子だ”――とは言わんのだな」

 

 その一言に頬がぴくりと引きつる。それを見て彼女は気を悪くするどころか、からかうような笑みを浮かべた。

 

「よいよい。そなたが私を実母の席を乗っ取った継妻としか思ってない事など百も承知よ。私とて一回りも離れてない童の母親代わりなどするつもりは毛頭ないしな」

 

「教練まがいのしごきは毎日のように受けましたがね。毎日、部屋から引っ張り出されては鍛錬に付き合わされ、日が暮れるまでボコボコにされて懐く気なんて起こりませんよ」

 

 そう言うとゼノヴィアは笑みを浮かべながら槍を手のひらに叩きつけながら……

 

「やれやれ、ベルカの王子たる者が情けないな。私が帝国にいた頃武術を教えていた娘など、自ら私の元を訪ねて指導を乞うておったのだぞ。エリザという、お前と同じ齢の女子(おなご)だがな。あれの両親が許してくれれば、行儀見習いという名目でこの国まで連れてこようと思っておった。さすがにそれは叶わなかったがな」

 

「……当時の俺が情けないというのは否定できません。父上に言われるまま、勉学という名の読書漬けの日々を送ってましたから」

 

 同い年の女子(おなご)と比べられてさすがに恥を感じながら答える俺に、義母上はくっくっと笑い声を漏らす。

 

「だが、私にしごかれて少しはできるようになっただろう。留学初日にシュトゥラの王子と諍いを起こし、そ奴と互角にやり合ったそうではないか」

 

「今思い出せば恥ずかしいですがね……。でも確かに、義母上に鍛えられてなかったらもっと無様な醜態をさらしていたと思います。だから感謝していなくもありません」

 

 わずかにしこりを残しながら言う俺に、義母上はふむと声を漏らし……。

 

「どれ、せっかくこんな場所まで足を運んだんだ。久しぶりに一槍交わすか。ミリアムを身ごもってからはこんな機会も減ってしまったからな」

 

「えっ、本気ですか? こんな時間じゃ暗すぎて――」

 

 気配で俺を捉えられる義母上が有利じゃないか。

 胸中でそう付け足しながら不平を告げる俺に義母上は笑みを浮かべながら、練兵場のあちこちにある燭台の一つに指を向ける。そしてバチンッと勢いよく指を鳴らした。

 その瞬間、彼女の指先からおびただしい電撃が放たれ、電撃の強さの余り燭台の先が発火し灯が灯る。義母上は残りの燭台に向けて電撃を放っていき、練兵場を明るい光で染め上げた。

 

「……相変わらず出鱈目(でたらめ)ですね。指を鳴らすだけで発火レベルの稲妻を起こすとは」

 

「そうかな。先史時代では火ではなく、雷の元である『電気』で灯りを灯していたらしい。私がしたことなどその真似事に過ぎん。噂によれば聖王の城では今もその設備が使われていると聞く。ガレアにはそれらしきものはなかったか?」

 

 その問いに俺は首をひねりながら記憶を辿る。

 ガレア王国はベルカの国々の中で最も古い、それこそ『聖王国』に並ぶほどの歴史を持つ国で、そこには屍兵器《マリアージュ》をはじめ、俺たちには使い方すらわからない物で溢れていた。

 その危険性を危惧して――という名目でコントゥアや我が国が悪用しないため――、それらが詰まった地下は両軍と両国の王の監視のもと、厳重に封鎖した。

 あの地下には燭台の類が一切なく、部屋に入っただけで勝手に灯が灯ったらしい。あの灯がもしや『電気』……。

 

 

「まあ、先史の遺物など“今”を生きるそなたには無縁のものだろう。それよりそろそろ手合わせといこう。うだうだしていると邪魔が入るやもしれんしな」

 

 そう言うや義母上――いや、ゼノヴィアは白い鎧に身を包みつつ俺にグングニルを向け――。

 

「今より私は義母でも師でもない。そなたに襲いかからんとする“敵”とみなしてかかってくるがいい!」

 

「ああ――行くぞっ!」

 

 そう返しながら、俺も装飾物状の《ティルフィング》を剣に変え、さらに黒鎧を纏いながらゼノヴィアに向かって飛びこんだ。

 

 

 

 

 

――フライング・シュヴィンデン!

