冷砂の王国 ―グランダムの愚王IF―   作:ヒアデス

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注意:今作のオリヴィエは○○○○の登場以降かなりキャラが崩壊します。あらかじめご了承ください。


前日譚 聖王女の推しの子

 これは今から二年前、ケントがまだ『シュトゥラ王国』にいた頃の話だ。

 

 一年も半分以上を過ぎて、グランダムを含む南の国々が秋の訪れを迎えていた頃。最北に位置する『シュトゥラ王国』にはすでに雪が降りそそぎ、ほとんどの地域は雪に覆われ、人々は雪や寒さから身を守るために厚手の衣を纏っていた。

 寒さにあえいでいたのは貴族や王族も同じで、休日に入った途端、彼らのほとんどは自室やラウンジにこもり暖炉から離れない生活を送っていた。

 それは秋休み中の『王立シュトゥラ学術院』の寮で暮らす学徒たちも同じだった。

 

 

 

「あったけ~」

 

 暖炉に手をかざしながら、ケントは間延びした声を漏らす。それを僕は呆れながら、オリヴィエは微笑ましそうな笑みを浮かべながら――わずかに肩をぷるぷるさせているが――少し離れた席で暖かい紅茶をとっていた。

 我が愛豹ライゼの横でケントは暖炉の前に陣取ったまま、僕たちの方を向いて――

 

「そんなところでスカしてないでクラウスとオリヴィエも来いよ。暖かいぞー」

 

「……私はいいです。昔から暖炉は苦手で……」

 

「僕もいいよ。今から暖炉にべったりじゃ、真冬は外出できなくなってしまう」

 

 そう言って僕とオリヴィエは首を横に振る。

 僕もオリヴィエも嘘を言ってるつもりはないが、少なくともオリヴィエが暖炉に近づけないのは他に理由がある。

 それは彼女の両腕の代わりについてる、一対の義手のせいだ。

 

 これは彼女の友、ヴィルフリッド・エレミアが造った『エレミアの腕』と呼ばれるもので、自由に動かしたり物を掴んだり、本物の腕と変わらぬように扱う事のできる代物だ。

 だが、いかに『エレミアの腕』といえど発熱を防ぐことまではできない。暖炉などに近づきすぎると義手に熱が溜まっていき、義手と繋がっている肩を火傷してしまう恐れがある。

 そういう理由からオリヴィエはあまり暖炉に近づくことができないでいるのだが、ケントはそれに気付いていないようだ。

 

 ケントは座学や武術は優秀な半面、こういう配慮に欠けている面がある。まあ、ケントを含め多くの者は義手の構造を知らないため似たような事は何度かあったし、オリヴィエ自身そういった不便を見せないようにしているせいでもあるのだが。

 しかし、彼女と出会って一年、他の学徒より親しい付き合いになるのだから、もう少し察しがよくなってほしいとも思う。

 

 僕と、おそらくオリヴィエも内心でそう思っていた時だった。

 

 

 

「皆様、おくつろぎ中のところ申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」

 

 扉のノックとともに扉の向こうから侍女の声が響き、僕は返事を返した。

 

「いいよ、ちょうど話も途切れてたし。気にせず入っておいで」

 

 すると「失礼します」という返事とともに、寮勤めの侍女が入ってくる。僕は立ち上がりながら彼女に尋ねた。

 

「どうしたんだい? 僕に用事でも?」

 

 シュトゥラの王子である僕に王宮から知らせや用事が飛んでくる事は多い。そう思って訊いたのだが、彼女は首を振り……。

 

「いえ、クラウス殿下ではなく……ケント様に」

 

「俺に……?」

 

 自身の顔を指しながら聞き返すケントに、侍女はこくりとうなずいて言った。

 

「はい。グランダム王国からケント様にお客様が来ていらっしゃいます」

 

「客? 誰だろう、名前とか聞いてる?」

 

 ケントは首をひねりながら侍女に尋ねる。

 侍女がうなずいて答えようとした――その時!

 

「おにいさまーー!!」

 

 廊下から甲高い声が響いてきた瞬間、侍女は反射的に真横に避ける。その瞬間、短い銀髪の小さな女の子がケントに突撃してきた。

 ケントはぐおっとうめき声を漏らしながらも女の子を両手で受け止めてその子を見下ろし、そして大きく目を見張った。

 

「ミリアム! ――なんでお前がここに!?」

 

 その問いにミリアムと呼ばれた女の子はえへへとはにかんだ顔で答えた。

 

「お兄さまに会いにきたの。お兄さま、年始が終わってから一年近く帰ってこないんだもの。だからミリア、とうとう我慢できなくなって、御者のおじさまに“お願い”してここまできちゃった♪」

 

「…………」

 

 “お願い”という言葉を聞いてケントは頭を抱える。おそらく相当無理を言ったか、もしくは御者の弱みを握ったのかもしれない。見た目と齢にあわず結構したたかな子みたいだな。

 そう思いながら僕はミリアムという子を見る。

 

 まだ肩まで伸びていない癖っけのある銀髪、金色の右眼に紫色の左眼。

 あまりケントに似てないけど、王家の出なのは間違いなさそうだな。虹彩異色はベルカ王族の証だし、なにより《雷将》と呼ばれていた“あの人”にそっくりだ。

 その時――

 

「こ、この子……」

 

 ミリアム王女を見て、オリヴィエもわなわなと肩を震わせる。

 『聖王家』と『雷帝家』はベルカの覇権を争う宿敵同士。今さらながらそれに気付いて――

 

「ま、待ってオリヴィエ! 気持ちはわかりますが――」

 

 僕はオリヴィエに手を伸ばして彼女を止めようとし、ケントも妹をかばうように前に出る。

 そんな中、オリヴィエは――

 

 

かわいいーーー♡♡

 

 

「か、かわ……」

「いい……?」

 

 喜色に満ちた声を上げるオリヴィエに、僕とケントはきょとんとしながら声を漏らす。

 そこでオリヴィエはケントたち――いやミリアム王女に近づこうとし、ケントに遮られた。しかしオリヴィエは構わず――

 

「ケント、このかわいらしいお嬢様は一体どちら様ですか!? “お兄さま”って呼ばれてましたけど、もしかして――」

 

 鼻息荒く訊ねてくるオリヴィエにケントは「ああ」と漏らしながら、きょとんとしている妹の横に立ちながら言った。

 

「この子はミリアム。俺の妹で今年で5歳になるんだ。――ほらミリアム、お前からも自己紹介しろ」

 

 兄に背中を押されて、ミリアムは面倒そうに笑みを消しながらも両手でスカートの裾を持ち上げながら一礼し……。

 

「突然の訪問失礼します。グランダム王国の第一王女、ミリアム・η(イータ)・D・プリムスと申します」

 

 ミリアム王女は可愛らしくも鮮やかなカーテシーを見せながら自己紹介を述べる。

 その仕草を見てさすが王家の一員だと感嘆したところで……

 

「将来の夢はお兄さまに嫁入りする事、将来の予定もお兄さまのお嫁様になる事です! もしお兄さまに想いを寄せている人がいたら諦めるように伝えてください!」

 

 王女はケントの腰にしがみつき、オリヴィエと侍女の方を見ながら声高に告げる。

 これが世に聞く“ブラコン”というものか。小説なんかで見たけど、まさか実在、しかもケントの妹がそうだったとは……。

 

「か、かわいすぎる……ケントにこんなかわいい妹様がいるなんて――しかもそのうえブラコンなんて、全ベルカの妹好きが羨むシチュエーションじゃないですか!  私もこんな妹が欲しかった~! ケントだけずるいです~~!!」

 