 

 《固有技能・フライングムーヴ》を発動とともに、ゼノヴィアとの訓練で習得した走法で瞬時に彼女の眼前に迫り、振りかぶった剣を彼女に叩きつけようとした。

 だが――

 

「はあああっ!」

 

 技能を使おうとした瞬間、槍が飛び込んできて、俺は身をよじってそれをかわす。そこへ籠手に覆われたゼノヴィアの鉄腕が伸びてきた。

 俺はとっさに剣を立てて彼女の拳を受け止めるものの、衝撃を殺しきれず腹を殴られたような衝撃が襲ってくる――直接殴られるよりははるかにましだが――。だが、うめいている暇さえなく、横から槍の柄が襲ってくる。

 俺は体を反らしてそれを避け、剣を振るってゼノヴィアから距離を取り――

 フライング――

 

「雷帝五十九式――《隕雷》」

 

 技能を使おうとした瞬間、ゼノヴィアの左手から眩い光球が放たれる。俺は身をよじってかわすが、そこへゼノヴィアが槍を振り下ろしてきた。俺は反射的に剣を突き立て槍を受け止める。

 ちょうどそこで――

 

「ところでケント、お前今まで何人の女子(おなご)を落としてきた?」

「はぁ? ――うっ!」

 

 槍とともに思わぬ問いをぶつけられ、おもわず聞き返したところで剣を弾き落されそうになる。俺は剣を握る手と体勢を直しながら言葉を返した。

 

「いきなり何聞いてるんだよ? 手合わせの最中に――」

 

「戦いながら話ぐらいできなくてどうする。この方がこざかしい建前など立てさせず本音を引き出しやすいしな――で、どうなのだ?」

 

 訊きながら、ゼノヴィアは攻めを緩めることなく槍を打ち込んでくる。それを(さば)きつつ俺は口を動かした。

 

「令嬢二人から告られただけだよ。二人とも王族じゃなかったし、好意もなかったから断ったけど。二人とも上級貴族の出だったから婚姻できなくはないけど、他国との関係を考えたらどこかの国の王族から娶った方がいいだろうし、父上もそっちを勧めてくるだろう」

 

「ずいぶん純情だな。妾の数人くらい許される立場だろうに――」

 

 ゼノヴィアは呆れの含んだ返事とともに一撃繰り出してくる。

 俺は真横に動いてそれを避けて剣を突き出すも、ゼノヴィアは槍の向きを変え、柄で剣を受け止める。

 

「父親が王にもかかわらず侍女や町娘として育ってきたアリエルやティッタを思うとどうもな――ゼノヴィアこそ前妻の息子や妾たちの娘を邪険に思ったりしないのか? あんたがティッタを連れて来た時は俺も父上も相当驚いたもんだが」

 

「一国の王に継室として嫁いだ時点である程度覚悟してる。父や兄たちも何人かの妾を囲っておったしな。帝国の各地にいる皇族の分家も、皇位を継げぬ庶子に領地と軍を与えたのが始まりと言われている。それに比べれば、そなたの父親はまだストイックな方だ」

 

 その返事と一撃を受けながら内心納得する。

 確かにゼノヴィアの言う通りかもしれない。父上はこれまでの間に彼女も含めて四人もの女人と付き合い、それぞれとの間に子をもうけているが、王族のしがらみと教会が定めた“一夫一妻”の定めのせいでそうせざるを得なかったらしい。

 なんだかんだで子供たちと同じ城で過ごしているこの状況を喜ばしく思ってるようだしな。

 

「まあ、“一夫多妻制”が敷かれてる国なら事情も異なってくるのだろうがな。南大陸やそなたの向かうトファシュは、宗教上の違いから複数の妻を持つ事が許されているという話だ」