 そしてこっちにも相当な“シスコン(妹好き)”がいたらしい。オリヴィエは悔しげに義手をぶんぶん振りながらケントに嫉妬の目を向ける。

 そんなシスコン王女とブラコン王女の横で、僕とケントは重い溜息をつき、侍女は乾いた笑みを漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経って、騒ぎを聞いて起き出したライゼに驚きながらも、ミリアム王女は落ち着きを取り戻して僕らとともに席につき、侍女が用意してくれた熱いお茶を飲み交わしながら改めて自己紹介をすることにした。

 

「申し遅れました、僕はクラウス・G・S・イングヴァルト。シュトゥラ王国の第一王子で、この寮の監督生も務めています。このような所で恐縮ですが、シュトゥラ王家ならびに学術院寮生の代表としてミリアム王女のご来訪を心より歓迎します」

 

「ありがとうございます、クラウス王子殿下」

 

 席を立って胸に手を当てながら自己紹介する僕に、ミリアム王女も簡単な挨拶と一礼を返す。

 その横でオリヴィエも立ち上がり、義手でドレスの端を摘まみながら自己紹介をした。

 

「聖王家の末子、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトです。私もシュトゥラに留学中で、クラウス殿下ともどもケント様には大変よくしていただいてます。ミリアム様さえよければ私のことを姉だと思って、困ったことがあってもなくても(・・・・・・・・)声をかけてください。道案内からお風呂、添い寝の相手までなんでも務めますから!」

 

「……い、いえ、就寝とお風呂くらい自分でできますから」

 

 オリヴィエの最後の一言に不穏なものを覚えたのか、ミリアムはぶんぶん首を振りながら断る。それを聞いてオリヴィエは『ちぇー』と言いそうな形に口を尖らせた。

 僕らの知ってる彼女とは違う……君、本当にオリヴィエだよね?

 

「ところで、ミリアム様も将来はシュトゥラに留学するんですか?」

 

 身を乗り出しながら尋ねるオリヴィエに、ミリアムは難しい顔で兄を見ながら答えた。

 

「うーん、どうしよう……お兄さまと一緒にいられるなら私もこっちに来たいと思いますけど、お兄さま、来年には卒業して帰国するみたいだし、その後じゃ意味ないしな~」

 

「じゃあ、今からこっちに留学しちゃえばいいじゃないですか! それでミリアム様はお兄さまと一緒に居られて、私もミリアム様と一緒にいることができて万々歳。明日にでも陛下(シュトゥラ王)にお願いしてミリアム様の留学を認めてもらいましょう!」

 

「えっ――いいの?」

 

 口調を崩しながら聞き返すミリアムに、オリヴィエは胸を叩きながらうなずく。そこへケントが「待て待て」と割り込んだ。

 

「オリヴィエの気持ちはありがたいが、この歳で留学はまだ早い。勉学どころか習い事すらまだ始めていないんだ。それに父上や義母上に相談もせずそんなことを決めるわけにもいかない(父上は、ミリアムを義母上絡みのツテがある帝国に留学させるつもりみたいだしな)」

 

 その答えを聞いてミリアムとオリヴィエは『えー』と声が出そうなリアクションで肩を落とす。

 

「むむむ……せっかく念願の妹分ができたと思ったのに。こうなったらケントに嫁入りして、ミリアム様と義姉妹になるしか――」

 

 オリヴィエは声を小さくしながらぶつぶつつぶやく。だが、こちらには丸聞こえである。

 ミリアムの耳にもそれが届いたようで――

 

「ちょ、ちょっとちょっと! お兄さまと結婚するのはわたしです! 昔からの約束なんですから! お兄さまは誰にも渡しません!」

 

「子供の時の話だって。もういい歳なんだから、兄妹は結婚できないってことぐらいそろそろわかってくれ」

 

 妹への忠言とも僕たちへの言い訳ともとれる言葉を漏らしながら、ケントは紅茶を口に運ぶ。その表情からは『あんな約束するんじゃなかった』という本音が表れていたものの、さすがにそれを口に出すことはしなかった。