 

「――えっ、まじか?」

 

 思わぬ一言に槍を弾きながらそんな言葉を返す。するとゼノヴィアは口を吊り上げて――

 

「ほう、目に期待が灯りおったな。浪漫めいたことを言っててもやはり男か」

「――っ!」

 

 図星を突かれ、思わず動きを止めてしまう。

 そこでゼノヴィアは俺の頭を掴み、そのまま真下の地面に向けて叩きつけようとする――。

 俺はとっさに剣を手放しながら地面に手を付け、もう片腕の肘をゼノヴィアの顔面にぶつけながら彼女の手を払いのけ、そのまま地面を転がるように剣を掴み、立ち上がった。

 

「やるな。今度はこちらから攻めさせてもらうぞ――」

 

 ゼノヴィアは槍を振りかぶりながらこちらに向かって来る。逃れたい衝動に駆られながらも、俺は自分の足を叱咤しながら地面を踏みしめ、剣を構えながら彼女を待った。

 

「九十一式――《破軍斬滅》!!」

 

 次の瞬間、ゼノヴィアはすさまじい速度で槍を振り回し、俺に打ち当ててくる。

 俺は何度か喰らいながらも剣で急所を守りながら彼女の攻撃を凌ぎ続ける。

 そして彼女の胴ががら空きになったところを見計らって――

 

「今だ――シュヴァルツ・ストローク!!」

 

 一瞬のスキを突いて彼女の胴体に紺色の魔力を帯びた刃を叩きつける。攻撃が当たった瞬間、ゼノヴィアはうめきを漏らしながら半歩後ろに下がる。

 だが――

 

「よくやった――だが、これで終わりだ!」

 

 そう叫んだ途端、ゼノヴィアの全身と槍に黄色い魔力光と稲妻が迸っていく。

 ――ついに来たか。戦闘中に受け与えた衝撃(ダメージ)をエネルギーに替える固有技能――そのエネルギーをそのまま放出する、《聖王の鎧》を砕く目的で編み出された現代ベルカ最強の技――。

 

「雷帝原式――《殲滅雷(フェアニッヒトゥング・ドナー)》!!」

 

 ゼノヴィアが槍を真横に振るった瞬間、彼女の槍から放たれた閃光が左右いっぱいに広がりながらこちらに向かってくる。

 それを前にして――

 

「フライング・ムーヴ!」

 

 一声発した瞬間、技能が発動し、俺以外のものの動きが緩やかになる。それはゼノヴィアと閃光も同じだった。

 だが、閃光はもう左右いっぱいに広がっており、後ろに逃げようとしても途中で技能が止まり、背中を貫かれて終わりだろう。

 なら――

 

「はあああっ!」

 

 

 ちょうどそこで技能が止まり、ゼノヴィアは目の前にいたはずのケントがいない事に気付き、大きく目を見張る。

 そしてすぐにそこから放たれる気配に気付き、上を見上げる。そこには飛行魔法で空に飛びあがったケントの姿があった。彼は紺色の魔力光を纏った剣と色違いの両眼をまっすぐゼノヴィアに向ける。

 それに対してゼノヴィアも槍を斜めに構えて俺を迎え撃つ姿勢を取り。

 

「そう簡単に倒されてはやらん――来い息子(ケント)よ!」

 

 そう告げるゼノヴィアに俺は頷き。

 

「行くぞ、母上(ゼノヴィア)――はあああああっ!!」

 

 断崖から飛び降りる以上の勢いで彼女に向かってまっすぐ突撃する。

 その直後、俺の剣とゼノヴィアの槍が真っ向から激突し、その衝撃で火花と魔力の残照が周囲に舞い散る。

 しかし、《雷将》と恐れられたゼノヴィアと彼女の愛槍の力は強く、剣から押し返される感覚が伝わってくる。

 それを悟ると同時に――

 

「フライング・レイスティング!」

 