 そこへオリヴィエが――

 

「じゃあ、ミリアム様が聖王陛下かシュトゥラ王陛下の養子になるっていうのはどうです? そうすればミリアム様とケントは兄妹じゃなくなって結婚できるようになるかもしれません!」

 

「あっ――そうか。それなら兄さまと結婚――」

「「できんできん!」」

 

 ミリアムの一言に僕とケントは片手を振りながら否定する。例え養子に出そうと血の繋がってる以上結婚なんてできない。先史時代からベルカ中で定められている法律(決まり)だ。

 

「もう、二人ともちょっとは合わせてくださいよー! せっかくミリアム様がその気になりかけたのに。――っていうか、私も妹ほしい~! けちけちしないで一人か二人私にくださいよ~」

 

「やれねえって……まあ、もう一人の方なら……いや、“あいつ”はオリヴィエより年上だったな……」

 

 ケントはぶつぶつつぶやきながら僕に目を向けて《助けてくれ》と思念通話を飛ばす。それに対して僕は《すまない》と返しながら首を横に振った。

 まさか彼女がここまで暴走するとは思わなかった。僕では止められなさそうだ。

 それに思えば数年もの間人質として過ごしてるんだ。こう見えて結構鬱憤や不満が溜まってるのかもしれない。ケントと彼の妹には悪いが、もう少し付き合ってもらおう。

 

 

 

 

 

 その後、ミリアム王女は寮のみんなから歓迎を受け、オリヴィエから()()()()世話を受けながら一泊し、翌日王宮に参内してシュトゥラ王(我が父)への拝謁を済ませたのち、グランダムから来た迎えに連行されるような形で祖国に帰っていった。

 奔放かつ天真爛漫なミリアムは院でも人気になり、その中でも彼女の一番の信者(ファン)となったオリヴィエは……

 

 

「ミリアムちゃん様、かわいいです~。くふふ〜〜」

 

――“ちゃん様”ってなに? 敬称? 愛称? っていうか君、本当にオリヴィエなの? 僕が知ってる彼女とは明らかに別人なんだけど!

 

 机や壁一面に貼ったミリアムの写真を見ながら妖しい笑みを漏らすオリヴィエに、僕は内心で突っ込む。

 そして隣で同じような表情を浮かべていたエレミアと顔を見合わせ、ケントからの手紙を見せるも、『今はまだ無理』と言いたげに彼女は首を横に振るばかりだった。

 

 ……まあオリヴィエにはまだ見せない方がいいか。ケントだけならまだしもミリアムまでもが『トファシュ王国』に行ったなんて知ったら、オリヴィエまであそこに行くと言い出しかねない。

 

 しかし、トファシュ王国か。僕たちが使ってる魔法とは全く違う術と、《雷帝家》が治めるダールグリュン帝国の軍をもあしらう力を持つ恐ろしい国。ケントもミリアムもお付きの騎士たちも無事に帰ってこれればいいが……。

 そんなことを思っていると、それを察知したようにオリヴィエは低い声でつぶやいた。

 

「ミリアムちゃん様にあだなす輩がいれば、アルハザードだろうと初代聖王様だろうと許しません。もしもの時は私自らゆりかごに乗って……ふふ、ふふふふ」

 

「「…………」」

 

 本当に何事もないことを祈る。そう僕とエレミアとお付きの侍女たちは祈らずにはいられなかった。

 

 

 それがまさか、僕たちの手の届かないかの地で“あんなこと”が起ころうとは、この時は夢にも思っていなかった。




・補足
 今作のケントは『グランダムの愚王』本編よりも二年ほど長く留学していた設定で、オリヴィエやエレミアともその頃に知り合っています。
 その影響でオリヴィエがケントを呼び捨てにしていたり、クラウスがエレミアの性別を知っていたりします。
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