 技能をわずかだけ(・・・・・)発動させ、ゼノヴィアの力がいきわたるまでの時間を遅らせる。その合間に俺は刃にありったけの魔力を込め――

 

「――シュバルツ・アングリア!」

 

 吼えながら力を振り絞った瞬間、ゼノヴィアの手から槍が離れ、空中を舞う。俺はすかさず剣で槍を叩き飛ばす。

 だが、それとほぼ同時に俺の首元にゼノヴィアの手刀が伸びてきた。それを見て……

 

「俺の負け……か」

 

 そんな言葉を漏らしながら俺は地面に着地し、そのまま腰を落とす。その反対にゼノヴィアは悠然と立ったまま言った。

 

「ふっ、腐る事はない。なかなかのものだった。まさか私から一本取りかけるとはな。異国へ向かわせる前にここで徹底的に打ちのめして、己の身の程を痛感させるつもりだったのだが。それだけの力があればトファシュの術士相手にもそうそう遅れは取るまい」

 

 義母上はグングニルを装飾物に戻し、白いドレス姿に戻りながら告げる。そんな義母に俺は尋ねた。

 

「義母上はあの国の魔導師――いや、術士を知っているのですか?」

 

 その問いに義母上は不愉快そうな顔で「ああ」と頷く。

 

「なんの前触れもなく、南から帝国に攻めてきた事があってな。妙な術で領邦軍を壊滅させた挙句、多くの財貨と民を奪われてしまった。私を含め少なくない将と諸侯が報復を提案したが、私の兄、二番目の方だがな、兄が皇帝に直訴して棄却させた……今思えば、あれも兄上との溝が深まった一因だったな」

 

 そう言って義母上は重いため息をつく。こうしてみるとこの人も大概のブラコンだな。ミリアムのあれはこの人譲りなのかもしれない。

 義母上は誤魔化すように咳払いをし……。

 

「ともあれ、十分に用心せよ。あの国は得体がしれん術を使う術士の他に、《争奴》という奴隷兵を抱えている。逃げようとすれば後ろの正規兵に殺される上に、戦功をあげた者は奴隷身分からの解放が約束されているから命を惜しまずかかってくる。その勢いは兵糧目当てに集まってきた兵や準貴族として甘やかされている騎士とは比べ物にならんぞ」

 

 《争奴》か……強いかはともかく戦いたくない相手ではあるな。あくまで調査が目的だし、なんとか穏便に片を付けたいところだ。

 

「……それと、お前にこれを預けておく」

 

 そう言って義母上は懐からグングニルとは違う形の、白い装飾物を投げつけてきた。宙を飛ぶそれを俺は手で掴み取る。

 

「これは?」

 

 尋ねる俺に義母上は名残などないかのように腕を組み。

 

「ミリアム用に作らせた得物だ。こんなものでもご機嫌取りには使えるかもしれん。明日ミリアが見送りに来たら、あるいはトファシュから戻って来た時にでも渡してやれ」

 

 やはり俺とミリアムの仲違いに気付いていたか。

 それにトファシュから帰ってきたら、か……。

 

「……大切にお預かりします、母上(・・)

 

 彼女なりの激励だと気付き、頭を下げながら告げる俺に、母上は顔を隠すようにぷいと背中を向ける。

 そこで母上はぼそりと……

 

「まあもしかしたら、もっと早く渡す羽目になるかもしれんがな……」

 

「……? 何か言いましたか?」

 

 首をかしげながら尋ねると母上はこちらを向かないまま首を横に振り、

 

「なんでもない。そろそろ城に戻れ。出立は早いぞ」

 

 その声に俺は「はい」と声と腰を上げ、彼女の後に続くように城に戻り、最後の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 俺は両親やアリエルとティッタと別れを済ませ、守護騎士とともに数人用の馬車に乗り込む。残念ながらミリアムとイクスの姿はなかった。

 ミリアムはまだ拗ねてるらしく、アリエルの呼びかけも無視して部屋にこもったままで、イクスが説得にあたっている最中らしい。

 もうしばらく待っていてやりたい気もするが、ここであの子に縋られたら決心も揺らいでしまうかもしれない。

 そう考えた末に俺は両親とアリエルに伝言を託すのみにとどめ、グランダムの城を後にした。

 

 馬車に乗り込んですぐ、母上から預かった白色の装飾物を取り出し……

 

――“これ”を渡す機会はずっと後になりそうだな。

 

 と、この時までは(・・・・・・)そう思っていた。

 

 

 

 

「主ケント、トファシュまで結構かかるようですが、このまま馬車でその国に?」

 

 馬車を走らせてからしばらくしてかけられたシグナムの問いに俺は頷く。

 

「ああ。途中でリヴォルタという街で飲食物とラクダを購入するが、それからはトファシュまで一直線だ。亡国状態のエルティガには長居したくないからな」

 

「退屈そうだなー。トファシュまで飛んでいかねえのか? 主も飛行魔法使えんだろう」

 

 ヴィータの問いに俺は首を横に振る。

 

「飛行魔法を使うような旅人は滅多にいない。それでトファシュまで飛んでいけばかなり目立ってしまう。これはあくまで調査のための旅だ。それだけは忘れないでくれ」

 

 そう言うとヴィータは不服そうに両手を首の後ろに回しながら「へーい」と答える。

 そして馬車の中に沈黙が流れ始めた頃……。

 

『う~ん、おにいさま~、……ア、まだまだ食べられます~』

 

 ……?

 

 ふと後ろにある荷台の方から声がした気がして俺たちはそちらを振り返る。

 首を傾げながらまさかという想像が頭をよぎるが、”あの子”はイクスと一緒に城の中にいるはずだ。なによりあんな箱入り娘が荷台の中に忍び込むなんて考えつけるわけがない。

 そう自分に言い聞かせ、俺は現実から目をそらすようにリヴォルタでの予定を話し始める。

 

 それが間違いだと気付いたのは、リヴォルタに着くまで荷台の中でぐっすり眠っていた妹殿を発見した後の話だった。

 

 

 

 

 

 

「……えっと、これはですね…………」

 

 ずれそうになってる銀髪のウィッグから橙色の地毛を覗かせながら、イクスはぶるぶる肩を震わせていた。彼女は主と同じ意匠のドレスを着ており、足元には黄と紫の二色のカラーコンタクトが転がっている。

 それを前に王妃ゼノヴィアは可笑しそうに唇を釣り上げていた。彼女の後ろでは国王ザリアスと、彼の庶子にして侍女頭のアリエルが似た表情であんぐり口を開けている。

 

「これは驚いたな、イクスヴェリア殿。まさかミリアムに成りすますとは。この姿で私たちを欺いて、本物のミリアムとケントが居ぬ間にグランダムを乗っ取るつもりだったのかな?」

 

「ち、違います違います! そんなつもりまったくありません! ミリアム様を説得しようとお部屋を訪ねたらいきなり部屋の中に引っ張り込まれて『私はお兄さまについていくから、イクスはしばらくの間私のふりをしてて♪』って言われて、予備の服着せられて、ウィッグやカラーコンタクトなんかもつけさせられて――」

 

 そこまで言ってイクスはとうとう涙ぐみながら言葉をつまらせる。その姿は理不尽に巻き込まれた憐れな少女でしかなく、王女になりすましたり国を乗っ取ろうとしていたようには到底見えない。

 ゼノヴィアは彼女をなだめるように片手を上げた。

 

「よい、そなたにそんな度胸と胆力がないことはわかっておる。そなたの言う通り、あの娘の仕業だろう……半ば予想していたことではあるしな

 

 そう言ってゼノヴィアは仕方なさそうな笑みを浮かべながら息子たち(・・)がいる方向を見やる。その後ろから慌てふためいた夫の声が響いた。

 

「そんな悠長なことを言っている場合か! 早くミリアムを連れ戻さねば! 誰か、早馬か飛行兵の手配を――」

 

 娘を連れ戻す手配をするべくザリアスは駆け出そうとする。だが――

 

「待て。ここで連れ戻してもまた城を抜け出して兄の後を追おうとするだけだ。ケントや守護騎士がいる分、あちらの方がまだ安全だろう。一応まだ調査に向かわせるだけの予定だしな」

 

「……」

 

 ゼノヴィアの言葉に、ザリアスも後ろの二人も唖然とする。

 彼女の言うこともわからなくはない。現にミリアムはケントを追って城を抜け出してしまったし、下手に連れ戻せばまた同じ事を繰り返すだろう。そこで盗賊などに出くわしたら目も当てられない。トファシュとはまだ事を構えるつもりはないし、ケントたちの傍に付けた方が安全ではとも思わなくもない。

 しかし……。

 

「し、しかし、もし万が一ケントとミリアムの二人を失うことになれば、この国の王位を継ぐ者が――」

 

 そうザリアスは言うものの、ゼノヴィアはすげなく首を横に振り、

 

「童だからとて、ここで安穏と籠もっているような輩に王など務まらん――そなたも知っているだろう。『ベルカ王』とは元々、戦うための“人間兵器”として生み出された存在だということを」

 

「う……うむ」

 

 先史時代末期の歴史と『ベルカ王族』の成り立ちをおおよそながら知るザリアスは、不承不承ながら首を縦に振る。

 

「それにあの娘の才と技能はかなりのものだ。今から修練と実戦を積めば十年後には私を超えると見ている。これもちょうどよい機会かもしれん。ミリアの好きにさせてやってくれんか」

 

 珍しく頭を下げて頼み込む妻の姿にザリアスは戸惑いながらも、しばらく悩み……。

 

「……わかった。ただし三月後に迎えを出す。状況によってはケントたちも共に引きあげさせよう。それでよいか」

 

「ああ。帝国からも(たす)けが見込めるかもしれん。私から皇帝に頼んでおこう」

 

 

 そんな会話を交わす王夫婦を見ながら、イクスはアリエルに向かってぼそりとつぶやいた。

 

「驚きましたね。陛下の事だからなにがなんでもミリアム様を連れ戻そうとするかと思ったんですけど」

 

「ああ見えて二人ともお子様に甘いんです。私もお父さ――陛下には優遇していただいてますし」

 

 途中で言い直しながらアリエルは口を閉ざす。それを見てイクスはくすくすと笑いを漏らした。

 そこでゼノヴィアが彼女たちの方を向いて……。

 

「ああ、そうだ。ミリアムに関して一つ困ったことがあるのだがな。そなたも知っていると思うが、来月、あの娘が主賓となるパーティーを開く予定でな。各地から公爵や伯爵、その子息令嬢も来る予定で、今から中止するわけにも主賓不在で進めるわけにもいかんのだ。……そこで、イクスヴェリア殿に頼みたいことがある」

 

「えっ、それってもしかして……」

 

 ()()()()()()()()()()()()自身を眺めるゼノヴィアの意図に気付き、イクスはじりじりと後ずさる。だが、そこで誰かにぶつかり、イクスはそれ以上動けなくなる。

 彼女の後ろに立っていたアリエルはいつものような無表情で告げた。

 

「申し訳ありません。陛下と王妃殿下の意向には逆らえませんので。それに嫌々とはいえミリアム様の逃亡の片棒を担いだ以上、イクス様も責任を取る必要があるのではないかと。ここは殿下のご要望通り、ミリアム様の身代わりを引き受けた方がいいのではないでしょうか」

 

 伺うような、しかし有無を言わせぬ口調でアリエルは迫る。そんな彼女とゼノヴィアに圧され、イクスは“ミリアムの影武者”としてパーティーに備えてのレッスンを受ける羽目になった。

 

 

 

 

 それから二週間後、リヴォルタを経由してケントたちはついに『トファシュ王国』に足を踏み入れた。




ようやく次回からトファシュ王国が舞台になります。
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